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2018年 1月の日記です


■…2018年 1月13日 (Sat).......宇宙より凱旋
おかげさまで、同世代の人たちにくらべたら、まだまだ自分の髪は黒い。
(理由は馬鹿な人生やってるからに決まっている)
2年くらい前までは、白い毛を探すのは四ツ葉のクローバー状態で、3つ見つけたらラッキーくらいだったが、
さすがに今ではもっと簡単に見つかるようになった。

もちろん、白くなったら、色んな色に染めればいいし、むしろ白いランディVが似合うかもしれないし、薄くなったら違う形のオシャレを楽しめば良い。結果的によりしっくりくるかもしれない。

いつも、特にバンドが今の形になってからは、たとえばあと一年しか生きられないとしたら、何をしたいか、と考えていた。あとひとつだけ、何かが出来るとしたら、何をするだろうか、と。
そして、神さんの命令をうかがっていた。
御心ってやつを見極めようとした。

俺は、宇宙より凱旋ツアーをしたい。
今、これからやるべきことがあるとしたら。

先述のとおり、ここ数年、僕の意識は、地球上に居なかった。
最近やっと戻ってきて、地球の変わりようにあらためてびっくりした。

宇宙の果てまで行って、見つけてきた音がある。
宇宙の先を旅して、体験し、見つけてきたものがある。
それらを皆と分かち合いたい。
それらを皆に伝えたい。
それらを皆に見せたい。

そして、それによって、新しい世界を、新しい国を建て上げたい。
最近公言するようになったが、僕がこれから、音楽を通じてやりたいことは、
音楽という道具を使って、何をするのか、何をしたいのか、と問われたら、
それは国を建て上げることだ。
新しい世界の、新しい国の、基となる魂を建て上げることだ。
クレイジーな変人で人生を終えることで全然構わない(笑)

だからそれがこれからやりたいことだ。
宇宙からの凱旋ツアーをしなければいけない。
これからそれを始めなければいけない。

そのための場所と形を、これから探していくことになる。


ついでに書いてしまうけれど、

身近な人に限って、と言うべきか。

僕は少なくともこの一年余りは、「今のバンドメンバーでの活動はあと一年だけですよ。Overtureという作品を作って、そしたら今のメンバーはクビというのかいったんリセットしますよ。」ということを、公言してきた。口頭でも言ってきたし、こうしてネット上でも書いてきた。もっとも、日本語でしか書かないことだけれど。

でも、そのことが上手く伝わらない。
僕の書き方が抽象的だったり、変に文学的なwwおかしな文章だからだろうか。

そしてもっと伝わらないのは、いったん解散というか散開、リセット、と言っていても、別に僕たちメンバー3人は、これまで通り変わりなく仲良くやっている、ということ。
これがなんか、全然伝わらない。

別にケンカして別れるわけじゃない。
音楽が、そして神がそう定めているから、そうするだけのこと。
そのことに、実際に演奏している3人はみんな納得している。

だけれども、なんだか周囲には、特に身近な人たちに限って、それがなんか伝わらない。
解散するのであれば、ケンカして、モメて、問題があって別れる、という構図でないと納得できないのか。
だから、ケンカしてないのなら、なぜ解散するの、と、こうなるのかもしれない。

愛し合っているからこそ、別れる、ということが、音楽においてもある、ということを、理解しづらいのだろうか。

だから当人というか、一緒に演奏している僕たち3人にしかわからないことなんだろうな、と、そこは半ば、あきらめている。

もうひとつは、バンドメンバーをクビにする、という言い方が悪いのかもしれないが、いったんリセットすると公言すると、なんだか僕が冷血な悪人みたいに悪者扱いされるという。

バンドというのは夫婦関係とかと同じで、ある意味夫婦とか家族以上に特殊な関係であるから、他人にはわからない部分がすごく多い。

でも、「音楽」という視点で、音を通じて見るならば、見えるはずだと思うのだけれど。

なぜもっと寛容に、前向きに一緒にやろうとしないのだ、とか非難されてしまう。

ここまで、もうすでに、10年間、一緒に色んな活動をしてきて、他にあまりないようなことをやってきて、作品も何枚も一緒に作り上げてきたんだけどなあ。
一緒に10年やる、ってことは、理屈ではなく、大きなことのはずなんだけれど。
周囲の人にとっては、それは無かったことになっているのか。

そして、お互いに、ということももちろんあるけれど、
もう、無理をさせたくないんだよ、これ以上、彼らに。
とっくに限界を越えている、っていうのは、痛いほどわかっているんだ、ここ数年。

そして音楽的に言うのであれば、神が定めたのは、前作の「Jesus Wind」までだった。
あれを作り上げた段階で、この[Tone - Hassy - Jake]の使命は終わっていた。

