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2017年12月の日記です


■…2017年12月16日 (Sat).......鍋島デモ 作者によるメモ書き
鍋島デモ メモ書き


Nabeshima Demo Vol.1
1. Passion
2. Atomic Jam
3. Lord’s Prayer
4. Sakura Day
5. 123,4&5
6. Sakura Night
7. Extravaganza
8. Chanbara
9. Yamagoya3
10. Jidai
11. Bloodthirsty
12. Anthem


Nabeshima Demo Vol.2
1. Haritsuke Shounenn (磔少年)
2. Sonic Soldiers
3. The Garden
4. Who Are You
5. Sengoku Kirishitan (戦国キリシタン)
6. Screaming Sin
7. Matsuo
8. Senzai Ichiguu (千載一遇)
9. Redemption
10. Tsukuru
11. Not of This World
12. Utage (宴)


All songs written by Tak Nakamine
All Rights Reserved




「鍋島デモ」について

私、Imari Tonesナカミネタカヒロは、2017年12月、「鍋島デモ」と呼ぶところの一連の作品を完成させました。

まず「鍋島」についてですが、私がこの「鍋島」の楽曲を、音楽の部分の骨組みを作り終えた、ソングライティングのプロセスとして書いたのは、2014年から2015年にかけてです。しかし、一部の楽曲は2016年に書いたものも含まれます。

そこから、2016年の8月に、それらの楽曲を、ヴォーカルの入っていない、楽器だけの「デモ」として録音しました。
そして、その後、2016年の9月に、だいたいすべての歌詞を書き終えました。
そして、2017年の1月に、楽器だけの状態のデモの上に、アパートの狭い部屋で小さな声で歌った「仮歌」を録音し、「仮歌デモ」としました。

そして、2017年11月に、今度はアパートの部屋ではなくて、スタジオできちんとマイクを立てて、もうちょっとましなヴォーカルトラック(デモ歌、と呼んでいます)を録音しました。
そしてその上で、なるべく人に聴かせても支障がないように音を整えた状態にしたのが、今ここにある「鍋島デモ」です。
実際のところ、「鍋島デモ」という呼称は、最初の楽器のみのデモの時から使っていた呼び方だったので、自分の中では、区別するために、人に聴かせてもいい、外部に公表してもいいもの、という意味で、「鍋島オープンデモ」と言う呼び方をしていますが、しかし面倒くさいので、「鍋島デモ」と呼んでしまうことにします。

まずは、なぜ、本来「デモ」であるはずの音源を、わざわざ、外部に公表できるものとして、形にしようと思ったのか、そこの説明をしたいと思います。

というか、それよりも前に、まず、そもそも「鍋島」とは何ぞや、ということを書きます。
一般的には、歴史的な事実としては、鍋島、とは、九州は佐賀県の地名であると思います。
知ってのとおり、僕たちは、実際のところ、個人的にはそれほど九州や佐賀県に縁があるわけではないのですが、見てのとおり、僕たちのバンド「伊万里音色」は、伊万里という地名をバンド名に取り入れています。地名というか、焼き物ですよね。陶磁器。伊万里焼のことです。

もともとそれは、もちろん、多くの親しい友人は知っているとおり、それはうちの嫁さんの名前をバンド名に使わせてもらったことに理由がありますが、そこにはもちろん、もともとバンド名を考えるのであれば何か和風っぽい名前が良かった、とか、意味ありげな名前ではなくて、むしろ偶然によって決まるもので、できれば「固有名詞」が良かった、とか、理由があり、そこにたまたま、うちの嫁さんが素敵な名前を持っていたので、いつのまにかこれしかない、という感じになっていました。
そして、伊万里焼というのは、日本の美術、芸術であり、それが西欧、ヨーロッパに輸出されて人気を博していた、という歴史的事実からしても、日本のロックをインターナショナルな土俵で鳴らしたい、という、自分が内在的に持っていた志と合致するものでした。

ともあれ、過去にうちの嫁さんに連れられて、伊万里焼の展覧会とか美術館とかに何度か足を運ぶ中で、私はこの「鍋島」というものに出会いました。「鍋島焼」と呼ばれるものだと思います。僕も恥ずかしながら詳しくはないのですが、この「鍋島焼」というものは、伊万里焼の中でも、後期にあたるもので、鍋島藩で作られた最高品質の芸術的な陶磁器だそうです。僕は正直なところ、いわゆる「柿右衛門様式」のような派手な伊万里焼よりも、この「鍋島焼」の方に目を奪われました。一見、地味で、シンプルとも思えるデザインになっているものも多いのですが、僕が受けた印象では、それは簡素ながらも重厚で、何と言うんでしょうか、多次元的な視点というか、多次元的な表現というか、大袈裟かもしれませんが、時間と空間を越えた視点からのデザイン、そして、幾何学的、数学的とも思えるシンプルさと複雑さを併せ持ったものに思えました。宇宙的な芸術、とでも言いましょうか。
そして僕は、何百年も前の江戸時代の日本人が、このようなデザインを作り出していたことに、結構な衝撃を覚えました。
今でも、機会のある際に伊万里焼を展示している美術館などに出かけると、この「鍋島」は、新たな発見とともに、やはり僕を魅了します。

そして、たぶん僕がその「鍋島」というものを初めて見たのは、まだ僕がこのイマリトーンズという名前の音楽を作り始める前か、作り始めてすぐの頃だったかと思います、それはまだ、バンドの形になる前のことだったと思いますが、その時、僕は心に決めたのですね。いつか、こんな音楽を作ろう、と。そして、仮にも「伊万里」という名前の付いた音楽をやる以上は、もし「究極」というものを見つけることが出来たのなら、それに「鍋島」という名前を付けよう、と決心したのです。たぶんそれは、1998年とか、1999年とか、それくらいの事だったと思いますよ。もう少し前かもしれないし、もう少し後かもしれない。

ですから、かっこいい言い方をすれば、「伊万里」と名の付いたバンドをやっている以上、いつかは「鍋島」という作品を作ることは、宿題であり、また運命であった、と言えるでしょう。

時間を進めて、Imari Tonesは、確かに、小規模なインディーながらも、少しは国際的に音楽を発信できるバンドになりましたし、そして何より重要なことに、「クリスチャンロック」「クリスチャンヘヴィメタル」のバンドになりました。
そして、自分なりのハードロック、ヘヴィメタル、そして信仰をテーマにしたロックを追求する中で、またアメリカでツアーしたり、海外のバンドと一緒に演奏したりする中で、日本人としてのアイデンティティを知らず知らずに意識するようになっていったのは、ごくごく自然なことだったと思います。

たとえば、その結果として、日本の歴史をテーマにしたコンセプトアルバムである”Jesus Wind”を作り上げることにもつながりました。
そして、”Jesus Wind”の楽曲を書き終えた後、その「追求」はそこで止まることなく、さらに深化していきました。

そして、2014年の後半くらいからでしょうか。「あ、なんか、これは、見つけたかも」と思ったのは。
自分の中から出てくる音楽が、「その領域」に近づいているのを感じたんですね。
で、実際に、この「鍋島デモ」に入っている楽曲の多くを書いたのは、2014年から2015年にかけてなんですが、それらの楽曲を書いていく中で、「ついに、俺は自分の【鍋島】を見つけた」と確信しました。

そして、それは自分の中で、大きな影響となって、自分自身の意識を変えていきました。
「鍋島」の楽曲たちは、自分にとっては、到達点でもあり、新たな発見であり、また原点回帰でもあります。原点回帰というのは、少年時代に自分の中で鳴っていた「その場所」への回帰です。僕が10代の頃に書いた楽曲というのは、実際のところ、その後たくさん録音して形にしたり、今でも演奏している曲もいくつもありますが、その頃に見ていた「景色」に戻ってきた、という感じです。個人的なことですが、僕とうちの嫁さんは10代の高校時代に出会って、それがその後の人生を変えてしまいましたが、その頃に見ていた心の景色に戻ってきたという感じでしょうか。一周して、戻ってきた、というような。

その「確信」は、インストゥルメンタルのデモを形にして、また、歌詞を書いて、そして仮歌をのっけてみても、消えることはなく、むしろより大きな確信と発見につながっていきました。

