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無名バンドによるアメリカツアーの方法と記録 "Rock, Faith, Anime 2009" (インディーズバンド、海外ツアー、アメリカツアー、USA tour、方法、やり方)
その10 Seattle WA 4月16-19日
そんなわけで僕らはニューヨークでの日程を終えて、シアトルへと出発した。 ドーナツやら地下鉄やら、マンハッタンに名残を惜しんで、JFK空港へ。 JFK空港へ向かう電車の車窓からも、かなりかわいらしいきれいな住宅地が見えていたことを覚えている。
実のところは私と嫁さんに関してはシアトルは二度目だった。 少し遅めの新婚旅行で訪れた場所だった。 そのときも、Van Halenのコンサートを見たり、地元のライヴハウスを見てまわったりと、かなりロックを満喫した旅であった。 その際も、アメリカでライヴをやりたい、この街で演奏できたらなと思って、シアトルのライヴハウスを調べてあったので、今回この街は、ちょっとだけ勝手がわかっていた。
シアトルに到着したのは夜だったが、その際に来たときと同じように、上空からシアトルの夜景の明かりが見えた。 上空からひと目見ただけで、この街は好きだと感じる。 やはり僕らはシアトルはお気に入りらしい。 そして街を去るときには、バンドのメンバー皆がこの町を好きになっていた。
実際僕は空から見る夜景が好きだ。 2年前に米持師匠と一緒にオースティンを訪れた際に、夜の上空から見たオースティンは、本当に希望に満ちた宝石箱のような光景だったし、同じく米持師匠や仲間達とドイツにレコーディングに訪れた際に、上空からの夜の眺めには感動を覚えた。 日本の場合だと狭い国土にすきまなく住宅が密集していてそうはいかないけれど、外国の場合は、森や、なにもない土地が暗く続き、そこに街の明かりが見えてくるそのコントラストが美しいと思う。また、そんな広大な国土や自然を上空から見て感じられることはそれ自体大きな刺激だった。世界は本当に広いんだ、と思わせてくれるからだった。
なにはともあれ、その「お気に入りの街」であるシアトルに到着する。 空港からの移動も、ちょっとだけ勝手を知っているだけあって、スムーズに行くことができる。 今回僕らは、ニューヨークのときと同じような作戦で、ダウンタウンにある安いホステルを予約したのだが、ダウンタウン行きのシャトルバスを利用して、その近くまで行き、数ブロック歩いて宿に到着した。
ここのところの経済状態のせいか、夜のダウンタウンの雰囲気も、少し悪化しているような気もするが、そうはいってもアメリカはだいたいこんなものかもしれない。気分は悪くない。シアトルに戻ってきた。
ホステルに到着して、最初に気づいたのが、僕らのギグのポスターが、ホステルの中のそこかしこに貼り出されていることだった。もちろん僕らは、出演する各ライヴハウスにポスターを送付しておいたが、ついでにこのホステルであるとかその他何箇所かにも送っておいた。だが、こうも大々的に貼り出してくれるとは思わなかった。ちょっと恥ずかしい。だが、とてもありがたい。
日本人専用だったニューヨークのホステルと違い、シアトルのダウンタウンにあるこのホステルは、老若男女いろんな人がいて、非常に活気があふれていた。イージーな雰囲気も心地よく、ラウンジや食堂も充実していて、なかなか楽しい宿だったといえる。他の旅人との交流もできるし、旅のスタイルさえ合えば、普通におすすめしたい感じだ。
この日、寝る前に窓の外に、ちらっと小雨が降るのを見たような気もするが、結局僕らはシアトルに3泊4日居て、一滴も雨にぬれなかった。4月ということで、夏にはまだ早く、雨のシーズンが明けるか明けないか、知ってのとおりシアトルといえば雨の街なので、天気は期待していなかったが、冗談のように毎日快晴続きだった。 このツアーの中盤、トルネードやらなんやらで、少しだけ天候に恵まれなかったこともあったが、最後のシアトルで、雨に一度も会わないという幸運があったことを、僕たちは喜んだ。感謝だ。
翌日はギグの日だったが、昼間は例によって観光する気まんまんだった。 前述のとおり、僕と嫁さんはこの街に来るのは二度目で、前回のときにかなり観光はしたのだけれど、今回も、近場の定番どころはいくつか訪れた。
