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2018年 2月の日記です


■…2018年 2月25日 (Sun).......切り売りプロジェクト is now 復帰プロジェクト
昨年の4月頃に作曲して、「切り売りプロジェクト」と名付けていた仮のプロジェクトであるが、
結局、現行の[Tone - Hassy - Jake]体制のイマリトーンズで取り組むことは出来ず、今度完成させた"Overture"が、現在のイマリトーンズのメンバーで作り上げた最後の作品になった。

次に取り組むのは、例の自分の中での究極である「鍋島」であるので、この「切り売りプロジェクト」が日の目を見るのは、その後のことであり、いったいいつになるのかわからない。

また、僕は「鍋島」の作曲を終えて以来、基本的にイマリトーンズ用の曲が書けていない。それは、その「鍋島」が、イマリトーンズの音楽として自分の中で「これで打ち止め」と言えるものだったからである。
そして、"Overture"の楽曲は、その余りというか、その余力でついでに書いてしまったものである。

だから、昨年書いた「切り売りプロジェクト」の楽曲は、「いかにもそれっぽいハードロックをわざとらしく書いてみた」というものであって、Genuineに心から書いた本気の楽曲という感じでは、残念ながらない。

と、ここへ来て、2月中に、急にいくつか曲が書けてしまった。
そんで、これもその「切り売りプロジェクト」に入れてしまっていいんじゃないか、と思って、また過去に作ったデモというか楽曲のメモをちょこっとほじくりかえして聞き返してみたら、これも使えるんじゃないか、というのがひとつふたつあり。

もともと、「ジーザスモード」用に書いた曲の余りを足して、6曲入りとしていたこの「切り売りプロジェクト」、そうこうしているうちに、アルバム一枚ぶんのマテリアルが揃ってしまった。

ここ数日でも急にそれっぽい曲が書けてしまったりして、もう過去のデモをほじくりかえす必要すらなく、気が付けば13曲。前半6曲、後半6曲、プラスボーナス1曲、という感じに、(CD時代に育った自分の世代としては、アルバムは12曲という感覚がある)、十分なボリュームの素材がそろってしまった。

ただ、もちろん、それが質も伴っているかどうかはわからない。

けれども、「鍋島」の後に作る「復帰作」としては、自分の中では順当にmake senseしているものである。

復帰作、というのはちょっとおかしな表現かもしれないが、「鍋島」の得体の知れない宇宙の果てのサウンドに取り組んだ後、また元の世界に戻ってくる、という筋書きとして、この「切り売りプロジェクト」はちょうどいい素材なのである。

なので、この「切り売りプロジェクト」は、切り売りする予定もなくなったことだし、今後は「復帰プロジェクト」と呼ぼうかと思っている。たぶんタイトルをつけるとしたら"Coming Back Alive"とかになるんじゃないか。

そして、「Overture」が日本語で「鍋島」が日本語と英語半分だったとしたら、この「復帰プロジェクト」は、また英語でやればいいのだ。日本人のちょっと変わった英語で世界向けに発信してきた、その得意のスタイルに戻ればいいだけのことだ。

そして、その内容は、素直なハードロック、という感じのものである。「切り売りプロジェクト」として書いた楽曲がそういうものだったから。わかりやすい、いかにも古いVan Halenというか、Van Halenの好きな僕がやりそうな、80年代ぽいハードロックとしてわかりやすいものである。

要するに、「鍋島」みたいなレベルのものは、もう二度と作れないのはわかっているのである。二度と、というと大袈裟かもしれないが、あんなものは、一生に一度しか書けない。そのことは、よくわかっていて、だから僕は人生の中でソングライターとしては(少なくともイマリトーンズについては)「出涸らし」であって。

だから、この「復帰プロジェクト」は、本当にささやかに、ストレートにわかりやすい楽曲。もうそれしか書けない。老後だもん。
でも、それでいいじゃない、こうして戻って来ました、という作品なのである。

ただ、昨年秋に"Jesus Wind"のジャケットのアートワークを作っていて苦労していたときに出来てしまった仮タイトル"12pages"、それと、つい先日できた仮タイトルがGojoBridgeという名前になっている和風メタル、その2曲だけは、「鍋島」に入っていてもおかしくない、つまり「ポスト鍋島」として僕の中で順当に、鍋島を越えてきた後の、その流れを汲む楽曲、として言えるものだ。

でも、手応えのあるのはその2曲くらいで、あとはまあ、他にも無いではないけれど、ポスト鍋島、なんて言う表現も、どちらかといえば、「ぜんぶ乗り越えて老後」「リラックスしてシンプルに戻ってきました」「今はこれしか書けないけどすみません」という意味合いである。

それらの楽曲は、「熱きリョウwithジーザスモード」の影響か、1番2番ギターソロ、とかの構成じゃなくて、もっと短くなっていたり、とにかくシンプルだったり、するが

昨日もそのわざとらしく書いたところの「切り売りデモ」を聞き返してみたが、地獄からの生還、復帰作として、結構さわやかに、すがすがしく、感動的ではないか。

わかりやすい、いかにも80年代ぽいハードロック、ということの他に、もちろん、ポスト鍋島と言える高度(?)なソングライティングも少しはあるけれど、あとは、これも80年代だが、単純にメタルしてる、という側面も出すことが出来そうだ。
つまり、歳をとって、でもやっぱり、少年の頃に好きだったような80年代メタルのざくざくした音に戻る、みたいな。
どちらかというと80年代前半とかのNWOBHM的な音とか、ジャパメタ的な音とか、そういうのも打ち出せるかもしれない。
新しい時代の音、として、それが鳴らせるかどうかはわからないが、
新鮮な情景の中で鳴らすことは出来そうだ。

というわけで、昨年の段階で「切り売りプロジェクト」として完成していたデモは別として、その他の曲は、まだ骨組みを書いただけでデモの形にもなっていないが、僕は「スケッチ」と呼んでいるが、ギターパートの骨組みとしては、リフから間奏からエンディングまで、現段階で書けている。

これを、デモの形にするのは、ぜんぜん急がない。
なにしろ、「鍋島」を制作する目処はもとより、今後のバンドの形すら、まだこれから探さなくてはいけない状況なのだから。

もし生きていたら、ささやかな自分の音楽人生の、自分のバンドの最後の作品、として作ることになるであろうこの「復帰プロジェクト」。老後の音かな。

だけれども、「鍋島」の壁を越えることが、まずは至難であることから。
生きてるうちに、これを作れない可能性も、かなり高い。

以上。
自分のバンドの記録としての制作メモは、これくらいにしておきたい。

昨日も、川原を散歩しながら、いろいろと思索したのだが、
アイディアが浮かんできている。
これからやるべきことの。

だから、内面的な制作の記録としての日記は、なるべく、これくらいにしておきたい。

バンドの新しい形を探すのは、これからだが、
だけれども、やはり自分は、今はすぐにバンドを始動させるのではなく、アコギ一本もって色々なところを旅すべきではないのか、という気もしている。
もちろん、アコギと、それからスケートボードも持って、ということになる。

アコギにかけるエフェクトが欲しくなってくるところだ(笑)

ルーパー使って演奏、とかは、柄じゃないからなあ。
リズムマシンもたぶん、必要ないよ。
でも、オーバードライブは、あってもいいな。

No(5025)


■…2018年 2月23日 (Fri).......バージョン3
ひさしぶりに「あの時期のVan Halen」の映像を見てる。
バンドが一段落すると、いろいろゆっくり見る暇が出来る。
本を読む暇も出来ると思う(笑)
どこかのカフェで、クリスチャンらしく聖書を精読するわたくしの姿が見れるかもしれません。

現体制イマリトーンズは3月21日にもう一本、なんだけど、
最後の瞬間まで、これでいいのかな、
この3人で10年やってきたのにもったいないな、
って思いは、どこかにある(笑)

そりゃそうだ、無きゃおかしい。
ずっとやってきたんだから。

だから、あらためて、
自分がどんなバンドがやりたいのか。
どんなバンドがやりたかったのか。
自分にとって理想のバンドとはどんなだったのか。
振り返ってみる。

Version 3
というのかな。

紆余曲折あったうちのバンドのささやかだけど、それなりに長い歴史の中で、
自分にとって、
「ああ、これがバンドだ」
と思ったことは、2度あった。

つまり、微妙なメンバーチェンジを経て、
ちょっと納得のいかない状況とか、状態の時もありつつ、
今俺たちは、最高のバンドだよね、って思える瞬間は、2回あった。

(つまり細かいメンバーチェンジは何度かあったけど、そのつなぎの時期に参加してくれた何人かのプレイヤーたちには、申し訳ないけれど、感謝はしているけれど、納得はしていなかった。)

一度目が、2004年から2005年にかけての[Tone - Haratti - Minetti]の時。
つまり「光のヒーロー」アルバムを作り上げた時。
とはいえ、一年ちょっとしか続かなかったけど、まだ若かったし、俺にとっては、これこそが初めてのイマリトーンズの姿だった。

そして、二度目が、現行の[Tone - Hassy - Jake]の時。
これは、知ってのとおり、10年続いた。

だから、細かいメンバーチェンジはあったけど、
これが、僕にとってはバージョン2。

バージョン3で、完璧にしたいな、って思うんだよね。
今度のバージョン3で、限りなく理想型に近づきたい。

その思いを強くする。


やりたいことを全部やりたい。

要するに、俺はすごい贅沢で、わがままなんだよね。

ちゃんと、自覚しておいた方がいいって、そう思って、書き記す。

No(5024)


■…2018年 2月22日 (Thu).......イェス
なんとなくアイディアが湧いてきた。
と書いておこう。

今後自分がやるべきことの。

No(5023)


■…2018年 2月22日 (Thu).......合間なく
さて、一応、代表的な定番のバンドメンバー募集サイトふたつに、募集記事を投稿はしてみたんだけれど。内容が内容だけに、反応は良いとは言えない。(めんどくさいのがなくていい、とも言うけどね)

年齢的なこともあるが、振り返って、僕は自分のバンド人生の中で、「メンバーが見つからなくて困った」ということが無い。
バンドの立ち上げ時の、2003年から2004年頃も、ドイツで録音する、とかいう話が出た時も、その後、いっぺんバンドを解体して再スタートした時も、クリスチャンロックやるって言い出してドラマー氏が抜けた時も。

いつも、一ヶ月とは言わないまでも、二ヶ月もする頃には、ばっちりなメンバーが見つかっていた。しかも、これしかない、という感じにぴったりに運命的なメンバーが。

だから、少なくともこのイマリトーンズがバンドの形になってからは、メンバーが居ない、見つからない、という状況は、経験していない。

だけれども、今回は難しいかもしれないな。

とりあえず、一年、いろいろ模索しながら、探してみよう。

その一年、たとえば一年、空白があったとして(バンド的にね)、
その間に、やれることがあるのではないか。
というより、その間に、やっておかなくてはいけないことが、あるのではないか。

うん、きっとある。
それは、自分の心が知っている。
だから、いろいろ歩いて、見聞を広め、頭を回転させて、考えなくてはいけない。

もちろん、一人でアコースティックギター持って、ローカルなハコでライブすることだって出来る。むしろそれが出来ることを楽しみにしている。

逆に言えば、合間なくここまでバンド活動を、何年もやれてきたのだから。
それはもちろん、幸運なことであり、感謝なことであるが。

今ここで、ちょっと休みたい、と思ったって、きっとバチは当たるまい。

No(5022)


■…2018年 2月22日 (Thu).......The Bandcamp 2017 year in review
音楽業界とか音楽産業、つうのか、音楽ビジネスの現状については、いろんな人がいろんな事を言っていると思うけれど、
こと、いちインディーアーティストの立場からすれば、やっぱりBandCampの言っていることが、いちばん真実に近い。

こちら

ストリーミングの普及で、音楽でまた稼げる時代がやってきました、とか、あんまりリアリティじゃないと思う。
いつの時代も、そういう「ハリボテ」が必要なんだよね、皆に幻想を見せるために。灯りに集まる虫と同じで、スポットライトに人々を集めて、権力のハイアラーキー(読み方忘れた)を作るために。

うしろだてのないいちインディーバンドに、現実的に選択肢なんてないので、僕らもSpotifyやApple Musicに音源を載せているけれど、メインで推していきたいのはやっぱりBandCampだ。

どうやって聴くか、どうやって買うか、買わないか、は、リスナーが選べばいいと思う。

幸いなことに、Jesus Windをリリースして後、多少は露出があったのか、売り上げがちょっと増えてきたよ、、、

(とはいえ、最近は僕もSpotifyで音楽を聴くことがちょっと増えてきたけど。。。)

No(5021)


■…2018年 2月22日 (Thu).......正気ってどういう状態か
そう思うと、権力を持った人たちにとって、いちばん怖いのは、「正気」の人々なんだと思う。

マスメディアは昔から狂気生産装置だったと思う。
けれども、インターネット時代のソーシャルネットワークは、それ以上に狂気増幅装置だ。

つって、これもインターネット(ソーシャルネットワーク)に書いてる文章なんだけれど。

俺は歴史とか、世界を動かすのは、人間の情熱だと信じているけれど、
狂気と情熱は違う。

情熱っていうのは、先の見えない地平に向かって歩いていく勇気のことだ。

狂気っていうのは、目の前にある崖に向かって、あれは崖ではないと言い張って集団で歩いていく心理のことだ。

クリスチャンの人が大好きな言葉に、蛇のように、鳩のように、っていうやつがあるけれど、(ほとんどの場合、言い訳に使われることが多いんじゃないか)、これを適用すべき場面があるとすれば、こういう時だと思う。

現代において、正気でいる、っていうのは、たぶん結構難しいことだ。

一年半前に、米の国の選挙の前に書いた、Cat Licksって曲があるんだけどね。
インターネット時代の心理ってことを書いた曲なんだけど。
まだ発表つうかリリースしてない。

今度のやつは日本語アルバムなので、海外の人に通じるかどうか。

こちら

No(5020)


■…2018年 2月22日 (Thu).......そろそろ全景が見えてくる
こうやっていろんなバンドの動向をたてつづけに見ていくとね。。。

そうやって考えていくと、21世紀になってから、というよりは現在のVan Halenが、まったく活動を起こさないのも、政治的な理由があるんではないかと勘ぐってしまう。

メジャー怖い、音楽業界怖い、というよりは僕らの住んでいるこの世界が怖い。

日本の近所の国とか、言論の自由が無いと言われているが、
自由の国の代表であるところの米国だって、言論の自由なんてあるのか、あったことがあるのか。
そして、これからどんどんなくなっていくのか。

そんなこといったら日本なんか根本的なところでその属国だし。

というよりは、いつだってそういう戦いだったのか。

どこで何をやるのが、いちばん良い戦い方なのか。

音楽を作りたいし、演奏もしたいし、音を届けたいけれど、
大きくなるのは嫌だなあ。

ある種、安全地帯に居るのは幸せなことだけれど、
いつまでもそうであるわけにはいかないからなあ。

そういえば、これからあの「逃げも隠れもできない曲」をやる予定だしね。

バンドの再構築をする、っていうのは、そのための事だったんだ。
しっかりしなきゃ。

生半可なメンバーでは、これは演れない。

No(5019)


■…2018年 2月22日 (Thu).......まずは長い文章で胸の内を書くところから
周知および募集!
募集内容-
[ベーシストおよびドラマー > 新生イマリトーンズ]
[女性シンガー(およびパーカッショニスト) > アコースティックプロジェクト]
[男性ロックシンガー(およびその他楽器) > サイドプロジェクトバンド]
[音楽を鳴らすための新たな場所と環境]
以上4つの項目を募集します!!

いやね、2月10日のライヴも終わり、といっても3月21日(水祝)に新橋ZZでもう一本やるんだけれど、
イマリトーンズ的に、募集を始める時期が来ましたので、募集活動開始します。

そしてこれは自分の日記とか個人アカウントに書く、個人用募集です。
そして、今後しばらく、こういう書き込みは何度かすると思います!

