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USA East Coast Tour, February 2010 Diary

「ツアー」と呼ばずに個人的に「遠征」と呼んでいるのは、 ツアーというのは、本来少なくとも1ヶ月以上ないし数ヶ月をかけてもっと多くの場所を回ることを言うからだ。 だから、ほんの10日余りで、オープンマイクも含めると7本のライヴである今回の遠征を、ツアーと呼ぶ気にはあまりならない。
みんな、他のバンドさんたちは、もっと長期にわたる、大変なツアーをたくさんやっている。それと比べれば、こんなのは小旅行のうちにも入りゃしない。
日本を回るくらいだったら、それくらいでも足りるかもしれないけれど、 アメリカや世界を回るんだったら、それではとても足りない。
だから、もっと長期の規模の大きいツアーを周れる準備と環境作りをしなければ、どうしようもいけないと思っている。
そもそも今回の遠征は、 Harrisburg Pennsylvaniaで行われる、Millennium Music Conference (MMC14)への参加が決定したため、じゃあついでにもう何本かライヴやろうか、と思ってブッキングして、 そして、前回ニューヨークを訪れた際に、リッチー牧師に、次回はぜひ日曜日に教会に寄って演奏してくれと言われていたので、その約束も果たそう、と、そういう感じのノリだった。
だから、はじめから、計画的なツアーというわけではなく、あくまで単発で発生した短期の遠征という感じだ。
まずは、生きて無事に帰ることができたことに感謝したい。 事故もなく、怪我もなく、盗難や犯罪にも会うことなく、素晴らしい出会いと経験を得て帰ってくることができた。 これは、神様の守り以外のなにものでもない。
そして、今回の遠征では、制作したばかりの「God Rocks」の売り込みとともに、本格的なアメリカ進出の、いろいろな手がかりや情報をつかんでくるという目的があった。
個人的には、それらも十分に、達成することができたのではないかと思っている。
もちろん、すべてがとんとん拍子に進むはずはなく、シビアな現実もあったが、次へのステップとしては、十分な手ごたえを得た。
きっと、これから、それらが確実に進んでいくはずだ。
良かったことを列挙してみます。
なにより今回の遠征でのいちばんの収穫は、演奏と音楽についてのことだ。 新しい録音作品「God Rocks」を制作したことで、クリスチャンロック、クリスチャンヘヴィメタルとしてのアイデンティティはようやく強固になり、信仰を軸にしたロックを本当の意味で鳴らすことができるようになった。 それにともなう、バンドの演奏面、音楽面でのパワーアップ、その手ごたえをしっかりと感じることができたことが、なによりの収穫だ。 最初の何本かはプレッシャーに苦しんだものの、それを早々に乗り越えて、今回のライヴは、ほとんどすべて「勝ち」だったように思う。 演奏とその反響は、前回のつあーのときよりも、はるかに上回っていたと思う。
小さなクラブだけでなく、 Harrisburgの教会、リッチー先生の教会と、大きめの会場での演奏ができたことも収穫だ。
ニュージャージー日本語キリスト教会のN牧師さんのおうちでお世話になることができた。 本当にとても感謝したい。 N牧師さんとは、遠征のほんの一週間前に、ぼくらの所属教会であるVIC横浜のAさんの厚意で、たまたま訪日していたN牧師にお会いすることができたのだ。 そして現地でいろいろとお世話になることができた。 本当に感謝したい。
また、N牧師のところでは、教会の音楽主任であるHさんにお会いすることができ、いろいろなお話を共有できたり、とてもハッピーな交流ができた。
またN牧師には、とある日本人クリスチャンラッパーの情報をいただいた。ぜひ連絡を取って交流したいと思う。
偶然というか、ここまできてもクリスチャンアーティストのコミュニティは狭い世界というか、Harrisburgのカンファレンスでお会いしたアンソニーさんは、その日本人クリスチャンラッパーのことを知っていた。フロリダで会っていたらしい。これも素敵なことだ。