Pike Place Market、Starbucksの一号店、シアトルセンター、スペースニードル、Experience Music Project。 前回来たときに寄ったいくつかの気に入った店を訪れることもできた。 天候が快晴だったことでスペースニードルの上からの景色は最高だった。 上から見る限り、やはり非常にプリティで魅力的な街である。
前回来たときに、ひとつだけ訪れることのできなかった場所があって、それはUniversity Districtのあたりなのだけれど、そこは、ギグが終わって翌日に行くことができたら良いなと思っていた。だが、歩いていくのも骨が折れるし、バスを乗り継ぐのも勝手がわからない。さて、どうしようかと思っていた。
ともあれ、ドーナツやテリヤキで腹を満たし、宿に戻って楽器を持ってくると、僕らはギグのため、ライブハウスに向かった。 今回シアトルでブッキングしたのは、The Mixという、ちょっと変わったハコだった。Georgetownという、ダウンタウンから、ちょっとだけ離れた場所にある、アートギャラリーでもあるハコだということだった。 シアトルは、ミュージックシーンは結構盛んなようで、ライヴハウスもわりと多いので、他にも選択肢はあったのだけれど、今回このヴェニューを選んだのは、近年アーティストたちがたくさん移り住んできている流行の地域であるというこのGeorgetownを、どんなもんだか見ておきたいという意図があった。
だが、ダウンタウンのハコにしておけば歩いていけたのだけれど、ちょっと離れたハコを選んだために、僕らはあちこちで人に聞きながら、バスに乗って、バスでも隣の人や運転手にいちいち確認しながら、やっとたどり着いたのである。
さて、ハコの付近に到着すると、ハコの隣の路上で、人々がパーティーをやっていた。 もう少し正確に表現するならば、イカれた連中がストリートパーティーの真っ最中だった。 連中は、きっと、この辺りに住む、それぞれになんらかのアーティストなのだろう。 まっとうに生きている連中には見えないが、それぞれに、知的で創造的なエナジーを感じる。 皆、酔っているようだったが、ゴキゲンだった。 「何、ここにショウをしに来たのか、日本のバンドか、おい、お前の名前はなんだ、Takか、いや、Tankか、そうだ、お前は今日からTankだ。おいみんな、オレの新しい友人のタンクを紹介するぜ」 みたいな感じだ。なんだかケツの刺青を見せびらかしてるやつもいる。とにかくクレイジーだ。 「オレたちが牢屋に入ってないなんて不思議でしょうがないぜ!」 とか言ってる彼らは、ちょっと強がりも感じるが、若いエナジーにあふれていた。
だが、いつまでも付き合ってられないのでとっととハコに入り、準備、サウンドチェック。 今回、僕らをブッキングしてくれたのは、実はこのハコのマネージャーではなく、外部のブッキングエージェントだった。ブッキングだけでなく、フェスティバルの企画や、アーティストのサポートもしている連中だった。シアトルはリベラルで、アートや音楽もかなり盛んな街のようだが、その中で、彼らもDIYの精神を大事に、苦労しながらもがんばっているようだった。
このThe Mixは、今回プレイしたハコの中では、おそらく日本の一般的なライヴハウスにいちばん近い感じのヴェニューで、たとえば新宿Marsを3段階くらいレイドバックさせた感じで(笑)、音の方もちゃんとしていた。 この日、ギターアンプ、ベースアンプ、ドラムキットとすべて、対バンのHardisonさんとLagunaさんに貸してもらったが、Ampeg製のギターアンプは、オールチューブで、スムーズな歪みを得ることができて問題はなかった。 また、スクリーンに映像を流すことが可能だったため、Karma Flowerの演奏時に、好評のアニメーションによるPVをバックに流すことができた。
この夜は僕らは3バンド中の一番手だった。 さて問題は集客だが、ひとつ幸運なことに、さきほど表でストリートパーティーをやっていた連中が、通りかかった日本人のグループに声をかけて、今から日本人のバンドが演奏するんだぜ、と誘ってくれたことだ。おかげで、その日本人のお客さんたちが、中心になって騒いでくれて、ショウの盛り上がりを助けてくれた。そして、Nashvilleの時ほどとはいかなかったが、それでも僕らが演奏を開始する際には、そこそこにお客さんが入ってくれた。でっかいショウではないかもしれないが、今回の僕らには、十分だ。そして、今ここにいる彼らをノックアウトさえすればいいのである。 そして僕らは気持ちよーくお客さんをノックアウトした。 自分たちの機材ではないし、多少のばらつきこそあったけれど、NashvilleやLittle Rockでやったショウに負けないくらいのショウになった。"Juku-Shiki"におけるiPhoneを使用したパフォーマンスも成功した。やはりシアトルはいいところだ。 そして、ツアーを通じていちばんたくさん演奏した"Only One Wish"はこの日は完璧といえる出来だった。
