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■…2017年12月16日 (Sat).......鍋島デモ 作者によるメモ書き
鍋島デモ メモ書き


Nabeshima Demo Vol.1
1. Passion
2. Atomic Jam
3. Lord’s Prayer
4. Sakura Day
5. 123,4&5
6. Sakura Night
7. Extravaganza
8. Chanbara
9. Yamagoya3
10. Jidai
11. Bloodthirsty
12. Anthem


Nabeshima Demo Vol.2
1. Haritsuke Shounenn (磔少年)
2. Sonic Soldiers
3. The Garden
4. Who Are You
5. Sengoku Kirishitan (戦国キリシタン)
6. Screaming Sin
7. Matsuo
8. Senzai Ichiguu (千載一遇)
9. Redemption
10. Tsukuru
11. Not of This World
12. Utage (宴)


All songs written by Tak Nakamine
All Rights Reserved




「鍋島デモ」について

私、Imari Tonesナカミネタカヒロは、2017年12月、「鍋島デモ」と呼ぶところの一連の作品を完成させました。

まず「鍋島」についてですが、私がこの「鍋島」の楽曲を、音楽の部分の骨組みを作り終えた、ソングライティングのプロセスとして書いたのは、2014年から2015年にかけてです。しかし、一部の楽曲は2016年に書いたものも含まれます。

そこから、2016年の8月に、それらの楽曲を、ヴォーカルの入っていない、楽器だけの「デモ」として録音しました。
そして、その後、2016年の9月に、だいたいすべての歌詞を書き終えました。
そして、2017年の1月に、楽器だけの状態のデモの上に、アパートの狭い部屋で小さな声で歌った「仮歌」を録音し、「仮歌デモ」としました。

そして、2017年11月に、今度はアパートの部屋ではなくて、スタジオできちんとマイクを立てて、もうちょっとましなヴォーカルトラック(デモ歌、と呼んでいます)を録音しました。
そしてその上で、なるべく人に聴かせても支障がないように音を整えた状態にしたのが、今ここにある「鍋島デモ」です。
実際のところ、「鍋島デモ」という呼称は、最初の楽器のみのデモの時から使っていた呼び方だったので、自分の中では、区別するために、人に聴かせてもいい、外部に公表してもいいもの、という意味で、「鍋島オープンデモ」と言う呼び方をしていますが、しかし面倒くさいので、「鍋島デモ」と呼んでしまうことにします。

まずは、なぜ、本来「デモ」であるはずの音源を、わざわざ、外部に公表できるものとして、形にしようと思ったのか、そこの説明をしたいと思います。

というか、それよりも前に、まず、そもそも「鍋島」とは何ぞや、ということを書きます。
一般的には、歴史的な事実としては、鍋島、とは、九州は佐賀県の地名であると思います。
知ってのとおり、僕たちは、実際のところ、個人的にはそれほど九州や佐賀県に縁があるわけではないのですが、見てのとおり、僕たちのバンド「伊万里音色」は、伊万里という地名をバンド名に取り入れています。地名というか、焼き物ですよね。陶磁器。伊万里焼のことです。

もともとそれは、もちろん、多くの親しい友人は知っているとおり、それはうちの嫁さんの名前をバンド名に使わせてもらったことに理由がありますが、そこにはもちろん、もともとバンド名を考えるのであれば何か和風っぽい名前が良かった、とか、意味ありげな名前ではなくて、むしろ偶然によって決まるもので、できれば「固有名詞」が良かった、とか、理由があり、そこにたまたま、うちの嫁さんが素敵な名前を持っていたので、いつのまにかこれしかない、という感じになっていました。
そして、伊万里焼というのは、日本の美術、芸術であり、それが西欧、ヨーロッパに輸出されて人気を博していた、という歴史的事実からしても、日本のロックをインターナショナルな土俵で鳴らしたい、という、自分が内在的に持っていた志と合致するものでした。