思っていたほど寒さはなかった。もちろん寒かったけれど、もっと、死ぬほど寒いのを想像していたが、幸いに比較的寒さが大人しい時期にあたったのだろう。
大雪も心配していた。東海岸はこの冬、記録的な大雪に見舞われていたので。 しかし、結果的には、直撃を受けることはなかった。 僕らが到着する前の週に、大雪が降り、積もった雪がそこかしこに残っていたが、 僕らの日程はだいたい、雪は避けてくれた。
唯一、Wilmingtonのライヴの夜、そして翌日の朝から昼にかけて、強烈な雪が襲ったが、なんとか車を走らせることはできたし、その夜の集客には影響したが、被害は最小限だったと思う。 そして、N牧師のおうちに戻ると、皆で雪かきを手伝った(笑)
雪がちだったということで、平日のクラブギグの集客には影響があったと思うが、それにしても、大雪を避けることができただけで恵まれていたと思う。
Harrisburgでのカンファレンス、SXSWの規模の小さい版というか、あくまでローカルなカンファレンスであるが、それらの地方のカンファレンスの中では、比較的充実している方なのではないかと思う。
ここではネットワーキング、友人や知り合いを作ること、業界人とのつながりをつくること、バンドたちとのつながりをつくること、など、の目的があったが、言葉の問題や、そもそもの性格的なコミュニケーションプロブレムなどもあって、なかなか、積極的に周囲とコミュニケーションをとるということもままならなかった。
しかし幸いなことに、有意義な出会いは、いちばん予期しないときに、僕らが朝ホテルの部屋を一歩出た瞬間に訪れた。 そこでたまたまなんとなくお互いに話しかけたアンソニーさんは、クリスチャンの音楽活動をしている方だった。そしてこのカンファレンスのセミナーのパネラー(話す人)であり、音楽業界の人だった。
MMC14のショウケースでは、クリスチャン枠ということで、教会でのライヴだった。教会の人達も協力してくれたし、他のクリスチャンのバンドと共演できたのは、かけがえのない機会であり、交流の機会となった。
MMC14の前夜祭でのオープンマイクで4曲演奏したのが、この遠征での最初の演奏となったが、非常に精神的に固くなっており、ひどい演奏だったと思う。が、それにもかかわらず、バカ受けとなって、最初の演奏から、CD等がかなり売れてくれたのはとてもありがたかった。これは、この前夜祭オープンマイクの会場にいた人達がミュージシャンだったからだと思う。少々演奏が荒くても、音楽を理解してくれたのだと思う。
このMMC14のオープンマイクを含め、最初の何本かは特に、精神的なプレッシャーが非常にあり、特にヴォーカルに関しては、まったく声が出ないのではないかと思うくらいだった。 MMC14の教会でのショウケースの際には、本当に二度と歌えないと思うくらいに絶望的になっており、非常にやばい状況だったと思う。 しかし、教会のRくんが送ってくれた励ましのメールや、Kさんが祈ってくれたこと、教会の皆が祈ってくれたことなどがあり、ショウの直前に精神状態を持ち直すことができて、結果的にプレッシャーを乗り越え、その日のショウできちんと声が出て乗り越えることができた。 このショウケースの日に、このプレッシャーの壁を乗り越えることができたことで、その後の演奏が非常にうまくいくようになった。
そのプレッシャーの質については、僕と神様との間のことなので、説明することが難しく、説明しない。
リッチー牧師の教会での演奏は、当初、礼拝にて2,3曲演奏するだけだと思っていたし、そう聞いていたけれど、行ってみれば、いつのまにか、日曜の夜に、フルでコンサートをすることになっていた。 このリッチー牧師の教会は、ニューヨークのLong Islandにあるが、本当に素晴らしい教会で、機材や環境も素晴らしかったし、場所もウェアハウスでロックしてたし、本当に素晴らしい、結果的にこの遠征で最高のコンサートにすることができた。本当に感謝するとともに、こうした教会で演奏することの意義を考える機会になった。 教会での演奏は、信仰といったテーマの表現を全開にできるし、また、もっと現実的なことを言うと、集客をあまり心配しなくてもいい、など、僕達にとっては良いことづくめだ。