ショウの後には、終始応援していただいた日本人グループの方々と、メンバーとの間で交流が弾んでいた。 他のお客さんからも非常によいリアクションが得られた。 この夜は、今回のツアーの最後のショウだったわけだけれども、大好きな街で、ばっちりな手ごたえのもとに、確実に自信をつけて終えることができた。いくばくかのギャラと、自信という成果を持って、僕らは会場を後にしたのだった。
このショウには、シアトルで会う予定になっていたレイさんとレイコさん夫妻も来ていただいていた。 レイコさんを紹介していただいたのも、ダラスの教会つながりであり、ケンさんが紹介してくれたのだった。 ご主人のレイさんはミュージシャンでもあり、非常に気に入ったと言ってくれた。 僕らは、ご厚意に甘えて、ダウンタウンの宿までご夫妻に送ってもらったのだった。 そしてご夫妻は、僕らの明日の観光も世話していただけるという。 非常にありがたい、ありがたすぎる。感謝でいっぱいだ。 僕らが感謝の祈りをささげてから眠りについたのは言うまでもない。
翌朝、楽しいホステルの朝に目覚めると、宿の玄関口にてレイさんとレイコさんご夫妻と合流して、車にのせてもらい、シアトルを満喫する一日の始まりだ。 そうはいっても僕らはクリスチャン。 まずはやはり教会に行くのだ。 この日は土曜日だったが、ご夫妻が所属する教会で、たまたま特別に講義集会がある日であり、僕らはそこにお邪魔させてもらった。シアトルから南に向かい、Tacomaという街へ着いた。まさかTacomaの方まで来れるとは予定外だったのでうれしかった。 そして、車の車窓からは、Mt.Rainierが見えた。 実は僕と嫁さんは、前回初めてシアトルを訪れた際にも、マウントレーニアを見ている。 シアトルは天気が悪いので、マウントレーニアはなかなか見えないらしいが、こうしてまた見ることができたのは幸運だったと思う。
シアトルやタコマの話を聞きながら、クリスチャンにとっては必ずしも良いことばかりではない、保守的なテキサスの方とくらべて、リベラルが強いシアトルではクリスチャンは必ずしも強い土壌では無いこと、またこのあたりの地域の霊的な環境や背景といった話を聞きつつ、私達はタコマの日本人教会に到着した。 そこは、コンテンポラリーなスタイルで確率されたダラスのICCや、伝統的なスタイルでestablishされたアトランタの日本人教会と違い、まだ現在、築き上げている最中の日本人教会だったと思う。 実際に、新しい礼拝堂の建設があらかた終わったところで、僕らもその新しい礼拝堂を見せてもらうことができた。
レイさんのアコースティックギターで賛美が行われ、アリゾナから来たゲストである牧師さんの講和を拝聴し、そして今度も私(Tone)はアコースティックギターの弾き語りで1曲賛美をさせていただくことができた。本当にうれしいことだ。例によってStarfieldの曲を演奏したが、こういった場で歌うと本当に、神様への愛があふれて歌うことができる。普段の自分のヴォーカルスタイルとはまた別といった感じだ。
T牧師も非常にきさくでテンションが高く、私達はT牧師に祈っていただいた。 こういった、これから発展していく教会と縁を持つことができてよかったと思っている。
さて、教会を発った後、僕らは、レイコさんご夫妻とともに、タコマの街並みや、レイコさんの勤め先でもある高校を見て、再びシアトルのダウンタウンへと向かった。ひとつには、ダウンタウンにあるEmerald City Guitarsという楽器屋さんを見るため。ここはヴィンテージ系のお店で有名らしいが、前回シアトルを訪れた際には訪問できなかった場所であり、ちょっと行ってみたかった。すると、ミュージシャンでもあるご主人のレイさんは「いいね!行こう!」となったわけである。 今回のツアーの中で、大手チェーンのGuitar Centerは何度か利用したけれど、正直、ありきたりなチェーン楽器屋といった感じで面白味がなかった。しかしこのEmerald City Guitarsは逆にヴィンテージ過ぎたけれど、それでもやはり面白かった。2年前にAustinを訪れた際には面白い楽器屋さんや、質屋(Pawn Shop)などもたくさんあったので、ああいうところだったら退屈しないと思うのだけれど。