そして、個人アカウント用の日記の一部としての募集であるので、
その内容を、個人的な思いと共に書きたいと思います。

つまり、今後、こういうことをやっていきたい、という希望の箇条書きになります。

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1: 新生イマリトーンズの、メンバー募集、ベーシストおよびドラマー。

イマリトーンズは1998年とか1999年頃から、私ナカミネの個人的な音楽プロジェクトとして、なんとなく楽曲制作をはじめ、気が付いたら2004年頃にバンドになり、気が付いたら2008年頃にクリスチャンバンドになり、それ以降、「日本発(初)の本格的クリスチャンヘヴィメタルバンド」として、小規模ながら国際的に活動してきたバンドです。

私ナカミネ(ギター兼ヴォーカル)と、はっしー(ベース)、ジェイク(ドラムス)の3名でやってきましたが、このたび、本当に色々な事情により、この二人をLet Go (クビ、というよりは解放、苦笑)して、バンドを立ち上げ直すことになりました。

よって、ベーシスト、および、ドラマーさんを募集します。

なお、本当はヴォーカルさんも募集したい思いが、僕の中にはほんのり残っています。それは、僕はもともとギタリストであり、自分で歌いたくはなかったからです。けれども、活動を続けていく中で、「ちゃんとしたシンガーを入れた方がいい」という声も少しはありましたが、それ以上に「君は自分で歌うしか方法がない」「他人に任せられるような内容の歌じゃないから、あきらめなさい」という声の方が多く、そして活動してくる中で、そのことは自分でも痛いほどわかっているので、基本的にあきらめています。しかし、気持ちだけはほんのり残っています。

ジャンルは、ハードロック、ヘヴィメタルです。それは、1970年代とか、1980年代とかの、古くさいハードロック、ヘヴィメタルの流れを汲むようなものです。
だから、新しい今時の音楽をやりたい、という人は不向きです。

かといって、うちは、うまく言えませんが、純粋にメタル、とも言えません。
僕自身、色々なジャンルの音楽を好むこともあり、オルタナ、プログレ、インディ、ガレージ、プログレ、などなど、ちょっと毛色の違う要素が混じります。
なので、「メタル一筋だぜ」(メロイックサイン)みたいな人だと、却って合わないかもしれません。

なので基本的に、21世紀仕様のインディ、ガレージの小規模なバンドのスタイルである、と考えてもらう方が近いと思います。

かといって、正統派メタルみたいな曲もそれなりにあるので、やっぱり「ヘヴィメタル」っていうものに対しての愛は必要かと思われます。


そして非常に面倒くさいことですが、うちは「クリスチャンバンド」です。
だから、キリスト教の信仰をテーマにした内容の音楽を演奏します。

なので、必ずしもクリスチャンでなくても大丈夫ですが、かといって、キリスト教の考え方とか、信仰といったものに、ある程度賛同できる人、あるいはオープンマインドで居られる人でないと、やはり不向きだと思います。そうでないと、遅かれ早かれ、続かないと思います。

また、本当に面倒くさいことなのですが、(特に日本の)キリスト教の世界では、いまだにヘヴィメタルは悪魔の音楽だ、みたいなことを言われることもありますので(爆笑)、そういった閉鎖的な部分もある以上、がちがちの頭の堅いクリスチャンの人だと、これまた却って合わない、ということが予想されます。

なので、クリスチャンであるか、そうでないか、に関わらず、音楽そのもにに向き合って、音楽そのものを信じられる人、そういった方が一番の理想です。

音楽を通じて、人々を幸せにすること、とか、音楽で愛を伝える、とか、音楽の力を信じることが出来る人、それが理想です。

また、うちのバンドは、日本には数少ないクリスチャンメタルのバンドということもあり、珍しがられて、ちょっとした話題性があり、小規模ながら世界中にファンがいます。
しかしそうはいっても、無名のインディバンドであることに変わりはありません。
なので、音楽で成功して有名になってやるぜ、ビッグになってやるぜ、みたいな野望をお持ちの方は、きっと合わないと思います。

インディでバンドをやっていくことは大変なことで、苦労も多いので、なので、そんな時でも音楽を信じて、音楽と共に人生を生きるのだ、という価値観を持っている方でないと、たぶん続きません。

そうして現実をしっかり見た上で、自分たちにしか出来ないハードロック、ヘヴィメタルを追求していくのであれば、きっと何らかの形で道は開けてくるものと思います。

年齢、性別、国籍は問いません。

とはいえ、出来れば自分よりも若い世代の方に、新たなエネルギーを吹き込んでもらいたい、という思いはあります。

性別も問いませんが、バンドの運営のしやすさを考えると、出来れば男性の方がいいかな、との思いはあります。(こればっかりはケースバイケースで、やってみないとわかりません)

国籍も問いませんが、今後の方向性として日本のトラディショナルな方向を考えているので、出来たら日本人の方がいいなあ、という思いはあります。しかし、これもやってみないとわかりません。

ルックス、センス、技術、すべて重視します。
しかし、もっとも重視するのは、情熱、および人間性です。
(まあこれも相性なので、何がどうとか、偉そうなことは言えません。)

そしてこの先の展望として、やっていきたいことは、今後5年間で、アルバム2枚の制作、および、国内、国外のツアーをやりたいと思っています。
そこから先はわかりません。

ローカルな活動においても、海外などのグローバルな活動においても、色々な展望を考えています。しかし、どちらにしても、精力的な活動をしたいので、それに着いてくることが出来るだけの情熱を持った方を、なにより求めます。

尚、私は横浜在住ですが、現在、音楽人生の転機において、新たな活動の環境、生活の拠点など、次のステップを模索しておりますので、地方在住、海外在住の方でも、これはという人材、または熱い志をお持ちの方がおられましたら、あらゆる可能性を考えたいと思っています。

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尚、確かにクリスチャンの世界の中で、何人かは、今まで知ってる人の中にも、ベーシストや、ドラマーは、数人、居ないではないけれど、その人たちはみんな、なんか僕が声をかけるべき範囲には居ないような気がしている。
それでも、だめもとで声だけかけてみるかもしれないが、どうかな、まあ声かけちゃったらごめんなさい(笑)


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2: アコースティックプロジェクトのための、女性シンガー募集

これ、すごく難しくてね(笑)

ここ5年くらい、曲を書くと、なぜだかアコースティックの楽曲になってしまうことが多くて。
それも、なんだかオシャレ系(笑)。

そして、これは明らかに、自分で歌うという感じの曲ではない。

で、イマリトーンズの録音制作を、人生のこれまで、一段落するところまでやってきたので、次は、これから、このアコースティックプロジェクトに、取り組んでいきたい。

で、先日もちょっとその方の話題を日記に書いたけれど、
これは、誰をイメージして書いているか、っていうのは、明らかで、
つまりは僕は音楽人生の中で、これらの楽曲を歌ってもらいたい特定の女性シンガー、女性アーティストが居るわけだ。

だから、もしその本人さんから連絡があったとしたら、おそらく一も二もなくやるんだろうけれど、
現実的に、その女性アーティストさんに歌ってもらえる可能性は低い。
今のところ、こちらから声をかけるという距離も縁も持ち合わせていない。

そして、たぶん実際にやってみて、音を鳴らしてみても、案外と合わない可能性も高い(笑)
なにしろ、その女性アーティストさんは、今ではシンガーというよりは、ラッパーになっている、というからね(笑)

で、本当のことを言えば、俺はずっと昔から、何度かその方を想定して曲を書くことが、あった。

つまり、それは別としても、俺は死語だけどギターポップとか、オシャレ系のUSインディとか大好きで、

普段、ヘヴィメタルみたいな、まったくそういった先進的なオシャレ系とは縁のない音楽を演奏しているけれど、

本当はそういうオシャレ系インディがずっとやりたいんだよね。
だからイマリトーンズの曲も、メタルサウンドなのに、全部メジャーセブンスコードで終わるようになってるんだよ(笑)

で、そのアコースティックのための楽曲も、結構ストックがたまってきたので、
それをやるための相方に出会いたい。
つまりは、雰囲気のある(オシャレ系)女性シンガーに。

これね、じゃあ嫁さんに歌わせればいいじゃん、と思うかもしれないけれど、
いつも公言しているけれど、俺は幼い頃に、音楽の才能のある人とは絶対に結婚しない、って誓ったのね。

だから、たとえば子供の頃とか学生の頃でも、うちの母親のところにピアノを習いに来てる子とかでも、その中でも上手い子とかは、絶対的に逃げてた(笑) 下手な子は別に大丈夫なんだけれど。

そんなんだから、うちの嫁さんはすごい音痴でね。
とても歌えるような人ではないんだよ。
もちろんこれまでのイマリトーンズの作品の中で、うちの嫁さんの声を使った曲も、いくつかある。けれども、それは、すごい苦労して、なんとかピッチ修正して、それでやっと、だからね。

だから、うちの嫁さんが、楽器であれ歌であれ、もうちょっと音楽の才能のある人であれば、もっと可能性も増えるんだけれど、
そもそも、そういうところからスタートしてないわけだ、うちの家庭は。

だから、女性シンガーを探さなくてはいけない。

これに関しては、技術もだが、それ以上に、センスや雰囲気を重視したい。
なにしろオシャレ系なので。

USインディ系のオシャレ系アコースティックだと思ってもらっていいけれど、基本デュオでやろうと思っているけれど、パーカッショニストが参加してくれるかもしれないし、そしてライヴではたぶんシーケンス/パソコン/iPad等も使うだろうし、俺もアコースティックとエレクトリックを両方弾くと思う。

で、このプロジェクトに関しては、過去に、音楽を演奏する人で、知り合った女の人とかには数人、声をかけたり、オーディションぽいところまで行ったこともあったんだけど、どうも形にならなくてね。

やっぱ女性に声をかけるのは難しいんだよ(笑)
俺も嫁さんがいるしね。

嫁さんに歌はともかく、センスとかあれば、ラップでもポエトリーリーディングでもやらせるんだけれど、うちの人はそういうセンスも無いので(汗)

俺も歳とったし、本当に、これからやりたいのよ、このアコースティックプロジェクト。
(昨年のあの時に、例の"Ms.Overture"と会話した時も、君は音楽をやるのか、と念のために聞いたのも、そういう理由なんだよ、センスのある人材を探していたからなんだ。)

だから、センスのある女性シンガーさん、出会いたいなあ。
年齢は問わんけど、あんまり若い人だと怖いなあ(汗)

ちなみに、これについてはクリスチャン、ゴスペルの内容にするのか、全然関係ない普通の内容にするのか、決めてません。

やる気のある方は、連絡いただければ、過去に作ったデモを聴かせます。


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3: サイドプロジェクトのための、男性ロックシンガー募集

知ってのとおり、僕はここ数年、というか、2012年くらいから2016年くらいまで、個性派メタルシンガー「熱きリョウ」とともに、「Atsuki Ryo with Jesus Mode」というサイドプロジェクトのメタルバンドをやっていたわけだ。

そこでは、うちの嫁さんがベースを弾いていたしね。
さっき、うちの嫁さんは音楽の才能ぜんぜん無いって言ったけれど、「ジーザスモード」は80年代っぽいストレートなメタルだったから、ルート弾くだけだったらうちの嫁さんにも弾けたんだよね(笑) ただ、そのための指導には、ものすごく手間がかかったけれど。。。(笑)

で、ほんの息抜き、というか、軽い気持ちでやっていたサイドプロジェクトだったんだけれど、これが実際、やってみると案外楽しくてね(笑)

なぜかというと、イマリトーンズというのは、音楽性の面でも、メッセージとか性格の面でも、難しいバンドだけれど、ジーザスモードはストレートな80年代メタルを目指していたので、わかりやすかった。

そして、気難しくて理解されないイマリトーンズだけじゃなくて、気軽に楽しく演奏できるジーザスモードがあると、僕としても社会というのか周囲とコミュニケーションがしやすかった。いろんなライヴのお誘いにも、イマリトーンズで無理でも、ジーザスモードで参加することが出来た。

それと、イマリトーンズでいまひとつ使えない曲があったとしても、ジーザスモードでやることが出来た。

「ジーザスモード」は、昨年、シンガーの熱きリョウ君が音楽活動停止にともなって、無期限で事実上の活動停止になってしまったんだけれど、ジーザスモード用に書いてとっておいた曲とかも、そのまま余ってる。

だから、イマリトーンズの他に、気軽にやれる、もうひとつのアウトプットとしての、サイドプロジェクトのバンドは、できたらやりたくてね。

別に80年代メタルとかでなくても、パンクでもグランジでも構わないんだけれど、楽しく気軽にやれるものにしたい。
そして、クリスチャンものにするかどうかは、わからないけれど、出来たら「なんちゃって」でいいからクリスチャンもののバンドにしたい。
なんちゃってクリスチャンバンドでいいのかよ、とも思うけど、ジーザスモードだってそもそもかなりの部分は「なんちゃってクリスチャン」だったからね。

あとは、ジーザスモードの活動でも、後半になると、うちの嫁さんもお気に入りのBacchusのベースを見つけて(安いやつだけど)、ちょっとやる気になっていたので、せっかくだから、すぐにでなくてもいいんだけど、うちの嫁さんがベースを弾く場を作ってあげたい。だから、あんまり難しいことは出来ない(笑)

そんなわけで、まぁドラマーさんも必要なんだけれど、これに関しては、(首都圏で活動すると仮定すれば)、またジェイクを引っ張ってきてもいいし(笑)、
だから必要なのはシンガーなんだよね。

男性シンガー。男性ロックシンガー。
つまり、熱きリョウ君に代わる存在。
(別に男性でなくてもいいのかもしれないけどね。)

新生ジーザスモード、みたいな感じのイメージかな。

ハードロックやりたい、メタルを歌いたい、いろんなことやってみたい、
そんな、元気のいいロックシンガーが居たら、気軽なサイドプロジェクトなんで、ぜひ気軽に声をかけてもらえたら、嬉しいなあ。

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4: 音楽を鳴らすための新たな場所、環境

つまりね、イマリトーンズの再構築という音楽人生の節目を迎えるにあたって、俺は考えているわけね。模索しているんだよね。

つまり、活動の場所や、環境を、この機会に変えるべきではないかと。

いつまでも東京や横浜に居ていいのか。

あるいは日本に居ていいのか。

イマリトーンズは、バンドの性格上、どうしても活路というか、成功のチャンスは海外の方が絶対的に多いので、海外に移住すべきではないのか、とか。

かといって、実際に移住するとなると、決して簡単ではない。
ビザの問題。仕事とか経済的な問題。そして覚悟の問題。
教会なり、音楽レーベルなり、どこかがサポートしてくれたらいいんだけど。

あるいは、海外でなくとも、日本の中で、地方に拠点を移すという考えもある。

つまり、東京とか首都圏は、良いこともあるけれど、良く無いこともある。

これから、より地域に密着して、その街に根を下ろして、より長い目で音楽人生をやっていく上で、もっと良い場所があるのではないか、という問いかけ。

つまり、うちは伊万里音色、なんていうバンド名でやっているのだから、九州あたりに行ってみるとか。そのあたりには、キリスト教の歴史も色濃くあったりするし。

あるいは、うちの嫁さんは以前から関西が大好きなので、大阪、京都、神戸、とか。

アメリカで言うとね、うちはクリスチャンのバンドだから、活動のチャンスで言えば、南部とかナッシュビルとか、そのあたりがどうしても狙い目なんだけれど、でも僕たち、というか、俺と嫁さんの間ではね、アメリカで訪れた中で、いちばん好きというか、いちばんしっくりくる街はシアトルだったんだよね。これは、クリスチャンとは言っても俺たちは実際の考え方はリベラル寄りだったりすることも関係してる。

だから、音楽活動はさておき、幸せになるための移住先、で言えば、シアトルはまっさきに候補に上がってくるわけだ。

だけれども、実のところ、日本の中で、僕の、というか、うちの嫁さんのお気に入りの場所は、神戸でね。
それは、実際に行ってみると、神戸とシアトルってなんだか似ているんだよね。なので、国内で幸せな人生を送るための移住先の候補としては、昔から僕と嫁さんの間では、神戸というのは有力だった。
ただ、同じ年のライバル(?)石川ヨナに先を越されてしまったからなー(笑)

音楽を作るため、というだけじゃなくて、幸せな人生を送るための場所、そう考えると、もう少し若い頃の僕たちなら、子供を持つとか、そのための環境、ということも考える余地があったかもしれない。でも、今はもうそういうことは考えていないんだよね。いつも言ってるように、僕はあまり「音楽をやるぞ!」って言って始めた方じゃないから、音楽をやめて、子供を持って、平和に生きていけるのであれば、むしろいつでもそうしたかったんだけれど。でも、天に問うてみたら、やはりそれも無いみたい。

別にアメリカじゃなくても、もちろんいいんだけれど。住むだけなら、もっと良い場所がいっぱいあるし。
音楽をやるとか、音楽活動の面をさしおいても、残りの余生を、幸せに生きられる場所を探したいんだよね。
そして、俺たちにとって、「鍋島」を鳴らす、ということは、そういう意味でもあるんだよ。
本当に幸せになれる場所へ(物理的にも、精神的にも)行く、ということなんだ。

ただ、地球上に、そんな場所が、果たして本当にあるのかな。
あるいは、ここから一歩も動かなくても、時代の方から、世界の方から、動いて来てくれるのかもしれないし。
日本や、東京が、どんなに素晴らしい場所か、ってことも、理解はしているつもりだし。そして、その価値は、世界の中でこれからたぶんもっと上がっていくだろう。
なにより日本という国も、これからまだまだどんどん変わっていくだろうから。

やはり最も美しいのは、「鍋島」が日本のルーツを意識した音楽である限り、やはり日本を拠点に、日本人で構成されたバンドを組んで、そしてこの日本の地から(それが東京であれ、関西であれ、九州であれ)、世界に音を響かせ、そして世界に号令をかける。
その上で、世界にツアーに出かける。
いちばん美しいのは、こういう形だとは思っている。

だが、果たして、この日本という国が、僕の期待に応えてくれるだろうか。
音楽的な、人間的な、そして霊的な期待に。

賛同してくれる人とか、牧師さんとか、音楽家さんとか、もし居たら。
ぜひお会いしたいし、お話もしたい。
つまり、これから、よりこの日本の地に根ざした、日本発の「クリスチャンロック」「クリスチャンメタル」を鳴らし、世界にひとつだけのユニークな存在として、発信していくことに、
長い目で、賛同していただける方が、おられれば。

ぜひ考えてみたい。
今後の人生を、賭けてみることに。

社会的地位とか、安定みたいなものは、今更いらないよ。
野垂れ死ぬ準備は、ずっと前から出来ているから、この「道」を最後まで究める努力をしてみたいんだ。

ご助言、ご指導、よろしくお願いします。
そして、神様の導きを、切に祈ります。
In Jesus name.


