無名バンドによるアメリカツアーの方法と記録

"Rock, Faith, Anime 2009"

(インディーズバンド、海外ツアー、アメリカツアー、方法、やり方)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4

Austin, TX

4月6日

 

 

Austinは個人的に思い入れのある街だ。

いや、僕だけではなく、多くのミュージシャンの方々にとっては、テキサス州オースティンは、特別な場所だろうと思う。

その理由は、いうまでもなく、この街で、世界3大音楽コンベンションのひとつである、South By Southwest (SXSW)が開催されるから、そして、オースティンの6th Streetといえば、大小のライブハウスが100件だかそれ以上だか、やたらいっぱいある、「ライヴミュージックの都」であるからだ。

日本からも多くのバンドが、このAustinに演奏しに来ているし、そういった、日本の伝説のバンドが数多く演奏してきている歴史もある。

そして僕は、とある縁で、2007年のSXSWを訪れていた。自分にとってはそれが初めてのアメリカだったわけで、オースティンは、アメリカで初めて訪れた場所でもある。そこで見たSXSWでの経験は、衝撃といってさしつかえなく、やはり自分にとって大きな意味を持つものだった。

たぶんその際の記録も僕は文章にしたためているだろうと思う。

このへん。

 

その2007年のSXSWでは、僕はもちろん、演奏はしなかった。米持プロデューサーとともに飛び込み営業が目的だった。そしてロックを目撃し続けて自らも世界に挑戦しつづけてきた米持師匠と共に行くロックを探す旅路の終着点でもあった。そのときには、少なくとも公式には演奏はしなかったのだが、実は、路上で、エレクトリックギターとポータブルアンプによるバスキング演奏というか路上パフォーマンスという荒業を敢行していた。

演奏は荒かったと思うが、祭りの期間中ということもあってか、人々の反応はよくバカうけで、30分だか1時間足らずだかで、あっというまに30ドルが集まってしまった。公式なスロットで演奏することよりも、ある意味これは僕は自慢に思っている。

僕にとっての非公式だけれどアメリカでの初めての演奏の経験だった。その一年後に、ユタ州はOgdenのインディーズ系映画祭を訪れたときに、アコースティックギターだけれどもバーで皆の前で演奏をしたことがって、その際もバカうけだったことも自慢として付け加えさせてもらいたい。あれも非常に素晴らしい経験だった。

 

SXSWに出演するのは、狭き門であり、特に日本からの枠ということになるとさらに難しいと思われるが、実は公式なSXSWのスロットだけでなく、SXSWの期間中には、いくつか別のフェスティバルが、SXSWにぶつけるように行われているので、それらのフェスティバルに出演するのも、SXSWのお祭り騒ぎに参加するひとつの方法だろうと思われるが、

そういった経緯もあって、Austinは、ぜひとも正式に演奏をしたい場所のひとつだった。

 

そのオースティンで、ようやく演奏できる。

 

 

 

 

Austinへの出発が遅くなったのは、

前述したように、レンタカーのタイヤの溝がかなり減っていて、

このまま、アトランタまでの長旅、長距離ドライブをするのは危ないのではないかと

K牧師やケンさんが忠告してくれたからだった。

雨が降った際などを考えると危ないかもしれないといわれた。

実際に、その後の旅路で、雨の中を少し走ったので、その忠告は正しかった。

週末は対応してくれないため、月曜日の午前中、Austinへの出発前に、レンタカーを交換してもらいに行ったのだ。

結果的に、よりピカピカの、新車でエンジンの加速もいいミニバンに替えてもらい、運転するジェイクもゴキゲンだった。

 

さて、これから旅が始まる。

ケンさんにお世話になりっぱなしだったダラスを離れ、自分たちだけで、知らない国を旅して、演奏するのだ。

 

レンタカーの交換で、予定よりも出発が遅れたこと、

そして、まだまだアメリカでのドライブに慣れていなかったこともあって、

Austinへのドライブは、結構しんどいものとなった。

DallasからAustinは、距離にすればそれほど離れていない。

離れていないとはいっても200マイルあるのだけれど、

その後のもっときつい移動とくらべれば、ほんの小手調べだった。

 

