サウス・バイ・サウスウエスト2007

south by southwest 2007

の日記。

ブログに書いたものをhtmlにまとめたものです。

 

 

 

SXSWレポート

2007年3月。

序。

 

 

 

SXSWに行ってきました。

 

アメリカはテキサス州、オースティン。

 

例によって旅行記録です。

 

ロック道楽もここに極まれり、といったところか。

 

赤裸々な旅行記録をそのまま。

 

また長くなりますがご容赦ください。

 

 

もちろん、Tak Yonemochi氏と一緒に、

バンドの売り込みに行ったのです。

 

SXSWに行くのかどうかということも、

果たして行くか行かないかってことから、

事前にずいぶんと議論がありましたし悩みました。

金銭的なリスクを負ってまで行く必要はないのではないかとか、

来年でいいんじゃないかとか。

 

実際に、今回はバンドでの参加は間に合わずcouldn't make itでできなかったので、

バンドでの演奏しないのに行く価値があるのかどうか、と。

 

 

米持プロデューサーが行けるかどうかも難しいところだったので、

場合によっては一人で行こうかとか、

他のバンドの子と行こうかとか、

そういった議論もありました。

 

 

実際に行ってみた結果としては、

イベントの質ということがあって、

米持さん的には、考えていたスーパーメジャーな営業としては、

おそらく10のうち2か3くらいしかできなかったんじゃないかと思います。

その意味では失敗といえる面も多々あると思います。

 

僕が考えていたような、

めっきりインディなつながりやてがかりをつかむことに関しては、

10のうち5か6くらいはできたと思います。

これがなぜ10にならなかったかは、いろいろ理由がありますが、

今回はこれがひとつの結果なので納得はしています。

 

しかしそれ以上に、

ロックンロールに対する、様々な答えを出すことに関しては、

10のうち12とか15とかを得ることが明らかに出来ました。

つまりは精神的なことであったり、

自分自身の正体を見極めることであったり、

世界のロックンロールや音楽や業界の流れをつかむことであったり、

そういうことですが、

つまりはめちゃくちゃ勉強になったということです。

 

 

やはり、帰りの飛行機の中で、ジンジャーちゃんに話したように、

ロックが生まれたアメリカ南部に、

また、世界中の業界人とバンドが集まるこのSXSWに行くことは、

まるでイスラム教徒がメッカにいくように、

あるいは昔の日本人にとってのお伊勢参りのように、

それっくらいの大事であったと自分にとっては思います。

 

 

ロックが自分を愛してくれるのか。

 

僕は、常日頃言っているように、

あまり恋というものをしない人間ですが、

そう思ってみると、

このロックンロールというものに、

およそ片思いかもしれないけれど、

やはりひたすら、恋をしているのだと知りました。

 

わがImariTonesは、そしてこの僕は、

知名度も実力も、まったく無いけれども、

それでも、この20代の、およそ野っぱらをさまよいまくってきた、

この期間。

ロックに愛されていたか、いなかったか、といえば、

間違いなく愛されていたのだと思います。

 

それは、状況が決してよくなくても、

ここまで、バンドがバンドとして生き延びて存続している事実だけをとってもそうだし、

 

活動の当初から。

無名ではあっても特別な道を歩いてくることができたこと。

 

ピンチには必ず助けが現れて救われてきたりであるとか、

そして音楽的な真実をほとんどまったく譲らずに歩いてくることができたこととか。

 

海外に出かけて世界的なプロデューサー氏に音源を作ってもらったことであったり、

こうしてSXSWに巡礼することができたことも。

 

そして、今までロックを通じて得ることが出来た、

他では得がたい幸福の数々。

今のところ、僕はロックはすべてを与えてくれた、と、

そんなふうに言うことがたぶんできます。

 

 

そして、その見果てぬ恋人に、

実際に直接、会いに行って。

 

普通、会えることなんて無いと思うんですよ。

多くの人々は、この見果てぬ恋人を、

遠くからあこがれて見守るだけであって。

 