そして、僕は自分の中で、自分の作る音楽の、これが到達地点であることを確信しています。つまり、わかりやすく言えば、「もうこれ以上は作れない」「もうこれ以上は書けない」というのが本音です。それが嘘でないことは、「鍋島」の楽曲を書き終えた2015年夏以降、僕はほとんど曲を書けていないという事実からも証明できると思います。
いや、もちろん実際は、曲は書いているのですが、しかし、あれ以降、自分の中から出てくる曲は、イマリトーンズのハードロックではなくて、もっと別の何か、たとえば、もっとおだやかなアコースティックの楽曲とか、ソロアルバム的なギターインストとか、になっているのです。


さて、「鍋島」の楽曲を書き終え、そして「デモ」の形にした2016年8月の段階で、僕は「これからどうしたものか」と思案していました。
それは、書き上げた「鍋島」の楽曲たちを、いったいどうすればいいのか、どのように向き合っていけばいいのか、わからなかったからです。バンドは、ちょうど”Jesus Wind”のレコーディングを終えたばかりの時期です。そして、その「鍋島デモ」およびその他のデモ(その他にもあったわけです、もっと楽曲のデモが)をバンドメンバーであるHassyとJakeに聴かせて、「さて、どうしようか」と、会議をしたわけです。

そして、その時点から、僕は、「果たして、この鍋島を鳴らすことが出来るのか」という問いかけをしていきました。それはつまり、今のこのイマリトーンズで、鍋島の楽曲をちゃんと演奏して形にできるのか、という意味です。そして、それは、非常に酷なことではありますが、演奏技術、センス、才能、意欲、それらすべての面において、という意味です。そして、本当に酷なことを言ってしまえば、率直に言って純粋に技術的に、ということです。

HassyもJakeも、決して世界一上手いプレイヤーというわけではない。むしろ、第一線でがんばっているバンドマン、プレイヤーの中では、技術的には劣っている方であると思います。しかし、僕たちはそういった技術とか、バンドとしての目先の成功よりも、チームワーク、キャラクター、そして人間性を重視してきました。そしてそれは、人間はそれぞれの長所、良い部分を伸ばしていけば、足りないものがあったとしても、それをカバーして大きなことを成し遂げることが出来る、と信じたからです。

そして実際に、約10年間活動を共にしてきた[Tone - Hassy -Jake]のスリーピースは、非常に素晴らしいチームでした。アンサンブルやサウンドの相性は良かったと思います。それぞれに、もちろん自分も含め、個々のプレイヤーとしては足りないものはたくさんありますが、それを上回って、チームワークや個々のキャラクターが生きていたと思います。だから、バンドの3人は現在も、ぜんぜん仲良くやっているんですね。あと数ヶ月で、このメンバーでの活動は終わりだ、とわかっている状態でも、リハスタに入れば、和気あいあいと練習して、練習の後もずっとだべってるわけですよ。放課後のクラスメイトみたいにして。

そして、この3人で、アメリカを4回ツアーして、日本でやるXTJ(The Extreme Tour Japan)で海外バンドと一緒に回ることを4回やって、何枚ものアルバムを作って、そして、3人で作るヘヴィメタルの到達点として、自信作である”Jesus Wind”を作り上げたわけです。

そして、”Jesus Wind”は純然たるヘヴィメタルアルバムであることからもわかるように、[Tone - Hassy -Jake]の今のイマリトーンズのメンバーは、ヘヴィメタルを作ることには底力がありました。けれども、「鍋島」は、それ以上です。ヘヴィメタル以上のものが求められます。

だから、ここへきてついに、本当に残念だけれども、今のメンバーの力量では、どうにもならないところまで来てしまったのです。僕が作り出す音楽が、僕の中から出て来た「鍋島」が、今のメンバーの力量をはるかに越えたところにあった、ということなんですね。そしてそれは、がんばって練習すれば出来るようになる、とか、何年か修行すれば習得できる、というレベルのものではなくて、もっと根本的なところで、届かないものである、ということなのです。

実際、この「鍋島」の事だけでなく、他にも色々な理由で、僕はきっちり2年間は、どうするか悩みました。つまり、今のこの[Tone - Hassy - Jake]の3人で、なんとかやっていけないものか。それとも、やはり一度ここで区切りを付けて、新たな形を探す方が良いのか。ずっと悩んできました。そして、たぶん今もまだ悩んでいます。

けれども、僕にとって、そしてこのイマリトーンズという航海において、いちばん重要視されるもの、それは音楽です。音楽を作り出すことです。
だから、すべては音楽が決めるんです。人が決めるんじゃないんです。
だから、そこに鳴らさなくてはいけない音楽がある以上、僕は進まなくてはいけない。

残念ながら、今のイマリトーンズでは、「鍋島」には届かない。
だから、3人で到達し作り上げた”Jesus Wind”を誇りに。
そして、最後に、もう一度だけ、イマリトーンズとしては久しぶりの日本語のアルバムを、「Overture」と名付けたアルバムを、3人で作ろう、そう決めたのです。
そう決めて、「Jesus Wind」「鍋島デモ」の後、2017年のイマリトーンズは、リハーサルに明け暮れてきました。

ぶっちゃけたところ、”Overture”は、「鍋島」からの「ボツ曲」の寄せ集めと言っていい作品です。
それに、日本語の歌詞を乗せた感じです。

それらの楽曲は、「鍋島」と同時期に書かれたけれども、「鍋島」の選曲に漏れたものや、
あるいは、「鍋島」を書いた後に、2016年になってから書いた楽曲もかなり含まれていますが、それはいわば、僕の言葉で言えば「鍋島の出涸らし」といったものです。

しかしたとえ「出涸らし」であっても、「鍋島」のエキスが入っている作品であることも確かです。
そして、何より、日本語で書いた歌詞が、それ以上の意味合いを持っています。

たとえば、興味深いことに、「Overture」に収録される予定の楽曲は、「鍋島」の楽曲と対になっているものがいくつかあります。兄弟曲、みたいな。鍋島に収録されなかったボツ曲、みたいに書くと印象が良く無いですが、たとえば”Overture”は、”Lord’s Prayer”と対になっていますし、”Forgiven”は”Not of This World”の兄弟曲です。”Born Again”は”Sonic Soldiers”とやはり対になっている位置づけの曲です。”Mistake”は”Bloodthirsty”とリフがだいたい同じですし。どっちが良い曲か、は、聴く人によって意見が分かれそうです。

音楽的には「ヘヴィメタル」の枠からかなりはみ出して、どちらかといえば一般的なJ-Rockや、オルタナティヴ、インディロックなどの色合いの強い「Overture」は、HassyとJakeに課した「テスト」でもありました。つまり、この「Overture」をやりこなすことが出来るのであれば、「鍋島」をやれる可能性があるかもしれない。また逆に、この「Overture」をきちんと演奏することが出来ないのであれば、「鍋島」は到底やれるはずがない。そういう意味合いのテストです。そしてきっちり一年間リハーサルをしてきた、そのテストの結果は、それは、ここに書く必要はないでしょう。それはスタジオの中でアンサンブルを合わせてきた3人が、自ずとわかっていることです。しかし、それでも、僕たち3人は、最低限、可能な限りのクオリティで、きっちりと「Overture」を作り上げるつもりです。それだけの力量はあるメンバーだからです。


さて、話がずいぶんと遠回りをしたかもしれません。
以上、ここまでお話しした、現在のバンドの状況、そして、これから進んでいかなくてはならない「鍋島」への道を踏まえて。

僕が、この時点で、この「鍋島デモ」を、バンドの内部資料というだけでなく、外部に公表、発表しても差し支えのない内容に、なるべくきちんとした形にまとめたのは、
それは、自信が無いからです。

つまり、これから、これまで10年やってきた[Tone - Hassy - Jake]の形を捨てて、新たな場所で、新たな形で、より強力な、より本当の意味で「神の愛」と「ヘヴィメタルの真実」を伝えることが出来る、本当の意味での音楽ミニストリーとしてのImari Tones。

その場所に辿り着き、本来あるべき形で、しかるべき形で、「鍋島」を演奏し、そして録音制作をする。

そこまで、果たして辿り着けるかどうか、やる気はあっても、確証は無いからです。

何年かかるかも、わからない。
この「鍋島デモ」を聴いていただけば、たぶんわかると思いますが、「鍋島」は、それほどまでに遠い、果てしない目標です。

だから、そこまで、ちゃんと生きて辿り着けるか、わからない。
そして何より、人間、明日のことはわからない。
神からのメッセージを託されているのであれば、何年先かもわからない完全よりは、不完全であっても、今、今日、この時に、メッセージを伝えたい。