ともあれ、過去にうちの嫁さんに連れられて、伊万里焼の展覧会とか美術館とかに何度か足を運ぶ中で、私はこの「鍋島」というものに出会いました。「鍋島焼」と呼ばれるものだと思います。僕も恥ずかしながら詳しくはないのですが、この「鍋島焼」というものは、伊万里焼の中でも、後期にあたるもので、鍋島藩で作られた最高品質の芸術的な陶磁器だそうです。僕は正直なところ、いわゆる「柿右衛門様式」のような派手な伊万里焼よりも、この「鍋島焼」の方に目を奪われました。一見、地味で、シンプルとも思えるデザインになっているものも多いのですが、僕が受けた印象では、それは簡素ながらも重厚で、何と言うんでしょうか、多次元的な視点というか、多次元的な表現というか、大袈裟かもしれませんが、時間と空間を越えた視点からのデザイン、そして、幾何学的、数学的とも思えるシンプルさと複雑さを併せ持ったものに思えました。宇宙的な芸術、とでも言いましょうか。
そして僕は、何百年も前の江戸時代の日本人が、このようなデザインを作り出していたことに、結構な衝撃を覚えました。
今でも、機会のある際に伊万里焼を展示している美術館などに出かけると、この「鍋島」は、新たな発見とともに、やはり僕を魅了します。

そして、たぶん僕がその「鍋島」というものを初めて見たのは、まだ僕がこのイマリトーンズという名前の音楽を作り始める前か、作り始めてすぐの頃だったかと思います、それはまだ、バンドの形になる前のことだったと思いますが、その時、僕は心に決めたのですね。いつか、こんな音楽を作ろう、と。そして、仮にも「伊万里」という名前の付いた音楽をやる以上は、もし「究極」というものを見つけることが出来たのなら、それに「鍋島」という名前を付けよう、と決心したのです。たぶんそれは、1998年とか、1999年とか、それくらいの事だったと思いますよ。もう少し前かもしれないし、もう少し後かもしれない。

ですから、かっこいい言い方をすれば、「伊万里」と名の付いたバンドをやっている以上、いつかは「鍋島」という作品を作ることは、宿題であり、また運命であった、と言えるでしょう。

時間を進めて、Imari Tonesは、確かに、小規模なインディーながらも、少しは国際的に音楽を発信できるバンドになりましたし、そして何より重要なことに、「クリスチャンロック」「クリスチャンヘヴィメタル」のバンドになりました。
そして、自分なりのハードロック、ヘヴィメタル、そして信仰をテーマにしたロックを追求する中で、またアメリカでツアーしたり、海外のバンドと一緒に演奏したりする中で、日本人としてのアイデンティティを知らず知らずに意識するようになっていったのは、ごくごく自然なことだったと思います。

たとえば、その結果として、日本の歴史をテーマにしたコンセプトアルバムである”Jesus Wind”を作り上げることにもつながりました。
そして、”Jesus Wind”の楽曲を書き終えた後、その「追求」はそこで止まることなく、さらに深化していきました。

そして、2014年の後半くらいからでしょうか。「あ、なんか、これは、見つけたかも」と思ったのは。
自分の中から出てくる音楽が、「その領域」に近づいているのを感じたんですね。
で、実際に、この「鍋島デモ」に入っている楽曲の多くを書いたのは、2014年から2015年にかけてなんですが、それらの楽曲を書いていく中で、「ついに、俺は自分の【鍋島】を見つけた」と確信しました。

そして、それは自分の中で、大きな影響となって、自分自身の意識を変えていきました。
「鍋島」の楽曲たちは、自分にとっては、到達点でもあり、新たな発見であり、また原点回帰でもあります。原点回帰というのは、少年時代に自分の中で鳴っていた「その場所」への回帰です。僕が10代の頃に書いた楽曲というのは、実際のところ、その後たくさん録音して形にしたり、今でも演奏している曲もいくつもありますが、その頃に見ていた「景色」に戻ってきた、という感じです。個人的なことですが、僕とうちの嫁さんは10代の高校時代に出会って、それがその後の人生を変えてしまいましたが、その頃に見ていた心の景色に戻ってきたという感じでしょうか。一周して、戻ってきた、というような。

その「確信」は、インストゥルメンタルのデモを形にして、また、歌詞を書いて、そして仮歌をのっけてみても、消えることはなく、むしろより大きな確信と発見につながっていきました。

そして、僕は自分の中で、自分の作る音楽の、これが到達地点であることを確信しています。つまり、わかりやすく言えば、「もうこれ以上は作れない」「もうこれ以上は書けない」というのが本音です。それが嘘でないことは、「鍋島」の楽曲を書き終えた2015年夏以降、僕はほとんど曲を書けていないという事実からも証明できると思います。
いや、もちろん実際は、曲は書いているのですが、しかし、あれ以降、自分の中から出てくる曲は、イマリトーンズのハードロックではなくて、もっと別の何か、たとえば、もっとおだやかなアコースティックの楽曲とか、ソロアルバム的なギターインストとか、になっているのです。