-- 註釈: これはパーソナル日記や、個人アカウント用の日記としての募集文章です。
この古い形式のCGI日記を、読んでいる人は、あまり多くないとは思うのですが、もし募集に興味を持たれましたら、上にある「Home」というところからイマリトーンズのウェブサイトに行けると思います。そこにメールアドレスの記載もあります。また、Imari TonesのFacebookやTwitter等からご連絡いただくのも良いかと思います。

No(5018)


■…2018年 2月21日 (Wed).......Incubus 東京公演 2018
Incubusを見てきた。
前に書いたように、僕はIncubusに、おくればせながら、昨年いきなり気付いた。
楽器店に弦を買いに行ったら、ずいぶんイキのいいバンドのプレイリストがかかってて(おそらくベストアルバム)、そのあまりの王道っぷりと、古典的ながらも現代的なサウンドに、おお、いつの時代にも良いロックバンドはいるもんだ、と感銘を受けて歌詞検索したら、Incubusだったのである。(その後、こういうときのために携帯にShazamをインストールしたが)

そしてそれは、90年代後半くらいの、Incubusと言えばミクスチャーとかニューメタル、みたいなイメージしかなかった僕にとっては結構びっくりだった。いつのまにこんなに王道のロックをやるバンドになっておったのだ、と。

そして、その後のあれこれで、昨年の後半はずっとIncubusを聴いていた。
オフィスワークのバイトをやっていた時の「スタンド事件」の時に、精神的というよりは霊的につらかった時に、Incubusの音楽にずいぶん助けられた。それは、他人にはわからないだろうが、ひょっとすると文字通り命を救ってもらったかもしれないくらいのことだった。

だから、そのお礼ということもあったし、このタイミングでうまいぐあいにIncubusが来日するというので、一度見ておこうと思ったのだった。

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Incubusをライヴで見ておきたい、と思ったのは、もちろん、これほどまでに凄いバンドを生で見たい、という思いがあるのはもちろんだが。

最初にIncubusの音に触れた時に思ったことは、「こんなバンドがツアーの対バンだったら嫌だ」ということなのである(笑)
つまり、The Extreme Tour(アメリカ版、日本版ともに)とか通じて、海外のバンドと一緒に回るということを何度かやったわけだけれど、そういう中で向こうのバンドと毎回ばちばちやる中で、もしこんなバンドが相手だった日には、勝ち目なんてとてもない、という思いである。

そして、おう現代にも、そしていつの時代にも、すげえロックバンドというものは居るもんやな、まさしくこれがメジャーバンドのあるべき姿や。さすがは選ばれたメジャーバンド。純粋にいちばん上手くて、いちばんかっこいい人たちが演っとるんや。こういうバンドこそが、メジャーの有名なバンドとして世界を引っ張っていくべきなんや、と、そう思ったのである。つまり、良い意味での正しいメジャーバンドの姿だ、と。

そして今この瞬間にも、Incubusが、少なくとも21世紀になってからのロックシーンの中で、アメリカとか世界を代表する、非常に優れたトップクラスのバンドである、という思いに変わりはない。

だから、そんなすげえやつらのすげえライブを見て、ぶっとばされることを期待して行ったのである。
あるいは期待値が高過ぎたのでは、と思われるかもしれないが。

だが、結論から言えば、ライブは結構しょぼかった。
あるいはこういう結果になるのではないか、という予感も、頭の片隅で3パーセントくらいはあったかもしれない。でもそれは本当に3パーセントくらいで、気持ちとしてはすごく期待していた。

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ちなみに僕が「ちゃんと聴いた」というか、昨年聴いていたIncubusのアルバムとしては、"A Crow Left of the Murder"以降のアルバムである。それより前の初期つうのか前期のものについては、ベスト盤しか聴いていない。インキュバスがミクスチャーとかニューメタルで「イケてた」のは、それよりも前のことだと思うので、昔からのファンは、逆に、それより前の楽曲が好きなのかもしれない。

"Crow Left"なんかはとんでもない硬質のロックアルバムだし、"Light Grenades"に至っては誰もが認める最高傑作だと思うが、
そしてソフト路線でちょっとインディロックの匂いが強い2011年の"If Not Now When"なんかは俺はストライクゾーンど真ん中で大好きなのであるが。

問題は2017年にリリースされた最新作の「8」であって。

これは、決して悪いアルバムでは無いのだけれど、今までの作品とくらべてずいぶんとサウンドが変わっており、いや、もちろん、2010年代の流行というか、今の流行の音をしっかり取り入れるという意味では正解だし、それはベテランとして立派なことなのだが、これは果たしてIncubusである必要があるのか、という音であるのは否めず。

要するに、ミックスだか共作だかを、例のSkrillexさんがやっており、「それっぽい」音になっているのである。

楽曲も妙にストレートで、別にこれインキュバスじゃなくてもいいんじゃない、っていう音なのだけれども、それでも聴き込んでいくと、意外としっくりくるというか、結局のところインキュバスは若い頃から、カリフォルニアのいけてるお兄さんたちのバンド、であったので、この最新作も確かに「カリフォルニアのいけてるお兄さんたちのバンド」の音には違いないので、まあ、間違いではないのかな、と。

けれども、ここまで、本当に多彩な音を作り出し、かつその向こうにある王道のロック、70年代ハードロックとかプログレっぽいものも含めて、ちゃんと包括して鳴らし、ロックの歴史の中に残りそうな作品を作ってきたインキュバスとして、6年ぶりのアルバムが、これでいいのか、と思うと、やっぱりちょっと納得いかない感じもするのである。

この流行追随で、シンプルかつ、今っぽいディストーションに浸っているサウンドを聴いて、しょせんはメジャーバンド、レコード会社の言うことを素直に聞く人たちなのかな、と思ったのも事実であった。

そして、後述する、というかしないが、擁護するのであれば、ライヴで聴いてみると、この最新アルバムのストレートな楽曲は、結構ライヴでは映えるのであった。"Glitterbomb"なんかは俺は非常に好きである。


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まず前座のバンドさん、こういった海外の有名なバンドさんの前座として、日本のバンドが演奏するのは、いつものことであるが、今回のバンドさんは、僕が今までに見た日本の若手の前座バンドさんの中では、かなりがんばっていた方であったと思う。

シンガーの人が、たぶん帰国子女なんだろう、完璧な英語で歌って、MCも完璧な英語でやっていて、ああ、今の時代ではこれくらい普通なんだろうな、と。

どうしても、一昔、二昔前くらいまでは、日本語を母国語とするオーディエンスをターゲットにすると、ちゃんとした英語ではなく、「英語っぽく聴こえるカタカナ英語」の方がウケが良いという事実があったと思うけれども、急速に国際化しつつある今の日本とか世界の中で、よくもわるくも国際化してきて、状況は変わってきたのだなあ、と思う。

(ちなみに、僕が自分のバンドで歌っているのは、英語ではなく、英語によく似た自分語、である。正直なところ、日本語の場合も大差ない。)

そしてシンガーさんの歌唱技術も完璧であったし、バンドの演奏も高いレベルにあったのだが、やはりどうしても、この手の(日本の)バンドにありがちな、何かにあこがれて追随する感じ、自分ではない何かになろうとしている感じが、やはりバリバリと前面に出ていたので、正直ぐっとくるものは無く、ああ、上手いね、すごいね、ぱちぱち、で済んでしまい、なのでそのバンドさんの名もここでは記すことはしない。

しかし、よくあることとして、こういった有名バンドの来日公演の前座やる時に、サウンドチェックや機材やいろいろの関係で、メインのバンドにくらべて前座さんのサウンドが悪い(会場の音響的に)ということがよくあるが、この日はめずらしいことに、むしろメインのIncubusに比べて、この前座のバンドさんの音響の方が良いくらいであった。これにはまた、いろいろな理由があるのだろうが、ちょっと珍しいことではあった。きっと、バンドはもとより、関わっている皆さんが優秀なのではないだろうか。

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さて、Incubusを見たのであるが、もちろんアジアツアーを回る中で、疲れていたのかもしれないし、あるいは前日の大阪公演でがんばりすぎて、この日はシンガーのBrandon Boydが調子が悪かったのかもしれない。おそらくは完璧なコンディションでは無かったことは事実だろう。(これ、Facebookに書くときに、アメリカを回ったときに出会った知り合いの中に、同姓同名の人がいて、自動でタグられそうでめんどくさいのよ。)(なので以下、カタカナでブランドン・ボイドと書く。)


けれども、それを差し引いても、かなり「ゆるい」ステージだったことは正直否めなかった。

僕は、レコードを聴く上での感想では、ブランドン・ボイドはシンガーとして、たとえばおんなじような声質と見た目(時期によるが)の、Alter Bridge / Slashのマイルス・ケネディと比較して、僕の中でのシンガーとしての評価(好み)は、ブランドン・ボイドの方が上なのである。点数化すると、マイルス・ケネディが10点とすれば、ブランドン・ボイドは12点という感じだ。それは、技術的には明らかにマイルス・ケネディの方が上なのだけれども、生まれ持った天性とかセクシーさの面でブランドン・ボイドの方が天然の素材としてより魅力的だと思うからだ。

だけれども、こうしてライヴで見てしまうと、たとえ昨晩のライヴが本調子でなかったとしても、Alter Bridgeで見たライヴでの歌唱も完璧過ぎるマイルス・ケネディに比べて、ブランドン・ボイドは、技術的にやはりぜんぜんいけてない。それは、若い頃ならまだしも、こうしてキャリア20年のレジェンドとも言える存在であり、ベテランのミュージシャンとしては、ぜんぜん言い訳の出来ない、とても残念なことであった。点数化すれば、マイルス・ケネディが10点だとすると、ライヴでのブランドン・ボイドは3点か4点という感じであった。

つまり、単刀直入に言えば、ライヴで見たブランドン・ボイドは、シンガーとして、かなり言い訳が出来ないレベルで歌えていなかった。

そして、バンドそのものを見渡しても、やはり、突き抜けたプレイヤーというものが居ない。もちろん、皆さん、優れたミュージシャンには違いないのだけれども、突き抜けた主張を、プレイであれサウンドであれ、持った、アンサンブルを引っ張っていくようなプレイヤーは居なかった。もちろん、ソングライティングや音楽面での中心になっているのはギターのMike Einzigerなのだろうけれども、その彼も、ソングライターとしてはともかくも、プレイヤーとしては、突き抜けた存在とは言い難かった。

そして、残念なことに、ステージプレゼンスというのか、存在感やキャラクター、エンターテインメント性などの面でも、突き抜けたものがまったく無かったのである。そしてそれは、ルックスの良いシンガーのブランドン・ボイドも含めて、ステージプレゼンスといったものを、バンド全体、誰も持ち合わせていなかったのである。
つまりは、全員が、漫然と演奏している感じだった。

この手の「イケイケ」(若かった頃は??)のはずのバンドにふさわしいイケイケのステージ、ではまったくなく、どちらかといえば、ローカルなバーで演奏しているインディバンドのノリでステージを展開していて、おいおい、こんなにメジャーなバンドが、こんなに「ぬるい」「やる気のない」ステージングでいいのか、と俺は正直思った。

もちろん、オルタナ、グランジ世代というものは、こういうものかもしれないし、そういった音楽が好きなお客さんは、それで満足しているのかもしれないが、それでもちょっと、俺はつまんないな、と正直思った。

もちろん、そのなんだ、ビッグネームの前座で露出のチャンスという思いで必死で演奏していた前座バンドさんにくらべて、アジアツアーを周り、昨晩の大阪と連日で長いステージをやっているIncubusにとっては、ちょっと息を抜いたステージだったのかもしれないし、それをもってベテランの余裕、と解釈することも出来るが、けれども、手を抜く、とは言わなくても、「流して演奏してます」感は満々のステージであり、それに関しては、言い訳の余地は無かったと思う。


そして、生で聴いてみると、気付くことがあって、それは、レコードで聴くと非常に魅力的なIncubusの楽曲。そのサウンド、アレンジは、やはり実際のところ、レコード、ラジオ、そしてテレビなどで聴くと、最大限の効果があるように作られており、目の前で生のバンドサウンドとして聴くと、必ずしも良く無い、という事実だった。

つまり、俺は、Incubusを最初に聴いたときに、理想的なメジャーバンドだ、と思ったのであるが、皮肉なことにその理解は間違っておらず、ラジオやテレビでかかるメジャーバンドとして理想の形になってはいても、ライヴの場では必ずしも理想的なロックバンドではない、ということである。

だから、Incubusは素晴らしいバンドで、素晴らしい楽曲や、素晴らしいレコードをたくさん作っているのだが、そして、間違いなく世界的に人気のあるバンドなのだが、その功績とか、たとえば結構な部分は、プロダクションの部分というのか、やはり名プロデューサーのBrendan O'Brienの手腕が大きいのだろう、と思わざるを得なかった。
そう思ってみると、うちのCD棚にも、Brendan O'Brienの手によるレコードが、果たして何枚あるのだろう。凄い話である。

調子の良し悪しや、あるいはこれが10年前に見たのであれば、バンドの状態も違ったのかもしれないが、少なくとも今、昨晩の時点で見た限りでは、俺の結論はどうしてもこうなってしまった。

つまり、Incubusは、メジャーバンドとして、ラジオやビデオやレコードの商品としては完璧だが、ライヴバンドとしては、残念ながら一流ではない、と。

ロックというのものも、幅広く、奥が深く、解釈も多様で、だから、決してIncubusが本物のロックバンドでない、とは言わないが、少なくとも、ライヴバンドではない、ということは言えそうだ。

しょせんはこれが、21世紀というのか、今の時代というのか、時代の現実というところだろうか。これがたとえば1970年代だったら、優れたライヴバンドである、ということは、当たり前の前提だったのだろうから。

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だから、俺が最初にIncubusを聴いたときに思った、「こんなバンドがツアーの共演相手だった嫌だ」というテーマであるが。

昨晩見たインキュバスには、まったくそういった脅威は感じなかった。

おっきなステージとかフェスティバルなら勝てないかもしれないが、
俺たちがやってきたような、インディー規模のちっちゃいクラブギグとか、エクストリームツアーみたいな意味のわからんところをゲリラで回るようなツアーであれば、正直言って、このレベルなら全然勝てる。
なぜなら、この程度のバンドであれば(つまり、アメリカのバンドという意味だが)、実際に共に回ったことは、何度かあるからだ。
それは、はっきり言っちゃえばメッセージの部分である。

ちっちゃなところとか、意味のわからんゲリラな環境では、メジャーどうこうとか、いけてるいけてないとか、関係なく、メッセージを伝えることしか、そこには無いからだ。

(もう一度、書くが、おっきな会場だったら、たぶん勝てない、笑)

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ひとりのファンとして、ちょっと複雑な思いで会場を後にしたけれども、
見れて良かったし、良い勉強になったし、見聞を広めることが出来た。

ライヴはちょっと残念だったけれど、こう見えても、やっぱり僕はファンなのである。彼らの作り出す楽曲の。

前述のとおり、にわかファンなので、初期の楽曲にはあんまり興味がなく、王道っぽくなってからのIncubusが好きなのだが。
大阪では、"Pistola"とか"If Not Now When"とか演ってたみたいでジェラシーなのだが、それでも、引き換えに東京では"Sick Sad Little World"や"Talk Show on Mute"を演ってくれたし、どちらも二者択一であるならば、東京公演の楽曲の方が好みであるので、良かった。

そうね、Anna Mollyにせよ、Megalomaniacにせよ、そういった名曲たちが、イントロでおおっ、と思っても、アンサンブルや歌唱が始まると、がっかりする、ということの連続だったが、それでもそれらの名曲が聴けたことに。そして、やっぱりそれでも生でTalk Show on Muteを聴くと感慨深いものがあった。そんでやっぱりSick Sad Little Worldが自分にとってのハイライトだった。逆にいちばんがくっと来たのはPantomimeだったかな。ブランドン・ボイドが、ギターもダメなら歌もダメ、っていう状態だったからね。ほとんど救いようが無かった。

そして、意外とその、シンプルでたわいのない、流行にすり寄ったサウンドである最新作の楽曲が、ライヴ映えしていて良かった。"Glitterbomb"や、"State of the Art"をいっしょに歌えてよかった。だから、案外と新作の音は、今の彼らにとっては自然なことだったのかもしれない。

ありがとうインキュバス。

こちら


No(5017)


■…2018年 2月19日 (Mon).......90年代、中部地方にて
いやね、勇気を出してチェックしてみたんだよ。
勇気が要るんだよ、インターネットとかでも、人のことを見るのは。
だから数年ぶりに。