この恋人に、実際に会ってきて、

話を聞くことができた、

彼女が何を考えているのか、

これからどうしようとしているのか、

それを、彼女の口から直接聞くことができた。

そして、彼女は、

愛している、愛してくれると言ってくれた。

これがメッカ巡礼でなくて何だと言うのですか(笑)

 

SXSWは、一年に一度、彼女に直接会うことができる、

世界でも数少ない機会です。

 

彼女は言っていましたよ。

独立しろと、

自由になれと、

そこがロックンロールの向かう先なのだと。

 

20世紀にロックが生まれて、

神様たちによってロックは育てられてきた。

そして、

これからは、

ロックは、人間は、独り立ちしなくてはいけないのだと。

その意味では、ヒーローはもう必要ないのだと。

ロックよ人類よ、独り立ちしろ、と、

彼女はそう言っていました。

 

そして、そこにどんな自由があるのかを、

僕は、今回初めて、実際にこの目で目の当たりにしました。

Neworld。

 

そして、彼女が愛してくれる、と言ったからには、

何をすればいいのか、

これからは、こころおきなく、

ただひたすらに、彼女を愛すればいいのだと思います。

ロックを愛していけばいいのだと思います。

 

そして、オーディエンスはその愛ゆえに支持をしてくれるものだと僕は思うし、

これからの活動においては、その彼女『ロック』への愛を

中心に据えていくべきなのだと僕は思います。

だって、僕らはみんな、彼女に恋しているのですから。

 

 

今回はバンドでの演奏はしませんでしたが、

それでも行く価値があるのか、と悩んでいましたが、

今回それでも行ってみたこと。

実際にこの世界の現場に行ってみて、

演奏に参加しなかった、できなかったことの

それでも行ってみたことの、

その意味が明らかになるのでした。

それは、日本の状況であるとか、

ロックと日本の関係であるとか、ということでした。

恐ろしや。

 

 

そしてお世話になっている方々に、

やはり報告の義務があるであろうことを、

僕は思いますので、

この報告の旅行記をしたためます。

 

では、どん。

 

 

 

 

SXSW、−1日目。

(3月12日)

『メキシコだよ、ジャック』

 

 

出発、

成田にて、米持さんと待ち合わせ。

半年前にドイツに赴いた際もそうでしたが、

この日も非常に良い天気でした。

良い旅日和。

 

前回ドイツに行ったときには、

もちろん、馬場くんも、はらっちも居ました。

すまんね、今回は一人で行ってきます。

また皆で海外行こうぜ。

 

 

行きの飛行機の中では、

例によって映画を見放題でしたが、

Dixie Chicks、ディキシー・チックスという、

やはりテキサス出身の、ガールズ・カントリーポップのグループの

ドキュメント映画が流れていました。

僕は全然知りませんでしたが、こっちでは有名なグループっぽいですね。

当然アメリカではカントリーってすっごくポピュラーらしいから。

なんでも昨年だか今年だかグラミーを獲ったとか。

2003年に、ブッシュ大統領やイラク戦争を批判する発言をして以来の、

保守的なカントリーファンからの反発や非難を乗り越えて、

新しいポジションを彼女たちが獲得するまでを描いた、

音楽ドキュメンタリーでした。

なんかね、おもしろかったね。

結構昔からいる人達らしいから、

Chicksっていっても結構年行ってたけどね(笑)

 

でもそんなこといったら、後日見た日本のMetal Chicksなんていったら・・・・(爆)

 

 

飛行機は、ワシントンD.C.のダレス空港に到着します。

ていうか、ワシントンって、首都のくせになんにも無いのね。

上空から見た景色も、超田舎だったし。

空港付近だけなのか?それとも。

 

 

ざっくりと入国審査で尋問され、

カタコトの英語で人の良い外人を装うことにも慣れてきたあたりで(笑)、

ワシントンからオースティンに向かう国内線に乗り込みます。

国内線とかの小さい飛行機って好きなのよね。

景色がばっちり見えるから。

窓からの景色を楽しみにしている子供みたいな発言をしていますが、

飛行機の中で、ワシントン在住の建築家のおっちゃんと仲良くなって、

いろいろ話したのでした。

英語、うまく話せねぇ〜。

TOEIC980点はどこに行ったんだ(笑)