そう思ったからこそ、僕はここで、たとえ不完全な「デモ」の形であっても、この「鍋島」をいったん形にする必要がありました。

“Overture”については、まだ今現在、録音作業の途中ですので、完成の順番としては、若干前後しますが、
もし、たとえば明日とか明後日とかに、僕が何かの拍子に死んでしまったとしたら、この「鍋島デモ」が遺作になります。

死んでしまっても、ちゃんと遺作として残るように。
また、残りの人生でちゃんと「鍋島」を鳴らすところまで辿り着けなかったとしても、最低限、出来る形では伝わるように。
そのために、これからの出発にあたって、後悔なく踏み出せるように、この「鍋島デモ」を作りました。

ですから、この音源は、今すぐに発表するものではありません。
願わくば、発表せずに済むことを願っています。

イマリトーンズが、スムーズに次の形を見つけて、早い時期にちゃんとバンドで「鍋島」を鳴らし、制作することが出来れば。
そしたらこの「デモ」はめでたくお蔵入りになります。

ですので、この「鍋島デモ」は、今、この時点では、「何かあった時のため」、また、「僕の船出を理解してもらうため」に、信頼できる少数の人だけに、託そうかと考えています。


さて、技術的なことです。
この作品は、「鍋島」という究極の到達地点ではありますが、あくまで「デモ」という形です。不完全なものです。

たとえば、ヴォーカルトラックの録音は、非常に手早く、時間をかけずに行ってしまいました。
それは、貧乏バンドマンの生活の中で、20曲以上ものヴォーカルの録音に、たくさんの時間を使うことは出来なかったからです。だから、難しい曲であっても、2テイクだけ歌って終わり、とか、そういうのが結構あります。だから、残念ながらヴォーカルは完璧ではない。

また、「鍋島」の歌唱としても表現としてもハードルの高い楽曲に対して、ぜんぜん歌う練習が出来ていない、つまり、僕がこれらの楽曲を歌うのは、「仮歌」をアパートの部屋で小さな声で歌ったのが最初で、今回の録音が二回目、ちゃんとした音量で歌ったのはぶっちゃけ初めてだったわけです。だから、表現の面でも、試行錯誤する時間すらもなかったし、歌い込むということが出来てません。メロディをなぞるだけでも精一杯だったというのが本当のところです。自分のヴォーカルの技術的な限界も露呈していると思います。

また、いくつかの箇所には、その2017年1月に録音した、狭いアパートの部屋でダイナミックマイク握りしめてささやき声で歌った「仮歌」をそのまま使っている箇所があります。ですので、それらの箇所に関しては、音質的に劣る箇所があると思います。

また、時間的な制約もあり、ヴォーカルトラックに対して、コーラスというのか、ハーモニーのパートは基本的に一切歌っていません。なので、本来であればハモリのパートが欲しいな、という箇所にも、ハモリを付けていないので、その意味でも録音作品としては不完全です。
ハーモニーを付けなかったのは、時間的に、また気力体力的に、無理だった、ということもありますが、ここでハーモニーまで付けてしまったら、あくまで「デモ」であるはずのこの音源を、間違った形で完成形に近付けてしまうような気がして、気が進みませんでした。


ギタートラックに関しては、2016年8月に、それなりに気合い入れて弾いたやつもありますが、それよりも前に、最初に曲を書いた段階で、かなりテキトーに雑に弾いてしまったやつも結構あります。あるのよ、曲を作る時って、アイディアの記録が最優先だから、まだ何もないのにクリック聴きながら適当にギターソロまで弾いちゃう、みたいなことが。また、その際にベリンガーのやっすいUSBインターフェイスを通して弾いていたりするので、その特有のノイズが乗っている曲も多いです。

ちなみにですが、”Utage” (宴)という曲に関しては、元々のデモがマルチトラックで残っていなかったので、2017年10月にギターもベースも録り直しています。これはどういうことかというと、この曲はもともと”Revive The World”の時のボツ曲なんですね。言われてみるとリフが”Unlimit”に似てるし。だから2012年に書いた曲だと思うんだけれど、久しぶりに過去のデモをチェックしたら良かったので「鍋島」のラストトラックにぴったりだったので採用したんだけれど、古いデモだから、ミックスのデータが残ってなくて、だから今回あらためて弾き直しました。

ついでにもうひとつメモすると”Chanbara”のギターソロも、2016年8月に弾いたやつがあまりにもテキトーだったので、今回2017年11月に弾き直しました。もっとも、弾き直してもやっぱりテキトーだったけれど。

んで、ギタートラックですが、もともとはIK Multimedia Amplitube3で弾いたんですが、今回、「公開版オープンデモ」にするにあたって、brainworx社のアンプシミュレーターに差し替えてます。Amplitubeは、音はちょっと安っぽいんだけれど、簡単に狙った音になってくれるのよね。だからデモを作るにはばっちりなんだけれど、brainworxのシミュレーターの方が、本格的な厚みのある音なんだけれど、狙った音になかなかなってくれなくて、頑張ってみたけど、どうかな、ちゃんと伝わってくれるかなあ。まあ、ベストは尽くしたよ。で、実際にアンプを鳴らして収録した音ではなく、シミュレーターを使っているのは、あくまで「デモ」だからです。ご了承ください。
ドラムトラックに関しては、最初に曲を作る時にはLogicPro9に入ってるドラムの音を使って打ち込むんだけれど、今回「公開版」を作るにあたって、Native Instrument Studio Drummerの音源を使って、なるべく本格的なドラムの音になるように努力してみました。重いんだよね、このドラム音源、僕のパソコンだと、ちょっと。だから、滅多に使わないんだけれど。でも、やっと少しは使いこなせるようになってきた感じ、このドラム音源。習得遅いよ、って言いたくなるけれど。

そんなところかな。


聴いてもらえばわかると思うけれど、「鍋島」っていうのは要するに簡単に言っちゃえば、ちょっと和風のテイストの入ったハードロックです。
でも、和風のロックをやってる人たちはいっぱいいるけれども、僕はずっと「異能」というテーマを持って、そこに「異次元」を持ち込む意図でやっています。そしてもちろん、クリスチャンロックのテーマと、霊感をそこに込めることにこそ意義があります。

言っちゃえばね、作ってる最中はぜんぜん思わなかったけれど、こうしていったん完成形を作って聴いてみると、あ、出来てる、って思うのね。
何が出来ているかというと、「霊のレイヤー」における表現。
僕はこれを最初に意識して感じたのは遠藤周作さんの小説を読んでいる時だった。
遠藤周作さんの作品は、表面上語っている文字の上での物語と、その上で描かれている霊のレイヤーでの物語が、まったく違う立体的な構成になっていることがある。

そんな表現を、僕も音楽でやってみたい、って思っていたんだけれど、
ぜんぜん考えてもいなかったけれど、曲順もインスピレーションに従ったけれども、2枚の作品の構成を通じて、気が付けば自然に、「霊のレイヤー」上での物語を構築することが出来ている感覚がある。

だから、大口を叩くのであれば、この2枚を通じて、聖書の物語を、キリストという地球人類のみならず宇宙の特異点たる、たったひとつの主の物語を、俺もこうして、描き出すことが出来たと思う。遠藤周作さんがそうしたように。

とか言っても、他人からしてみれば、別にどうってことのない、よくある和風ロックだったり、月並みな作品だと思うかもしれない。特に霊のレイヤーを感じ取ることの出来ない人にとっては。
僕が、自分では、自分の音楽人生の究極の到達地点だと思っていても、人から見たら、そうは思わないかもしれない。

でも、それでも俺は構わない。
だって、「鍋島」は、神のためであるかもしれないが、同時に自分と、そして何よりうちの嫁さんのために、個人的に作り上げた音楽だから。

世界一になれるかどうかはわからない。
でも、僕が、自分がずっと求めてきたヘヴィメタルの「美」を、「鍋島」という霊感に満ちた表現に託した「異能の美」を、込めることが出来ていたのなら、それでひとまずは目標達成と言えるかなあ。

以上です。God bless you all.