そして次に、以前シアトルに寄った際にも訪れた、日本酒専門店のSakenomiを皆で訪れることができた。実はここにもショウのチラシを事前に送っておいたのだけれど、店のご主人は僕のことを覚えていてくれた(!)。前回訪れた際に話したので知っているが、ご主人は日本に住んでいたときは、横浜に居て、しかも菊名近辺に居たのである。僕もはっしーもそのあたり在住なので、皆一緒だ。僕は、前回訪れた際に、音楽をやっていて、このシアトルでいつか演奏したいという話をしていたのであるが、こんなに早くそれが実現してうれしい限りだ。こうしてバンドの皆で訪れることができて嬉しい。
ダラスのケンさんに、日本みやげで日本酒を頼まれたた際には、獺祭という酒が希望という話だったが、、空港で買うしか方法がなく、選択肢が限られており、結局、玉乃光の雄町の吟醸を持っていった。しかし、さすが日本酒専門店ということで、ここシアトルまで来て、獺祭を見つけることができたのである。大吟醸はちょっと高かったので、吟醸にして、さっそくそのバーで飲んだけれど、非常に味に豊かなふくらみがあって素晴らしかった。日本酒には特別に思い入れを持っている私と嫁さんにとっては、好きな場所で好きな酒を飲むというのはやはり格別である。 レイさんと店のご主人も話が弾んでいるようだった。 その後、僕らは店を出て、Pioneer Squareを観光したのだった。
しかしご主人のレイさんは素敵な人だった。 元軍人で、ずっとミュージシャンで演奏を続けているとのことだったけれど、大きな体で、年齢もそれなりにいっているのに、まるで少年のように無邪気でいたずらっぽい部分を持ち続けている人だった。 ミュージシャンとしては、最高の仲間になれるタイプだ。 そんな無邪気で素敵なレイさんと、またレイコさんが、夫婦仲睦まじいのだ。 レイコさんも気取らないタイプのクリスチャンで、そんなお二人と一緒にいるのは、とても楽しい時間だった。
次に僕らはCapitol Hillへと向かった。昨晩対バンしたHardisonの方が、僕らのショウを録音してくれていて、そのミックスが出来上がったという連絡が入ったので、CD-Rを受け取りに行ったのだった。感謝。 このキャピトルヒルのあたりも、僕と嫁さんは、前回の訪問のときに散歩していた。どんだけたくさん歩いたんだ、という感じだけれど。初めて訪れたときの印象は強烈なのだ。道や景色もかなり覚えていた。
そして、同様に前回の訪問時、すぐ近くまで歩いておきながら、時間切れで訪れることのできなかったUniversity District、そしてFremont地区を、レイさんたちと一緒に、車で訪れることができた。以前来たとき、僕と嫁さんは歩くのに疲れて、University Bridgeの真ん中で引き返したのである。やっとこの橋を渡ることができたときにはちょっと嬉しかった。University Bridge、そしてFremontは、若者の街ということもあり、ひたすらに活気があり、おしゃれで、かつプリティな場所だった。車の中からささっと周っただけだけれど、その遊園地かというような楽しい雰囲気にはすっかりわくわくした。 そして、観光スポットのひとつでもある、トロール像も眺めることができた。なんでも、少年時代のカート・コバーンが、家出をした際にここで一晩を過ごしたとか、過ごさないとか、本当かどうかわからないけれど。
まったく関係がないが、前回の訪問時にちょうど僕らが引き返したUniversity Bridgeのあたりに、Red Robbinの1号店があった。Chattanoogaでブッチ牧師がおごってくれたやつだ。ちょうど前を通り、Chattanoogaで食べたというと、レイさんもこれは最高のハンバーガーだと言っていた。以前来た際、たしかにこのお店があったのは記憶していたから、このちょっとした偶然に、軽く驚いた。
その後、レイコさんは、友人のレンさんご夫妻を呼んでくれて、University Bridgeのすぐ近くのレストランで食事をすることができた。屋外のテラスでだ。 実はこのUniversity Bridgeのあたりは、前回、引き返した場所ということもあり、私にとっては、ずっと夢に見ていた場所だったりするのである。結構きれいだし。そんな場所で、こうして皆と、食事をすることができるのは、ちょっと嬉しいのだった。川は目の前だし。こうして、レンさんご夫妻と、たとえ少しであっても、一緒の時間を持てたのも、とてもかけがえなく嬉しいものだった。外国に暮らす日本人にも、いろんな人がいる。そういった方々の人生を垣間見ることができるだけでも、価値のあることだ。