やっぱ、聞く、読む、とか、ともかく、

話す、っていうのは、経験がないとね。

 

 

あ、そういえば、ワシントン空港では、

すでにお客さんの中に、楽器を持った人々が、ちらほらと。

「You guys going to SXSW?」

みたいに話し掛けられて、振り向くと、

ヒゲに長髪のむさくるしいロック兄ちゃんが(笑)

「オレたちはPriceっていうバンドをやってて、フロリダから来た、

Latitude30でプレイするから、見にきてくれよな」

つって、はやくもワシントンにて、名刺交換、音源交換が。

「え、トッド・ラングレン? 大好きさ」

って、同じくトッド・ラングレンのビッグファンで親交もある米持御大と、

盛り上がっています。

結局ディナーパーティーの時間とかぶって、見に行かなかったんだけどね、Price(笑)

 

 

飛行機の中で雑誌を手に取ると、

スポーツ誌、なんと表紙はレッドソックスに移籍した松坂投手が

堂々と乗っています。

記事を見ると、「松坂が成功できるかどうかは、壁にぶち当たったときに、伊良部のようにふてくされてしまうか、野茂のようにさっさと立ち直るかにかかっている」なんて書かれていました。

期待の新人ランキングもナンバー1に格付けされていて、

やっぱりなんとなく誇らしい気分になりましたが、

建築家のおっちゃんはスポーツも音楽もまったくわからないため、

話はぜんぜん盛り上がりませんでした(笑)

 

 

そんで、上空から眺めるアメリカの大地。

おおー、これが夢にまであこがれたアメリカかぁ、

ヨーロッパを上空から眺めたときも、

その森と広さに感動したけれど、

アメリカの広さはもう、その比じゃあない、みたいで、

土地余り過ぎだっての(笑)

うらやましいよね。

 

 

そして、時間はもう夜になっていましたが、

空から見たオースティンの街は、

ほんっとに、宝石箱のように綺麗でした。

果たして、これからこの街が、

僕たちにとって、宝石箱のような宝島たりうるのか、どうか。

神のみぞ知るところです。

 

 

そして、mixi日記にも書いたけれど、

オースティンに降り立ったら、

暑っ、

っていうか、結構湿気がむっとしてるし、

ていうかこれ、

普通に日本の夏みたいじゃん!

まるで気分は夏休み。

まだ3月だというのに、早くも気分は夏休みの部活の合宿みたいになって、

脳みそのとろけ具合がヤバいです。

 

 

レンタカー屋さんで米持御大が借りた車は、

三菱のEclipse。

かっちょいいスポーツカーです。

ていうか、もともと予約していたのは、

もうちっと小さなファミリーカーだったのに、

窓口でさっさとグレードアップしてくれたみたい。

気前いいなぁ、アメリカ。

 

 

そのかっちょいいスポーツカーでかっとばして宿へ。

なんかまったく道路の構造がわからず、少し迷ったけどね。

事前に調べていったオースティンの地図と、

実際の景色が一致するまでには、

ちょっと時間が必要でした。

 

到着したホテルは、

まぁ僕が事前に旅行サイトで予約していたものだったんですが、

IH35沿いの、かなり経済的な安ホテルでした(笑)

「こんな安ホテルに泊まるのは何十年ぶりだよ」、って米持御大。

でも、なかなか居心地は悪くなかったですよ。

 

 

とりあえず夜も遅いので、

なんかメシをかっくらいに外へ。

国道沿いを走っていて思うのは、

数あるファストフードレストランの中でも、

なんでこんなにJack In The Boxが多いんだ、ってこと。

マクドナルドやウェンディーズがたまにあるだけなのに対して、

Jack In The Boxは、オースティンの街中だけで、

10件以上見つかりました。

ほとんどワンブロックに一軒状態。

おかしいよ(笑)このシェアの高さ。

 

 

米持御大はJack In The Boxは嫌いではないようなので、問題ないのですが、

その、IH35の町外れのへんにある、Jack In The Boxへまずは行ってみました。

行ったところ、かなりゆるーい店でした(笑)