さて、「鍋島」の楽曲を書き終え、そして「デモ」の形にした2016年8月の段階で、僕は「これからどうしたものか」と思案していました。
それは、書き上げた「鍋島」の楽曲たちを、いったいどうすればいいのか、どのように向き合っていけばいいのか、わからなかったからです。バンドは、ちょうど”Jesus Wind”のレコーディングを終えたばかりの時期です。そして、その「鍋島デモ」およびその他のデモ(その他にもあったわけです、もっと楽曲のデモが)をバンドメンバーであるHassyとJakeに聴かせて、「さて、どうしようか」と、会議をしたわけです。

そして、その時点から、僕は、「果たして、この鍋島を鳴らすことが出来るのか」という問いかけをしていきました。それはつまり、今のこのイマリトーンズで、鍋島の楽曲をちゃんと演奏して形にできるのか、という意味です。そして、それは、非常に酷なことではありますが、演奏技術、センス、才能、意欲、それらすべての面において、という意味です。そして、本当に酷なことを言ってしまえば、率直に言って純粋に技術的に、ということです。

HassyもJakeも、決して世界一上手いプレイヤーというわけではない。むしろ、第一線でがんばっているバンドマン、プレイヤーの中では、技術的には劣っている方であると思います。しかし、僕たちはそういった技術とか、バンドとしての目先の成功よりも、チームワーク、キャラクター、そして人間性を重視してきました。そしてそれは、人間はそれぞれの長所、良い部分を伸ばしていけば、足りないものがあったとしても、それをカバーして大きなことを成し遂げることが出来る、と信じたからです。

そして実際に、約10年間活動を共にしてきた[Tone - Hassy -Jake]のスリーピースは、非常に素晴らしいチームでした。アンサンブルやサウンドの相性は良かったと思います。それぞれに、もちろん自分も含め、個々のプレイヤーとしては足りないものはたくさんありますが、それを上回って、チームワークや個々のキャラクターが生きていたと思います。だから、バンドの3人は現在も、ぜんぜん仲良くやっているんですね。あと数ヶ月で、このメンバーでの活動は終わりだ、とわかっている状態でも、リハスタに入れば、和気あいあいと練習して、練習の後もずっとだべってるわけですよ。放課後のクラスメイトみたいにして。

そして、この3人で、アメリカを4回ツアーして、日本でやるXTJ(The Extreme Tour Japan)で海外バンドと一緒に回ることを4回やって、何枚ものアルバムを作って、そして、3人で作るヘヴィメタルの到達点として、自信作である”Jesus Wind”を作り上げたわけです。

そして、”Jesus Wind”は純然たるヘヴィメタルアルバムであることからもわかるように、[Tone - Hassy -Jake]の今のイマリトーンズのメンバーは、ヘヴィメタルを作ることには底力がありました。けれども、「鍋島」は、それ以上です。ヘヴィメタル以上のものが求められます。

だから、ここへきてついに、本当に残念だけれども、今のメンバーの力量では、どうにもならないところまで来てしまったのです。僕が作り出す音楽が、僕の中から出て来た「鍋島」が、今のメンバーの力量をはるかに越えたところにあった、ということなんですね。そしてそれは、がんばって練習すれば出来るようになる、とか、何年か修行すれば習得できる、というレベルのものではなくて、もっと根本的なところで、届かないものである、ということなのです。

実際、この「鍋島」の事だけでなく、他にも色々な理由で、僕はきっちり2年間は、どうするか悩みました。つまり、今のこの[Tone - Hassy - Jake]の3人で、なんとかやっていけないものか。それとも、やはり一度ここで区切りを付けて、新たな形を探す方が良いのか。ずっと悩んできました。そして、たぶん今もまだ悩んでいます。

けれども、僕にとって、そしてこのイマリトーンズという航海において、いちばん重要視されるもの、それは音楽です。音楽を作り出すことです。
だから、すべては音楽が決めるんです。人が決めるんじゃないんです。
だから、そこに鳴らさなくてはいけない音楽がある以上、僕は進まなくてはいけない。