リッチー先生は今回忙しかったらしく、日曜の礼拝後にすぐにいなくなってしまったけれど、奥さんとはいろいろ音楽について相談することができた。教会ぐるみで非常に信頼関係を作ることができたし、今回必要な話は十分にすることができたと思う。
今回、テキサスのKさんから、預けてあった機材を送ってもらったけれど、 UPSのミスと思われるけれど、 ドラムのハードウェアが、送られる過程で紛失してしまった。
当然ハードウェアがなければ、ドラムが使えないわけで、非常に困ったトラブルだったわけなんだけれど、幸いにして、遠征の前半戦のいくつかのライヴは、会場にドラムキットがあるギグだったので、時間を稼ぐことができた。
それで、対バンのバンドさんなどに、どうしたらいいか、相談もしていたわけなんだけれど、Harrisburgの教会でのショウケースライヴの際に、会場に来ていたLAメタルみたいな格好したバンドの人達(名前忘れちゃった、フライヤーもらってたはず、後でチェック)に、SIRという大手のレンタルショップがあるということを教えてもらった。 そして、後日、ニューヨークのマンハッタンのSIRに連絡して、無事レンタル、事なきを得たんだけれど、 まあ現地のミュージシャン達にとっては、SIRなんて常識なんだろうけれど、僕達はこんな情報も知らないわけで、 このLAメタルみたいなお兄さんたちは、どうしてこの日のギグに顔を出してくれていたかというと、前日のカンファレンスのセミナー、パネルの時に、僕は、ちょっとでも誰かと話してつながりを作らなくては、と思って、言葉の壁で苦しみつつも、なんとか気の合いそうな人達を見つけて(つまりそれがLAメタルみたいな格好した人だった・笑)話しかけたんだけれど、それがあったんで、次の日のギグを見に来てくれたわけね。 なので、ちょっとでも人とのつながりを作るのは大事だな、と思いました。
そのドラムのハードウェアのレンタル代金も、リッチー先生の教会でいただいたofferingでまかなうことができた。なんとありがたい。
そういえば初めて、小切手(チェック)のやりとりをした。Kさんにチェックを郵送し、自分はリッチー先生の教会でもらってきたチェックを口座にディポジットした。はじめてのおつかいである。 先日、オンライン手続きの件で、深夜に日本から電話してこの銀行とやりあって、オンライン手続きは停止してしまっているが、でもやはり、昨年Kさんに手伝ってもらって口座作っておいてよかったんじゃないかと、思っている。
全ライヴ日程を終えた最後の日に、ずっと連絡を取っていた、アメリカで知名度のある某日本人コミックパンクバンドのリーダーの方とお会いしてお話を聞くことができた。 本質的なアドバイスとともに、シビアな話もたくさんしていただいたけれど、シビアで現実的な話をしていただいたというのは、とても愛情にあふれたことであると僕は思う。僕が逆の立場で、若いバンドにアドバイスを求められたなら、甘いことは言わないだろう。やる方だって人生がかかっているからだ。無責任に甘いことはいえない。 そう思うと、とても素晴らしい励ましといただいたように思っている。
連絡を取っていた人のうち、さすがに+/-{plus/minus}は今回も会えなかったけれど、だいたいの人には会うことができた。 Clash Bar, Clifton NJの夜には、OURSのRichくんに、2年ぶりに会うことができたばかりか、彼も友人とのバンドで参加し、共演することができてしまった。
いたるところでビールをおごってもらった。 日程後半は演奏後毎日のようにビールを飲んでいたけれど、自分ではまったくビール代を払っていない気がする。 感謝ー。
東海岸のあたりを回ったわけだけれど、 ビール頼むときに、Something Localと注文すると、ほとんど毎回、Yuengling Lagarというのが出てきた。遠征中、いったい何杯飲んだだろうか。
物販も結構売れた。 売り切れというわけにはいかなかったけれど、想定以上は売れてくれた。 「God Rocks」の売り込みの最中ではあるけれど、仮マスタリングのバージョンにせよ、それなりの数の人が、すでにこの作品を手にしていると思うと不思議な感じだ。