ドライブがしんどかった原因は、ハイウェイの構造に慣れていなかったこと、

そして、Google Mapのディレクションがわかりにくく、どの出口でどこに出る、などの細かい指示がまったくわからなかったことにあった。(後述するように、これは、日本語版で見ていたからであって、英語版にして印刷してみたら、ものすごくわかりやすかったのだった。)

 

たとえば、腹ごしらえに一度ハイウェイから降りるが、その後、どうやってハイウェイに再び乗っていいのかも、どうにかこうにかといった感じで不安でいっぱいだった。ケンさんに、ハイウェイには大抵の場合両側に側道が平行して走っていて、そこから乗り降りするケースが多い、といったことは聞いていたが、実際に走ってみるにはやはり慣れが必要で、そういった基本的なちょっとしたことでも、なんだかんだと時間をロスした。

 

そして、僕もジェイクも、まだ慣れておらず、僕のナビも、ジェイクの運転も、そして僕とジェイクの間の連携もまだ悪かった。

ハコに行く前にモーテルを見つけようとしたこと、どのあたりのモーテルを選ぶかの選択を人任せにしたこと、偶然降りたハイウェイの出口が、非常にわかりにくい構造だったこと、などのアンラッキーが重なって、どうにか道端のモーテルのうちのひとつに無事に到着した頃には、ヴェニューの入り時間ぎりぎりになっていた。また僕がなまじオースティンの街を知っていたこともよくなかった。

 

とにかくもヴェニューに電話し、これから会場入りすることを伝え、駐車スペースの所在を確認する。

あまり余裕のないLoad-inとなった。

 

 

しかし、そういったしんどいドライヴではあったが、いかにもテキサスな風景、オースティンに近づくにつれ、ちょっとずつメキシコっぽさがブレンドされて独特の雰囲気になっていく、どこまでも広がる地平と緑、だんだんと2年前に訪れたオースティンの風景になってくると、僕は非常に良い気分になっていった。

途中でハイウェイを降りて取った食事は、前から一度試したいと思っていた、ジャンクフードではあるが、Whataburgerというハンバーガー屋だった。結構でかくて美味しいと聞いていたのだが、お店によってバラつきも多少あるとは思うが、わりとインパクトはなく、普通のハンバーガーな印象だった。バーガーキングのインパクトに比べると少し弱かった。しかしなんでも体験してやろう派の私としては、実際に食べることができて満足であった。

 

 

今回Austinでブッキングしたハコは、Headhuntersという、どちらかというとメタル系っぽい感じのするハコだった。

会場入りすると、ブッキング担当のビリーさんが迎えてくれた。

このビリーさんは、僕も名前くらいは聞いたことのある有名なハードコアバンドS.O.D.の人で、いかにもメタルというかハードコアな、恰幅の良い体型に刺青がたくさん入っていて、そして12秒に一度くらいの割合でFxxKと口走る、素敵な人だった。

今ちょっと見たらビリーさんのウェブサイトがあった。

http://www.billymilano.com/

 

ビリーさんは、今日は月曜日だから、どうせ集客は少ないから、リラックスして演奏するようにと言ってくれた(汗)

アメリカではライヴは週末しかやらないお店がほとんどで、特に月曜や火曜にライヴをやっているお店を見つけるのは難しい。Austinならきっとどこかのお店は月曜でもライヴをやっているだろうという計算があって、月曜にオースティンを組んだのだが、その意味では思惑通りのブッキングだったといえる。

 

ともあれ会場入りしたわけだが、余裕の無いドライヴの後に、僕達にさらに追い討ちをかけたのが、ジェイクのドラムキットの組み立てトラブルだった。

ジェイクは、ダラス滞在中に、結局ドラムキットの組み立てを試さなかった。手間がかかるのと、組み立て方はわかるから大丈夫、ということだったが、実際に会場入りして、現場で初めて組み立てを試みると、やはり大丈夫ではなかった。予想外の問題がひとつあったのだ。

それは、タムのシェルに、穴が開けられておらず、つまり、タムをバスドラムの上にとりつけたハードウェアに取り付けるためには、まずタムのシェルに、電動ドリルで穴をあけて、ホルダー部分を取り付けなければならないことだった。