残念ながら、今のイマリトーンズでは、「鍋島」には届かない。
だから、3人で到達し作り上げた”Jesus Wind”を誇りに。
そして、最後に、もう一度だけ、イマリトーンズとしては久しぶりの日本語のアルバムを、「Overture」と名付けたアルバムを、3人で作ろう、そう決めたのです。
そう決めて、「Jesus Wind」「鍋島デモ」の後、2017年のイマリトーンズは、リハーサルに明け暮れてきました。

ぶっちゃけたところ、”Overture”は、「鍋島」からの「ボツ曲」の寄せ集めと言っていい作品です。
それに、日本語の歌詞を乗せた感じです。

それらの楽曲は、「鍋島」と同時期に書かれたけれども、「鍋島」の選曲に漏れたものや、
あるいは、「鍋島」を書いた後に、2016年になってから書いた楽曲もかなり含まれていますが、それはいわば、僕の言葉で言えば「鍋島の出涸らし」といったものです。

しかしたとえ「出涸らし」であっても、「鍋島」のエキスが入っている作品であることも確かです。
そして、何より、日本語で書いた歌詞が、それ以上の意味合いを持っています。

たとえば、興味深いことに、「Overture」に収録される予定の楽曲は、「鍋島」の楽曲と対になっているものがいくつかあります。兄弟曲、みたいな。鍋島に収録されなかったボツ曲、みたいに書くと印象が良く無いですが、たとえば”Overture”は、”Lord’s Prayer”と対になっていますし、”Forgiven”は”Not of This World”の兄弟曲です。”Born Again”は”Sonic Soldiers”とやはり対になっている位置づけの曲です。”Mistake”は”Bloodthirsty”とリフがだいたい同じですし。どっちが良い曲か、は、聴く人によって意見が分かれそうです。

音楽的には「ヘヴィメタル」の枠からかなりはみ出して、どちらかといえば一般的なJ-Rockや、オルタナティヴ、インディロックなどの色合いの強い「Overture」は、HassyとJakeに課した「テスト」でもありました。つまり、この「Overture」をやりこなすことが出来るのであれば、「鍋島」をやれる可能性があるかもしれない。また逆に、この「Overture」をきちんと演奏することが出来ないのであれば、「鍋島」は到底やれるはずがない。そういう意味合いのテストです。そしてきっちり一年間リハーサルをしてきた、そのテストの結果は、それは、ここに書く必要はないでしょう。それはスタジオの中でアンサンブルを合わせてきた3人が、自ずとわかっていることです。しかし、それでも、僕たち3人は、最低限、可能な限りのクオリティで、きっちりと「Overture」を作り上げるつもりです。それだけの力量はあるメンバーだからです。


さて、話がずいぶんと遠回りをしたかもしれません。
以上、ここまでお話しした、現在のバンドの状況、そして、これから進んでいかなくてはならない「鍋島」への道を踏まえて。

僕が、この時点で、この「鍋島デモ」を、バンドの内部資料というだけでなく、外部に公表、発表しても差し支えのない内容に、なるべくきちんとした形にまとめたのは、
それは、自信が無いからです。

つまり、これから、これまで10年やってきた[Tone - Hassy - Jake]の形を捨てて、新たな場所で、新たな形で、より強力な、より本当の意味で「神の愛」と「ヘヴィメタルの真実」を伝えることが出来る、本当の意味での音楽ミニストリーとしてのImari Tones。

その場所に辿り着き、本来あるべき形で、しかるべき形で、「鍋島」を演奏し、そして録音制作をする。

そこまで、果たして辿り着けるかどうか、やる気はあっても、確証は無いからです。

何年かかるかも、わからない。
この「鍋島デモ」を聴いていただけば、たぶんわかると思いますが、「鍋島」は、それほどまでに遠い、果てしない目標です。

だから、そこまで、ちゃんと生きて辿り着けるか、わからない。
そして何より、人間、明日のことはわからない。
神からのメッセージを託されているのであれば、何年先かもわからない完全よりは、不完全であっても、今、今日、この時に、メッセージを伝えたい。

そう思ったからこそ、僕はここで、たとえ不完全な「デモ」の形であっても、この「鍋島」をいったん形にする必要がありました。

“Overture”については、まだ今現在、録音作業の途中ですので、完成の順番としては、若干前後しますが、
もし、たとえば明日とか明後日とかに、僕が何かの拍子に死んでしまったとしたら、この「鍋島デモ」が遺作になります。