それを、「もう一年、もう一枚」つって、日本語アルバムの"Overture"を作ってるのは、純粋に俺のわがままであり、感傷であり、名残りを惜しんでいることなんだよ。引き延ばしなのね。俺が感傷的で、ぐずぐずとしてすぱっと決められないから、決断の時を引き延ばしてるだけなの。

でもそういうのは、周囲の人にはきっと伝わらないだろうから。

現編成のイマリトーンズの、ライブ演奏は、残り2本。

2月10日、西横浜エルプエンテ
3月21日、新橋ZZ

以上2本です。

でも、時間のあるうちに、もう一回ぐらいビデオシューティングをしたいなあ。
"Overture"が、ひょっとするとひょっとするかもしれないから。
そのための映像をちゃんと残しておきたい。
せっかく、3人でたくさん作品を作ったんだからね。

No(4996)


■…2018年 1月13日 (Sat).......惑星に帰還
この世界は終わったものだと考えている。
何年も前から公言していることなのですが。

先日、デイジョブ(それこそまた、食品とか流通とかのはしっこのはしっこのバイト)の帰りに、スケートの練習して、その後電車賃ないので1時間以上かけて歩いて帰るのだが、もちろんその道のりは、ここ数年何度も通っているはずの道なのだけれど。

March2011の震災があって、色々なことがあって、ブッチャーズ吉村秀樹氏がいなくなって。

それ以来、本当に自分の中で時間がずいぶんと止まってしまい。

それからこの日本という国の、特に21世紀に入ってからの色々のこと。

音楽でもいいし、それ以外でも。

僕は今でも、まだこの世界があることに、人類があることに、そして今日という日があることに、明日という日が来ることに、毎日、一日ごとに驚いている。

この世界がすでに終わってしまっているということに、気が付いている人はどれくらいいるだろうか。

終わってしまった世界の中で、僕はあまり多くを望まない。

また、そんな世界の中で、さまざまな形を求めるのも、意味のないことだと僕は感じている。

終わってしまった世界の中で、まだ時間だけが流れているというのであれば。

皆、その時間の中で、本当に大事なことだけをすればいい。

自分の時間が流れるようなことを。
自分の時計が前に進むようなことをすればいい。
自分と、自分にとって大事な人にとっての、時間を進めればいい。

そのために世界がまだ残っているのだということを、皆は気付いているだろうか。

止まってしまった時間の中で、
それぞれが、それぞれの方向に時を進める。
時はひとりでには流れない。
もはや一人一人が、選択することなしには、時は決して流れない。

僕はきっと、この数年間、自分の突き詰めていた音楽の創作の中に意識を没頭させていたから、
しばらくこのことに気付かなかった。
しばらくこのことを忘れていた。

まだ"Overture"のミキシングプロセスが残っているけれど、
おおかた、ここまでの人生の節目までの創作を終えて、
気持ちが冷静になって、初めて、あらためて気が付いた、
ああ、終わってるんだな、この世界は、やっぱり。
こんなにも、終わった後の世界の残骸が、僕たちの目の前に横たわっている。

新しい時間を、僕たちは生み出さなくてはいけない。
終わってしまった残骸の中から。

その中から、新しい国を、新しい世界を、新しい宇宙を作り出す。

No(4995)


■…2018年 1月13日 (Sat).......ニュース記事とお寿司
「オレらがいなかったら、うめえ魚は食えねえよ」 築地市場“最後の初セリ” 仲卸のプライド
こちら


この記事ね。なんだかセンチメンタルな気分で読んじゃった。

日本の文化、とか、伝統、みたいので言えば。
日本の食文化、っていうのは、とても大きい部分であって。

自分はずっと憧れがあってね。
恥ずかしいお話なんだけれど、料理を作る人になれたらいいなって思いが若い頃からあった。
特に伝統的な和食とか、とてもかっこいいじゃあないですか。。。

でもね、バンドマンやりながら、ふらふらと生きて、ちょっとくらいは料理作るバイトとかするだけでもわかるじゃん。
食をめぐる状況っていうか。

たとえば「寿司」っていうのは、いろいろな社会のインフラとか環境ってことが大きいじゃん。
2012年にアメリカ西海岸のThe Extreme Tourに参加した時に、とある場所で、皆さんのために食事を作るという機会があった。僕たち日本チームが。

で、その時に、出来る限り日本の食事を作ろうっていうんで。
そしたら、アメリカの人たちが、「わあ、SUSHIが食べられるのか!」って、そのいかにもステレオタイプな反応にも驚いたんだけれど。日本人がそこに居れば自動的に寿司が作れるわけじゃないんだから、って(笑)

結局、場所もキャンプ場だったし、なんとか日本風のカレーと、ごま油を手に入れて和風のサラダとかでなんとかしたんだけれど。(環境を考えればベストを尽くしたと思う。)