In Christ (主にあって)
ナカミネタカヒロ / Imari Tones (伊万里音色)
16th December 2017

No(4975)


■…2017年12月15日 (Fri).......BBCのやつ
ようつべですが、2014年あたりの番組らしい、アラバマ州の有名なMuscle Shoalsのドキュメントをやっと最後まで見れて。
ロックの歴史はもちろんのこと、昔のソウルミュージックとか、サザンロックとか、色々と勉強になるのだけれど、そんで、音の鳴らし方とか、生き方とか、音楽作るってどういうことなのかとか、場所の持つエナジーとか、町おこし(??)とか、勉強になるんだけれど。もちろん、当時にあってもミュージシャンたちの間では人種とか全然関係なかったって事とか。白人も黒人も一緒になっていかしたグルーヴを作り上げてたらしい。そんな神にあって、音楽にあっての融和の中でサザンロックの至福のサウンドは生まれたのか。
最後にこの曲が流れてさ。
こちら
Bob Dylanの、クリスチャンアルバムの曲。
なんかぐっと来ちゃった。歌詞が響いて。
Keep pressing on to the higher calling of my Lord

No(4974)


■…2017年12月13日 (Wed).......鍋島オープンデモ、予定より早く、仕上がるかも
今、仕上げているところの「鍋島デモ」(人に公開してもいい用の、オープンデモ、と呼んでいるところの)は、
たかが「デモ」とは言え、それでもやはり僕の音楽人生の到達地点である「鍋島」の素材であるので、
作業をしながらも、向き合っているといろんなことを教えてくれる。

キリストは、地上での最後の日々、十字架にかかるところの、ゴルゴタの丘に向かいながら、いったいどのような音楽を聴いていたのか。
もちろん、そこには楽隊も音響装置もないので、つまりは霊の上で、どんな音を聴いていたのか。

もちろん、当時そこに音響装置はなかったが、神の子であるイエスさんは、天上の音をいくらでも聴いていたはずだ。
つまり、天の国にある音響装置は、この地上の、少なくとも現代に存在するどんな音響装置よりも優れているはずだから。
オーケストラだって、ロックバンドだって、エレクトロニックミュージックだって、そこにはあったはずだ。

もちろん、天の国つーか、そっちに行ってしまえば、音響どうこう以前に、たぶん物理法則そのものが違うだろうし、音響なんていう概念も全然違うものかもしれない。
けれども、他のこととか、他の分野はわからんでも、俺も音楽家のはしくれではあるので、このことだけはわかる。

俺たちは天の国の音楽なんて知らんが、
いや、違う。
俺たちは天の国の音楽がどういうものか知っているから、
天の国で鳴っている、鳴っていた、音響がどのようなものか、ちゃんと知っているからこそ、この地上においても、音楽が作れるのだ、ということを。


話それたが、
イエスさんが、十字架に向かっていく地上での最後の時。
イエスさんは、どんな音楽を、その霊の中に聴いていたのか。

ひらたく言えば、キリストが十字架にかかる際のBGMとはどうであったのか。
どうあるべきだったのか。

たぶん、映画とか、中世の宗教音楽とか。
演劇とかオペラとか。

だいたいにおいて、人が描いたキリストの受難のシーンというものは、
たぶん壮絶で、悲痛で、荘厳ではあるが、悲しみと苦しみを描写するような音楽が鳴っているものだと思う。

でもたぶんそれは違う。
たぶんそれは、人の認識の範疇だ。
人間の常識の限界だ。

十字架に向かうキリストさんは、きっと、
とてもはつらくと、明るく、軽やかで、希望に満ちた、
まるでピクニックにでも向かうみたいな、
そんな音楽を、聴いていたに違いないんだ。

周りの天使とかはどうだったかしらん。
ひょっとすると、天使たちだけでなく、父なる神すらもどうだったか知らん。

でも、宇宙でただ一人、その時、キリストさんだけは、
楽しく、明るく、とてもリラックスした音楽を聴いていた。
そうに違いないと思う。

そのことに気付いた時、
俺は本当に。
(泣けた。まあ、普通泣くと思う。)


たとえば、
カトリックでは十字架に、イエスさんの形とか人形とかついてるじゃん。
なんて呼ぶのか忘れた。
プロテスタントの十字架は、十字架だけで、人はくっついてない。

でも、そこにはやっぱり、なんかついてるのは違いない。
目に見えないってことを認めただけ。

だからつまり、十字架っていうのは、
十字架の本当の形っていうのは、タテがあって、ヨコがあって、
それで終わりじゃあ、ないんだよな。

その上に、まだなんかあるんだよ。
多次元つーか、もうちょい上の次元の形で。
それを表象するために、キリストさんは「そこ」に行ったはずで。

で、たぶんそこは、
イエスさんにとっては、
死刑になるための苦しい場所ではなく、
たぶん、
もっと楽しい何か、
宇宙でただひとつの、
「あるべき」場所だったはずだ。
その時、その場所、その次元において。


話戻る。

この「鍋島」は、今はまだ「デモ」の形だ。
でも、それに向き合う中で、
神さんはいろんなことを、俺に教えてくれたし、
たぶんこれから、もっと向き合って、教えてもらうんだと思う。
果たしてちゃんと演奏できる日がくるのかどうかはわからんが。

でも、神さんから受け取る中で、
不十分で、表現する実力も、環境や設備も、
決して足りていない中ではあるけれど、
俺なりに込めたつもりだ。
十字架の秘密つーのか、意味みたいなもんを。
自分の人生の中で出来る範囲において。

(文字とか音のレイヤーだけでなく、霊のレイヤーにおいて、物語を語る、という意味合いにおいて、少しは出来たような気がしているので、あくまで、気がしているだけだけれども、そうであれば、遠藤周作氏に、少しは顔向けが出来るってものだ。)

それは、自分という人間の人生の、
一人の小さな人間の目と手が及ぶ中だけの、
小さな限られたものだけれど、
でも、きっとそれでいいはずだ。

神は、人の手の中に、その手が行えない宿題は、決して負わせない方だから。

No(4973)


■…2017年12月 7日 (Thu).......New Jerusalem の手抜きな笑点ビデオ
Meanwhile we seek for New Jerusalem.
Have you found it yet?

こちら

いや、なんかニュースになってたから、バズワードかなぁって思って、ついついアップしちゃった。もともと、今月このビデオはアップする予定だったんだけど、ちょうど。
いやね、最近、立志をするにあたって、得たものと失ったものっていうのを考えているんだけれど、失ったもの、の中には、家族とか故郷とかそういったものと同様に、祖国ってやつも入ってるんだよね。

そういうわけでエルサレム。
僕にとってのNew Jerusalemっていうのは、どこにあるのかなあ、って。
そんで、生きてそこに辿り着けることが、果たしてあるのかな、って。
そう思いながら。

コンセプトアルバムの最後に入ってる、意味深な曲なんだけど、意外と好評でびっくりしています。

サウンドイメージは、ハードロックバンドが、そのままの機材で無理矢理やったビートルズ。
そんで、もちろん、見果てぬ「ニューエルサレム」を目指して荒野を進む、男の後ろ姿。

ありがとう。



No(4972)


■…2017年12月 5日 (Tue).......求めよ、さらば道は自ずと
求めずにはいられない人間って、やっぱりいるなって思う。
どの場所にも、どんな時代にも、きっといるし、居たんだろうと思う。


たとえばね、
世の中っていうのは、資本主義社会で、物が売れることが正義じゃない。
民主主義であれ、資本主義であれ、数字を出すことが正義でしょ。

だから、モノを売らないアーティストっていうか。
たとえば自分は「100万円のGibson(現行)よりも、5万円のBacchusの方がいいなあー」とか、平気でゆっちゃうでしょ。

そういうことを言ってる限りは、永遠にこの社会では成功しないんだよね。それはわかってる。

でも、胸に手を当てて考えてほしいんだけれども、
それがクリスチャンの世界であっても、
経済的に立ち行かなくてなくなってしまった教会よりも、
規模が大きくて人がたくさんいる教会の方が、
みんな「神様の祝福にあふれた」とか、「祝福された」とかなんとか言っちゃって、評価するじゃない。結局のところ。
それは、そういう世の中だから。

人間は弱い。
人間というものは弱い生き物だ。
だからって、その弱い人間という生き物を、神は見捨てない。

だから、そこには神がいる。
商売優先のアーティストのコンサートにおいても、
いろいろと微妙なメガチャーチにおいても。
人が集まれば、やっぱりそこには神がいてくれるんだよ。


だけれども、
ヘヴィメタルのサウンドを愛好する人間がそうであるように、
どの分野でも、コーヒーの味とか、絵画や写真とか、
スポーツや武術の分野であっても、
深く追求する人間が、そうであるように。

より「貪欲に」(笑)
求めるのであれば、やっぱりそこには道がある。

神を喜ばせたい。
山を動かしたい。

そう思うのであれば。

そういう手伝いを、自分はやれたらいいなと願っている。

自分がやるんじゃ、ないんだよな。
神がやるんだし、皆がやるんだ。

自分はきっかけになれればいい。(それでも十分、僭越)
そういう人生かも。

No(4971)


