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無名バンドによるアメリカツアーの方法と記録 "Rock, Faith, Anime 2009" (インディーズバンド、海外ツアー、アメリカツアー、方法、やり方)
我々「伊万里音色」(IMARi ToNES)は、無名のバンドながらに、 2009年4月、ひとつの念願でもあったアメリカのライヴ・ツアーに行ってきました。 南部を中心に8都市を周り、ライヴハウスや日本人教会にて演奏をしてきて、 かなりの好評と、大いなる手ごたえと、素晴らしい記憶と体験と、多くの出会いを得てきました。 もちろん、費用もそれなりにかかったのも事実です。
インディーズバンドであっても、アメリカやヨーロッパへ、ツアーや、演奏をしに行くことは、 それほど珍しいことではなくなってきていると思います。 記録や、資料、参考の意味もこめて、WEB上の情報として残しておこうと思います。
私達のバンドのツアーが、今回、比較的恵まれていた理由として、 私達「伊万里音色」が、クリスチャン・バンドであったことがあげられると思います。 私達のバンドは、ごく最近、クリスチャンロックを名乗るようになり、 今回のアメリカツアーは、そのクリスチャンバンドとしてのいわば第一歩ともいえるものでした。 アメリカには、もちろんキリスト教徒の方はたくさん居り、 また、日本ではキリスト教徒というのは比較的少ないこともあり、 ツアーの訪問先のいくつもの街で、 日本人教会のお世話になり、また、クリスチャンの日本人の方のお宅に泊めてもらったりと、お世話になることができました。 また、今回は、音楽の旅であると同時に、信仰を求めての旅でもありました。 その目的意識の違いが、ひとつ、ただの演奏ツアー以上に、精神的な目的や充実をもたらしたことも事実です。
また、日本ではいざ知らず、アメリカにおいては、「仏教の国であるはずの日本から来たクリスチャン・ロック・バンド」というのは、それだけで、ちょっと珍しい立ち位置にあるため、その意味でも、少しユニークなツアーだったと思います。
そういったいくつかの理由により、今回の私達のツアーは、普通のロックバンドがツアーをするときよりも、少しだけ有利な条件だったかもしれません。
今回のツアーは、紛れも無く、私達のバンドにとって、初めてのツアーであり、 また、もちろん初めての海外公演でもありました。 アメリカのオーディエンスの反応が、いったいどういうものなのか、 どういった地域に、どういった特色があるのか、 どうやってツアーをするのか、 ていうか、アメリカってどういう国なのか。
いろいろ含めて、初めてであり、初回の実験的なツアーであったといえます。 17日間という、それなりに長くそれなりに短い日程もそうですし、 南部を車で周ったのちに、ニューヨークとシアトルにぽぽーんと飛ぶという、ほとんど無茶な旅程を組んだのも、 多少無理してでも、今回はまずいろいろ見ておきたい、という理由によります。
まず、ツアーをする前に、準備をする必要がありました。 今回私達は、いわゆる、クラブというのか、ヴェニューというのか、キャパが100人200人といった、小さめのライブハウスで、ブッキングをしました。(よく知られているとおり、ライブハウスという言葉は、和製英語のようです。) 日本のライヴハウスというのは、独特のシステムとスタイルだと思いますが、 今回私達が演奏したのは、バーのような場所、大きめのレストランにライヴスペースが併設されているような場所、まったくインディーズのための倉庫のようなライヴハウス、などなど、といった感じでした。
ブッキングは、インターネットを通じて行いました。 中には、CDやプレスキットを送らなくてはいけないクラブもありますが、 ほとんどのヴェニューは、MySpaceであるとか、Sonicbidsなど、インターネット上で曲やプロフィールのやりとりを通じてブッキングができるようです。 どうやって、アメリカの各地域のライヴハウスを調べて、連絡を取ったかというと、 名前等はあげませんが、ちょっと調べれば、インターネット上に、そういった、クラブ、ヴェニューのリスト、ディレクトリ、そういったサービスを提供しているウェブサイトがいくつか見つかるはずです。 そういったウェブサイトを通じて、各地域、街のクラブを調べ、手当たり次第にメールを送りました。 場合によっては、電話もかける必要がありました。 時差もありましたし、クラブによって、昼間かけてくれとか、夜にかけてくれ、とか、まちまちで、厄介でした。 そうしてやりとりをしていくうちに、私達のようなバンドでも、大体、行きたいと思った街で、ブッキングをすることができました。 今回のツアーは4月に行いましたが、確か、ブッキングのための調査や、メール送信を始めたのが、12月だったので、4ヶ月前から準備を始めたことになります。実際にメールの反応は、12月や1月の反応は、少し早すぎたかな、くらいの感じで、今回くらいの規模のツアーであれば、これくらいの準備期間で大丈夫なんじゃないかという結果でした。 またひとつ注意すべきこととして、アメリカのライブハウスは、週末しかライヴをやらないお店が多いです。 週末というのは、金曜日と土曜日の夜のことで、つまりライヴをやるなら金曜と土曜の夜がいちばん良いということみたいです。 だから、それ以外のウィークデイ、特に週始めの月曜とか火曜にブッキングしてくれるハコを探すのは、結構大変かもしれません。大きな街、ライヴハウスのたくさんある街ならば、月曜や火曜でも可能性が高まると思いますが、小さい街だと厳しいかもしれません。