そんなふうに、寿司つったって、握る人がいれば出来るってもんじゃないじゃない。
それこそ、漁業から、市場から、流通から、寿司職人やら、包丁ひとつとっても道具とか、その他もろもろやら、いろいろな人たちの社会インフラとも言えるハイレベルな仕事のリレーがあって、初めて寿司ってものが成り立つじゃない。もちろん米の話をしたらもっと話が長くなるし。

だから食とか、日本食って言ったって、板前さんが一人いれば出来るってもんじゃない。魔法使いじゃないんだから。

さらに言うなら、そういった社会の中で、商業的な事情も含めた、食をめぐる環境、それも時代によって変化してくものでしょう。

もちろん、魚をさばいたり、串焼きを焼いたりすることにも技術があるし、その仕事ひとつひとつには喜びを感じるのだけれど、
けれども、その食ってものを巡る社会全体の状況に、向き合うことが僕はなんだかつらかった。耐えられなかった、というのか。

これは、僕たち(ここでは僕と嫁さんのこと)が生きていくことの、いろいろと言葉に出来ない前提みたいのの話で、なんで子供を持たないのか、とか、話し出すとつらい話になってしまうので。

そういった、生産者が居て、卸売りとか商社とかそういう業者が居て、流通業者が居て、小売りする業者が居て、そんでそれを買う消費者が居て、おおざっぱに見てもそういう大きな構造があって、「食」ってものひとつ取っても、いろいろなことがあるわけじゃないですか。


この記事に出てくる築地市場で活躍する人たち。
写真や記事の内容だけでなく、映像の中に登場する人たち。
ベテランの人たちばかりだけれども、
みなさん、いきいきとしていて、とても羨ましい。

魚、とか、寿司、とか、
そこって日本の食文化の中でも、すごくなんというか、独特に独自の部分であって。
そこの本質を担う現場の中心に、この「職人」というのか「目利き」の人たちはいる。

それって日本の食文化の、間違いなくひとつの「伝統」みたいな部分じゃない。

うらやましいな、って。
自分もこんな場所に生まれ、こんなふうに生きたかった、って、そんな思いが。
こんな場所つっても、日本なんだけれど。

マグロひとつとっても、というか、マグロみたいな、マグロにもいろいろあって、その味わい方、消費の仕方ひとつとっても繊細でハイレベルな基準を設けてしまうのが、いかにも日本人の性分なのかもしれないが。
それこそ、マグロ、とか、ギターの木材とかマホガニーとかローズウッドの話とおんなじじゃない。ただ、マグロは食べてしまうけれど、ギターは食べられないから。音楽を鳴らしたとしても、やっぱり音は食えない。精神的には栄養になるのだが。


さらに言えば、寿司を始めとする日本の魚食文化。特に生食するもの。寿司、刺身。
その部分についても、複雑な思いがある。
僕は寿司は決して嫌いではないし、日本人として、やはり普通以上に寿司に魅力は感じるのだが、けれども食べた後にこれほど、なんだか切ない気持ちになってしまうものも、他にあまりない。理由は自分でもわからないくらいたくさんある。お寿司を食べた後には、いつも気持ちがつらくなる。
「寿司なんて嫌いだ」とひとこと言ってしまえば、これらの職人さんたちの仕事と努力はなかったことになる。そう言い放つ権利は、いつだって誰にだってある。僕にだって。(うちの嫁さんが、寿司とか刺身がダメなのは、友人の皆さんはご存知だと思う)


映像の中でも記事の中でも、この築地市場に関して、
「この築地の自由な空気が好きで」
みたいな言葉が何度も出てくる。

だから、そういった日本の食文化を担う中でも、この築地市場の仲卸の人たちというのは、ちょっと特殊な、「アート」に近い空間なのかもしれない。
実際に、この記事の中には、「感性」であるとか「魚に呼ばれて足が止まる」だとか、「魚の持つパワーがわかる」だとか、そういうちょっと理屈じゃない記述がある。

もちろん、そこには「仕事」ということの純粋な厳しさが満ちているだろうけれども、その純粋さは、なんだか憧れてしまう類いのものだ。

家業を継ぐ、みたいの、ある人もいる。
現代の日本においてはそういうの無い方が多いだろうから、継ぐべき家業があったらむしろ幸運なのかもしれないが。

どう感じるかはその時その場所、当人にしかわからないものであるが、
もちろん、自分は若い頃からそういった古いしきたりのようなものには反発するタイプの人間だっただろうけれども、
そうはいっても、僕だって自分なりに考えて「家業」を引き受けているつもりなんだけれどな。

母親がレッスンをしたり、ベートーベンやショパンを弾いているピアノの下で、赤ん坊だった僕は寝かされていたわけだからね。(実話だが、当時は手狭な借家だったからという話で、今だったらピアノの下とか安全面で文句言われそうだ。)