たぶん街にあるJackの中でも、ダントツでゆるい店の部類なのではないかと。

そして、当然ながら店員は全員ヒスパニック系。

店の中の会話、ぜんぶスペイン語だし(笑)

客も、黒人とヒスパニックばかりで、白人はほっとんど来ない店のようです。

なんかヤバイなあ、この雰囲気。

 

そんで、テキサスは、やっぱ国境沿いのアメリカ南部ってことで、

やっぱとっても、ヒスパニック系の人達が多かったです。

違法に移民がどんどん入ってくる状況っていうのを、

しかも彼らはソーシャルセキュリティナンバーを、違法に取得して入ってくるらしい、

そういった話を米持御大に聞かされて、

なんかすげー国だなー、と思った次第です。

 

 

とりあえずJackはタコスが安いということがわかりました。

貧乏人はタコスを食えということで、

あと、飲み物自販機の中に砂糖の入っていないものが、

一切ないので、

僕は滞在中、ずーっとドクターペッパーばかり飲むことになりました(笑)

そりゃ太るわアメリカ人。

 

 

さて、テキサスといえば、

大陸、平地ってことで、

見渡すかぎりどこまでーも平らな地平が続いていて、

日本人としては、やっぱ山とかないと落ち着かないよなって

感じです。

帰りにサンフランシスコの空港に寄ったときに、

シスコは、海のすぐそこまで山が来ているので、

景色の中に山があると、なんとなく日本人的には落ち着く感じがして、

まるでその神戸のような地形に、

なんでシスコに日本人が多く住んでいるのか、

ちょっとだけわかったような気がしました。

 

そんなどこまでも続く、テキサスの夜景をみながら、

とりあえず、就寝。

 

 

 

 

SXSW、0日目。(3月13日)

『楽器屋、ねぇのかよ』

 

 

ともあれ、そんな感じでオースティンに乗り込み、

翌朝。テキサスでの1日目です。

SXSWは、映画や、インタラクティヴといった分野では、

3月9日くらいからやっているのですが、

Musicのカンファレンスは、14日からということで、

この日は前日の下調べです。

また、レジストレーションの手続きは、この日から受付が開始されているので、

その手続きを早めに行うためにも、僕らは1日早く現地入りしたわけです。

 

 

レジストレーションを行うために、

オースティンのコンベンションセンターへ向かいます。

コンベンションセンターの駐車場に、エクリプスを止め、ついに会場へ。

センターの向かいには、テントが設営され、既にフェスティバルっぽい雰囲気を

かもし出しています。

 

センターの中には、すでにレジストレーションのための、

人々の群れができていました。

かなり待たされまくったんですが、

なんでも、各窓口で、一斉に受付してPCの印刷ボタンを押すから、

プリンターがフリーズした、とかで、ダメじゃん(笑)

結局、翌日以降も、レジストレーション窓口には、笑っちゃうくらい長い列ができて、

超絶フリーズしてたから、やはり前日に乗り込んで正解でした。

 

 

コンベンションセンターには、

すでに、音楽業界やバンドの人々が、たくさん集まっていて。

スタッフの人々も含め、

そうだよね、

世界中から、おしゃれな人々や、イケメン外人が集まっているわけで。

そうした独特の雰囲気の中、

みなさんルックスの華やかなことといったら、

なかなか素敵でした。

 

 

今回、アメリカに来てみたわかったことのひとつとしては、

まずひとつは、

僕より背の低い外人もいっぱいいるんだということで、

なんだか安心しました(笑)

ドイツのときは、周囲は馬場くんも小さく見えるくらいの大巨人ばかりで心細い思いをしたものですが(笑)、

アメリカはもうちょっと普通のようで。

 

 

あと、

ドイツに皆で行ったときには、

白人の女の子は、みんな超絶太ってるよなーと、

思ったんですけど、

アメリカに来てみて、いや、アメリカの女の子はかわいい、と(笑)

太ってる子はそりゃ超絶太いけど、

スタイルのいい子もいっぱいいて、綺麗な子は超キレイ。

そんで、皆グラマラスな上に、健康的に肌を露出してるでしょ。

そんな感じで、アメリカ女子の健康的な色気に終始やられっぱなしの私でありました。

 