自分の音楽人生の転機に、いろいろの募集(!!)や、決意表明(ってほどでもない)の前に、
僕が、この世でただひとり、ライバル視しているアーティストの方の動向をチェックしてみた。

それはもちろんジョークなんだけれど。

こんなものを拝見した。
こちら

昨年の同じような時期に、似たような感じでクラウドファンディングとかやってたりしたんだな。
なんか、笑いがこみあげてきてしまった。

音楽の旅か、良いことを言うではないか。
そう、音楽の旅は継続する価値がある。

よくわかっている。その通りだよ。

そして、その人が、今もずっと、「音楽の旅」を続けていることに、
本当に嬉しく思う。

かっこいいじゃないか。
ずいぶん、かっこよい人になっていらっしゃるではないか。

年齢とか、あれこれとか、言うなよ、言わない。
俺だって生きてる中で今がいちばんいい男になってる。
(Overtureのリリースを待ってろよ、笑)

そして、90年代が青春だった世代の音ってやつがある。
それは、やっぱりその世代の俺たちにしかわからない。

やっぱりすごい人だったのだなと思う。
素敵ではないか。
この7インチはちょっと欲しいかもしれない(笑)
ジャケの絵が。

ウィスパーヴォイスのキュートな歌姫ではなく、
今では、立派なラップのお姉さんなのか。
でも、きっとその方が楽しそうだ。

同世代でも、たとえばImogen Heapのリベラルな洗練とは程遠い。
だが、俺だってJohn Mayerほどにかっこいいギターが弾けるわけではない。

あの地方に育った者特有の匂いがあるし、特有の世界がある。
それは、傍から見れば、限定された生き方かもしれない。
でも、それがいいじゃないか。

他にもいくつか、YouTubeに上がってるやつを見せていただいた。
感想なんて、もちろん書けるわけもない。
でも、ついつい、なんだか顔がゆるんでしまうことは、認めておこう。

さて、俺はどちらに踏み出すか。
勇気とか、なんかそんなもんを、ちょっとだけいただきました。

No(5016)


■…2018年 2月18日 (Sun).......一子相伝の暗殺拳、今右衛門
嫁さんも投稿していたが、昨日は嫁さんと一緒に「相鉄線の旅」にちょっとしたお出かけをした。といっても、近い距離まで電車に乗って出かけていっただけである。

相鉄線の沿線を少し歩いた、というだけのことではあるが、
なんというのか。
もちろん、嫁さんサービスというのか、二人で出かけたり、一緒に時間を過ごすことは、いつもやっていることだし、というよりはかなりの時間、だいたいいつも一緒にいるという方が現実に近いけれど、それでも、純粋に嫁さんの用事とか、嫁さんの希望に付き合って出かける、というのは、バンドのあれこれで生活していることもあって、決して多くはない。
どっちにしてもかけがえのない時間である。

僕は今、バンド活動というのか音楽人生において、転機を迎えつつあるので、今後の活動を考えた時に、新しい環境とか、新しい場所とか、それこそ地方であるとか、海外に、生活を移すべきだろうか、と、そういうことも考えている。

けれども、こうして嫁さんが相鉄のキャラクターである「そうにゃん」に夢中になり、24時間四六時中そうにゃんそうにゃんそうにゃんそうにゃん言っていると、やはりそうにゃんの居るこの辺り(横浜あたり)が、嫁さんにとっては幸せなのかな、と考えなくもない。

しかし、そのへんはもっとこれから考えて、扉を叩いてみないとわからん。

ビールの話がある。
僕が、諸外国に移り住みたいと思うことがあったとすれば、(もし、子供を産み育てるのであれば、教育、環境、ということは最大であるが、それは残念ながら僕たちには当てはまらないのであるから)、その理由は、おそらくふたつあって、ひとつは音楽をめぐる環境であるのは当然であるが、もうひとつは、確実にビールということである。

つまり、僕は日本の大手メーカーの一般的なビールの味があまり好きではない。
しかし、外国に行くと、といっても大人になってから訪れたことがあるのはドイツとアメリカだけであるが、そこで飲むビールは、非常に美味しいではないか。個人的には、アメリカの北西部というのか、アラスカ、ワシントン、オレゴンあたりで作られるビールが、僕は好きだと思っているのだが。

もちろんビールについて言えば、詳しい方に言わせればもっと色々な世界があるし、僕がそれなりに日本酒をたしなむように、たとえばベルギービールの世界も非常に深いことぐらいは知っている。だから知ったようなことは書けない。が、良い音楽を演奏したり、聴いたりした後に、本当に美味しいビールを飲めることは、僕にとっては実に重要なことであったのだった。

だが、ここ数年で、たとえば日本の社会も、次第に質が変わっていき、良くも悪くも、と言えるが、国際化も著しいし、
たとえばビールひとつとっても、地ビールのブームというか、クラフトビールという言葉が一般に浸透し、日本に居てもかなり美味しいビールを飲める機会が、確実に増えて来たではないか。

もちろんそれはアメリカの北西部のビールとも、ドイツやベルギーのビールとも違ったものであるが、たぶん決してそれらに負けていないということは言えると思う。

僕が今までの人生の狭い見聞の中で、飲んだうちの一番印象に残っているビールは、まぁ日本に住んでいるから当然ではあるが、東銀座のあの店で飲んだ、いかにもまるで300年前のヨーロッパの酒場にいるかのような、あの原始的なビールである。

昨日も、海老名で駅前をふらふらしていたら、クラフトビールを飲ませる店があって、そこで醸造されたビールは、今の時代らしく非常にレベルの高いものであったが、おそらくはこうしたビールが、日本の各地でも今は作られているに違いない。そういった、レベルが高く、クリーンで、テクニカルな今っぽいビールが好きかと言えば、それは難しいところだが、美味いものはやはり美味い。そして、そんな美味いビールがもっと飲めるような国になって欲しい。

もちろん、これは音楽について、インディーミュージックや、ローカルなミュージシャンについて同じことを言っているのである。

そして、ギターについて言えば、これも日本人ミュージシャンだから当たり前と言ってしまえばそれまでだが、海外のどんな高名なビルダーのギターでもなく、有名ブランドのギターでもなく、僕が自分のギタリスト人生の中で(決してヴィンテージギターを何本も弾いたわけでもない狭い見聞の中であるが)、もっとも良い、最高のものだ、と感じたギターは、日本製の、長野県のあの場所の飛鳥工場で作られたギターだったわけである。

そして、ギターというのはもともと外国の楽器であるが、アメリカの国民食であるところのハンバーガーについても、やはり同様のことが言える。もちろん、そのへんで死ぬほど美味いバーガーが食える、という点では、平均点ではアメリカの方がはるかに高いに決まっているが、その気になって探せば、本当に究めた、「よりアメリカらしい本来のバーガー」は、ひょっとすると日本でこそ見つかるかもしれない、ということに、僕だって薄々気付いている。

ビールであっても、たとえば海外の優れた醸造家が、あるいはビールでなくても、芸術家であっても技術家であっても、最高のビールを追い求めるために、そのための環境や場所として、この日本の地を選んだとしても、何の不思議もないと僕は思っている。

日本という国、その環境、霊的な土壌、人間の質、ポテンシャル、には、それほどのものがあると、僕も思っているわけだが。

果たして自分にとっては、自分の音楽にとっては、そう言えるだろうか。

色々な可能性があるが、やはり、日本人の手によって、日本人のバンドを、日本発でやれたら、それがいちばん美しいと、思ってはいるのであるが。

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さて、長い一日の終わりに、いちばんヘヴィなものが待っていて、それは、デパートの美術館でやっていた「鍋島」の展示を見たのである。

僕は自分の日記でここ数年、「鍋島」と銘打った自分の音楽作品について(これから作る未来形の作品であるが)、繰り返し書いているが、昨日見たのは、歴史上に存在する、陶磁器というのか「鍋島焼」のことである。

僕は全然知らなかったのであるが、陶芸にも美術にも工芸にも詳しくないから。
なんと、この「鍋島」を現代に受け継いでいる陶芸家さんというのか、職人さんが、存在するというではないか。

しかも、その職人さんというのか芸術家の一族は、一子相伝で、代々その芸術様式を受け継いできたというではないか。

そんな、笑っちゃうようなすげえ話、初めて聞いた。
ていうか、一子相伝って何だよ。どこの暗殺拳だよ。
あまりにも凄まじい、笑うしかないくらいの凄まじい話である。

そんで、その作品を、美術館で展示されていたやつをちょっと見ただけでも、やっぱり笑うことすら出来ないくらいに凄まじかった。


僕が、この「鍋島焼」なる芸術に触れ、知ることになったのは、(ぜんぜん詳しくないけどね)、それはもちろん、若かりし頃に結ばれたうちの嫁さんが、たまたま「伊万里」という名を持っていた、というだけの理由である。

しかし、その名前の下に音楽を作ってきてしまったということもあり、「鍋島」は、僕の中で、究極の芸術として、魂に刻まれてしまった。なんだこの圧倒的な異次元、異能とも呼べる、宇宙的としか言いようのない、形容し難い芸術は。と、そう思ったのである。


そんな、自分が「究極」と認識した芸術様式が、現代に受け継がれている、と知っただけでも、見た甲斐があった。そして、やはり、その「鍋島」の芸術様式が、紛れも無く現代、「今」に受け継がれている、その現物を目の当たりにして、ものすごく興奮して、感動と興奮にうち震えた。

だってあれだよ、陶芸ってそういうものかもしれんけど、こんな現代の世の中にあって、江戸時代みたいな、手書きでちまちまやってんだぜ、細かい模様とか、いちいち。
これが音楽だったらどういうことか、っていうことを、思うよね、当然。

受け継がれている、というのも、解説を見たり読んだりした限りでは、17世紀とかにやってた一族のそのまんま末裔、というよりは、江戸時代に鍋島藩で絵を担当してた一族の末裔が、明治以降になってその様式を「再興した」という方が近いみたいだけれども。

どっちにしても、その明治時代とかにこの「鍋島」の様式を、再興しようと試みた人間が居て、そこから、鍋島が現代によみがえるための新たな歴史が歩み始めるわけだ。
これは、感動に打ち震えない方がおかしいくらいのストーリーである。

そんで、展示会にはもちろん、17世紀とかの本物の古い鍋島焼も展示されていて、それらが「とんでもない」のは当然わかりきったことなんだけれど、
昨日ちょこっと見た自分にとっては、現当主の14代「いまえもん」さんと、その先代の、おそらくはお父さんにあたるのであろう、13代さんの対比と関係性を見るだけで、もうお腹いっぱいであった。

その現当主であるところの、「継承者」14代いまえもんさん。
1960年代の生まれ、と書いてあったから、ミュージシャンだったら歳かもしれんけど、「芸術家」としては、たぶんまだまだ若い。

その現代の継承者さんが、今の時代の中で、「鍋島」のとんでもない技術と歴史をたずさえて、どんな作品を作ってんのか。
大いに興味があった。

で、ね、先代の13代さんの作品もたくさん展示されてたんだけど、
この「先代」さんが、とんでもない人だっていうのはすぐにわかったんだよね。
まったく説明もできんし言葉にできんけど、圧倒的な迫力。

だからこの先代の13代さんが、「大家」であり「巨人」であったことは明らかにわかった。

俺が、あんまし知らんけど、それでもこの「鍋島焼」の芸術の中で、もっとも重要な特徴だと考えている、「異能」そして「異次元」。もちろんまったく説明なんて出来んけど、それらの要素をもっとも強く感じたのは、この13代さんの作品の中だった。

なんつーか、優れた芸術家だけが持つ狂気みたいなもの。昭和という時代もあり、きっと、色々と旺盛な人だったのではないだろうか。そんで、バブルまっただなかの華やかだったに違いないそんな時代の中で、なんでこんなに地味な作品つくれるんだよ、そして、それらがまた、地味なはずなのに、せまってくるような生命力を持っている。

確かにそこには、「鍋島」の技術と美学と奥義を持って、昭和、そして20世紀に対峙した、一人の巨人と言える芸術家の姿があった。えらいこっちゃ。

そして、それを踏まえて現当主、継承者の14代さん。
これがまた、なんというか言葉に出来ない。

おそらくは、才能という点で言えば、きっと13代さんよりも、幅広く、優れた才能を持っている。(だが、決定的な「狂気」や「異能」を強く感じたのは13代さんの方だった)

そして、この人は、きっと、たとえば現代に合わせて世間での受けのよい、という言い方は不適切だが、あらゆるニーズに合わせた作品を作り出す才覚すら、たぶん完璧に持っている。

現代のあらゆる表現とかニーズとかを踏まえた上で、そして自らの出自である「鍋島」の美学や技術なんてものは、理解とかもちろん、理解する前にとっくに体が知っていたに違いない。

なんというのか、これだけの数百年にわたる「鍋島」の伝統と、様式と、美学。その特異な、あまりにも特異すぎる美学。おそらくはマニュアルや言葉にすら出来ないその奥義、真髄。

それらの数百年分を受け止めた上で、さらに何代にもわたる努力、戦いと研鑽、受け継がれた使命。そんでもってさらに、とっても非常に巨大な先代(父親)の存在。

それらの情報量をすべて受け止めるだけでも、普通に考えたらあり得ない。現に俺自身、それらの展示されていた作品の中に、そこに込められた時間と情報量に触れるだけで、リアルに気が狂いそうになるほどの圧倒される絶望的なほどの情報量を味わった。

たとえば、現代という時代は、すべてが解明され、すべてが明らかにされ、すべての技術は究められ、そうしてすべてが普及した、その後の世界である。だからこそ、美術、科学、技術、哲学はもとより、芸術、美術、陶芸の世界においても、「鍋島」の美学すら、きっと究められているに違いない。そして、実際に巨大な先代さんが、現代の鍋島を究めてしまった。それらを完璧に網羅した上での、継承である。


それらの美学や伝統をすべて、おそらくは完璧に受け止めた上で、なおかつ余りある才能を持って、現代を生きる。
網羅された巨大な情報を継承した上で、なおかつ完璧な才能を持って、それに向き合う。
それがどんなにとんでもないことで、おそらくはとんでもなくつらいことであるのか、想像してみることすら難しい。

だから、俺はきっと、もっと若くて、ギラギラした継承者の人物像を想像した。

けれども、最後に展示のラストで上映されていた短い映像の中に映し出された14代さんの姿は、そんな想像とは正反対の、相応にお歳を召した、そういった芸術家的なギラギラ感とは真逆の、非常に温和そうな方だった。

もちろん、そういった見た目だからといって、内面もそうであるとは限らない。
だが、逆に、なんか納得したのも事実である。
あまりにも大きな伝統や技術、そればかりか、形にも文字にもできない巨大な「美学」なんてものを背負わされてしまった日には、人間、流されるしかないのである。
水のように、柔軟に、逆らわず、そしてありのままに。
それは、人間ひとりの個人で背負いきれるようなものではないのだから。

ひょっとすると、そうして逆らわずにいられるようになるまでに、その方も紆余曲折があったかもしれない。が、それは知らん。

後から嫁さんに聞いたところによると、この日は実は14代さんのワークショップが会場で行われた日だったそうで、実際に14代さん本人さんと思われるおじさんが、会場に居たそうである。嫁さんは、後になって映像を見たら気が付いた、と言っていた。

作品を見て、背負ったもの、受け継いだもの、向き合うべき時代、自身の完璧な才能、等の、あまりの重さに、共感という言葉はおこがましくとも、敬意と畏怖は大いに感じたので、実際にお話をしてみたかった思いはあれど、自分は単なる無名のインディーバンドの人である。

おいおい、展示を見ながら、稲穂を描いた作品があったんだけれど、見事に異次元への扉が開いている13代さんの稲穂に対して、なんかいまひとつ思い切れない14代さんの稲穂を見て、「残念な作品だな」(超失礼!!)と平気でつぶやいていた俺の言葉を、聞かれていなければいいのだが(苦笑) (もちろん、他にも圧倒的な14代さんの作品は、いくつもありました。)

本人さんが居たのであれば、岸辺露伴のごとく、「俺のスタンドで魂を読んでやる!」とかやってみたいものだったが、それは冗談で、残念ながらそうそう都合よく読めるものではない(笑)

そして、仮に読める能力があったとして、それは作家さん本人を読むのではなくて、作品の方から読むのが正解であるのは、言うまでもない。
そして、それはちょっとだけ出来た。


しかし、本当に震えるような体験が出来た。
圧倒されたと言っていい。
感謝である。
好き放題、失礼なことを書いてごめんなさい。

なんというか、マンガっぽく言えば、実写版陸奥圓明流みたいなものがあるとすれば、芸術の分野ではあるが、これはかなりそれに近い状況だと思う(笑)

一子相伝やばい。
これは、普通は逃げ出すというか、逃げ出してもまったく不思議はないと思う。

そして、こんなものが、現代にまだ現存して、存続していた、命をかけて存続させた人たちが居た、ということに、本当に打ち震えるほど感動し、興奮し、そして感謝したい。

「今右衛門」ウェブサイトあったからリンク。
こちら

No(5015)