先日もそういった話題を書いたが、うちの母親はあんな人だが、才能はあった人だ。もっとも、しょせんは田舎の人なので、華々しい活躍はしていないが、それでもローカルでは実績のある人だ。Calling Recordsのあのバンドのお方のスタジオに昨年も何度も集まっていたが、私があの場所がどうしても苦手なのは、自分の実家に非常に似ているからである。ピアノの台数なんかはうちの方が多いくらいである。専用のスタジオすらあるところまで同じだ。さらに、さらに。何から何まであまりにも同じなので、どうしても苦手なのである。

話がそれたが、いつも言っていることであるが、私が母親からいただいた一番のものは、音楽性そのものはもちろんだが、それよりももっと「狂気」みたいなやつである。それからスピリチュアル系のアレである。あんな人であるのは昔から変わらないのであるが、それらの影響がどのように自分に作用したのかは、それは自分にしかわからないし、あるいは自分にもわからない。

音楽的な才能は僕よりも妹の方に強く受け継がれているのだけれども、その話はまた別の機会である。だから今後の私の心配は姪っ子にいかにして悪影響を与えないかということになるだろう。

父親は非常に真面目な人だった。クソ真面目だったと言っていい。なのでそういった精神面は間違いなく父親から受け継いで、私もクソ真面目な人間になってしまったのである。しかし、そのクソ真面目の逆をやる形で、結果的に私はダメ人間な人生を生きることになった。それは、それが人生においてもっとも必要な勉強だったからだろう。周囲はそう思わないだろうが、周囲に将来を期待された僕が、見事にダメ人間になったことについて、僕自身はそれを成功であり、出世であると看做している。やったぜ。やっと優等生から卒業して、落ちこぼれになることが出来たのだから。人はきちんと順番に、学ぶべきことを学ばなければいけない。遅過ぎることはない。


家業の話はどうでもいい。
目に見えないものであっても継ぐものがあれば幸せかもしれない。
そしてそんなことを言ったら僕らにとっては、うちの嫁さんの方のご両親の話もある。僕は嫁さんの苗字になっている人だから、そっちの方も非常に大きい。

けれども、何かの創始者みたいな人が居たら、大抵それは悲しい人なんだろうな、とは思う。北斗神拳じゃないけれど。


大幅に話がそれた。

たとえばその日本の伝統の食文化があったとする。
そして、それを支える様々な分野の仕事人や職人がいたとする。
いたとして、それでも、その技術は、絶対ではないし、ましてや永遠では無いと思う。
そして、経済効率優先の現代社会においては何をか言わんや、である。

自分は、なぜそういった「伝統」や「大きな技術」に憧れながら、
しかし、それらに「真実」や「永遠」を見出すことが出来なかったのか。

それは、知らん、時代や社会が変われば消えてしまう技術よりも、そのさらに後ろ側にあるものを求めたのか。魂にそれを刻むことは可能なのか。

100年や200年の伝統でははかなすぎる、悲し過ぎると感じたのか。
500年や1000年程度の伝統では足りないとでも言うのか。

あるいは、その「食」をめぐる状況や環境、社会全体のインフラの中で、それらすべてを肯定することが出来なかったのか。
肯定できなかったとすれば、どうしたいと思ったのか。
何をしたいと考えたのか。

そういうことって、「何故」の答えは大抵、何年もたってからわかるものである。

ではひるがえって、自分は1000年のレベルで鳴り響くロックンロールを作れるというのか。
「国」や「伝統」の、
そしていわんやその先にある社会の、その基盤となる「魂」を
鳴らすことが出来るのか。

笑われそうではある。

しかし魚に限らず、様々な仕事に向き合う人がそうであるように、
「音」や「霊」といった目に見えないものに向き合うにも、選ばれた役割というものがあるのだと思いたい。


たとえば食文化で言えば「味覚」だってそう。
料理は物質であり、味は化学であり、技術かもしれないけれど、
味を感じるのは人の心でしょう。
それは形のあるものじゃない。

絵だって、絵の具とかキャンバスとかの物体で構成するけれど、
そこに表象されるイメージそのものはキャンバスの平面を越えた
形のないイメージそのものだ。

文学や詩も同様で、言葉を使って表現するが、
表象され引き起こされるイメージには、やはり形がない。

音楽は物理的には音波というか振動に過ぎないが、
それが目に見えないイメージを作り出す。
ただミュージシャンのはしくれとしては、
音そのものが目に見えず、とらえることが出来ないものであり、
さらに時間軸の中に共有され表現されることで、体験的に情報を直接伝えることができることに、より特別な点を見出したい。