そして僕らは、うちの嫁さんがロック系服屋さんを見たいといったため、ショッピングモールに寄り、ウォルマートに寄り、そしてレイコさんとレイさんのお家に戻ってきた。やはりネコちゃんたちが迎えてくれる。 そして、レイさんのガレージは、完全にスタジオになっていた。ドラムキットからアンプからマイクにレコーディング機器までそろっている。そして短い時間ではあったがジャムが始まった。晩ご飯ができたよー、との声とともにそのジャムは終わったけれど、一日の終わりまでがそんなであるから、どんなに楽しい一日だったか想像してほしい。 そして一日はまだ終わらなかった。皆で食事を取った後、レイさんはアコースティックギターを持ち出して、そして僕はどんどん無茶な曲をリクエストするが、キャリアの長いレイさんはほとんどそれが弾けてしまう。知らない曲は無いという感じだ。The BeatlesのA day in the lifeをアコースティックギター一本で再現するに至って本当に感心してしまった。
長い夜だった、レイさんとも、音楽についていろんなことを話した気がする。 また、レイさんのCDコレクションを見ると、アメリカ人なのに、90年代のBritPopに造詣が深く驚いた。OasisやBlur程度ならわからないでもないけれど、MansunやKula Shakerにここまで詳しいアメリカ人もいるんだなということに軽く驚いた。日本のバンドではGlayとThe Yellow Monkeyが好きだということだった。うーん、王道だ。
そして実際は短い夜だった。 なぜなら、僕らは早朝の飛行機でシアトルを発たなければいけないからだった。 こんなにも早く、車で空港まで送っていただいたレイさんとレイコさんには本当に感謝だ。 シアトルに良いお友達ができてよかった。 僕らは、かならずまた戻って来ようという確信とともに、シアトルを発った。 そしてロサンゼルス経由の便で、成田へと飛び、何も変わらない日本へと戻ってきたのだった。
ツアーを総合して振り返ってどうだったかは、先だって記述しているので、ここでは書かないでおこうと思う。
ひとつだけ記録しておきたいのは僕らは祈ったということだった。 クリスチャンのバンドとしては当然のことだけれど、 たとえば、日本でも、リハーサルの前後に、たびたび祈りの機会を設けてはいるけれど、 今回、真剣で、見知らぬ外国、またリスクもある冒険のツアーだからこそ、 毎朝、一日を始める前に、僕らは全員で祈った。ギグの前は自然なリズムを優先するためにあえて祈らなかったけれど、個人個人では祈っていたはずだ。そして毎夜、神様に感謝の祈りをささげた。 ジェイクはこの旅でジーザスを受け入れた。はっしーも、毎日の安全、そして運転について、本気で祈っていたという。 そして、それらの祈りが実際に結果として効果があったことを、皆がそれぞれに実感していた。 大事なことは、僕らは、この旅の中で、皆が本気だったということだ。 はっしーやジェイクにとっての信仰は、まだこれから長い道のりかもしれないが、 そして、この旅で正式に洗礼を受けることのできた私と嫁さんにとっても、やっと本当の始まりに過ぎないのかもしれないが、 僕らは扉を開けた。確実に。それだけは言える。 開けたからには、歩いていかなければいけないのだと、何も言わなくても、皆がわかっている。
さあ、旅の始まりだ。
(了)
mixi日記記録 Seattle WA 2009年04月18日18:37 シアトル、まさかの快晴!
帰りまちた 2009年04月20日17:03 とりあえず皆事故もなく帰りまちた。
しあとる最終日 2009年04月21日09:30
April 17th, Seattle WA, Setlist 1.Winning Song 2.Iron Hammer 3.Changes! 4.i love you, now ur on your own 5.Only One Wish 6.Karma Flower 7.Juku-Shiki 8.First Pop 9.Big World
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