■…2018年 2月18日 (Sun).......流れ行く人生のボート
[次のステップに踏み出す前の、振り返り]

はっしーによれば、彼の中では、先日の2月10日の西横浜エルプエンテのライブをもって、彼は正式メンバーとしては脱退、次のライブ、現メンバーでの最後の演奏となる3月21日の新橋ZZのライブは、「正式メンバーとしてではなく」参加することになっているそうです。

そのあたりの区別は、僕は特につけていないのですが、
実に10年間一緒に演奏してきた、この[Tone - Hassy - Jake]体制。
つまり、はっしーとジェイクと一緒に演奏するのは、あと一回のライブのみ。その前にもう一回練習でリハスタに入るけど。
そんで、願わくば、全部終わった後、あらためて皆で飲みたいけどね。

次のステップに進まなくてはいけない、のはわかっているけれど。
自分の中では、12月くらいには既に、メンバー募集、というのか、色々な発表や、決意表明や、募集の投稿とかを始めて、次の活動への模索を始めるくらいのイメージだったんだけれど、
現実にはやっぱり、ゆーーっくりなスピードで進んでいます。

実を言えば、さきほど、某メンバー募集サイトに、一件だけ書き込みをしたのだけれど、どうかな。
クリスチャンバンド、クリスチャンメタル、というハードルも含めて、そんなに反応があるとは思えない。
これがすごい困難なことであるのは、重々わかっているつもりです。
わかってないかもしれないが(笑)
どんなに困難なことかわかっていたら、そもそも踏み出せないだろうから。

人を求める、のがもちろん一番なんだけれど、
縁を求めたい。
環境を求めたい。
新たな人生を求めたい。
より新しい世界を求めたい。

そうでなければ、俺の考える「鍋島」は鳴らせないから。

(ああ、そういえば、昨日、現代の「鍋島」さんの作品を見てきたんだけれど、その話はまた後ね。。。。)

だから、環境、縁、人生、そして新たな霊(スピリット)、
を求めていけば、その先にいる「人」にもきっと出会えるのではないかと、そう考えている。

--
--

さて、本当に、10年間一緒に活動してきて、一緒にアメリカを4度回って、作品もたくさん作った[はっしー&ジェイク]とお別れしちゃうのかよ、と思いますし、そう思っている方もたくさんいらっしゃると思いますが、
何度も書きますが、ここ数年、ずっと悩み、考えてきたことです。
そして、純粋に、音楽が理由です。
正直に言えば、信仰ということはあるかもしれないけれど、でも人間的な不和ではない。
もういっこ言えば、これはバンドのメンバーにしかわからないことです。
バンドっていうのは夫婦や家族と同じ、か、あるいはそれ以上に難しいこともあるのだから。

と、そう断った上で、振り返りますが。

やはり、とても実りの多い10年間であったと思います。
そして、彼らは二人とも、100パーセント、120パーセント、いや200パーセント頑張ってくれたと思っています。

俺はこういう言い方、書き方しか出来ないから、申し訳ないのだけれど。
申し訳ないのを断った上で。

うちの場合、無名のどインディーだし、インディー志向の活動の哲学が最初からあった、ということは前提なのだけれど。
最初から、「凄腕のいけてるメンバーを集めて、上を目指すぜ!」という感じでは、ぜんぜん無かった。
それよりも、人間としての相性、個性、なんというか欲の無さとか、純粋に音楽と向き合えることを重視した。

それで、たとえ天才的なプレイヤーで無かったとしても、それぞれに良い部分、長所を伸ばしていけばいい、その方が大事だ、そうすることで、自分たちにしか出せないバンドサウンドを鳴らすことが出来るはずだ、と、そう考えていた。

だから、前提として、彼らは二人とも、天才的なプレイヤーというわけではない。

でも、これだけの活動をしてくることが出来た。
そして、実際に、俺たち3人の、サウンドの相性は良かった。
そして、確かに俺たちのサウンド、そして俺たちならではのショウというもののスタイルを作り出した。

彼らは二人とも、バンドマンとして、上昇志向みたいなものは、あまり持ち合わせておらず、それは長所でもあり欠点でもあったが、そういった欲の無さ、世間との距離感が、このバンドの活動には必要であり、彼らはそれを満たしていた。
だから10年もの長い間、共に演奏してくることが出来たのだ。


だから、この3人で活動してきた、この10年間を振り返って、後悔なんていっこもない。本当に1ミリもないかっていうと、それは難しいけれど、いちばん大事な音楽ってものに照らして、やはりこう断言できる。無駄な音なんていっこも無かった。間違った音符なんてものは、一音たりとも無かった。

だから、この3人のイマリトーンズは最高だった。

こう見えても、みんなに愛された。
演奏は下手だったかもしれないが、いろいろなところで愛された。
それは、誇っていいことだ。



うちのバンドには、こう見えても、小規模ながらも、世界のいろんなところに応援してくれるファンの方々が、いたりするから、彼らが好きになり、愛してくれたのは、きっとこの[Tone - Hassy - Jake]の3人によるイマリトーンズ。
これから、その10年間やってきた「Classic Lineup」(なんてものは無いが)を、越えるバンドを、その体制を、作り上げることが出来るのか。
不安はもちろん大いにある。

--

振り返って思うのはね、
たとえば、何年も前のライブの映像とかを、最近またちょっとハードディスクの整理とかしたんで、あらためてそういう過去の演奏の映像とかを、見てみると。

やっぱり、俺たちは成長してきたんだよね。
そして、俺自身も成長させてもらったんだよ。

俺は、作曲とか、自分自身の中にある創作世界の宇宙の中では、そこでは肉体も、年齢も、あまり関係がないから、たとえば若い頃に書いた曲の中にも、その後になって書いたのに負けないような良い曲もあったりするけど。

でも、人間として、肉体を持った人間として、成熟度とか、そしてライブで演奏するときの技術とか熟練とか。
振り返ると、若い時はやっぱりいけてない。
自分自身と、世界との距離の取り方も、ぜんぜんわかってない。

自分自身と、世界との距離感が、僕はずっとわからず、それをだんだんわかっていくプロセスが、だいたい僕の音楽人生だったのだから。

近年、スタジオに入ると、いつも言ってたんだよね、冗談みたいにして。
「ああ、20代の頃にこれだけ歌えたらな」って(笑)

もし、20代とか二十歳とかの若い頃に、これだけ歌う技術があったら、もっと色々な可能性があっただろうに、って。

でも、実際には、そんなに都合の良いことはない。
へたくそながら、ずっと頑張って続けてきて、やっと少しはマシになってきたんだよ。
(つって、先日のライブを振り返ると、やっぱりぐちゃぐちゃな歌唱でしたけどね、汗)

振り返れば、やはり何度にもわたる、グラスルーツなアメリカ遠征、あれが何よりの武者修行となって、俺たちは自分たちのアイデンティティをつかむことが出来た。
そして、その後のXTJをやりながらの、日本人としてのサウンドを追求しつつの、ディープな魂の掘り下げ。
俺たちは、そこで辿り着いた「Jesus Wind」を誇っていい。
この3人でなければ、辿り着けなかった、これを作り上げるために、この3人は集まったんだ。

そして、その活動の中で、いろいろなところで、いろいろな面で、支えていただいた、応援していただいた方々。
僕たちは決して、小規模な無名のバンドだけれど、それでも、本当に色々な人々のお世話になって、支えていただいて、ここまで音楽を鳴らしてくることが出来た。


だから、俺は、今、より先にある、より高い場所にある、「鍋島」という目標を見定めて、新たな活動をしようとしているけれど、
ここまで成長してこれたのは、
やはり、はっしー、と、ジェイク、の二人と、一緒にここまで頑張ってきたから、ここまで来ることが出来たんだよ。

だから、本当に感謝している。
ヘタクソだった俺は、こうして、少しはマシになることが出来た。
少しは誇れる作品を、作り上げることが出来た。

そして、究極の目標みたいなものを、見据えることが出来るところまで、歩いてくることが出来た。

--

かといって、この場所に、ずっと留まることは出来ない。
生きていくためには、先に進まなくちゃいけない。
歩き続けなくてはいけない。

だから、決断する必要があった。

一人のクリスチャンとして、これを言ってしまうと、ちょっとずるいのは承知しているんだけれど、

神が決めたことだと思う。

でなければ、あるいは、音楽そのものが決めたことなんだと思う。

だから、自然と、そうなった。

自然と、決断の時がやってきた。

俺は、別に、「もうこの二人と演奏したくない」と思ったから、決断したわけじゃあないんだよ。

ただ、人生が、そして音楽が、そのように流れていくから、たとえて言うのであれば、自分の乗っているボートが、自然に川の流れに流されて、彼らの乗っているボートと、次第に離れていってしまうから、名残りを惜しみながら、前を向くしかない、という感じなんだ。

--
--

ひとつだけね、とても厳しく、苦いことを言うのであれば。
信仰ということ。
彼らは、こうしてクリスチャンバンドの一員として、10年間やってきた。
たとえ、それが教会世界とは距離を置いているヘヴィメタルバンドであったとしても、キリスト教をテーマにしているバンドのメンバーとして演奏してきた。

その結果、彼らは、多少なりともキリスト教の世界に触れてきたわけだ。
バンドのメンバーとして、その部分を彼らに説くのは俺の役割ではないとずっと言ってきた。
けれども、そういう話をしたことは、もちろん何度もある。

つまり、彼らは、こういうバンドの一員として演奏活動をする中で、キリスト教や、教会の世界を、信者の立場で表から見るのではなくて、少なからず、内側とか、裏側から垣間見てきた。

その結果、彼らにとって、「やっぱりキリスト教は凄い」「キリスト教は素晴らしい」となるのではなく、むしろ逆に、「ああ、キリスト教って結局この程度なんだ」「キリスト教の世界って、つまんないんだ」と、そういう方向の理解になってしまったのではないか、という心配は、俺はずっと持っている。

少なくとも、バンドの歴史の中で、たとえ活動の調子が良い時であっても、イエス・キリストを信じる人間の一人として、彼らに、なんというのか「受洗」をすすめた時に、二人してきっぱり断られた、という出来事が、やはりあった。

その後とか、いろいろな経緯は、触れないでおこうと思う。
あまりにも難しいことだから。

でも、音楽を通じて、俺たちが3人で触れたものは、見つけたものは。
その中にある真実は、確かに俺たちが、角度は違えど、魂の中で共有したものだと、書き記しておきたい。
そして、その中にこそ、本物のイエス・キリストは居る。

あとは神の御手に任せたい。

--


以上を、書き留めて、
またこれまでに感謝しつつ、
これから、少しずつ、新たな活動を模索して行きたい。

そうはいっても、3月21日(水、祝)、新橋ZZにて、もういっぺんだけ演奏しますよーーー!!!!
なんか、普段着で、気楽に、ポップな曲をやりたい気持ちです。

No(5014)


■…2018年 2月11日 (Sun).......今までの人生のぶん今まででいちばん感謝
[2月10日、西横浜エルプエンテ、ライブ感謝です!!]
[皆さんのあたたかなご協力で、やり遂げることが出来ました!!]
[とりいそぎ感謝の日記]
(写真クレジット、オオハラシンイチ from ソルフェイ (イマリトーンズの写真))
--
恐れを知らない、っていう状態がある。
恐れを知らない、っていうのは、勇気を振り絞って何かを行う、っていう考え方もあるけれど、
それ以上に理想的な状態は、何も考えずに知らないうちにやっちゃう、っていう状態なんだろうと思う。
Ignorance is bliss (無知は祝福、知らぬが仏)って言葉があるけれど、物事を知らない、世間を知らない、無知な状態、ナイーヴな状態でいることも、ある意味では祝福だ。
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蓋を開けてみれば、僕たちのバンドにとって大事な節目のイベントとか言いつつも、純粋に自分たちの集客は、色々な理由で不思議なくらいにどこかへ行ってしまい(それでもお気持ちやご声援だけで、本当に嬉しいのです)、
上り調子のソルフェイさんに頼ってしまう形になり、本当に頭が上がりません。
そしていつもいつもお世話になっている大先輩のB.D.Badgeさん、寿朗閣下のパワーとスター性には本当にいつも圧倒されて、いつでも見上げています。本当に尊敬しています。自分は寿朗閣下の年齢になった時に、果たしてこんなギターが弾けるだろうかと、純粋に考えます。そして共演していただき、あたたかなまなざしで見守っていただいて本当に感謝しています。
--
もっとも自分たちでこういった節目のイベントで、大きな会場で何百人も集めてやれるようであれば、バンドの体制を再構築する必要がある、とかそもそも言い出さないわけなのですが、それでも昨晩のライブは、なんだか不思議な星のめぐりあわせというのか、スピリット的な面での、あたたかな祝福があったように感じています。西横浜エルプエンテは、由緒正しい、というのか、横浜のハードコア、パンクのシーンにおいて良心とも言える、とても素晴らしいライブハウスです。そんな場所で、こういったイベントを企画させてもらえるというのは、とても嬉しく、誇らしいことで、僕はいつも、この場所で演奏させてもらう機会があるごとに、それをとても名誉に思うのです。
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それでもやはり、昨晩のイベントは、何かしらの意味で、参加するハードルが高かったのかもしれません。タイトルからして、「ロックとメタルとキリスト教信仰の夕べ」とか、宗教色っていうのか、キリスト教色っていうのか、スピリチュアル丸出しで、あと自作したフライヤーもあんなデザインだったし(汗)、普通からしてみれば、参加しづらいイベントだったかもしれない。
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それでも見に来ていただいたお客さんや、素晴らしいパフォーマンスをしてくれた共演のバンドさんたちには、そのスピリットを、信じてくれたことに、本当に感謝したいのです。
--
そんな宗教色(およびロック、メタルの融合)を丸出しな、いかにも絶対ありえないようなニッチなイベントを曲がりなりにもやれてしまったことに、最大の意義があったかもしれません。そもそも日本においてクリスチャンメタル、クリスチャンロックをやる、っていうこともそうですが、こういう趣旨のイベントをやるということも、たぶん世間からすれば変わったことであり、勇気の要ることです。だけど、なんかしらんけど何も考えずに楽しくやってしまった。規模とか、数字とか、格好とか、そういうことは全然考えずに。
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そしてそもそもが、神を信じるということは、勇気の要ることです。
何かを信じる、ということ自体、勇気の要ることです。
なぜなら信じるっていうことは、言うほど簡単なことじゃない。
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イベント自体は、成功だったと思っています。こういう趣旨のニッチな内容のイベントだけれども、本当に皆さんのご協力のおかげで、あたたかなご協力のおかげで、曲がりなりにもイベントとして成立した、ということ。
そして、その場にあった、なんかよくわからんけどあたたかな祝福。
そして、何より、何を言わんや、なんかすごく楽しかった、という事実。
--
ソルフェイさんも、B.D.Badgeさんも、素晴らしい内容の演奏をしてくれました。けれども、僕たちも負けずに良い演奏が出来ました。
僕は年末に風邪を引いて以来、ずっと鼻と喉が本調子に戻らなくて、昨晩も歌えないんじゃないかと思っていましたが、どちらかというと感情のたかぶりで汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって歌えなくなり、お色直しで引っ込むということをしてしまいましたが、結果的に、問題なく歌えました。ベストではなかったですが、コンディションを考えれば上々の歌唱でした。(歌が下手なのはどうしようもないですが)
--
西横浜エルプエンテ、この[Tone-Hassy-Jake]のメンバーになって、行った、最初ではなかったけれど、二回目のライブが、確かエルプエンテの前身であるLazy Bonesで行ったライブだったと記憶しています。それから確かに10年。
El Puenteになってからは、最初に演奏したのは確か、2013年のThe Extreme Tour Japanで、The Lacks (The Lack Family)たちと一緒に回った時だったと思います。いや、その前にいっぺん、にへん、やったかな、やってるな。どちらにしても2013年でした。
あの時の演奏も決して悪くなかったけれど、その後、たとえば一年半前に、ビクトリアノと一緒に来た時、演奏内容は悪くなかったけれど、スピリット的には不協和音の残る、ほろ苦いライブをやってしまったりしていた。
そのリベンジというわけではないのですが、ようやく、この西横浜El Puenteにて、本来の持ち味を発揮する、ベストの演奏をすることが出来たと感じています。そして、それは僕にとってはとても嬉しいことでありました。
--
そして自分にとって昨晩の最大の勝利といいますかハイライトは、スケートボードパフォーマンスで、インポッシブル(Impossible)が一発で決まったことでありました。お客さんの入りとか、もしスペースがあったらやろうかと考えていましたが、でも色々問題もあるのでどうしようかと思っていましたが、やらせていただき、しかも皆さんが見ている前で、一発で成功させたというのは、演奏者というだけでなく、一人のスケーターとして誇らしい瞬間でした。今のバイト先でスケートボード通勤を行っている甲斐があったというものです(笑)
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出来上がったばかり(発表は来年?)の日本語アルバム"Overture"からも、3曲やりまして、それらの曲は、昨年10月の新宿のライブの時に上手く演奏できなかった経緯があるので、今回はそのリベンジでちゃんと演奏することが出来たと思います。
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僕たちの節目の自主企画ということで、長々と演奏させていただき、また、その半分くらいは、僕の「語り」というか「自作自演説教」、自己陶酔して神の愛を語る独り舞台、つまりは僕の話が長かったからだと思いますが、皆さん付き合ってくれて本当にありがとう。都合、11曲もやらせていただきましたが(松原湖の時以来かな、あの時だってジャスト10曲だった)、いちばん最後に"Repent"を歌うのは少々きつかったです。でも、なんとかやれたかな。
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しかも僕が「お色直し」(汗と涙と鼻水)で引っ込んでいる間、ジェイクのMCがウケていたというではないですか。一緒に10年やってきましたが、ジェイクのMCがすべらずに、ちゃんと意味が通り、ウケた、というのは、実に初めてのことだと、終演後にメンバー同士で話しておりました。これも奇跡かな。
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終演後、皆さんが帰った後も、イマリトーンズのメンバーで最後まで残って、ほんのりまったりしておりました。
この3人で活動するのも、あともう少し、3月の一本のライブを残すのみです。(そんで、最後に皆でおつかれ飲みをする、とか言ってますが)
センチメンタルになるわけではないですが、特に、陽気で愛想のいいジェイクもそうですが、あまり感情を表に出さないと思われがちなはっしー先生においても、何も言わなくても周囲は皆、わかっているでしょう。もちろん二人とも、完璧なミュージシャンではないので、昨晩の演奏でもダメ出しをすればキリがないですが、それぞれに持ち味を発揮して良い演奏をしてくれました。
--
そんなわけで、あと一本です。この一本は、B.D.Badgeでドラマー(のうちの一人)を務めておられるロックな牧師として有名なK牧師の企画だそうですが、プレッシャーを感じることなくカジュアルに決めたいと思っております。レザージャケットではなく、スケーター系(?)ワークシャツで行きたいと思っています。ヘヴィではなく、ポップに楽しく行こうと思っています。3月21日(水祝)、新橋ZZにおいてです。
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今のイマリトーンズはライブの本数は少なかったですが、僕としても、この節目の一本、大事な意味合いのライブを、やり遂げたことで、ずいぶんと気持ちが楽になりました。
これでまた、明日に向かって、未来に向かって、一歩踏み出すことが出来ます。
--
写真は、自分たちの携帯で撮ったものもありますが、イマリトーンズの写真のきれいなやつは、ソルフェイのボーカルのオオハラシンイチ氏が撮ってくれたものです。彼は最近、写真家としての活動を始めて、少しずつ仕事をしているそうです。やはりアーティストでありますので、その感性は鋭いものがあると思います。また機材オタク的な側面も持っていますから、道具の選定やこだわりにも確かなものがあると思います。ぜひ彼に写真撮影を依頼してみて下さい。
--
以上、本当にありがとうございました!!!!!
すべての人に感謝します!!
祝福がありますように!!
in Jesus name.