自分は、そういった目に見えない部分に向き合うことをもって、
仕事、と考えたのではないだろうか。


結論になるが、
「食べる」ということを考える時に、
「食べない」ということを考える。
その逆でいかにして「食べない」かを考えるために、
「食べる」ことを考え抜く。

その選択をする権利は、いつでも個々の魂の中にある。
そうであるべきだと思う。

いかにもヴィーガンとかが流行る時代の発想かな。(自嘲)
飽食の時代に豊かな国に育った自分に言えることじゃないことは承知しているけどね。

魚ということで言えば水産資源もそうだが、
今後、地球とか世界の食料事情が厳しくなることは
十分に考えられるのだから、
まだ時間のあるうちに、食べることと、食べないことの、その本質に向き合っておきたい。

へんな方向に話が飛んでほんとすみません。

No(4994)


■…2018年 1月10日 (Wed).......our humble recording history
昨年、"Jesus Wind"のクラウドファンディングをやった際に、perkっていうのか景品として、「今まで作った全アルバムダウンロード」とかそういう無茶なものを用意した。
そんなのにpledgeしてくれる人いるのかな、と思ったけれど、結構な数の人が、その景品を選んでくれた。

これは、そのパッケージのために添付したライナーノーツ、の日本語版。
見ればわかるけど、経歴とかディスコグラフィー的なものを語るだけで、うちは世間の基準からぜんぜん外れる。

無名のインディーバンドが、好き勝手にたくさん作品を作って、でもそれに興味を持ってくれる人が、世界のどこかにいたり、何かの形で誰かに届く。
そういう奇跡を信じてやってきた感じ。
信じる気持ちを届けたい。
なので気が付いたら神とか愛とか信じてた。
こちら

No(4993)


■…2018年 1月 9日 (Tue).......そしてありのままの自分であろうとする人を、私は責めることが出来ない
[不肖、いい歳して痛いひとりごと]
[信じているから、ありのままの自分になることが出来る]
みたいな(笑)

不肖、恥ずかしながら「いい歳」になりましたんで、人生ならびに音楽的活動のもろもろの節目と、立志日記など書いたり、立志をしたりしてたんですが。

その「いい歳」になった上で、帰省ミッションを行い、わかったことは、自分はやっと、ありのままの自分になることが出来たのだ、ということ。
少年の頃から、人並みには、本来の自分を生きることとか、ありのままの自分を生きることに、悩み続けていた私ですが、
人生、やっとここまでかかって、自分なりに小さな経験を積んで色々をやってくることによって、やっと、力まず自然体で「ありのままの自分」というものになることが出来たんだな、と。

その、「ありのままの自分」でいることによって、人から好かれることもあるかもしれないし、嫌われることもあるかもしれない。
でも、それは大した問題じゃない。

「ありのままの自分」で居ると、良い事は、愛を行うことが出来ること。
それは、人から好かれることや、自分の社会的な立場を考えていたら、出来ないことだ。

自分は皆を喜ばせるために生きているわけじゃない。
でも、出来れば自分の大切な人は喜ばせたいし、音楽そのものを喜ばせたいし、なにより神を喜ばせたい。

そして、人を喜ばせるということと、神を喜ばせることは、残念ながらあんまりイコールじゃない。それは、神を喜ばせるということは、いちばん弱い立場の者や、非難された者、阻害された者に向き合うということだから。
もっとも自分に出来ることなんて大してありはしないけれど。
自分は、人から尊敬なんてされたくない。
別に人から尊敬されるために生きているわけじゃない。

キリスト教は道徳ではないし、立派な人間になることでもなければ、戒律を守ることでもない。
だから、非難されるべき罪人が救われるのでなければ意味がない。
そして、今や私も立派に「罪人」の一人になった。

自分は、特に2010年代以降、自分の音楽活動を追求していく中で、どんどん「馬鹿になって」「ダメ人間になって」いった。
そうして、馬鹿になって、こなれていく中で、クリスチャン的に言えば「砕かれる」というのか、まぁ人間的にはどんどん壊れていく中で、
だんだん、やっと、何も考えなくても、特に力まなくても、ありのままの馬鹿な自分でいられるようになった。たぶん、それなりに、昔よりは。

ありのままの自分でいるということは、信じていないと出来ないことだ。
つまり、神さんの導きとか、守りを、信じていないと出来ないことだ。
俺は、人の価値観で生きることはしない。
神の、愛の価値観に生きて、そして死にたい。
だから野垂れ死ぬ準備はとっくにできている。とっくのとっくに。

だから、いい歳になって、やっと、人の目なんか気にせずに、ナチュラルにありのままの自分でいられるようになったことに、本当に感謝して、そしてそのことを祝おうと思う。
その結果、血のつながった家族とかに拒絶されるのであれば、それは、(いまさら何度も経ているプロセスだが、あらためて繰り返すに)、悲しいことではあるが、やっぱりそれはそれで必然的な、経るべきプロセスだろう。