もうずいぶんと長い間、恋なんて感情は味わっていない僕でありますが、

ひょっとしてアメリカに来たら恋もできるかな、と(笑)

別に日本の女性が駄目なわけではもちろんないですが(汗)

それっくらい、こっちで見た女の子たちはみな美人だった。

些細なことですが、案外こういう感覚って、大事なことで。

 

帰りの飛行機で仲良くなったジンジャーちゃんがまさにそうだったけど、

そんなカワイイ子たちが、フェイバリット・ギタリストはスティーヴィー・レイ・ヴォーンだ、なんて言うんだもの。

ぜんぜん世界が違うっていうか、

早くも世界が広がる感覚を、肌で味わったわけです。

 

 

さて、

なんとかレジストレーションも完了し、

バンド名の入ったバッジをもらい、

UKロック好きのご婦人方がうらやみそうな

イケメン外人の集団の中、

会場の下見なぞしていると。

 

米持御大はさすが顔が広く、

日本の業界人の人から、何度か声をかけられていました。

そんな中、「あ、米持さん、おひさしぶりです〜」

と声をかけていただいたのが、Kさん。

 

なんでも、日本の某メジャー(EだったかTだったか)で、

洋楽をずっと担当していた方で、

その後、会社を辞めて、完全に渡米し、

アメリカでインディーレーベルをやっているのだとか。

「好きでやってることなんで、あまり金にはなりませんけどね」

ここにも音楽に人生を捧げた人物が一人。

素晴らしい進取性を持った、素敵な方でした。

「いろいろダメだったら、彼にたのんでレコード出してもらおうか(笑)」

って米持御大。

 

 

米持御大とKさんは、ひさしぶりということで、

非常に盛り上がっていて、

このSXSWに関することや、音楽業界に関することなど、

情報交換など行われ、

Kさんのお友達であるノルウェーから来たミュージシャンの方なども

交えてお茶をしたのでした。

ノルウェーから来たその方は、「IH35沿いのモーテル6に泊まってるよ」

って、

やった、僕らよりも安い宿に泊まってる人発見!(笑)

そしてKさんには、その後の日程の中でも、

いろんな情報提供をしていただき非常にお世話になったのでした。

僕も、路上で演奏しようかと考えていたので、

「路上ってできますか? 怒られないですか?」

って聞いたら、

「みんな怒られるまでやってますよ」

って(笑)

こりゃ、やるしかないよね。

 

 

さて、そんなこんなで、前日の会場の下見をしていると、

会場には、「plutinumn lounge」といったような、

VIPバッジがないとたぶん入れないようなスペースがありました。

そこに米持さんは、プラチナバッジ持ってないのに堂々と入っていっちゃう(笑)

結局このプラチナムラウンジを、期間中僕らは拠点として使わせてもらったのでした。

一度も怒られなかったし(笑)

 

そのラウンジには、

どっかの業界人と思われる人々が、皆そろってMacのノートを広げて、仕事している。

「ここインターネットつながります?」

といった会話から、話が始まり、

そのおっちゃんは、その昔、かなりのドラマーだったことが判明します。

そんなプレイヤーたちも、今ではコンピューターをいじって、

IT関係の仕事をする時代。

でも、それもちょっと面白いじゃない。

誰にでもチャンスがある時代。

何のチャンス? ロックという大河に飛び込むチャンス。

そんなことを感じつつ、

早速名刺交換、音源交換、おっちゃんたちの経営してるサイトを教えてもらったのでした。

 

 

さて、オースティン入りして、

ひとつ、驚愕の事実が発覚します。

米持さんの携帯は、海外対応のものなんですが、

それが、ここオースティンではつながらない!