死んでしまっても、ちゃんと遺作として残るように。
また、残りの人生でちゃんと「鍋島」を鳴らすところまで辿り着けなかったとしても、最低限、出来る形では伝わるように。
そのために、これからの出発にあたって、後悔なく踏み出せるように、この「鍋島デモ」を作りました。

ですから、この音源は、今すぐに発表するものではありません。
願わくば、発表せずに済むことを願っています。

イマリトーンズが、スムーズに次の形を見つけて、早い時期にちゃんとバンドで「鍋島」を鳴らし、制作することが出来れば。
そしたらこの「デモ」はめでたくお蔵入りになります。

ですので、この「鍋島デモ」は、今、この時点では、「何かあった時のため」、また、「僕の船出を理解してもらうため」に、信頼できる少数の人だけに、託そうかと考えています。


さて、技術的なことです。
この作品は、「鍋島」という究極の到達地点ではありますが、あくまで「デモ」という形です。不完全なものです。

たとえば、ヴォーカルトラックの録音は、非常に手早く、時間をかけずに行ってしまいました。
それは、貧乏バンドマンの生活の中で、20曲以上ものヴォーカルの録音に、たくさんの時間を使うことは出来なかったからです。だから、難しい曲であっても、2テイクだけ歌って終わり、とか、そういうのが結構あります。だから、残念ながらヴォーカルは完璧ではない。

また、「鍋島」の歌唱としても表現としてもハードルの高い楽曲に対して、ぜんぜん歌う練習が出来ていない、つまり、僕がこれらの楽曲を歌うのは、「仮歌」をアパートの部屋で小さな声で歌ったのが最初で、今回の録音が二回目、ちゃんとした音量で歌ったのはぶっちゃけ初めてだったわけです。だから、表現の面でも、試行錯誤する時間すらもなかったし、歌い込むということが出来てません。メロディをなぞるだけでも精一杯だったというのが本当のところです。自分のヴォーカルの技術的な限界も露呈していると思います。

また、いくつかの箇所には、その2017年1月に録音した、狭いアパートの部屋でダイナミックマイク握りしめてささやき声で歌った「仮歌」をそのまま使っている箇所があります。ですので、それらの箇所に関しては、音質的に劣る箇所があると思います。

また、時間的な制約もあり、ヴォーカルトラックに対して、コーラスというのか、ハーモニーのパートは基本的に一切歌っていません。なので、本来であればハモリのパートが欲しいな、という箇所にも、ハモリを付けていないので、その意味でも録音作品としては不完全です。
ハーモニーを付けなかったのは、時間的に、また気力体力的に、無理だった、ということもありますが、ここでハーモニーまで付けてしまったら、あくまで「デモ」であるはずのこの音源を、間違った形で完成形に近付けてしまうような気がして、気が進みませんでした。


ギタートラックに関しては、2016年8月に、それなりに気合い入れて弾いたやつもありますが、それよりも前に、最初に曲を書いた段階で、かなりテキトーに雑に弾いてしまったやつも結構あります。あるのよ、曲を作る時って、アイディアの記録が最優先だから、まだ何もないのにクリック聴きながら適当にギターソロまで弾いちゃう、みたいなことが。また、その際にベリンガーのやっすいUSBインターフェイスを通して弾いていたりするので、その特有のノイズが乗っている曲も多いです。

ちなみにですが、”Utage” (宴)という曲に関しては、元々のデモがマルチトラックで残っていなかったので、2017年10月にギターもベースも録り直しています。これはどういうことかというと、この曲はもともと”Revive The World”の時のボツ曲なんですね。言われてみるとリフが”Unlimit”に似てるし。だから2012年に書いた曲だと思うんだけれど、久しぶりに過去のデモをチェックしたら良かったので「鍋島」のラストトラックにぴったりだったので採用したんだけれど、古いデモだから、ミックスのデータが残ってなくて、だから今回あらためて弾き直しました。

ついでにもうひとつメモすると”Chanbara”のギターソロも、2016年8月に弾いたやつがあまりにもテキトーだったので、今回2017年11月に弾き直しました。もっとも、弾き直してもやっぱりテキトーだったけれど。