少年時代を振り返って、自分のヘヴィメタルとの出会いや、人生の若い時期に示された、自分の使命のようなものを、あらためて確認することが出来た。それは物質的だけでなく、霊的な領域においてもメッセージを受け取り確認することが出来たし、それこそが大切なことである。だから今回の帰省ミッションでもやはり得たものはあった。


何度も記していることだが、さあて、この歳になり、やっと音楽活動を終えようかな、と思っていた矢先、神さんに言われた。
「お前は今まで、音楽をやってきたと思っているのか。違う。お前はやっとこれから、本格的に音楽をはじめるのだ。」
それは実際は逆の意味かもしれんけど(笑)、でも、自分はフレッシュな気持ちで、ゼロから再スタートするような新鮮な気持ちで、これからの人生を考えている。これまで、自分なりに努力してきて、やっと私は、ありのままの自分自身を鳴らせる段階に来たのだ。
だから、それをあらためて、神に示されるように、より本来、あるべき形で、世界に向けて鳴らそうと思う。

やっと、私は、ありのままの自分を生きられるようになったのだ。
音楽に向き合うことや、もろもろのことはもちろんだけれど、自分の人生は、やっとこれから、本当に始まっていくのだ、と、新たな気持ちで、与えられた時間に向き合いたいと思っている。

No(4992)


■…2018年 1月 9日 (Tue).......帰省ミッションとパーソナルな少年時代の振り返り
風邪の影響もあり少し時期をずらしての帰省ミッション完了。
もちろん理由や仁義があるから家族親類に会いに行く訳ではある。今回も僕と嫁さんにとって大事なミッションがあったから行った。そのミッションは果たしたと思う。

よくある事だが母親には帰省すると未だに説教をされる。自分は大人になって立派なダメ人間になったので、色々な人に説教されるのはよくある事で慣れっこなのだが、(そんな感じだから家族に伝道しろとか無理を言ってくれるな。父親には伝えられることはあったが、それ以外は無理だ。)
ひとつだけ軽く落ち込んだのが「あなたは小さい頃からサンタクロースを信じてた」って言葉。

つまり、自分は一応曲がりなりにもサンタクロースの後ろにいる人を信じているわけだが、ほとんどの人にとってはそれはサンタクロースを信じてるって事と何も変わりがないのだな、と。自分が人生かけて信じてきたものは、世間一般にとってはサンタクロースと同じレベルの事なのだ。

キリスト教ってのは道徳じゃない。ルールを守る事でもない。また聖人君子になることでもない。ルールを守る事よりももっと大事なことがある、っていうのが、少なくとも僕が教わったキリスト教って事だ。
でも現実には、どこでも大抵、ルールを守れないなら出ていけということになるし、そしてそのルールはどこにも書かれていない暗黙のものだ。それは人間の生活する共同体とはそういうものだからだ。

さてサンタクロースを信じてしまった責任は誰が取ってくれるのだろうか。
本気で信じてしまった人間は、つまりは狂人であり、変人であり、怪獣扱いだ。それはどこへ行っても基本的にそうである。

ひとつだけ言えるのは、神と自分との関係だけは、世間のルールにあれこれ言われたくないと言う事だ。
神が受け止めてくれる、と信じて飛んだ人間に対して、崖の上から眺めている人間が何かを言っても、あまり役には立たないのではないだろうか。
飛び降りてしまえば、後は神と本人の間だけの問題だ。

No(4991)


■…2018年 1月 5日 (Fri).......ブックレット日本語訳
これも宿題になってたやつで、
"Jesus Wind"のCDブックレットに書いた解説っていうかバックグラウンドストーリーをウェブにのっけるってやつ。ちゃんと書いておかないといけなかった。基本的にはブックレットの文章そのままだけど(手抜き)。
こちら

そんで、日本語版も作ってみた。作らないといけなかったから。
こうやってあらためて日本語にして書いてみると、結構過激な内容だなあ、って。
いや、別にそんなに何が過激ってわけじゃないんだけれど、政治色も、宗教色もやっぱり色濃い。そりゃ、クリスチャンメタルだし、歴史ものだし。当然だけど。

よくこんなん作ったな、というか、身が引き締まるというか。
この"Jesus Wind"だって、作って終わりってわけじゃない。
むしろ作って、これからが始まりというか。
作っちまったもんに責任を持つのは、むしろこれからずっと。

そのために、まだまだやらなきゃいけないことがある。

「鍋島」の世界にも飛び込まなきゃいけない。
そいつを、一緒に鳴らせるやつが、果たしてこの世に、あるいはこの国に、存在するのか。
「天の軍勢」を、「天」を、動かすことが、俺たちは果たして出来るんかねー。