どうも、田舎すぎてエリア圏外らしいんですね。

で、これはまずいってんで、

infoデスクで情報をもらい、郊外の携帯屋さんに、

プリペイド携帯を買いに行きました。

 

で、混み込みのコンベンションセンター駐車場から、

車を出したくないので、タクシーで向かい、

その、非常にさびれて生活感満点のショッピングモールで、

Radioshackというチェーン店で携帯をゲットしたんですが。

帰り道、郊外すぎてタクシーをつかまえることができず、

バスに乗ることになりました。

地元民の生活感あふれる中、バスに乗り込んで、

運転手さんに「いくら?」って聞くと、

「いやいや、お代はいいから」

って、

いくら僕らがSXSWのバッジをつけて、明らかに他所から来たミュージシャンとわかるからって、

街をあげてSXSWを歓迎してるんだなー、と思いました。

 

 

そのバスの中、

お前ら金持ってなさすぎだろ、

といいたくなるような、冗談のような汚い格好をしたキッズが二人、

乗り込んでくると、

我々のすぐ近くに来て、

「わお、あんたら、SXSWでプレイするミュージシャンかい?」

「そうだよ」

「どんな音楽をプレイするんだ?」

「ヘヴィメタルだよ」

「ワオ!オレたちヘヴィメタル大好きサ!」

って、お前ら頭悪すぎだろ(笑)

 

そんなこんなで、

そのカワイくも汚いガキどもとメタル談義をしていたところ、

「なに、ヘヴィメタルだと? それは聞かないわけにはいかないな」

と、前の席に座っていた、これまた汚い格好したおっちゃんまで、

加わってくるし(笑)

 

どれだけおまえらロック好きなんだよ、って。

ていうかやっぱテキサスとか、アメリカ南部は、メタルも根強いんだよなー、って。

 

汚い坊やたちに、「6th Streetでバスキング(路上ライヴ)はできるのかい?」

って聞いたら、

「そりゃもう、六番街で腰をおろして、ギターを弾きゃあ、バッチリさ! オレたち応援してるぜ!」

ってガキども。

こりゃあもう、やらないわけにはいかないよね。

 

 

そんなこんなで、偶然で乗り込んだバスとはいえ、

地元キッズとかなりプライスレスな触れ合いをしたところで(笑)

彼らにサンプル音源を渡し、

「Send me a email」って言っておいたけど、

連中間違いなくパソコンとか持ってるようには見えないよな(笑)

CDプレイヤーさえ持ってるのかどうか怪しかったね。

 

 

で、その、決戦の場となる6th Streetです。

ひとつの通りに、何十だか百いくつだかのライヴハウス、クラブ、バー、

などがひしめいている、オースティンの名所。シックスストリート。

少しは写真を撮ってきてあります。

これはもう、どんなところなのかは、行ってみないとわからないと思うんですが。

かなりファンキーかつ素敵な場所でしたね。

 

 

さて、路上をやろうと思ってはいたものの、

エレクトリックギターは持ってきてはいたものの、

路上用のアンプがない。

事前に、日本から、持っていく予定だったんですが、

飛行機に持ち込める荷物の重さの関係上で、持っていくことを

断念して、現地調達しよう、ということにしたんですね。

で、これだけ、ライヴハウス、ヴェニューがひしめく6th Street、

楽器屋もきっとあるに違いない、と思っていたんですが、

これが、ちっともない、ダウンタウンの中を探してもまったくない。

これだけ、演奏する場所がいっぱいあるのに、弦が切れたらどうすんだよ!(笑)

(逆に、6th Streetの近くで楽器屋開いたら儲かるんじゃないか・笑)

 

 

しょうがないので聞き込みの結果、

Lamar通りを南に結構行ったところに何件かあることが判明。

車で向かうことに。

こっちの楽器屋事情っていうか、

特徴的だったのは、そりゃ、普通の楽器屋も何軒かはあったんだけど、

"Pawn Shop"、つまり、質屋が圧倒的に多いってこと。

オースティンの町のあちこちに、たっくさん、質屋があって、

そこに、中古の楽器やアンプが並んでる。

これは、探したら、掘り出し物、結構ありそうだ。

結局、時間がなくて、本格的なPawn Shop巡りはできなかったんだけどね。

 

 

で、楽器屋は、SXSWのミュージックフェスの前日ということもあってか、

結構ミュージシャンでごった返していた。

日本人はまったく見なかったけどね。

期間中、日本人もこのへんの楽器屋に来ているのかな。

世界中から集まった、イケメン外人のにいちゃんたち。

あらまあ、なんて贅沢な環境なんでしょう。

売ってるアンプや、品揃え、日本では見かけないメーカーや品々など、

いや、本当に、日本で手に入る環境というのも、もちろん恵まれてはいるけれど、

やっぱ限られてるんだなぁ、と、

実感しつつ。

そうこうしているうちに、

日本でも目をつけていたFender Amp Canを発見し、

ちょっと路上やるくらいだったらこれでいいんじゃん?