■…2017年12月 5日 (Tue).......アンプに直に挿す、っていうのは、今となっては変態なのか
[徒然のつれづれるただの日記。アンプと音楽とジェンダーと信仰。]

なんだっけ、アンプの話をね。
パソコンの中に、brainworxのアンプシミュレーターが入っていて、その中にENGLのRetro Tubeがあるじゃない。

今は、僕はパソコンの中でギター弾く時は、このbrainworxのやつを使うことが多いから。
んで、かといって、僕の好きじゃないアンプが多いし、bx_rockrackのわざわざ古いバージョン(bx_rockrack pro)を使って、キャビネットだけ新しいバージョンのやつをつないで弾いているんだけれど。

それは、bx_rockrack pro(古いバージョン)に入ってる、JCM800が本物っぽい挙動をするから。一緒に入ってるENGL530のプリアンプもかなり良い。

そんで、ENGLはあんまし好きじゃないんだけど、優秀なアンプであることは認めるし、Retro Tubeは、確かにわりとニーズに合うことが多いから。

現に、今回、ギターの音を差し替えた「鍋島デモ」(公開するのは、たぶんずっと後。場合によっては永遠に公開しないかもしれない。)でも、brainworxのシミュレーターに全部ギターを差し替えたんだけど、6割くらいは、それでもJCM800になって、3割くらい、このRetroTubeになって、残りは古いプレキシっぽい音が作れるところのChandlerのやつになったと思う。

だから、リイシューでない、オリジナル80年代型のJCM800は使いにくいな、RetroTubeの方が扱い易い、と思っても、やっぱり音を作り込んで詰めていくと、JCM800の方が、狙った音になる率は高かったわけだ。まぁ、「鍋島」はレトロ志向の作品だしね。(あ、でも、Retro Tubeって、レトロって名前なのに)


で、プラグインではわりと優秀だから、実機も試しておかなくちゃ、って。前にもいっぺん、そこにあることは見つけていたんだけど、成り行きで突っ込んだ楽器が8弦ギターだったから(笑)、ちゃんとレスポール突っ込んで試してみたい、って。思って、都内某所に、野暮用のついてに。

どうかな、プラグイン以上に、「使い易い」けど。
こんなに簡単に、何をつっこんでも「狙い通り」の音になってしまっていいものか。そこのところの手応えが。
「面白く無い」
って、そんな贅沢な(笑)

もうちょっと難しいアンプの方が、愛着が持てる。
そしてその方が、実際の制作の中では「より音を突き詰められる」。
(まさに今度の鍋島デモの作業で実証済み)



アンプ直の話。

Calling Records関係のあの方のスタジオで、SoldanoとかENGLの高いやつとかいっぺん試させてもらったおかげで。

ああ、やっぱり良いアンプっていうのは、別にブースターもオーバードライブも必要なくて、直で挿して作れば、ちゃんとした音になるようになってるんだな、って。今更そんな、初心者みたいなことを言うようですが(笑)


そんでもって、この前の自分のバンドのリハでも、Shoalsが調子悪くて、いろいろあってアースが落ちてなかっただけなんだけれど、そんで、ギターがSTRだったから、リハスタのアンプのJVMを、いつもの「緑」じゃなくて、もういっこゲイン上げて「オレンジ」にして鳴らしてみたら、「アンプ直」でも、ぜんぜんいける音になった。だから、このSTRみたいに、ギターの時点でぜんぜん音が完成しているギターであれば、ペダル使わなくても、狙った音になるんだ、って、むしろ、ペダル使わずにアンプ直で行った方がいい場合が多そうだ、って。

そんなこんなで、今更に、「アンプ直」ってことを意識して。
そうなると、余計に「アンプ」ってことを考えてしまって。

ただね、やっぱり、そんなに物事は簡単じゃない。
「アンプ」ってテーマは、そんなに簡単でも単純でもない。

ましてや「キャビネット」とか。
またそれ以上に、PA、とか、部屋、とか、会場、とか。
果てしなく難しい話になってしまう。
(そんなんだから、ケンパーとかフラクタルに逃げたくなるのはわかりますよ。)
(だからプロフェッショナルの方々がケンパーやフラクタルといった道具を使うのは、自分のためではなくて、周囲のためでしょう?)


知ってのとおり、ほとんどの日本のインディ、アマチュアのギタリストにとっては、「アンプ」ってのはおおよそ、「公共インフラ」なわけよ。リハスタに行っても、ライブハウスに行っても、そこにはアンプがある。しかも日本のインフラは優秀だから、十分に素晴らしいアンプがある。だから、日本のギタリストは、ほとんどの場合、自分のアンプを所有しなくても、演奏が出来てしまう。

だから、結果的に、ペダルとかエフェクターの部分で音を作ったり、個性を追求することになる。

そして、ジャズコにも同じことが言えるけれど、Marshallというアンプが、これだけ一般に普及したのは、たとえばそれが80年代のハードロックの時代であっても、やぱりペダルをぶっこんだ際の使い勝手だったのではないかと推測する。

JCM800だって、決して単体では、ばっちり歪まないじゃない。
でも、ペダル突っ込んだ時の音とか挙動が良かった。

Marshallってのはハードロックにとってはやっぱり、ペダルとかブースター突っ込んでなんぼ、だったわけで。

で、ペダル使いたくない人は、改造したわけだ。そして、そういう成り行きの中で、SoldanoとかBognerといった、次世代のハイゲインアンプが生まれたわけだ。


そしてそれ以上の問題があって。
あのね、ことさら、いちばん贅沢な、アイデンティティの問題。

ギタリストってのは贅沢で、自分の誇りとか証とかプライドとか、自分だけのもの、を欲しがる。地球で宇宙で自分だけ。

「公共インフラ」であるMarshallというものがある時に、それを宇宙でひとつだけの俺の音、に持っていくために、ペダルとの組み合わせっていうのはやっぱり重要だったんだと思う。


アンプ直の状態で、「俺だけの、俺の音だ」と言えるようになるためには、やはりそれはMarshallを改造するとか、Albitさんとこにお願いするとか、そういうふうになってしまうのか。

じゃあアンプは僕にとってはやっぱりいつでも「乗り捨て」の「インフラ」なのか。
やっぱり唯一Albitさんに頼むしかないのか。

これがたとえばEddie Van Halenだったらね、「俺だけのためのアンプだぜ」って言えるんだけれど。だって自分のために開発されたシグネチャーアンプじゃない。

でも自分はそうじゃないから、ペダルに命をかけてアイデンティティを刻むしかない。

じゃあ自分だけのアンプを手に入れたとして、どこに置くの? どこで使うの? 録音は? 海外ツアーに持っていけるの? キャビネットは? そういった外部環境に依るところが多過ぎる。


これがたとえば、自分は世界的メジャーアーティストで、巨大な機材でアリーナツアーを回るのが仕事だ、っていうんなら、一年かけてワールドツアーを、アリーナ規模とかホール規模でやろう、っていうんなら、話は別だ。だって、その「環境ごと」持っていけるわけだし、その「環境」をちゃんとすることが、むしろ仕事なわけだから。(そして、それは、もちろん、一人でやる仕事ではない)


そういう意味では、全盛期のEVHがやっていたことは、やっぱり本当にprecious(価値がある)なことだったと思う。本物のプレイヤーが、本物のサウンドを、巨大な規模で検証し、追求してくれた。そしてそれは、世界中のギタリスト、ミュージシャンに恩恵を与えた。アンプとかギターだけでなく、たとえば今ではみんな当たり前のように使ってる、インナー・イヤー・モニターだって、Van Halenの1995年のBalanceツアーで、アレックス・ヴァン・ヘイレンが首を痛めていて(ムチウチ)、ヘッドホンをかぶってプレイ出来なかったところから開発されたんだぜ? (と、聞いた) (だから、Balanceツアーは、Balance Tourではなくて、Ambulance Tourと呼ばれたらしい。その時期、エディも腰を痛めていたから。)


EVHの功績ってことだっけ。アンプについての話を書こうと思って、ついつい。
EVHがギターだけでなく、アンプとかサウンドとか。
そして彼が全盛期にツアーをしている時に、いろいろ「開発、検証」したとして、それがいかにその後たくさんのミュージシャンたちをbenefitしているか。