んで、ギタートラックですが、もともとはIK Multimedia Amplitube3で弾いたんですが、今回、「公開版オープンデモ」にするにあたって、brainworx社のアンプシミュレーターに差し替えてます。Amplitubeは、音はちょっと安っぽいんだけれど、簡単に狙った音になってくれるのよね。だからデモを作るにはばっちりなんだけれど、brainworxのシミュレーターの方が、本格的な厚みのある音なんだけれど、狙った音になかなかなってくれなくて、頑張ってみたけど、どうかな、ちゃんと伝わってくれるかなあ。まあ、ベストは尽くしたよ。で、実際にアンプを鳴らして収録した音ではなく、シミュレーターを使っているのは、あくまで「デモ」だからです。ご了承ください。
ドラムトラックに関しては、最初に曲を作る時にはLogicPro9に入ってるドラムの音を使って打ち込むんだけれど、今回「公開版」を作るにあたって、Native Instrument Studio Drummerの音源を使って、なるべく本格的なドラムの音になるように努力してみました。重いんだよね、このドラム音源、僕のパソコンだと、ちょっと。だから、滅多に使わないんだけれど。でも、やっと少しは使いこなせるようになってきた感じ、このドラム音源。習得遅いよ、って言いたくなるけれど。

そんなところかな。


聴いてもらえばわかると思うけれど、「鍋島」っていうのは要するに簡単に言っちゃえば、ちょっと和風のテイストの入ったハードロックです。
でも、和風のロックをやってる人たちはいっぱいいるけれども、僕はずっと「異能」というテーマを持って、そこに「異次元」を持ち込む意図でやっています。そしてもちろん、クリスチャンロックのテーマと、霊感をそこに込めることにこそ意義があります。

言っちゃえばね、作ってる最中はぜんぜん思わなかったけれど、こうしていったん完成形を作って聴いてみると、あ、出来てる、って思うのね。
何が出来ているかというと、「霊のレイヤー」における表現。
僕はこれを最初に意識して感じたのは遠藤周作さんの小説を読んでいる時だった。
遠藤周作さんの作品は、表面上語っている文字の上での物語と、その上で描かれている霊のレイヤーでの物語が、まったく違う立体的な構成になっていることがある。

そんな表現を、僕も音楽でやってみたい、って思っていたんだけれど、
ぜんぜん考えてもいなかったけれど、曲順もインスピレーションに従ったけれども、2枚の作品の構成を通じて、気が付けば自然に、「霊のレイヤー」上での物語を構築することが出来ている感覚がある。

だから、大口を叩くのであれば、この2枚を通じて、聖書の物語を、キリストという地球人類のみならず宇宙の特異点たる、たったひとつの主の物語を、俺もこうして、描き出すことが出来たと思う。遠藤周作さんがそうしたように。

とか言っても、他人からしてみれば、別にどうってことのない、よくある和風ロックだったり、月並みな作品だと思うかもしれない。特に霊のレイヤーを感じ取ることの出来ない人にとっては。
僕が、自分では、自分の音楽人生の究極の到達地点だと思っていても、人から見たら、そうは思わないかもしれない。

でも、それでも俺は構わない。
だって、「鍋島」は、神のためであるかもしれないが、同時に自分と、そして何よりうちの嫁さんのために、個人的に作り上げた音楽だから。

世界一になれるかどうかはわからない。
でも、僕が、自分がずっと求めてきたヘヴィメタルの「美」を、「鍋島」という霊感に満ちた表現に託した「異能の美」を、込めることが出来ていたのなら、それでひとまずは目標達成と言えるかなあ。

以上です。God bless you all.

In Christ (主にあって)
ナカミネタカヒロ / Imari Tones (伊万里音色)
16th December 2017

No(4975)


■…2017年12月15日 (Fri).......BBCのやつ
ようつべですが、2014年あたりの番組らしい、アラバマ州の有名なMuscle Shoalsのドキュメントをやっと最後まで見れて。
ロックの歴史はもちろんのこと、昔のソウルミュージックとか、サザンロックとか、色々と勉強になるのだけれど、そんで、音の鳴らし方とか、生き方とか、音楽作るってどういうことなのかとか、場所の持つエナジーとか、町おこし(??)とか、勉強になるんだけれど。もちろん、当時にあってもミュージシャンたちの間では人種とか全然関係なかったって事とか。白人も黒人も一緒になっていかしたグルーヴを作り上げてたらしい。そんな神にあって、音楽にあっての融和の中でサザンロックの至福のサウンドは生まれたのか。
最後にこの曲が流れてさ。
こちら
Bob Dylanの、クリスチャンアルバムの曲。
なんかぐっと来ちゃった。歌詞が響いて。
Keep pressing on to the higher calling of my Lord

No(4974)



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