No(5013)


■…2018年 2月 9日 (Fri).......ひさしぶりの手応え
明日は西横浜エルプエンテにてライブしてきます。
とても気合いの入った大事なライブです。全力で演奏してきます。
応援よろしくお願いしますにゃん。

ちょうどそんな折、とても久しぶり(2年ぶりくらい)に、ちょっと本気っぽい、「鍋島」の続きと言えるような曲を書くことが出来た。しかも2曲。
昨年も曲をそれなりに書いてはいたけど、本気な曲はやっぱり書けなかった。
だからリアルに2年ぶりとか、あるいはそれ以上ぶりだ。

今の状況と、「鍋島」という宿題のボリューム、そして人生の残り時間を考えると、この曲をバンドで、大きな会場なり小さな会場なり、人々の前で演奏できる機会は、ひょっとするとかなりの確率でやって来ない。

けれども、鍋島の向こう側に突き抜けた曲を、ひとつ、ふたつ、であっても書けたという事実は、僕にとっては意味が大きい。自分で演奏できる日が来なくても、誰かが演奏してくれるかもしれないし。
大いに励みになります。

いずれにせよ、"Jesus Wind"、"Overture"、"鍋島デモ"と作ってきて、(後者2つはまだリリースつうか発表してませんが)、自分の人生における音源制作っていうのはついに一段落しました。
これまで、作品もたくさん作ってきたし、音に向き合うことに一生懸命になっていたけれど。
これからは、人に向き合う人生を過ごしたいと思っています。

踏み出します。ゆっくりだけど(笑)
明日のライブはその第一歩。
ぜひぜひよろしくお願いいたします。

こちら

No(5012)


■…2018年 2月 5日 (Mon).......だいたいいんすた
2月10日のライブでまた使うかなー、と思って久々に、使い込んだデッキに再び文字をペイントしていたんだけれど(昨夏にオフィスワークやってた時の都心ボードスライドでほとんど消えてた)、
こうやって描いていると、なんかとてもパーソナルな物のように思えてきて。
たとえば、アキラとジュンコという2人が居たとして、すれちがいから別れてしまうんだけど、二人がよく通っていた喫茶店のマスターが「ジュンコ、アキラは君のことを愛しているぞ」と看板のどこかに書き記しておくような。。。。(ノリが古いけれど)

でも、神と人との関係ってそんな感じだよね。
すれちがって来たんだよな。
誤解を解いて、また一緒になりたいんだよ。
愛と人ってだいたいそんな感じ。

このデッキもずいぶん長く使っているけれど、今度のライブが終わったら引退させて、次のやつに交換です。

#gettingready for the #nextgig #skateboard #paintjob #jesuslovesyou #personalmessage #loveneverends

No(5011)


■…2018年 2月 4日 (Sun).......2月10日(土)西横浜エルプエンテ
あと一週間を切りました!
気合い入った、大事なライブです!

来てください、って、大きな声で言いたいし、言わなきゃいけない。

うちのバンドは、一応、小規模なりにもインターナショナルに活躍してきたバンド。
だから、その実力は、ちゃんと発揮すれば、かなり高い。
皆さんをあっと言わせる演奏をする力がある。

でも、今度のライブは特別だ。
いろいろな事情がある、特別な事情のライブだ。

だから、これは言ってはいけないことかもしれないが、
きっと、たぶんおそらくは、ベストの演奏は出来ないだろうと思う。
きっと、ベストからは程遠い演奏になるだろう。
ばらばらの演奏になるだろう。

今の僕たちのバンドの、内部事情の、根本的なところが、
すでに噛み合わず、限界を迎えている。
それは、メンバー3人が、精一杯がんばったとしても、
自然に、もうそうなってしまっている、そんな現状を、厳しく映し出す演奏になるだろう。

しかし、たとえそうであったとしても、
見ていただく価値のあるステージになるだろう。
皆さんに、感銘を受けてもらえる演奏になるだろう。
何らかのメッセージを感じてもらえるステージになるだろう。

そして、共演の2バンドさんは、信頼できる、実力も実績もスター性も兼ね備えた、素晴らしい「クリスチャンロック」のバンドさんたちである。

運命は動き出す。
次のステージに向けて。

その動き出す運命を、感じに来てもらえたら嬉しいです。

サンキュージーザス。



[西横浜だからできる]ロックとメタルとキリスト教信仰の夕べ
2018年2月10日(土)
場所: 西横浜エルプエンテ (Bar El Puente)
横浜市西区西平沼町8-8 和幸ビルB1F *相鉄線 西横浜駅より徒歩2分
TEL:045-628-9888
こちら
Open 18:00 Start 18:30
チャージ: \1000+1drink *前売り/当日とも同料金
出演: Imari Tones, B.D.badge, Soul of Faith

タイムテーブル
18:00 開場
18:30 スタート
18:30--19:05 Soul of Faith
19:20--19:55 B.D.badge
20:10--21:00 Imari Tones

No(5010)


■…2018年 2月 4日 (Sun).......新・嫁猫
うちの嫁さんが、ここ一ヶ月くらいだろうか。
それともまだ2週間くらいだろうか。

「そうにゃん」に嵌まっている。

そうにゃんというのは、相鉄、相模鉄道のキャラクター。いわゆる「ゆるキャラ」である。

うちは狭いアパート住まいで、犬や猫などは飼っていないし、たぶん飼わない方が良いのはずっと以前から知っているのだが、嫁さんは典型的な「猫娘」で、近年になって世間が猫も杓子も猫というか、猫ブームなんてことが言われるようになるずっと前から、にゃんにゃんにゃんにゃん言ってきた人である。にゃんにゃんにゃんにゃんうるさいな、という状態であった。しょうがないので自分もにゃんにゃん言わないと会話が成立しないのである。

キャラクターであれ映像であれぬいぐるみであれ、嫁さんが好きになるタイプの猫には特定のタイプというのか、なんとなく共通点がある。その共通点というかタイプというか、「ああ、これはうちの嫁さんが好きそうな猫だな」というのは、なかなか説明が難しいが、長年見てきているので、僕はなんとなくわかるのだ。

で、この短期間のうちに、我が家には「そうにゃん」グッズが増えており、嫁さんはそうにゃんそうにゃん言っているのだが。そしてわざわざこうして休日には相鉄線に乗りに出かけている始末なのであるが。

そう思ってみると、確かにこれはいかにもうちの嫁さんが好みそうな猫だな、というのはわかるのである。そうにゃん。

なんともひらべったい顔のデザイン。

今っぽいフラットデザインというのか、しかも横に長い楕円形の顔。
アンパンマンなどにも共通する、幼児のお子さんたちに好まれそうなシンプルな線による満面の笑顔。

タヌキにも間違われることが多いということだが、納得の、これって果たして猫なのか、という疑問符。

しかし、これが、平面の2Dで見ると、微妙に思うのだが、着ぐるみやぬいぐるみなどの3Dにしてみると、意外なほどにかわいさが倍増するのである。楕円形の魔力なのか。

キャラクター造形とか、ゆるキャラとかでも、平面では良くても、着ぐるみにしてみると失敗、というものもよくあると思うが、その意味では「そうにゃん」は成功している。確かに、よく見るとこれが優れたデザインだということがわかる。きちんと計算してデザインされているのかもしれない。

この平べったい満面の笑顔。そして文章の語尾は「にゃん」という非常に安直な、見もふたもない猫萌えっぷり。安直すぎて逆に身の躱しようがない、というあれである。直撃を食らうしかない。

これで「応援してにゃん」と言われたら確かに応援してしまうし、「買ってにゃん」と言われたら買ってしまいそうだ。すごい破壊力である。

すでに「ゆるキャラ」とか萌えとかそういうものも、出尽くして世の中に何万体いるんだかわからないくらいの世の中だが、そういった中でも、キャラクターとして、オーディエンスに与える印象とか、効果といったものがきちんと計算されて狙ってデザインされているのかもしれない。

そもそも鉄道会社のゆるキャラなのに電車とかまったく関係ない、ただの猫である。そして猫であるかどうかもあやしいくらいの、アンパンマンとか、藤子不二雄っぽい線とか、直球すぎてお子様はおろか大人でも気が付けばガードを突破されている。

そんなわけで、「そうにゃん」かわいいね、と僕も思っているのだが。
(確かに最初に2Dの絵を見たときは、何これ、かわいくない、と思ったが、不思議なものでだんだんかわいく見えてくる。)


ここから先は悲しいお話である。
なんというか悲しくなってしまったお話を書く。

これも嫁さんが見せてくれたのだが、どこかのブログにそうにゃんのパロディ漫画があって、そうにゃんがお役御免になる、というエピソードがあったのだが、
おそらくその印象が残っていて、想像してしまったのであるが。

そういう夢を見た、というか、リアルに想像してしまったのである。

ゆるキャラ、とか言わなくても、こういったキャラクターとか、シンボルとか、息の長い存在というものが世の中にはある。

横浜で言えば崎陽軒のシューマイについてくる「ひょうちゃん」とかもその一例だろう。

「そうにゃん」はあまりにも満面の笑顔で、健気に相鉄の広報のお仕事をしているので、猫は本来気ままな怠け者のはずなのだが、「そうにゃん」は新種のネコという設定なので、ネコにしては珍しく健気に働くのである。

なので、そうにゃんが定年退職するシーンとか考えてしまった。

「僕(わたし)はそうにゃん。何十年もの間、相模鉄道のイメージアップのために貢献して来たにゃん。これまで忙しく頑張って、いつのまにかずいぶん月日が流れたにゃん。そうにゃんは元気いっぱいだけど、長い間がんばったせいか、最近はほっぺたもゆるんできたし、お腹もちょっと丸くなってきたにゃん。」

そんなそうにゃんがある日、出勤すると、取締役の一人から声をかけられる。

「そうにゃん君、今までずいぶんご苦労だったね。実は、今日づけで辞令が出てね。そうにゃん君には、定年退職してもらうことになったよ。」

「にゃにゃ!? 定年退職!?ゆるキャラに定年があるなんて聞いてないにゃー。」

「君の仕事は、より今の時代に合った、人工知能を搭載したPR用プログラムの『バーチャル相太くん』に引き継いでもらうことになった。最近ではそうにゃん君も、ゆるキャラランキングの上位に入ることもなくなったし、全国的な話題になることも少なくなってきたからね。我々経営陣としても、決断のタイミングだと判断して、人間用の定年制度をそうにゃんに適用することにしたんだ。」

「え、ええー、そうにゃんですかー。」

そして、そうにゃんの脳裡に、今までの楽しかった思い出が走馬灯のようによみがえる。

大人気だった若い頃。ゆるキャラグランプリで上位入賞した栄光の記録。
そして、お子さんたちや、ファンの皆さんと交流した楽しい思い出。

「にゃーん。そうにゃん、お仕事やめたくないにゃー。」

でもね、そうにゃん。誰にでも、どんなものにも、時というものがあって、時代というものがあって、終わりがあるのですよ。

ここまで想像して、ちょっとその日のことを考えると泣けてきてしまったんだけれど(笑)

でも、今までそうにゃんを応援してきた、お子さんたちが、今では大きくなって、みんな、「そうにゃん、ありがとう」と言っています。

そして、実はそうにゃんには、そうにゃんのことをかわいがってくれる大事な人がいたんです。
その人は、ずっと前からそうにゃんを応援してくれていた女の人で、今ではすっかりいい歳の年輩の女性です。

でも、お仕事をやめたそうにゃんは、気ままな一匹のネコに戻って、その人のすぐそばで、ゴロゴロと喉を鳴らして、お昼寝が出来るようになったのです。

だから、広報のお仕事をやめてからも、そうにゃんは、もっともっと幸せになりましたとさ。

と、考えるしか、ハッピーな結末がない。

あるいは、自由の身になったそうにゃんは、ハーレーにまたがり、サングラスをかけて、新たな自由の旅に出る。。。。そう、Easy Rider なのだにゃん。

こっちの方が、好みかもしれない。


なんか、無名のバンドマンやってると、いろいろと考えてしまってね。他人事じゃないというか。

全国に何万匹いるのかわからない、企業やら自治体やら、いろいろのゆるキャラ。その中では、きっと間違いなく「そうにゃん」は成功した部類に入ると思う。そんなそうにゃんにも、いつかは退職の日が来るとすれば、もっと無名のゆるキャラだって、きっといっぱいいるはずで。

かといって、本物の猫や、動物であれば、そんな人気なんて一向に気にかけない。ただ、生きるだけである。その命を精一杯に。そして、それで十分である。

それは、人間でもそうだし、楽器であれ、ギターであれ、ぬいぐるみであれ、何でもそうだろう。

いずれにしても、猫や犬はおろか、こんなゆるキャラや、ギターや、ぬいぐるみや、音楽そのものや、そんなものに感情移入して、いちいち泣いてしまうようであるから、自分たちは、お子さんを持たない人生を選んだけれど、やっぱりそれで正解だったように思う。

こちら

そうにゃんのウェブサイトを開くと、「都心に行くのが待ち遠しいにゃん」と出てくる。つまり、そうにゃんは、相鉄の東急との直通運転開始による、都心乗り入れを前に、相鉄の知名度とイメージの向上を狙ってリクルートされた猫なのだ。

さあ、果たして「そうにゃん」は無事に都心に乗り入れることが出来るのだろうか。

ええと、僕としては、そうにゃんに負けないように、皆さんを愛し、愛されるように、がんばろうと思います。(遠い目)

No(5009)


■…2018年 2月 4日 (Sun).......Straye Footware
First Skate shoes purchase in a while.
I didn't know what to wear after FALLEN was gone.
I thought STRAYE shoes were a bit too much for me.
But now I found out they have some simple&hardcore stuff.
Cheaper than in Japan even with the shipping cost. (Thanks Internet)
Totally satisfied. I think I can keep skating.

This brown pair is my very last pair of Fallen. They were very durable and lasted nearly a year! (I admit I skated less last year.)