行きの飛行機の中で、Whip It!という映画を見たが、元祖クリスチャンメタルのStryperが(Tシャツという形で)出ているという情報を聞いていて、見たかった映画だったので見てみたが、ローラーダービーのお話で、とても面白かった。と思っていたら、カンファレンスのトレードショウに、H.A.R.D.(Harrisburg Area Roller Derbey)のNuclear knockoutsというローラーダービーの女の子たちが出展していて、タイミングよく興味深かったです。 しかし、このWhip It!、邦題は、「ローラーガールズダイヤリー」になるそうです。
日本から先日撤退して日本では食べられなくなってしまったWendy'sをばっちり食ってきた。 あとはファーストフードでは皆でTaco Bellに初挑戦した。安い美味い多いで最高だった。
Google Directionと地図のみでドライヴした前回と違い、今回は素直にカーナビに頼ってみた。 ナビの声は日本語に切り替えることができた。 (ただ、ときどき、日本語がおかしかったけれど。) 付近の楽器屋やレストランなど、なんでも検索することができるので、非常に便利だった。
雪のシーズンだったからということもあるからかもしれない、 東海岸は、南部の方とくらべると、風土的にはそれほどおもしろくなかった。 いかにも広大なアメリカという気分が味わえる南部の方とくらべると、わりと普通な感じで若干つまらなかった。 しかし雪道を走るのもなかなかおつであった。
車の中でかける用のCDをSwitchfootの新譜、Stryperの新譜、Third Dayの新譜しかの3枚しか持っていかなかったため、その3枚をひたすら繰り返しかけることとあいなった。 しかしそれはとても素晴らしい音楽体験だった。 ショウが終わった後の充実感とともに、Switchfootで夜を駆け抜け、Stryperでロックしながら次の街へと向かうというのは皆の精神状態のためにも良い影響だったと思う。 特にSwtichfootの新譜はいちばん頻繁にかけていた。本来南カリフォルニアのサーフィンミュージックであるSwitchfootだが、雪景色の中で聞くのも悪くなかった。皆Switchfootが大好きになったと思う。
今回もジェイクがほとんどすべての運転を担当したが、名ドライバーであるジェイクは、マンハッタンのカオスな交通事情にも負けていなかった。彼いわく、「大阪を走れればニューヨークも走れる」とのこと。後でお会いしたコミックパンクバンドPの方も同じことをおっしゃっていた。
前回以上にギタープレイが武器となった。 演奏のたびにギターヒーロー状態だったし、そういう意味ではちょっと有頂天になっているところだ(笑) ショウが終わると95%の確率でEddie Van Halenといわれ、30%の確率でLoudness(Akira Takasaki)と言われた。
リッチー牧師の教会で演奏した際には、演奏後に、小さな女の子に、自分もギタリストになると言われ、そのギター(Hamer製のFlyingV)はどこで手に入るのかと聞かれた。ピックにサインしてあげたが、小さなピックに漢字でサインしたら真っ黒のお団子になってしまった(泣)
Loudnessという言葉を聴くのはたびたびあるけれど、リッチー先生の教会の関係者でメタルに非常に詳しいおっちゃんがいて、「もう20年も前に、E.Z.O.という日本のヘヴィメタルバンドを見た、とても素晴らしかったが、彼らはその後どうしたんだ」、と聞かれたときにはびっくりした。どうしたかはここを参照。 http://ja.wikipedia.org/wiki/FLATBACKER
ジェイクは相変わらず、コミュニケーション能力に問題のある私にかわって、キッチンで、会食の場で、演奏以外でも大活躍してくれました。
Washington D.C.のショウで、なんでも、お兄さんが横須賀でレコーディングスタジオをやっているという女性の方とお話することができた。
イーストヴィレッジでは演奏の前に、「かんび(Kambi)」というラーメン屋さんで食べました。外国で食べるにしてはレベル高いと思った。でもやっぱ高いね。