でも、とりあえずは、一休みってわけじゃないけれど、
あんましメタルでもない、シャレオツ系(笑)の、"Overture"のミックスに、しばらくは浸らしてくれーー。

No(4990)


■…2018年 1月 5日 (Fri).......むしろこれが抱負かな
音楽とは何ぞやと問われれば、
天の軍勢を動かすもの也と答えよう。
オーケストラが一個の軍隊とすれば、
ロックバンドはさしづめ少人数で動かす巨大ロボット。
さて、動かしにいくかなー、天の軍勢。
そのための資材が揃えば、の話だけど。
天下取りの準備、そろそろオーケー。

No(4989)


■…2018年 1月 3日 (Wed).......Hello 2018
写真は年末にやっていた録音作業から、適当に自撮り。
歳取ったよなあ。
あと10年くらいは鏡を見るたびにそう言うんだろうな。

いつもわりと「新年の抱負」みたいのをやる機会に恵まれることがないよね。
もちろん嘘だけれど。
なんとなく過ぎてしまう日々を生きる上で、精神の土台を作り上げる作業が、どれほど重要なものか。
知っている人は知っているし、そういう人は自然にそういう作業をしているものだ。
もちろん僕は、気分だけで、大してそこは知りはしない。

振り返ることくらいはしておきたい。

結局「Overture」の録音、録りの作業については、ほぼ年内(2017のうちに)で終わらせることになった。
風邪で寝込んでしまったので、帰省などの予定が変更になり。
しかし、その時間を無駄にはしたくなかった。
一部のバックグラウンドヴォーカルの残りは、三が日になってからやっつけたが、それ以外の部分はきっちり年内で終わらせた。
熱は下がったのだけれど咳は止まらず、ノドの状態はむしろ日に日に悪化していったので、そんな状態でヴォーカルの録音をしてしまったことになる。

なので、この「Overture」は、風邪(たぶんインフルエンザ)を引いて声が出ない、ノドのコンディションが悪い、そんな時に無理矢理ヴォーカルを歌ってしまったアルバムということになる。
さすがにこんなことは初めてだと思う。
これが吉と出るか凶と出るかは、完成してみないとわからない。
本当にひどかった。
体調の面はもとより、気持ちの上でもかなり荒れていた。

それでも、時間を無駄にしたくない、早く終わらせてしまいたい、早く終わって楽になりたい、それくらい、自分の中の強迫観念ってやつは強いのだし、なにより風邪に負けたくなかった。

まだちゃんとミックスして完成させないとわからないが、
前作の「Jesus Wind」の時点で、自分のシンガーというか歌い手、ヴォーカリストとしての、ひとつの達成というか、自分は自分をシンガーとは思っていないが、それでもここまでの表現力と技術に達することが出来た、という歌い手としてのランドマークにたどりついた気がしていたのだが、そんな経緯により、この「Overture」では、せっかく身に付いた技術も何も、へったくれもない、そんな歌唱になってしまっている(笑) それを聴いて、「若返った」と思ってもらえるか、あるいは「下手になった」と思ってもらえるか。そもそも日本語でここまで歌うのがひさしぶりだしね。


知ってのとおり、2017年は僕たちは「ツアー」みたいなことをまったくしなかった。
今年はもうXTJ (The Extreme Tour Japan)はやらない、と決めていたこともあり。

うちのバンドが今のメンバー、ラインナップになってから、ほぼ10年。
ジェイクが加入したのが2008年の10月であったから、そしてその半年後の2009年には最初のアメリカ遠征に行って、そこから、2012年までは毎年アメリカに遠征しに行って、2013年からの4年間は日本でXTJってことで、バンドとしての関与は大きい年も小さい年もあったけれど、毎年、まがりなりにも「ツアー」みたいな活動はあったわけだ。

だから2017年は、うちのバンドにとって、今のメンバーになってから、初めて「ツアー」みたいなことをしなかった年ということになる。

けれども、もちろん、productiveな年でなかったかといえば、そうではなく、とてもよく働いたというか、やはりanother very productive yearだった。

いちばんはやっぱり「Jesus Wind」をちゃんとリリースできたということだと思う。
どうやってリリースしていいのか、それすらわからなかったものであるから、自分たちなりに模索して、結局はセルフリリースの形になったが、クラウドファンディングを成功させて、きちんとしかるべき形でリリース出来たということは、大きな勝利だし、とても大きな祝福だし、とても大きな感謝だ。
そしてそれは間違いなく、ひとつの節目であり、音楽人生の目標の達成であり、自分の人生にとっても大きなランドマークだ。

ささやかではあるが、レビューであるとかウェブジンへの掲載とかもそれなりに頂いていて、これは嫁さんがいろいろやってくれていることであるが、インディーズ規模とはいえ、こうして世にきちんと出せたということに感謝でいっぱいである。