これを見てジェイクと僕達は一瞬途方にくれてしまった。

こういった場合、日本であれば、当然最初から穴は開いておりホルダーも取り付けられていて、あとはネジをまわすだけ、くらいの状態になっているのが普通であろう。

しかしDIY大国、なんでもDIYでやるのが普通なアメリカでは、安物のドラムキットということもあると思うが、このくらいは自分でやってね、が普通なのだと思う。

そのへんの感覚の違いをわかっていなかったことを思い知らされた。

 

さあどうする、タムなしで演奏するのか。

「電動ドリル、ないですかね」

ジェイクが聞く。

こういうときには躊躇していられない。

ビリーさんに率直に状況を話し、電動ドリルは無いかと聞くと、なんとあると言う。

さすがDIY大国。こういうものはどこでも揃ってるらしい。

そしてビリーさんは、「よし、ショウまであと1時間だな。オレが30分でこのタムをキットに取り付けてやる」と、言うと、タトゥーの入った腕をまくり、僕に「タムを押さえてろ」というと、ドリルでタムのシェルに穴をあけはじめた。

結構大きい穴をあけねばならず、また、開けた後にも金具部分をしっかり取り付けなければならず、これは大変な作業だ。

ビリーさんは、タムのシェルを押さえる僕に指示を出しながら、FxxKという頻度を12秒に一度から8秒に一度に増やしつつ、額に汗してドリル作業を進めていく。ひええ、有名なバンドの人にこんな作業させちまった。

 

そしてタムはキットに無事取り付けられた。

しかし、時間どおりとはいかなかった。ショウの時間をいくぶん過ぎてしまった。サウンドチェックをしている時間もない。

演奏前の準備もきちんとできたとは言いがたい。僕は内心、ドラムキットの確認をしておかなかったジェイクのうかつさを責めたい気持ちもあったが、演奏をはじめなければいけない。

それほど多くはないものの、バーには既にお客さんがそれなりに入っている。

 

「時間を過ぎちまったからな。ショウの時間は30分だ」

ビリーさんが言う。当初は45分で8曲を予定していたが、この状況では5曲に縮めなければいけないだろう。

 

そして僕らの初めてのアメリカでのライヴハウスにおける演奏が始まった。

はっきりいって精神状態はよくなかった。不安なドライブに、ショウの前のこのトラブル、僕はとてもナーバスになり、ノドはカラカラだった。本来ショウの前にはウォーミングアップしてリラックスしているべき声帯は緊張状態でこわばっている。

そしてモニター環境はよくなかった。足元においてあるべき返しのモニタースピーカーといったものは存在しなかった。爆音の中、自分の声がほとんど聞こえない状態で歌わなければいけない。

こんな状態の中で声が出るわけはない。ましてやハイトーンがスムーズに出るなんてことはありえない。

ヴォーカルの調子に関しては最悪だったと思う。

 

しかしそれでも僕らはエキサイトし楽しんだ。

なぜならここはアメリカだ。ルールなんてない。お約束もない。

たとえ完璧でなくたって、自分たちのやり方で魅せる。

ヴォーカルが声が出なくとも、ギターの調子は悪くなかった。つまりはこれが僕の武器だ。

僕らは自分たちの飾らない奔放なエンターテインメントをたしかに放り投げた。

やけくそなノリも手伝ってMCで映画のパロディのジョークを言ってみた、これが非常にウケて観客との距離が縮まった。

そしてやけくそな勢いを最後の曲のWinning Songにぶつけた。

勝ったという感覚があった。

 

演奏が終わってみれば、その後のすべてのショウでそうだったように、たくさんの握手と賞賛と肩をたたかれ、Awesome、Kick Assといった言葉の雨を、その夜の最後まで言われつづけた。

この日はやはり月曜日でお客さんの絶対数は少なかったけれど、メーリングリストにも何人かの人が署名してくれた。Tシャツも売れた。Eddie Van Halenだと言ってくれた人もいたし、Loudnessだと言ってくれる人もやっぱりいた。

ビリーさんも、Awesome Job、と言ってくれた。

 

この日はその後に3バンドくらい演奏していたが、トリのレゲエバンドなんかは結構お客さんを集めていたけれど、いちばんお客さんの心に特別を刻み込んだのは、間違いなく自分たちだという手ごたえと自負があった。荒い演奏ではあったが、勝ったと思った。この手ごたえは、ツアー中通して、どの夜もそうだった。唯一、引き分けたかなと思ったのはNew Yorkで対バンしたMayday Radioくらいだった。このAustinの夜、僕らは、よくないコンディションの荒い演奏であっても、お客さんに与えられるものがあることを学んだ。