ひさしぶりにスケートシューズを買った。
2年近く新しいのを買ってなかった。

ファッションに見事なまでに無頓着な自分が、人生の中で初めて好きになったシューズのブランド、Fallen。
そのFallenが、もう一昨年になるのか、2016年の春頃にブランドが消滅してしまい。
(いったい何足の「Patriot」を履きつぶしたのだろうか。)

それ以降、いったい何を履いてスケートすればいいのか、途方に暮れていた。

Fallenの総帥であるかの有名なハードコアスケーター、Jamie Thomasは、その後、ほどなくしてStrayeというシューズカンパニーに関わることになった、というニュースは聞いていたけれど、ネットとかインスタで見る限り、Strayeのシューズのデザインは"Out There"(風変わり)過ぎて、なんかとてもじゃないが自分の好みではない、という感じだった。

Strayeというブランド名は、Fallenと同様に、なんだかはみだし者っぽくて好きなのだが。僕は音楽であれスケートボードであれ、かっこよくなりたいわけではなくて、自虐の気持ちがあるから続けているのである。つまりしょせん自分は放浪者であるということだ。

自分としては、ナイキとかアディダスとかニューバランスみたいなメジャーカンパニーではなくて、たとえ気分だけでも、Skater Ownedというのか小規模なハードコアなブランドの靴を履きたい、という思いがあったから、

その中で、他に注目していたのは、Stateっていうメーカーだった。
なんか、わりとトラディショナルでちゃんとしてるのが好印象で。

2年近くスケートシューズを買わなかったのは、もちろん貧乏してたからだけれど、それはもちろん音楽制作とかの音楽活動貧乏だけれど。
2016年春にFallenの消滅のニュースを聞いて、手元に一足ストックがあったけど、今のうちにせめてもう一足買っておこう、ってなって、それを使っていて、その最後の手持ちのFallenは、D.O.A.っていうハイカットのモデルだったけれど、そのモデルが非常に耐久性がよくて。

それは、僕はこの一年間、あんましスケートしてない、ってことなのかもしれないし、あるいはスタイルが変わった、ってことなのかもしれないし、無駄に板の上でポジションを探して左足をずらすことが減ったせいなのかもしれないし。
とにかく、このD.O.A.は、デザイン性もスケート性もよければ、これまでで一番の耐久性で、たとえスケート頻度は少なかったとしても、すでに一年近く持ってしまっている。これは新記録だ。(不名誉な新記録かもしれない)

たぶん今のスケート頻度だと、このFallen D.O.A.であと2ヶ月は持つ。(たぶんそれでリアルに一年を越える)

けれども、今かな、と思って、ネットを見た。

つまり悩んでいたのは、どこから買えばいいのか。


これらの小規模なハードコアブランドの靴は、日本では流通してない。
それに、そもそも日本でスケートシューズを買うと、高い。数ヶ月で履きつぶす宿命にある消耗品にそんな高額を払っていられない。(だからこそスケートシューズは大手メーカーにとって良い商売なのだろう)
唯一の方法はVansの安いのを見つけることだと思うが、今はまだその手段には逃げたくない。

今までも、Amazon.comを使って、安いのを見つけて、たとえ送料がかかったとしても、それでも日本で普通にスケートシューズ買うのに比べたら、ぜんぜん安い価格で入手していたのである。

だが、ちょっと前、それこそ最後のFallenの2回くらいを買う時には、Amazon.comの使い勝手が悪くなって、つまり、靴には関税はかからないのに、50ドルくらいディポジットを取られて、しかもそのディポジットが戻ってこなかったのである。そして、それに対して文句を言ったら、やっぱり一ヶ月くらいして全額戻ってきたのである。それは、かなり面倒くさく、しかも印象が悪いのであった。

だから、転送サービスを利用しない限りは、Amazonはもう使いたくないわけであった。

で、どうしようか考えていたのだが、ちょっと見てみて、大手のスケートショップの中でも、StrayeおよびStateを扱っているところで海外発送してくれるところを見ていたら、それは例のCのつくアルファベット3文字のお店か、あるいはZから始まる例のチェーン店のどちらかといったところであった。

そいで、そのZから始まるお店が、送料も安かったので、利用してしまった。

しかも、ひさしぶりにStrayeをチェックしてみたら、変な色の風変わりなデザインだけではなくて、ちゃんとシンプルなデザインのものもあるではないか。

しかもそのデザインは、非常にハードコアな、むしろFALLENよりもさらに輪をかけてハードコアなテイストの、非常にシンプルでロックなデザインのものだった。
これは素晴らしい。

本音を言えば3足くらい買いだめしたいくらいであるが。

なので、このZのお店を利用してしまった。
これは結構メジャーなチェーン店で、日本で言えばムラサキスポーツみたいな存在のお店だと思う。
ハードコアブランドの靴を買うのに、メジャーなチェーンストアから購入するのはちょっと矛盾な気もするが、これが現実だ。少なくともスケートショップではあるから許してほしい。

そして送料は安かったのだが、恐るべきことに、3日くらいで届いてしまった。いつもは、2週間くらいはかかっていたのだが。速達扱いだったらしい。

たぶんこんな要領で、StrayeやStateを履いてスケートすることが、当面は出来るのではないかと期待している。

願わくば、これらのブランドが長く存続してくれれば、というところである。
最近、自分が好きになったものは、すぐになくなってしまう、という思いがある。バンドであれ、靴のブランドであれ、デッキであれ、ギターやペダルのメーカーであれ。Hamer、Fallen、Heavy Lid Effects、Cliche、PWR BTTM、そしてブッチャーズ。
安売りになってるのを探してネットで購入している自分が偉そうに言えることではないのはわかっている。

No(5008)


■…2018年 2月 4日 (Sun).......Kuassa Jones
Overdrive、オーバードライブってことに関して言えば、
例のパソコンの中に入っているKuassaのプラグイン、OD3603、だったっけ。

あれの"Boutique"モードがすごく良いって、前にも日記に書いたんだけれど。
とはいえ、結構ハイを強調する感じなので、実際に「鍋島デモ」(公開版)の制作でギターの音を作ってみると、BoutiqueモードよりもむしろModernモードの方が採用率が高かったりもしたけれど。

それでもやっぱりBoutiqueモードは素晴らしいオーバードライヴであることに間違いない。
パソコンの中で音を作る際の選択肢として、こういうオーバードライブがあるのはとてもありがたい。

で、これはまだ書いてなかったと思うんだけれど、ちょっと前に、年末くらいかな、思いあまってついついKuassaにメールして問い合わせてしまった。
「オーバードライブのプラグインすごくいいね。このブティックっていうの気に入ったんだけれど、元ネタは何?」って聞いてみた。

そしたら運良く答えが返ってきた。
そんでもって、同時期に「エフェクターシリーズのモデリングについて」みたいなブログ記事がKuassaのウェブサイトにアップされていた。

つまり、元ネタ、モデリングの対象の機種は確かに存在するのだけれども、そのまんまモデリングしたのではなくて、定数だか設定をいじったりして、変更してある。だからそのまんまではない、と。

で、それを踏まえた上で、これはメールで解答が来たから、たぶんここに書いても問題ないと思うんだ、きっとどちらかといえば話を広めて欲しい、ってことなのだろうから。

それを踏まえた上で、このBoutiqueモードの元ネタは、「Clay Jones Overdrive」だそうです。

で、俺は、この解答を見て、本当に笑ってしまった。
なんだか、とっても皮肉で。

Clay Jonesと言えば、例のLandgraffと並んで、ぐにゃぐにゃ模様の高価なブティックエフェクターの象徴みたいな。

で、僕はそういうの避けてきたところがあると思うので。

これ良いな、何が元ネタなんだろう、と思ったら、そのぐにゃぐにゃ模様だった、というのは、ちょっと笑えることだった。
なんだ、いいじゃない、って。

いつも言っているけれど、結局、みんな必要なのはTube Screamer。
だけれども、ノーマルのチューブスクリーマーそのままだと、なんか使い勝手とかニーズに合わないので、ちょっとだけ使い勝手を良くしたTS系があるといい、という。

で、オーバードライブなんてものは、繊細なものだから、ちょっとした筐体の違いとか、個体差とか、ほんのちょっとしたことで、もう音が変わってしまう。
で、そのちょっとした違いに、ギタープレイヤーは躍起になって、血眼になって、ぴったり来るものを探すことになる。時にはそんなものに、何万円とか何十万円とか値段がつくことになる。

それは、それくらい難しくて繊細なものだから、ということだと思う。オーバードライブ、というよりは、音というものが。

でも、プラグインと実物だから、フェアな比較ではないにしろ、そのClay Jonesのモデリングと比較して、俺はShoalsの方が良い、って感じるんだから、やっぱりShoalsでいいんだろうな、とは思う。

No(5007)


■…2018年 2月 4日 (Sun).......Shoals Preset ver2.0
というわけで、逐一更新して書いてきたShoalsのMy Presetの紙を、また更新して掲載する。

最近、ぶっこわれたのか、最初からそうだったのか、Gainつまみの効きが悪いというか、微妙というか、効いてんのかこれ、みたいな感じなので、これは「Gain」ではなく「気合い」だろう、と。気持ちの問題なのだろう、と解釈してみた。

そして使い始めの頃から追加更新しているものであるので、今見返すと、いろいろこれは理解が間違っているかな、と思う記述もあるが、経緯を記録する意味でもそのままにしておく。

プリセットのセッティングにしても実用上結構間違っていることもあるのであくまで参考に。

そして中二病全開の記述は笑ってご容赦いただきたい。


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Heavy Lid Effects Shoals Overdrive の使い方 Ver2.0 Tone’s Preset (1/2)

まずはこのペダルの考え方を説明する.....
*すべてはDriveの設定でキャラクターが変わる。Driveに伴う多彩な変化こそがShoalsの最大の特徴である。
*Gainを下げればクリーンブースト的に使えるし、Gainを上げても破綻せず、むしろ音は太くなる。TS的なミッドの押しを求める時はGainを上げていった方が良い。Gain上げる:太い音、Gain下げる:すっきりした音。
*ブースター系ODの常として、Levelは基本的に最大と考えていいが、Gainとの兼ね合いで下げてみると良い結果が出ることも多いようだ。Gainを上げてLevelを下げるか、Levelを上げてGainを下げるか、相関関係で出力を決める。
> と思っていたのだが、気が付けば、壊れてるのか知らないが、Gainの効き方が非常に微妙であった。Gainを上げていっても出力自体にそれほど変化は見られない。ゼロは別だが。Gainは音の密度などを繊細に調整する「気合い」つまみと考えるべきかもしれない。Gainでなくて気合いと書くべきだ。
*Driveは「メタル指数」と考えて差し支えない。Driveを上げればゲインも上がる。
*Toneに関しては、Shoalsの最大の武器はシルキーかつエッジィな刃のようなハイエンドなので、基本的にToneを上げていった方が持ち味は出る。しかし太い音が欲しい場合は控えめにした方が良いのも事実。まずDriveでキャラクターを決め、Gain&Levelは兼ね合いの関係、しかしToneは常に環境や気分に合わせて流動的に考えた方が良いようだ。
*このペダルの良いところは、「上げても破綻しない」「上げるほど持ち味を発揮する」「どのセッティングでも使える」「多用途に使える」というところにある。そのぶんセッティングは、とてもとても難しい。
*Drive(ロー)もTone(ハイ)も、上げ下げすると出力も上下する。ブースト出力の調整に関わってくる部分である。
*ゲイン、出力は十分にあり「100%クリーン」なアンプ以外、「20%でも歪むアンプ」さえあれば、ハードロックが弾ける音までは「必ず」プッシュできる。ただしEQ、Toneの設定に注意すべし。歪みの質感はEQに大いに依存する。

8時のクリーンブースト (Drive 8時) (朝焼けブースト)
最も癖のないブースト。Level最大。Toneは高めが基本。用途によりGainを上げていく。Morning Gloryの名の通り、案外とBritish Classicか。

9時のCream Breaker (Drive 9時)
Marshall Blues Breakerペダル(初代)との比較を行っていた際に、結局Drive9時で最も近い音が出たことから。BBのキレ及びハイミッドの張り出し及び絶妙の曇り具合に迫るため、Gainは高め(4時くらい)に落ち着いた。Toneも極力高めと考えていい。当然ながら(残念ながら)BBよりも低域はガッシリしており、definitionもよりはっきりしている。

10時のチューブブースト (Drive 10時) (つるかめブースト)
Albit/Cranetortoiseの真空管ブーストに近いニュアンスがもっとも出やすい。Level最大。Toneは高めが基本。いいと思うところまでGainを上げていく。

11時のすっきりスクリーマ (Drive 11時)
10時と11時でかなりキャラクターが変わる。以下、Drive11時から2時くらいまではTSゾーンである。TS的なミッドの押しを求めるセッティングのため、Toneは必ずしも上げる必要はない。11時から12時が目安。Gainを上げていった方がTS的な押しの強さと音の厚みが出るようだ。その場合必要に応じてLevelを下げる。

11時半のケンタロウドライヴ (Drive 11:30)
健太に似せるためのスウィートスポットは11:30くらいにあるようだ。Gain2時、Tone4時でヘヴィドライヴ、Gain11時、Tone1時でライトブースト。その他GainとToneの組み合わせで色々やれると思う。ただ本物のクリーンミックス感に迫るにはToneはGainプラス1or2の位置関係がいいようだ。

12時の凪ドライヴ (Drive 12時) (上司ドライヴ)
なぜか知らないがDrive12時だと面白くないのである。ピンと来ないのである。まるで正午の凪である。ということは逆にどうしようもない時にここに合わせるといいのかもしれない。サラリーマン上司(Boss)ドライヴと呼びたい。「ああ、これね」という「間違いのない」音になるだろう。

1時の普通スクリーマ (Drive 1時) (British Screamer)
Drive、Gain、Tone、Level、すべて1時。ある程度歪むアンプ(Marshall想定)に使用する。まったくもって普通のスクリーマー系プッシュドライヴ。レスポールと合わせれば伝統ブリティッシュ。

2時の標準ドライヴ (Drive 2時) (じゃじゃスクリーマ)
適度な厚みを持ち、じゃじゃ馬的なパワフルさと、どんな音楽性にも対応できるversatileさを兼ね備えたShoals基本のセッティング。Drive、Gain、Tone、Level、すべて2時に設定するのが基本。そこからまずGainの最適値を求め、必要に応じてTone (ハイエンド)を上げ下げする。

2時のバーボンブースト (Drive 2時) (American Screamer)
要するに僕の「いつもの」セッティングのことである。Drive2時、Gain午前中、Tone午後、Level最大。あくまでShoalsの本来のキャラクターを生かすフルレンジで透明な琥珀色のセッティング。TS的なMidの張り出しはアンプのMidをちょい上げすることで出る。

2時のToneRider (Drive 2時) (Chinese Screamer)
しばらく有用していたTonerider AO-1の音に合わせたセッティング。押し出しの強いモダンTS系の用途。Drive2時、Gain2時、Tone1時、Level3時。Toneriderを上回る性能は実証済み。

3時のTS Breaker (Drive 3時) (Metal Screamer)
Drive3時、Gain2時、Level2時、Tone11時。現時点でこれがビンゴ。Metal Screamerとも言うべきTSを越える芳香なドライヴをここから作り出せるはず。

3時のBritish Steel (Drive 3時)
Drive、Toneともに3時が基本。Gainは必要に応じてなるべく上げていく。Shoalsの持ち味がもっとも美味しく出るスウィートスポット的なセッティング。スピード感とソリッドな切れ味の良さがあり、鋼のような刃のようなそんな正統派のヘヴィメタル。

4時のエクストリームメタル (Drive 4時)
Drive、Toneともに4時が基本。Gainは必要に応じてなるべく上げていく。ローエンドに殴りつけるような圧力と、厚みのあるハイエンドの刃が加わってくる。現在のEVHサウンドに近いニュアンスでもある。

5時のつや消しドライヴ (Drive全開) (Matte Drive)
特定のギターで太い音を狙いたい場合に有効。Drive全開、Gain3時、Level12時、Toneゼロ。Shoalsの持つ最も太い音と言える。Toneはゼロでも実用可能だが、現実的にはそこから適宜Toneを上げていくことになるだろう。

5時のストーナードライヴ (Drive全開) (Stoner Drive)
Drive最大の状態でGainやToneを極力下げていく。太いが古くさいブーストサウンドを作ることが出来るだろう。

未知の最大 (Drive全開)
さて問題は、どんなときにDriveを最大まで上げる必要があるか、という時だ。往々にしてローエンドが出過ぎる状態になるので、少し戻して4時にする事の方が多い。誰かをぶん殴りたい時か、まったく歪まないアンプを最大出力でプッシュする必要がある時などが考えられる。




Heavy Lid Effects Shoals Overdrive の使い方 2枚目 Tone’s Preset (2/2)

1枚目からの続きである.....