バンドは、ある意味、というよりは全面的に、「消化試合」の年であったから、ライヴはほとんど行わなかった(行えなかった)が、予定どおり「Overture」のリハーサルを進め、そして年内の録音までちゃんとたどりついた。そして録音を終えた。

これから、それをゆっくりミックスするのである。

この「Overture」の楽曲に向き合うことによって、自分たちとしても、様々なものに答えを出さなくてはならないのだが、その答えは出ただろうか。
だいたい出た、と言える。
だが、その結論を具体的な形で選びとっていくのは、今年(2018)の上半期の仕事になる。
でも、現時点で、やっぱりだいたい答えは出ている。

そんな「作品はばっちり世間にリリース」けれど「バンドは水面下」な一年であったが、
録音作業はいっぱいしていたように思う。

「Overture」の、バンドで鳴らした7曲はもちろん、アコースティックで一人で作るところの2曲、これも春の時点で既にやっつけたし、1月の時点では数年来、棚に置きっぱなしになっていたラップの曲を、石川ヨナさんの協力を得て形にすることが出来た。その曲も「Overture」アルバムに収録する予定だ。
そして、12月には、これもクラウドファンディングの結果だけれど、Famicom Dojoさんに3度目となる「テーマソング」を書いて、録音し完成させることが出来た。とても出来がいいから、許可が取れればこれも「Overture」アルバムに収録したいのだが。

過去作品の「再構築」ってことで、
「Prototypes」に入っていたアコースティックの曲を、ちゃんと録りなおしたこと、それが2月の時点。そして、これまでの人生の中で、「歌うのが一番難しい曲」「ずっと歌えなかった曲」であるところの「I」を、やっとこの歳にして歌い直し、正しい形で収録することができた。それが3月だったか。これは「Color of Hers」に入っているやつだ。ついでにもういっこのピアノの曲「Omoi」もミックスし直しちゃったしね。すごい恥ずかしい曲だけど。

これらは長年の間、宿題になっていたものであるから、この機会にやっつけることが出来て本当に良かった。

そして、下半期には、これも「今、やっつけなくてはいけない」ものとして、「鍋島デモ」の、「デモ歌」というか、公開バージョンのデモトラック、のヴォーカル、を歌った。そして、「鍋島デモ」(公開バージョン)も、こうして年内にしっかりと出来上がって形になってしまった。

こうして思うと、一年間、かなりたくさんの録音作業をしていた感じだ。

これで「Overture」も完成するので、もうこれ以上、今後は録音作業をしなくてもいい、と言いたいところだが、
誰も気にかけないと思うが、あいまいになっている「ファーストアルバム」を「しかるべき形ででっちあげる」という計画が残っているので、すぐに、ではなくても、また折を見て、スタジオに歌いに行く機会があるかもしれない。ほんの数曲だけれどね。



そして、忘れてはいけないことだが、ちょっとした事件があったではないか。
自分の霊的な能力の顕現というか、自覚みたいなやつである。
人間、長いこと生きてれば、そういう感性も身に付いてくるものか。
みんなそうなのだろうか。
これによって、今までの人生の中の出来事も、振り返って、ああそうか、あれはこういうことだったのか、みたいに疑問が解けることもあったし、余計に人生の難儀さを感じることにもなったが、いちばん重要なこととしては音楽の聴こえ方がちょっと変わった。これはやっぱり結構、大きなことだ。

ではこれからの人生はそれらの「感性」に導いていってもらったらいいのだろうか。
きっとそうなんだろうな。難しいところだけれど。
問題は、そこにどれだけ「意識的」になれるかどうか。
無意識の領域について意識的になる、ってことだから難しい。
でも、型通りの「瞑想」なんてのに頼るんじゃなくて、自分なりの方法できっとできるはずだ。



そして今年の抱負であるが、
抱負っていうか今後の人生のヴィジョンみたいなのについては、先だって、この前書いた「立志日記」にだいたい書いてある。
だからあらためて何かを書く、という感じではないのだけれど、
「動く」
ということで、動く年にしたい、という気持ちはある。
思うように動けるかどうかは別だけれど(笑)

色々な決断を急いでする必要はないと思うが、
それでも、ゆっくりでもしていかなければならない。

バンドの今後のことは、別にここにあらためて書くまでもないだろう。

世の中とか世界の状況とか、政治情勢とか、そういうことについては、
この一年くらいでずいぶんと達観してしまったところもある。

だから、大局的に見て、あんまり心配はしていない。

もちろん、何かの拍子に世界が滅亡してしまうことは、
いつでもあり得るけれど、でも現代って、そういう時代だし。

明日がやってくることが、そもそも奇跡。
新しい年も同じ。

そんなところかな、
ハロー、2018。

No(4988)



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