たとえば、Eddie Van Halenはそのデビューとともに、ギターの奏法をまるっきり変革して、80年代以降のハイテクニック、速弾き時代を切り開いたわけで、ギターの楽器としてのハードの面でも、スーパーストラト、フロイドローズ、などなど、列挙することも出来ないくらい、ギターの世界を変えてしまったわけだ。

アンプもそう、「ブラウンサウンド」なんて言葉は、今ではとっくに、エディ・ヴァン・ヘイレンという個人を越えたところで一般化している言葉じゃないか。

そんでもって、90年代以降に、もちろんMusicmanのシグネチャーギターもそうなんだけれど、彼が開発、追求、検証した、Peavey 5150アンプと、そのサウンド、影響が、どれだけその後の音楽シーン、最も顕著なところで言えばメタルコアとかのヘヴィミュージックの音を、手助けし、また規定し、基準になっていったか。それはもう、すでにVan Halenとか、エディ・ヴァン・ヘイレンの名前とかジャンルを越えたところで影響し、恩恵となっていったわけで、その貢献は計り知れないと思うわけですよ。


で、ギターでいってもたとえばMusicmanでいったら、John Petrucciとかもちろんいるけど、やっぱりAxisじゃないですか。代表的なモデルは。ベースならStingRayなんだろうけれど。

Musicmanつながりで言うとすれば、じゃあ今の、ないしはこれからの若い女性アーティストが、St.Vincentを見て、私もギターを弾こう、となったとして、それはいいんだけど、本当にがつんと来るようなプレイヤーに育ってくれるかどうか。「You're not too bad for a girl」(と、若かりし頃のHeartのNancy Wilsonはいつも言われていたらしい)とかいうふうな、「女の子にしては上手いよね」とかじゃなくて、男とか女とかまったく関係なしに「すげえプレイヤー」に出会いたい。別に技術的にテクニックがあるとかじゃなくて、魂の領域において。フェイバリットミュージシャンに出会いたいということ。別にそういう人がいないんじゃなくて、きっと僕が知らないだけなんだろうけれど。


というわけでまあ、
たとえば僕の「フェイバリットミュージシャンリスト」みたいのを見ると、女性のアーティストってあんまりいない。
居ないってわけじゃないんだけど、やっぱり男性のアーティストとかバンドの方が多い。

それを指して、それはやっぱり世界全体が、現在ではまだ、圧倒的に男性中心の社会構造になっているからだ、と言うことも出来るし、たぶんきっと間違いなくそういうことだと思う。それは女性が活躍するスポーツなんかを見てもきっとそう。逆に日本で女性アイドルグループみたいなのがもてはやされるのもきっとそう。そもそも社会が男性中心だから。

僕はいつも、自分の世代を代表するアーティストは、Imogen Heapだと思っていて、つまり、世界規模において、自分たちの世代の感覚として、自分たちの世代の役割として、代表して声を届け、示してくれている存在というのは、Imogen Heapがその最たるものだ、と思っているわけだ。
もちろんImogenは女性だし、そして女性だからこそ出来ることというのがあって、その意味で俺はImogen Heapを尊敬し、そして彼女の作る音楽が好きだけれども、その彼女だって、「魂のミュージシャン」という感じじゃない。もっと、「社会的な存在」って感じだ。そういうのって、きっと女性の方が優れている分野な気がする。


そういえば確かそのSt.Vincentもだいたい同世代だったと記憶しているが・・・すでに女性の方が優秀な世代なのか、俺くらいの歳でも(笑)


だがたとえば、作曲の分野で言えばもちろん僕の敬愛する熊谷幸子師匠のように、本当に優れた天才みたいな人もいらっしゃるわけだ。
たとえばじゃあ、テイラー・スウィフト見て私もギターを弾きたいと思った女の子が、そういうガツンと来る技術も魂も心技体そろったアーティストになってくれるのかと言ったら、難しいところだと思うけれど。
特にルックスが良い女の子の場合だと、別に男の子でもそうだけれど、可愛いというところにどうしても頼ってしまうだろうし。それを指して男性中心社会と呼ぶか、いやそれこそ女性の強さとかしたたかさと呼ぶか、それは人それぞれなんだろうけれど。


かといって僕は別に男性っぽい音楽が好きなわけじゃなく、たとえばシンガーで言っても、音楽性で言っても、男だぜ、みたいなマッチョな音楽はあんまし好きじゃなくて、中性的な表現をするシンガーとか、男なんだけど女っぽい声とか表現をするシンガー、性別をちょっと超越した感じのシンガーが好きな傾向があるのはまったくもって否めない。

かといって、性的なオリエンテーション、なんか英語わからんけど、性的指向としては別にゲイな方向性の興味はまったくないし。嫁さん好きだし。
かといって別に自分が性的に変態でないわけではまったくなく、立派に変態のうちの一人であって、だって変態っていうのは音楽やる人にとっては褒め言葉ですよ。
別にクリスチャンになったからといってじゃあ自分のセックスは品行方正ですよ、みたいなことはまったくなく、じゃあ自分はすごい変態だから、せめて「神にあって変態」になろう、みたいな。意味わからんと思うけど、きっと。もっと霊的に次元の高い変態を目指そう、とか(笑)


そもそもが、ちょっと大きな教会とか繁盛してる教会とか行けばね、おごそかに、ないしは元気に、礼拝とかやってると思っても、みんなそうだよね、人間社会の宗教ってやつは、もし君に霊の目があって、霊の目が見えたとしたら、見えるのは集団オナニーというか集団で自慰行為している光景ですよ。それは、すごく醜悪で、すごく醜悪ですよ。でも、決してそれを指して美しくない、とは言わないわけで、つまり、僕が思ったのは「かたつむりの交尾」みたいな。その集団の霊的なオナニーが、かたつむりの交尾みたいに、美しいと言うことだって出来るわけだ。それに誰だって自慰行為くらいするでしょ。だから俺だって、そのことについて、あれこれ文句を言う立場じゃない。

その集団の自慰行為の光景っていうのは、たとえばヴィジュアル系のライブとかでも、似たような風景を見れたりすることもあると思うけれど、それはまた別の話。というか、ヴィジュアル系に限らず、たとえば「宗教っぽい商法で売ってる普通のバンド」もみんなそうだよね。だからヴィジュアル系のライブでもそうだけれど、宗教とかにおいても、それが繁盛するのは、どんな商売でも同じで、客というか人々が欲しいもの(ニーズ)を提供するからですよ。みんなね、ちゃんと気持ちよくなってるんだよ。それでみんな満足しているのなら、別にそれでいいと思うし。


でも、それと信仰とは、また別の話だと思う。

それに信仰っていうのは、別に善意の集まりのことじゃない。

善意で集まっているだけなら、別にキリスト教じゃなくったって構わない。
普通の慈善団体とかで構わないわけだ。

じゃあ、そういう中とか、ひとつの場所、ひとつの時間、ひとつの場面があって、キリスト者なら、どういう行動を取るのか。
Christ Follower、キリストを知る者、だからこそ、やれること、取れる行動、言える言葉があって、
それを為すことこそが、キリスト者というか、クリスチャンの存在価値なんだと、思う。


だからまるでガンダムのニュータイプって何なのか、っていう話と似たような。
(ボトムズ派ですけどね、いつも言ってるように、私。ガンダムだと初代ガンダムとか全然興味なくて、「ジュドー・アーシタ派」だし。)

君はコスモを感じるか。
(それはセイントセイヤだっけ・・・)

No(4970)


■…2017年12月 3日 (Sun).......今回はブログにも日本語で書いたのです、の記録
日本発クリスチャンヘヴィメタルバンド、Imari Tones (伊万里音色)、
日本の歴史をテーマに、独特のキリスト教的な視点から描き出し、ヘヴィメタルサウンドで奏でたコンセプトアルバム "Jesus Wind"。

おかげさまでご好評をいただいています。

ささやかながら、海外でも80年代系のヘヴィメタル専門サイトとして名高いSleaze Roxxにも取り上げていただいております。
こちら


IndieGoGoでのクラウドファンディングを成功させて、ファンの皆様のご協力により制作することができました、この"Jesus Wind"のCD。
コンセプトアルバムということもあり、いまどきのインディーバンドのアルバムとしては珍しく、12ページのブックレットに歌詞と楽曲の解説を載せまして(英語ですが)、気合いの入った渾身のパッケージになっております。