今回、うちの嫁さんを連れていなかかったので、電話代は心配のひとつだったけれど、iPhoneにスカイプが使えるアプリを入れていったのだが、これが結構使えた。ホテルなり演奏会場のバーなり、要所要所にWiFiがあるので、そのWiFi回線を使ってスカイプで電話することができた。
また、http://www.globalmobile.co.jp/ ここの国際電話カードもとても便利だった。今回、現地用の携帯電話もここで事前にレンタルして行った。
今回ネット関係は全部iPhoneでやりました。もちろん3Gネットワークは使えないので、WiFiのみのiPod Touch状態。しかし、だいたい問題ありませんでした。ホテルには大抵、WiFiあるし。バーとかにもWiFi、結構、あるし。N牧師もiPhoneユーザーだったので、おうちでも、使えたし。
最終日に、はっしーとジェイクにビールとご飯をおごる約束をしていた。 実際には、最終日の夜は、コミックパンクバンドPさんとの面会が実現したため、ビジネストークになってしまったので、おごったうちに入らないだろうということで、帰りの空港の中にあるバーで、真昼間からサミュエルアダムスとバッファローウイングを皆で飲んで食った。いや、それは最高でしたよ。
よくなかった点
前回のつあーに引き続き、確認を怠ったことによるドラムキットのトラブルがあった。 ショウの1時間前にドラムキットが使用不可能であることが判明し、かなりやばかった。 しかしこれを機にジェイクも僕もバンドもひとつ成長できたと思う。
うちの嫁さんを今回連れていなかったことで、写真や動画といった、記録の面はやはりどうしても弱くなった。演奏中の写真は、まったく無い。動画も固定カメラ。 しかしオーディオレコーダーで演奏をちゃんと記録できていたのは意義があることだった。
物販や、お客さんへのフォロー、メーリングリスト集めなんかも、嫁さんがいてくれたらあるいはもっと出来ていたかもしれない。それは仕方ない。
嫁さんを連れていかなかったことでいえば、逆に言えばメンバー3人でずっと同じ部屋で過ごしたことで、団結は強まったと思う、たぶん。
言葉の問題でいつものように苦戦するが、 目の前で1対1で話しているときにはほとんど大丈夫なんだけれど、 あいかわらず電話が大の苦手であった。 特に携帯電話は音質がひどく、こんなファズみたいな音質でよく話せるなと思っていた。 Kさんと日本語で話していても聞き取れないくらいだった。 とにかく電話での会話が苦手で、アンソニーさんと電話で話していたとき、しどろもどろだったため、誤解を招くようなヘンなことを言ってしまった記憶がある。とほほ、へんに思われていないといいんだけれど。
Harrisburgの教会で演奏したとき、僕はロックと映画で英語を覚えているため、前説のMCの際に、Sのつく四文字言葉をしらない間に使っていて、後から、「こういう教会とかの場では気をつけた方がいいよ」と言われた。教会のおばちゃん連中に後であやまったら、誰も気にしてなかったけれど。
しかし、そのカタキを打つように、Wilmingtonで演奏したときに、"Holy Shit"という言葉を使って笑いを取った。クリスチャンという前にしょせんロッカーである。酒だってよろこんでかっ食らう。酒は神さんの祝福だもん。
今回そういう意味ではMCは絶好調であった。教会でも、普通のバーでも。 僕のくちべたを考えると、日本ではおよそ考えられない。
また普通のバーでも、めっちゃクリスチャン丸出しなMCやテーマを打ち出せたことは意義を感じている。 ユニークな自分たちのスタンスをより確立できたと思っている。
そういえば今回一度もマリファナの匂いをかがなかった。 東海岸の方は、皆、モラルが高いのか、あるいはたまたま、マリファナの無い場所だったのか、州によって違うのか、理由はわからない。 もっと長期でいろんなところを周れば、いやでもあの匂いを体験することになっただろう。
なにはともあれ、
とにかく、事後のフォローアップあるのみ。
というわけで。
こんなところです。
また思い出したら更新します。
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