Cold Boost (Gain 7:30--8時にて固定)
上(1枚目)に列挙したDriveによるキャラクターの変化を踏まえ、今度はGainを固定してDriveを動かしていく考え方のセッティングである。これはCold Boostもしくは「氷の刃」とも呼ぶべきクリーンブースト系のセッティングである。
Gainを早朝7:30(ちょっと上げただけ)で基本的に固定し、Driveによって必要な音の太さを選択する。Levelは必要なだけ上げる。クリーンブーストの性質上、Toneは高めが基本である。
Gainが低いため、出力も全体的に低めとなる。比較的ゲインのあるアンプをプッシュする用途に向くと言える。
(出力は、DriveやToneのセッティングによっても変化する。どちらも上げれば、それにつれて出力も上がる。)
これの用途は、野暮ったく太いアンプの音や、むしろ高過ぎるゲインなど、「温度の高すぎる音」を冷却する効果と言えるかもしれない。Shoalsの設定の中ではギターの原音の特性が比較的生きるセッティングでもある。

セッティング例
Cold Boost D2 (Drive 2時、Tone2--3時) 偶然発見されたセッティング。なにげにバーボンブーストと近い。
Cold Boost D9 (Drive 9時、Tone2--3時) しゃきしゃき系の新鮮なクランチが必要な際のセッティング。
Cold Boost D12 (Drive 12時、Tone適宜) これが普通のクリーンブースト。
Cold Boost D4 (Drive 4時、Tone適宜) クリーンブーストと言いつつ太めに鳴らす。Toneも上げればドンシャリに。

Hot Boost (Gain 最大にて固定)
ブースター的オーバードライヴのセッティングと言えば、Gainは下げるもの、というセオリーを逆手に取り、Gainを最大にした上でブーストの音を作っていく方法論である。
Shoalsはセッティングが多彩で、かつGainを上げても破綻しないため、こういった使い方が可能となる。
Gainを上げることにより、張り出し、押し出しのある、そして厚みのある音作りが可能となる。
Gainを上げるぶん、出力も上がるので、そこはLevelを下げることによって対処することになる。
Cold Boostの時と同じように、Gainを固定した上で、音のキャラクターはDriveで選択することになる。
音の密度が中域に集中するため、アンサンブルの中での音抜けは非常に良い。
Shoalsのキャラクターの良いところが前面に出た、ファットで筋肉質、しかしタイトで反応の良いサウンドに、きっと驚くことだろう。Gainは最大から、ほんのちょっとだけ下げると良い結果が得られることが多い。

Heterogeneous Boost (STR Rabid Cat 専用セッティング)
ニュータイプ専用機などと呼称される、異能者のために作られた特定の個体は、パワーもあり、フルレンジで鳴る上に、倍音も豊富に乗り、なおかつ低音も豊かである。そういった個体をブーストする場合、有り余る無駄なローエンドをきっちりとカットしつつ、ギターの持ち味を極力生かさなくてはならない。ギター本体の出力が高いために、ブーストはそれほど必要ないことを鑑みDriveは低めに設定し、Shoalsの色を付けつつも、真空管のようなナチュラルなブーストを狙った極端とも言える専用セッティングである。
Drive 8時、Gain 2時、Tone全開、Level 午前中(適宜) から調整していくものとする。

Suede Boost
パソコン上にてJCM800(brainworx)に突っ込んだらまんまSuedeのファーストみたいなブリティッシュかつ艶のあるサウンドが出たため、メモ。Drive1時、Gain8時、Level10時、Tone全開。実際にアンプで鳴らすと多少違ってくると予想される。Shoalsの持つ艶の部分が、Drive1時のBritishセッティング、および低出力の組み合わせにより生み出されたと思われる。基本アメリカンなキャラクターのShoalsからここまでブリティッシュ的な音が出たのは意外。

Kuassa Boost
パソコンの中のKuassaのオーバードライブプラグインの、Boutiqueモード(ClayJonesらしい)が素晴らしく、それに合わせて作ったセッティング。このKuassa BoutiqueとShoalsの音のキャラクターはかなり似ているが、デジタル上のプラグインという利点もあってか、音のクリアさやハイミッドの食いつきなどで、Kuassaの方が上回っていた点がいくつかあったのは否めない。それでもハイポジションの音の太さはShoalsの方が上であり、またBoutiqueはローが削れ過ぎる傾向もあり、どちらが良いかというのは一概に言えない。が、Kuassa恐るべしである。
Drive 7:30 (非常に微妙。少し上げただけ) Gain 3時、Level 12時、Tone 3時。Levelは上げていってもいいと思う。
リードの際はGainを最大近くまで持って行っても良い結果が出た。(Kuassa Normal)
と思ったが、Drive10時のクリーンチューブブーストでより魅力的な音が出せたようだ。
Drive10時、Gain8時、Level11:30、Tone午後3:30といった具合である。(Kuassa Tube)
> 結局Cold Boostで完全にBoutiqueを上回る音が出た。Driveは2時の場合と10:30の場合。Gainは限りなくゼロ。LevelおよびToneは最大。(Kuassa Cold)
こうすると、反応の良さでも劣らない上に、Shoals独特のダブリング感を伴った透明な艶、太さ、バリバリ感などでBoutiqueを上回った。この一連のテストの中で、Shoalsのたとえばハイポジションで単音を弾く場合にも適度に低音が付いてきてくれることによって音が細くならない、そのためにシュレッドがし易いという特徴を確認することが出来た。それでも高音などの反応はBoutiqueに届かない部分もあるが、それは必ずしもデメリットとは言えない。いずれによせ、限りなく反応を良くするためのセッティングを探求することが出来たのは大きい。またローエンドが適度に削れつつも、パワー感の低音の部分はしっかり残っているというShoals独特のローエンド処理の絶妙さも確認した。そして何よりも、Cold Boostにおいても失われない、Shoals独特の暖かみが再確認とも言える最大の発見だったかもしれない。

Muscle Mayor
よくよく突き詰めてみるとShoalsはゲインが高く、ディストーション的な要素を色濃く持ったオーバードライブである。全部のつまみを全開にしたセッティングで (もちろん適宜下げるべきだが)、完全にクリーンなアンプに突っ込んだ場合であっても、アンプ側のEQセッティングが間違っていなければ、Marshall Gov’nor的なニュアンスでディストーションペダルとして機能する。実際にはGov’norほどゲインは無いかもしれないが、オーバードライブ的なヘッドルームは残した上で、タイトかつ太いローエンドとオープンなハイを併せ持ったよりモダンな音は、Gov’norと十分に張り合えそうだ。アンプのゲインを下げ、このShoals自体の歪みを生かす使い方にも大きな可能性がある。このタフな音色を、ペダルの命名ネタであるMuscle Shoalsに引っ掛けて、Muscle Mayor (筋肉市長)と呼称したい。



No(5006)


■…2018年 2月 4日 (Sun).......シューグーでエフェクターを修繕
ここ2年愛用してるオーバードライブ、Shoalsのアースのはんだ付けがすぐに取れてしまうので、必殺シューグーを発動!!(笑) スケーターは困った時には何でもシューグーで直ると思っている! (実際に僕の場合、スケートシューズの補修よりも、その他の用途で使った量の方が多い)

Skateboarders think everything can be fixed with Shoe Goo. (and Yes, it worked.)


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いやね、Heavy Lid Effects Shoals Overdrive、なんだけど、もちろん「Overture」の録音でもばっちり活躍してくれたし、気に入ってるんだけれど、最近、アースの半田がすぐに取れちゃうんだよね。

なんか、気が付いたら、筐体に付いてるアースの線がはずれてて。
で、筐体の材質なのか、ハンダの問題なのか、筐体のアースくっつけるところは、付きやすいようにちゃんと削ってあるんだけれど、それでも何度付けても、すぐに取れちゃって。

で、アースはずれてると、やっぱノイズが出るじゃない。
バンドでスタジオに入ると、もちろんそれが顕著にわかる。

思いあまって、シューグーで補強しちゃえ、と思って。
最終兵器シューグー発動ですよ。

そんなに実績のない個人ビルダーが、作ったものであるので。
もちろん、ハンドメイドとか言っていても、実際に全部自宅のガレージでハンドメイドしてるのか、あるいは基盤みたいなところとかは、実際には外注してるのか、とか知らないけれど。
僕にとってみれば音が良ければそれでいいわけで。

だけれども、こうして使っているうちに、アースの線が外れてしまうとかは、これはたぶん製品としてはいけない(笑)

もともとセッティングが繊細なペダルだけれど、使っているうちにGainの設定があやしくなってきて、なんというかGainつまみの効きがすごい微妙。これ、ちゃんと効いてるの、壊れてるんじゃないの、っていう(笑) でも、確かに繊細にニュアンスは変化するから、もともとこういうものだったのかもしれない。
俺にとってはそれでいい。

で、どっかの個人ビルダーさんが作った、アメリカ人らしい、アバウトな作りのペダルであったとしても、俺はこの音が気に入っているし、そして、やっぱりこの音が必要、この音と機能と使い勝手が必要なので、使いたい。

(もちろん、これ以上の音と使い勝手を持ったペダルがあれば、知りたいし、使いたいが、予算が潤沢にあるわけでもないので、現状これで行くことになってしまう。)

何より、ハードロック、ヘヴィメタル的な音で、アンプをブーストするという自分の使い方のニーズ、それでいてまたメタルだけでなく、もうちょっとインディ、ガレージ寄りの音も出したい、というニーズ。さらには世間で言うトランスペアレント系ともちょっと違う、オープンでクリアなハイ、ミッドハイを持った真空管っぽいブーストが必要であるという好み。


などなど、自分のニーズとして、世間一般のいわゆる評判のオーバードライブを使っても、ニーズに合わないことが多い。

そこへたまたま自分にぴったりのものに出会ってしまったわけで。
これは使い続けていきたい。


それでね、パソコンに突っ込んでチェックしていた時に、今更ながらクリーンアンプに突っ込んでみたんだけれど、冷静になって弾いてみると、このShoals、やっぱりちょっとした「ディストーション」並には歪む。もちろん、ハイゲインディストーションではまったく無いんだけれど、誤解を恐れずに言えば、僕がその昔、韓国製のMarshall Gov'norを使って弾いてた時と、おんなじくらいの感覚で歪む。特にギターのピックアップがパワーのあるものであればなおさら。たぶん実際に比較したらGov'norの方が歪むんだろうけれども、感覚的には同じような感じ。そして、オーバードライブの良いところで、適度にヘッドルームも残る。(つまりピッキングニュアンスにはより反応する)

このペダルが売り文句で「クリーンブーストからモダンハイゲインまで行けます」って書いてあるのは、やっぱりちょっと無理のあるキャッチコピーではあるが、タイトかつディープな低音の出方はするので、その意味ではモダンハイゲイン的なプレイも確かに(一歩手前までは)出来るので、あながち誇張というわけでも無いわけだ。

(正直2年近く使ってみて、本当の意味でのクリーンブーストも無理なら、本当の意味でのモダンハイゲインも無理だから。しかし、俺は別にそれで構わない。)

そんで、ああ、まったくクリーンのアンプに突っ込んで、単体でもこれだけ歪むんだ、ってことは、やっぱり本質的にディストーション寄りの性格を持ったオーバードライブなんだな、と。もちろんオーバードライブなんだけれども。

そしてその歪みが、「Made in KoreaのGov'norと感覚が近い」と思わせること自体、なんかやっぱり、僕のそういうメタル的なニーズに合うペダルだ、ということなのだろう。(Marshall Gov'norは、Made in Englandの方が音が太いと言われるが、Made in Koreaは逆に言えばドンシャリなのでメタル向きである。)

だから、今後の使い方としては、ブースター的な使い方もそうだが、むしろアンプ側のゲインは落として、このShoalsの持つ歪みをより生かしていく使い方も研究していきたいものだ。

壊れずに使っていくことが出来ればねー(汗)
たのむよ。

No(5005)


■…2018年 2月 4日 (Sun).......信じることを問いかける全11曲
とりあえずの形が完成した「Overture」についてのひとりごと(rant)をまた書かせてほしい。

手直しっていうのは、まだしたいなあ、と思う箇所はいくつかある。
だけれども、めんどうくさい。

一応、どうしても気になる箇所は、別のテイクとか、手直しが可能かどうかチェックしてみるのだけれど、
案外と、別テイクにすると不自然だったり、意外と実はこれで良いのかな、みたいになって、これでいいや、となってしまっている、今のところ。

これは自分日記に書いたかどうか記憶が定かではないけれど、今回、ギタープレイ、特にギターソロってやつが、本当にへたくそでしょうがない。
なんというか、へたっぴだなあ、と、自分で聴いてみて思う。

せっかく前作「Jesus Wind」では、かなり良い感じの力のこもったギターソロをいっぱい弾いて、少しは名手の仲間入りが出来たか(汗)、という感じのギターを弾いていたのに、今回の「Overture」のギターソロと来たら、不器用だし、たどたどしいし、思ったように弾けてないし、間違えてるし、音も地味だし、まったく形無しである。

これには色々理由がある。

まず、今回はメタルのアルバムではない、メタル色は薄い作品であるから、むしろギターロック、インディロック、オルタナの色の濃いアルバムだから、ギターソロにそんなに力を入れていない。だから適当に弾いちゃった、という部分。

そんでもって、オルタナ的なジャンルだと、ギターを上手に弾いちゃったら、むしろダメって部分があるじゃん。
良い事を言えば、タイトル曲「Overture」のギターソロなんて、全然弾けてなくって。
これはね、最初に2016年夏にデモを作った時には、良い感じで弾けたんだけど、その後、バンドのリハでも、ライヴでも、まともに弾けた試しがなくって。
そんなに難しいソロってわけじゃないのに、なぜか不器用に、ぶきっちょになってしまって、弾けない。心理的なものか。

でも、この曲は、そんなふうにたどたどしく愛を伝えるための曲だから、それでいいや、って。不器用な方がいい、って思って。オーケーにしちゃった。

ギターはそんな感じで。
そもそも、リズムギターであれ、録音の時にも、何テイクか録って、それでそれをちゃんと、良いテイクの良い部分をコンピングして編集すべきなんだけど、どうしてもうちの場合、ギターの編集って後回しになっちゃうし、曲を書いてる本人でバンドのリーダーということもあり、ドラムやベースにくらべれば、演奏も安定してるから、適当にひとつテイクを選んでおいて、大きな問題がなければそのまま、とか。

全部自分で録音制作の作業やってるから、そういう「めんどくさいな」が全部完成品になっちゃう。
それがうちの限界と言えば限界なんだけれど(汗)

で、ヴォーカルだって風邪引いてるときに録っちゃったから、ぜんぜん荒くてダメダメじゃない。
でも、「痛い」作品にしたいから、これでいいや、って。

で、自分で聞き返すと、下手だなあ、って。
ずっとそんな気持ち。

制作を自分でやってるから、完成した時のチェックとか、
ひととおり形が出来るとね、何度も聴いて「これでいいのかな」って考えるんだけれど、
ひとつ完成した時の儀式があって、それはiPhoneとかに放り込んで、散歩しながら聴くんだよね、延々と。
それで、気持ちよく散歩ができればオーケー。
ダメな部分があると、気持ちよく散歩できないので、NGの判定になる。

これは、昔からよく、録音エンジニアの人たちが、車を運転してドライブしながら音源をチェックする、っていうのと発想は同じだよね。

今回は、まだその「散歩」のチェックを行っていない。

気持ち的に余裕ができたら、やりたいんだけれど。
2/10のライブが終わってからかな。

それでもずっと聴いてるうちに、我慢できなくなって手直ししちゃうかもしれないけれど。
どれだけ自分のミスとか不完全さを許せるか、ってところなんだよね。



「Overture」は複雑な事情というか、背景を持った作品なんだけれど、久しぶりの日本語アルバムということも含め、バラエティ作品、変化球としての思い入れや愛着はありつつ、それでいて感慨が薄いのは、

それはやっぱり、しょせんは「つなぎ」の「寄せ集め」で作ったアルバムだからなんだよね。

前にも書いたけれど、「Overture」は基本的に、「鍋島」のボツ曲、および、残りかす、を寄せ集めた作品なんだよね。

そんでもって、[Tone - Hassy - Jake]体制の最後の作品であり、バンドの色々な事情が限界に達する様子が、そのまんま音に表れてるので。

だから、「これは自信作だ」って言える作品では、正直言ってない。
でも、それでも、「面白い作品だ」「楽しんでもらえる」「聴く価値がある」ということは言える。

歌詞を日本語で書いて、クリスチャンバンドになってから初めて全曲日本語アルバムを作りました、って言って、
じゃあ、クリスチャンの皆さんが期待するように、ストレートに神を賛美するような内容を日本語でやってるか、っていうと、それはやっぱり、全然やってないので。それは、母国語でやると、もっと高度な表現が可能になってしまうから、言葉をつむぐあーてぃすとの端くれとして。

そして、その内容は、抽象的だったり、詩的だったり、私的だったり、パーソナルだったり、内省的だったり、時に批判的だったりするから。

だから、きっと色々誤解されるんだろうと思う。

でも、一人のバンドマンの立場から、信仰ってことについて日本語で素直に書いたアルバムだ、ということは言える。

そんでもって、「信じる」ってことがどういうことなのか、その「信じる」ということに対して、色々な角度から問いかける全11曲、だということは、間違いなく言える。

それがキャッチコピーかな。


「日本初クリスチャンメタルバンドとして活動するImari Tonesが、得意の英語詞ヘヴィメタルを封印し、バラエティに富んだ内容で『信じる』ことについて問いかける全11曲」
という感じで、メモメモ。


No(5004)



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