ぜひ日本国内のヘヴィメタルファンの皆様にも、手にとって見て、聴いて、そして体験していだたきたい。
過去のヘヴィメタルのレジェンドたちに敬意を表し、また日本人の誇り、日本に生きる信仰者(キリスト教の信仰者、ならびに、ヘヴィメタルの信仰者)として、魂を込めて制作した一世一代の「預言書」です。

ヘヴィメタルのサウンドの中に込めた、本当の意味での「神話」、「宗教」、そして「霊」。それらの上に、日本人として民族の魂を込めて、ひとつひとつのギターソロを、リフを、サウンドを、歌い上げ、奏でたつもりです。

我々イマリトーンズは、どちらかというと常に、ポップで幅の広いタイプのメタル、ハードロックを演奏してきましたが、今回の"Jesus Wind"に関しては、初めて本当の意味で、ストレートなヘヴィメタルに徹した内容になっています。
そして、その価値はあったと信じています。

そしてそのCDですが、現在以下の販売店にて入手可能です。

disk UNION
こちら

S.A.MUSIC
こちら

Calling Records Store
こちら


また海外にお住まいのファンの皆様には、以下から入手が可能です。

CDbaby (アメリカからの発送です)
こちら

Bandcamp (日本からの発送になります)
こちら


ぜひ、この日本のヘヴィメタル史上、画期的とも言えるアルバムをお手にとっていただき、「キリストの風」を体験してください。


3.Dec.2017
Tak Nakamine / Imari Tones

No(4969)


■…2017年12月 2日 (Sat).......新しい技が決まったのひさしぶりだったんで
うーん、地味に[クリーンな]フロントサイド360(ヒッピーって言う?)が初めて決まった。笑。普通に180やろうとして前足きちんと引き付けて滞空時間長くしただけだったが。まあいつも180は「回り過ぎ」だったし。。






どっちにせよ、あまりスケートの練習できる機会ないんですが、
ちょっとずつでも進歩していて良かった。
まだ老け込まなくていいようです。

No(4968)


■…2017年12月 1日 (Fri).......これがその、伝説のコンプレッサー
もう使ってるMacBookのバージョンも古いし、
使えるプラグインないし、
今年はBlack Fridayだというに、安売りプラグイン買わないなぁ、なんて思っていたんだけど、
そのタイミングでちょうどネットやってる時間ない時だったんで、
音楽仲間におすすめポストのタイミング逃しちゃった。

でも、今みたら、Bozのところは、あと一日だけやってるみたいだから、安売りセール、間に合わなくても書いてみよう。

9月のバーゲンの際にうっかりのってしまった時に、入手したPlus 10db Bundleっていう、チャンネルストリップっていうか、EQとコンプのセット。
こちら

もうブラックフライデー終わっちゃったけど、人にすすめるんなら、僕はこのBoz Digital Labsの、Plus 10dBを全力で勧めます。

Boz Digital Labsは、なんか動画とかメッセージもふざけてるし、ジョークっぽいんだけれど、それも含めて、なんかわかってる人なんだろうな、という感じの、小規模なディベロッパーならではの、妙にニッチなニーズとか操作性、利便性のスキマを突いたプラグインが多いように思うけれど、このPlus 10dbのプラグインは本格派だと思う。

確か、ADR Compex Vocal Stressorっていうんだっけ。
それのモデリングらしいんだけれど、なんでも、Led Zeppelinのかの有名なLevee Breaksのドラムに使われた、という。
そんな伝説的な機材を、なぜこれまで、他の大手ディベロッパーはモデリングしてこなかったんだ、というのは、Bozのウェブサイトにも書いてあった。ほとんど犯罪的、という。

で、EQとコンプをセットで使うのが王道だとは思うんだけれど、どっちか一方だけ、っていうんなら、コンプの方をおすすめする。EQもユニークな音色と操作性だけど、代わりが無いってわけじゃない。でも、このコンプレッサーは、他に代わりが無いような気がする!!!

前も書いたけれど、まさにそのZeppelinのボーナムのドラムの音、つーんじゃないけれど、唐揚げをからっと揚げるように、からっとさくっと、明瞭に硬めの音に仕上がる。何この感じ。他にこんなの無い、みたいな。そう、これこれ、みたいな感じがはんぱない。

で、実際に使ってみて、ドラムはもちろん良いんだけれど、それ以上にヴォーカルに使った時が素晴らしい。
おかげで、「鍋島デモ」(公開版オープンデモ)のヴォーカルは、8割くらいこのコンプで処理したような気がする。たかだか「デモ」だし、さっくりと手早く歌って録音しちゃった、そのラフなテイクだったけど、この「10dB」のコンプにずいぶんと助けてもらったように思う。

今まで、自分のヴォーカルつーか声に合うコンプは、
それこそ昔のシステムで言ったら、その昔WindowsでCubase走らせてた頃には、フリーで拾ってきた"Blue Comperssor"だか、そんな名前の、安っぽいコンプがなぜか自分の声にぴったり来た。ああ思い出した、Blue Line Compressor、だったっけ? デジタルの安っぽい音だったけど、やわらかい音で僕の声には良く合った。もっとも当時は、リードヴォーカルをダブルトラックにすることが多かったから、そののっぺりした音が、かえって良かったのかもしれないが。

Mac上でLocigProを走らせるようになってからは、Logicの標準搭載のコンプが非常に優秀なので、(いまだにバージョン9ですが)、その中でも「FET2」のプリセットが、いちばん僕の声によくあった。太くて、なおかつやわらかくて、パワー感もあって、下手なのもごまかせて(笑)

他には、Plugin Allianceさんのところの、bx_optのコンプ、僕はこれは、廉価版のbx_opt_pedalっていうのしか持ってないんだけれど、これもヴォーカルにはすごく良い。音がすごくふくらんで、太くなるし、やっぱりこれもやわらかい。手に入れて一年ほどだし、まだ公開した音源にはあまり使ってないけれど、YouTubeに上がってる石川ヨナさんとのコラボのラップの曲("Revive The Nation")、あれのヨナさんのヴォーカルの太さと声のハリは、(本人の歌の上手さはもちろん)、このコンプの効果によるもの、って言えば威力がわかってもらえるかもしれない。

オプトコンプって言えば、また最近ふたたび使い始めた、ハードウェアの安いやつだけど、JoeMeekの3Qに搭載されている光学式コンプレッサーが、もうこれ無しではヴォーカルの録音したくない、ってくらい手放せなくなってしまったのも記憶に新しいところでして。

で、それらを遍歴、併用しつつも、はっきり言って、このbozさんところの「Plus 10dB」のコンプレッサー、今まで使って来た中で、自分のヴォーカル用のコンプレッサーとしては、もしかすると一番良いかもしれない。

声って人によって違うし、マイクもそうだけど、相性が激しいから、一概に言えないんだけれど、これほど「買ってよかった」と思ったプラグイン、道具、は、なかなか無い。

EQも、これも音の傾向はアナログっぽいかかり方だけど、こっちは音はちょっと硬め。でも、やっぱりヴォーカルの処理にはとても効果的。ローカットとかついてないから、これいっこで全部ってわけにはいかないけど、声のキャラ作りは、相当出来る。

なんでもできるVersatileなコンプ、ってわけじゃなくて、「この音しか出ない」って感じだけれど、方向性が合うのであれば、めっちゃ強い味方だと思う。

感謝とともにおすすめしたい。
そしてきっと、おそらくはロバート・プラントのヴォーカルにも、これがかかっていたに違いない。

(ああ、でも、そういう、古いハードロック、みたいな音だから、現代の音楽シーンには合わないことも多いのかも。。。。)

No(4967)


■…2017年12月 1日 (Fri).......The Travelling Band 英国よりアメリカーナぽいインディ
さきほどの生存報告の投稿だったんですが、嫁さんがタグ付けしてくれてた最近のポストほどにもLikeが付かず(笑) 忘れられてる感満載です。

しかしまたどうでもいい内容を書いてしまおうと思います。

あんまり新しい音楽をチェックすることが十分にできないんですが、
それでも今年聴いていたバンドとか。

不思議ですね、とある方からメールもらってそこに書いてあったから気付いて笑ったんですが、
僕は音楽を聴くのが大好きで、いつもいろいろな音楽を聴いていたいのに、自分の音楽を作っている作業をしている時には、音楽を聴けないんですよ。音楽を聴きながら仕事、みたいなことが出来ない。笑っちゃうくらい皮肉なことだと思います。でも、きっとどうでもいいですね。