また、よく知られた話だと思いますが、アメリカのライヴハウスには、日本のライブハウスのように、アンプや、ドラムセットなどの機材が、常設してありません。アンプや、ドラムまで、自分たちで持ち込まなければいけないので、日本の感覚で楽器だけ持っていくと、困ってしまうかもしれません。 今回、私達は、事前に、あらかじめ通販でアンプやドラムキットを現地で買っておき、協力してくれたケンさんの家で預かってもらい、現地で受け取って使用しました。 南部を車で周って訪れた街では、それらの機材を使いましたが、その後、国内線の飛行機でニューヨーク、シアトルと、何度も飛ぶ無茶な日程を組んだので、New YorkとSeattleには、それらのアンプとドラムセットを持っていくことができないため、その二つの都市に関しては、別の方法を取りました。 というのは、都会で狭いからなのか、アメリカの中でも、New Yorkのライブハウスには、Backlineといって、常設の機材が、用意してあるところが多いようです。今回僕達がニューヨークでブッキングしたハコも、アンプやドラムがほとんどそろっていたので、日本と同じように、ギターやベースだけ持っていけば良かったわけです。 また、シアトルに関しては、ある程度、融通のききそうなライヴハウスだったため、ブッキングエージェントや、対バンに、あらかじめメールで相談して、機材を貸してもらいました。わざわざ日本から来るという事情もあってか、こころよく貸してくれました。とても助かりました。
レンタカーの手配もする必要がありました。 バンドで、機材を積んでの移動ということで、やはり、レンタカーのウェブサイトにある、いちばん大きい車種、ミニバンを選ぶことになりました。レンタカー会社も、いろいろと安いところがあり、またクレジットカードの種類でも割引があったりしました。それでも、大きな車種になるとやはりコストが高くなりました。また、今回、Dallasで借りてAtlantaで返却するということで、乗り捨て料金が300ドル追加されました。これは、ちょっと大きいので、次回以降検討したいところです。ひとつ意外だったのは、ミニバンは、結構早くなくなってしまうみたいです。台数が少ないのか、需要があるのか。バンドがツアーで皆使っているとでもいうのか。ちょっと注意という感じでした。そして、実際に借りる段になって、もうひとつ大きくして、とか、タイヤの溝が磨り減っている、とか、結構いちゃもんをつけて、新車に替えてもらったりもしたのでした。
また、アメリカのツアーでは、やはり、日本でやるよりも、反響がダイレクトで、物販、マーチャンダイズも、たくさん売れると思います。今回、私達も、Tシャツや、販売用CDなどの手配をしていきました。 Tシャツは、完全に今回のツアー用に、アメリカの業者で注文しました。 作ってみてわかったのは、日本で作るよりも全然安く作成でき、また、インターネットでデザインや注文ができるため、便利だということです。日本でTシャツを販売すると、どうしても3000円くらいはしてしまうと思いますが、アメリカで、インディーズバンドだと、12ドルとか、そのくらいで売ることも十分可能に思いました。
また、ツアー用のポスターを作成し、ライブハウスや、その他の場所にあらかじめ送付しておきました。 結局、到着してみれば、会場は僕らのポスターだらけ。少し恥ずかしかったですが。 いちばん恥ずかしかったのは、シアトルで泊まったユースホステルで、僕らのポスターがそこらじゅうに貼られていたこと。もちろん、嬉しかったですが。
アメリカへ到着する際の、入国には、とてもデリケートになりました。 先輩、先人と呼べるバンドさんたちから、入国にあたって、なるべく大きな街から入国するように、田舎の町で入国するといちゃもんをつけられる可能性が高いとアドバイスをいただいていました。オレゴンのポートランド空港などは評判が悪いため避けるようにと言われていました。今回私達は、目的地がテキサスのダラスだったこともあり、ダラスならばおそらく大丈夫だろうと思い、また、観光地でもなく日本人があまり行かないような経由地の便を避けて、ダラス直通の飛行機を選んだのでした。 私達は、それほどドレスアップするバンドでは無いので、入国にあたっても、それほど怪しまれたりする可能性は少なかったと思います。飛行機に乗る際に、楽器はすべて預け入れにして、身につける手荷物には、音楽関係のものは入れないようにしました。また、テキサスの教会から送っていただいた紹介状もありましたので、それは奥の手として取っておきました。しかし、実際は、心配していたほどではなく、何のトラブルも、難しい質問もされることなく、入国のゲートをくぐりました。これらの問題は、ある程度、経験とキャリアが出来てくれば、関係がなくなります。そのあたりの事情は、自分で調べるのが良いでしょう。
また、僕らが出発する少し前の時期から、ESTAというのが義務付けられました。事前の登録審査です。簡単なものですが、バンドのメンバーで皆で家に集まって、慎重に、パソコンから申請したのでした。全員、「許可」の結果が表示されたときには、ほー、っと、安堵のため息でした。
そんなふうに、慎重に心配していたんですが、入国も、税関も、かなり実際はゆるーく、 空港に迎えに来てくれたケンさんに、「心配することなんてないって、神様がついてるんだから」と、笑い飛ばされてしまいました(笑)
そんなこんなで、私達は、バンドとしては初めて公式に、アメリカの地を踏んだのでした。
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