 

どう思い返しても、この日ビリーさんに助けてもらったことは、本当にありがたかった。

ダラスでこの電動ドリル工事を自分たちでやったとしても、きっと苦戦しただろうし、その後の日程を考えても、ここでビリーさんにドラムキット組み立てを助けてもらって、本当に感謝でいっぱいだ。Fxxkを連発しながらもあんな大変な作業をハードコアにやってくれたビリーさんは本当に良い人だと思った。

ドラムキットが無事に完成したとき、

「ありがとう、ビールをおごらせてくれよ」

と言ったら、

「いいってことさ。これが俺の仕事だからな。」

と言われた。

英語でいうとさまになる。シンプルでかっこいい言葉だな。

 

 

しかし、オースティンの夜はやはり最高だ。

SXSWの期間中のようなお祭り騒ぎは無いけれど、やはり、自由で甘い匂いが、夜いっぱいにたちこめている。

この街の夜には明らかにマジックがある。

ロックを好きな人なら、この町を好きにならないはずがない。

そして、2年前のSXSWで嗅いだのと同じように、この夜、レゲエバンドが演奏をはじめた夜更け過ぎに、どこからともなくマリファナの匂いが漂ってきた。誰が吸っているのかわからないけれど、はっしー、ジェイク、うちの嫁さんにとっては、たぶん初めて嗅ぐ匂いだっただろう。僕らは一応クリスチャンバンドだから、葉っぱも吸っちゃいけないことになっているし、吸う気もない。うちはしょせんは真面目なバンドだ。真面目といわずに、"Straight Edge"といえば多少かっこよく聞こえるだろう。

 

会場を後にしようとしたが、路上でそのへんの兄ちゃんと限りなく話が弾んでしまう。

兄ちゃんは明らかに葉っぱに酔っているようだったし、そのうちホームレスが小銭をせがんできた。兄ちゃんは今度はホームレスと会話が弾んでしまった。素敵な夜だ。

 

モーテルに戻ったのは夜もかなり更けた頃だった。

ビリーさんのアドバイスどおり、機材を乗せた車は、盗難にあいにくいようにと、モーテルの正面玄関のなるべく近くの明るい場所、安全と思われる場所に停めた。

 

こうして僕らの最初のショウが終了した。

 

 

 

 

 

 

mixi日記の記録

 

Austin TX

2009年04月07日14:58
 

さて最後のレゲエバンドが演奏するにいたってライブハウスにはマリファナの匂いがたちこめてます。

すべて祝福された昨日のダラスICCの演奏と比べて今日はある程度試練の日でした。
余裕のないドライブやドラムキットの準備のトラブルなどで精神的にも時間的にも余裕なく、そのせいかヴォーカルは最低の調子でした。
しかしそれでも絶対領域としてギターはばっちりだったこともあり、終了後は多くのお客さんから声をかけられ肩を叩かれました。わずかながらマーチャンも売れました。

そしてアドリブで言ったジョークが結構ウケてくれたのでそれでオーケーです。

やはり一昨年以来あんなに訪れて演奏したいと思っていたオースティン、やはりハッピーです。

月曜日という条件下ですが、こんな状態ではあってもこの夜の他のバンドを上回って刻み込んだ手応えがあります。

iPhoneからなので写真は適当ですが。

今日は時間なかったから明日の朝にでも六番街で写真撮りたいな。

ハコのサウンド担当はちなみにSODの(だった?)というビリーさんという人でした。

感謝!
 

モーテルより位置情報更新

北緯: +30.3197 東経:-97.7158 (誤差: 1120m以内)から投稿しました。
http://maps.google.com/maps?hl=ja&q=+30.3197,-977158&ll=+30.3197,-97.7158&spn=1120&z=14

Posted from MixiDock mini

 

 

 

 

April 6th, Austin TX, Setlist

1.i love you, now ur on your own

2.Karma Flower

3.Iron Hammer

4.First Pop

5.Winning Song

(セッティングトラブルのため5曲のみの短縮セット)

 

 

 

(続く)

 

  

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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