たとえば、今年は、事件を起こしてぽしゃってしまった「クィアー・パンク・デュオ」PWR BTTMには本当に夢中になっていたし、色々あって2000年代半ば以降のIncubusに今更はまってみたり。もちろん色々なものを聴き返していましたが、最近リリースされたVandenberg's Moonkingsのセカンドアルバムも、思った以上に良い出来で、古典的な教科書どおりのハードロックですが、ちょっと嬉しかったり。あとは、ちょっとはそれっぽいのも聴かなきゃ、と思って、Foster The Peopleの新しいのとかは、結構聴いていたよ。あとは、道ばたで拾ってきた古いソウルのアルバムを、ちょっと聴いていたりするかなあ。あんまり通ってこなかったからね、すごいなあ、70年代のソウルミュージックって。

そんで、YouTubeのおすすめインディとかで出てくるやつをたまにクリックしてはいるんですが、なかなかこれってのには巡り会わない。
でも、最近なんだかはまっているのが、このThe Travelling Bandっていうイギリスはマンチェスターのインディ??バンド。まぁでも、規模小さいからインディなんだろうなあ。

確か、Plugin Allianceでbx_saturatorかなんかのデモ動画の中に出て来た曲で、それで知ったんだと思う。そのプラグインも、クーポンでタダでもらってしまったけれども。使い方が下手なんだろうけれども、期待していたわりには、僕の環境や音楽性だと、思ったより使えないかも。。。なんか、倍音つけて立たせよう、みたいな時も、じゃあWave ArtsのTube Saturator(2)でいいや、みたいになってしまうことが多くて。

話それましたが、このThe Travelling Band、なんていうべたべたでジェネリックなバンド名。もうちょっと、ましなバンド名にしたらいいのに。人のこと言えませんけどね。でも、少なくとも、うちは、検索しても、他の何かとかぶることはあんましないじゃない。まるで「生姜焼定食」くらいジェネリックな名前だよ。

音楽的には、2010年代になってからわりと流行っていたところの、フォークつーのかアメリカーナの要素が入ったインディもの、っていうのか。でも、それほどわざとらしくバンジョーとか弾いてる感じの音楽性じゃない。

別にそれほど、新しいことやってる、ってわけではないんだけれど、純粋に質が高い。そして、インディバンドとしてなんだか正しい音の選び方をしているように思う。

あとは、メンバーの中にレコーディングエンジニアがいるような、ことがどこかに書いてあったような、なんだけど、そのせいか、録音の音質が、とても良い。良ければいいってわけじゃないんだけど、現代的な今の時代ならではの録音で、またそれが音楽性の方向に合っていると思う。

イギリスのマンチェスターのバンドながら、USインディへのラブを前面に押し出している、みたいにウェブサイトのプロフィールにも書いてあるんだけれど、なんか、アメリカのバンドとか音楽シーンも、最近いろいろと、難しいんだろうから、かえってアメリカっぽいバンドが、違う国から出てくる、という。それが今の現実なのかな。

かえって、アメリカ人がやってるUSインディとかアメリカーナじゃなくて、イギリス人がUSインディに憧れてやってるやつだから、その方が、かえってその「魅力」みたいなのがよく表れていたりして。

その文脈だと、まぁ日本人の僕らとしては、日本人の良さを伝える音楽を作れって感じですね。世界に向けて。今や、日本に憧れている若者は世界中にいるんだから。桜舞い散る中、セーラー服着た女の子がいて、自転車で駆け抜けるような青春、他の場所には無いわけだからさ。そんなアニメみたいな設定。ねえよと言ってやりたいが、実際あるし、俺だってあったしね。嫁さんとは若い頃に出会ったわけだから。


で、このThe Travelling Band。
そんな外から見たアメリカーナ、USインディ的な魅力にあふれていて、僕なんかは、ちょうど今こういうのが聴きたかった、という感じなんですが。

FacebookのLike数とかはそれなりにあるけれど、YouTubeの数字とか少ないし、明らかに、あんまし知名度ない。
こんな素晴らしい音楽なのに、という、クオリティと知名度のギャップを、ひさびさに痛切に感じる。
でも、そんな「obscure」なバンドを見つけた、という喜びは逆に大きかったりする(笑)

あとは、ここ2年くらいで始めたばかりのバンドじゃない、というか、意外とベテランっぽいので、その歳を重ねたインディバンドの悲哀つーか哀愁、みたいなのも、そこはかとなく感じられて、それがまた良い(笑笑)


さしあたって、これね。
こちら

スタジオライヴで、これだけ音がいい、っていうのは、かなり反則な気がする。
いいなあ。

これでとりあえず、あと一年は、飢えずに生きていけそうな気がします。

そうね、無名の、というか、無名でもいいから、最先端の、いちばん先の音を鳴らしている、そういうやつら、ほんとにもっと出会いたいし。
でも、本当に新しいこと、本当にオリジナリティのあるもの、をやってる、なんていうのには、あんまし出会わない。

僕にとっては、それこそブッチャーズと、プラスマイナスの「二大巨頭」がいて、そこから後、「もっと先」を行ってるやつらには、出会っていない、というのが本音。

ちょっと良い感じのオサレ最先端インディも、そうね、自分の狭い見識の中では、Freelance Whalesくらいが最後で、それだって、夢中ってほどじゃなかったけど、それ以降は、「悪くないよね」って感じで好きになってる感じ。
クリスチャンのバンドでも、良いのもいくつかいたんだけど、みんな、すぐに解散していなくなっちゃう(涙)。

もちろん、PWR BTTMを聴いて泣いたし、
このThe Travelling Bandだって泣ける。

でも、もっと世界がひっくりかえるくらいの、そんなバンドに、出会いたい。

わかってるよ、XTCをもっとさかのぼって聴けばいいってことくらい(笑)

No(4966)


■…2017年12月 1日 (Fri).......12月になっちっつ
なんか一週間ばかしフェイスブックはおろかネットぜんぜん出来なかったんですが、
なんか見てたらBrinsonが、また最近こういうの流行ってんのか、白黒の写真チャレンジなんたら書いてきたんで、せめて一枚だけでも付き合うことにします。Brinson氏はいつかどっかのペンシルバニアの音楽カンファレンスみたいので知り合った、結構がんばってるクリスチャンラッパーの人です。俺もアルバム2枚くらい持ってます。

とりま、「Overture」のドラム録音は完了し、編集もほぼ終わり、結果的に今まででいちばんかっこいいドラムの音になっています。明日またバンドのリハですが、来年の「いろいろ」に向けていくのと、ベース録音が、12月のはやいうちにぱぱっと終わるといいなあ、って。

「鍋島デモ」というか、人に公開してもいい「オープンデモ」の形でヴォーカルトラックを歌ったやつ、その後、ギタートラックのアンプシミュレーターの差し替え、ドラムの打ち込み音源の差し替え、ひととおりの簡易ミックス(あくまでデモなので永遠に簡易ミックスです)までやって、ひととおり確認できたらファイル書き出しちゃおうという段。

そんで、クラウドファンディングの最後の宿題とも言える、ファミコンドージョーさんへの(3度目の)テーマソングを完成させること、ですが。キーボードつうのかシンセのパートを打ち込みまして、正式版のギターおよびベーストラックを録りまして、あとは来週、ヴォーカルトラックを録れば完了かな、みたいな。1曲だけだからミックスもすぐできるだろうし。

などなど、考えていたら、自分はネットであっても出不精ですので、まったく何も返答とかできず。しかしバンドページの投稿は嫁さんがやっていてくれました。どうもありがとう。おかげさまで渾身のコンセプトアルバム「Jesus Wind」もいくつかのサイトとか取り上げてもらったり、ディスクユニオンさんにも置いてもらえました。

なので、義理でも記念でもいいんで、ディスクユニオンさんから買っていただけたら嬉しいですーーー!!
こちら。
こちら

あとはこのBrinsonのチャレンジで適当に撮った白黒写真で、持ってるのは2月10日の西横浜El Puenteのライヴのチラシです。これもちゃんと、告知宣伝をしなければいけないですー。

また、この一週間でも色々と神さんからの啓示revelationがあり、今これから節目でもありこれからの人生に向けて「立志」をちゃんとしないといけないと思っている次第。

そんで、やっとまたバイトを始められるんで(貧乏くさくてすんません)、来週面接が入る予定なんですが、連絡待ちですわー、ああもどかしい(笑)

また色々、瞑想の上で書かせていただきます。
以上感謝サンキュージーザスぅぅ!!

No(4965)



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