と、無事ゲット。

どうでもいいことだけど、

オースティンの街の、楽器屋の場所を知っている、

って、それだけでなんか、ちょっといいよね(笑)

 

 

そんなわけで、開戦前夜の0日目でした。

文章長っ。

 

 

 

 

SXSW、1日目。(3月14日)

『米持御大、座して大仕事』

 

 

明けてSXSW1日目。

 

混み混みの駐車場に、やっとスペースを見つけ、

コンベンションセンターに行ってみると、

そこには、アホみたいな長い列ができていました。

レジストレーションに並ぶミュージシャンの列。

うわあ、効率、悪っ。

悪夢のような行列に、前日にレジストレーションを済ませておいたことを

神に感謝するのでした。

 

 

さて、僕はといえば、コンベンションセンターで行われる、

パネルへと向かいました。

向かったパネルのタイトルは、

「Touring on a Shoestring Budget」(笑)

(少ない予算でツアーする)

到着したときには、もう話はほとんど終わって、質疑応答コーナーになっていたので、

面白そうな内容はほっとんど聞き逃したのですが、

世界中から集まった、バンドであるとかマネージメントであるとか、

もちろん、多くは弱小のローカルバンドなんだろうけど、

彼らが、熱心に質問して、議論をする様子は、

本当に見ていてインスパイアされるものでした。

だって、音楽に人生を捧げようって人々が、若者が、

今、このオースティンに集まっているんだもの!

アラスカでバンドをやっている者、メキシコでバンドのマネージメントをやっている若者、

それぞれの地域で、それぞれの場所でがんばっている者たちから、意見や質問が飛び交います。

 

 

そちらのパネルも、もうほとんど終わる時間だったので、

次に向かったのが、「Demo Listening」というイベント。

 

僕は、以前、2003年のことだね、

東芝EMIの有名なディレクターである加茂さんが行っていた、

「新宿デモテープ評議会」なるイベントに、

参加したことがあるけれど、

あれはやはりこのSXSWのパクリだったことが判明したね(笑)

まったく同じことがこのSXSWで行われていました。

 

ご意見番には、有名らしい3人のプロデューサーさんで、

そのうち一人は、プリンスのギタリストだった人だそうです。

みんな、結構悪くない音源を持ち込んでいるんだけど、

みんなかなりひどい言われよう、

ひどいぶったぎられようだったね(笑)

そんな中、僕は迷った結果、"Iron Hammer"をかけてもらったんだけど、

その中ではわりとマシな方だったかな。

「こういうのは嫌いじゃないけど、ヴォーカルにメロディがないんじゃないかな」

とか。

他の曲にすりゃ良かったかな(笑)

「でも、ハードに音が鳴ってるわりにはドラムがいい音をしているね」

って、

あたりまえだ、どこで録ってきたと思ってるんだ!(爆)

 

 

そんななか、携帯のコール音が鳴り、米持御大より呼び出しがかかります、

「ちょっとおもしろいことがあったから、来てみ」って。

ってことで、いかなきゃってことで、仕度してたところで、すぐ前に座ってた子が声をかけてくれた。

よく見ると、さきほどのパネルで質問をしていた子だった。

「僕はアイザック、アラスカで、バンドをやっていて、ラジオもやっている。

さっきの君の曲気に入ったよ。日本のバンド専門にかけている番組があるから、

かけてあげるよ。音源ちょうだい。」

そう言って彼は、非常にユニークなイラストが添えられたノートブックをぴりっと破り、

僕にメールアドレスなどを教えてくれました。

ちょっとだけ話したけど、ユニークなやつだったよ、アイザックくん。

 

 

さて、米持御大はというと、

コンベンションセンターの中をうろつくのに疲れて、

ヒルトンホテルのスターバックスでくつろいでいたのでした(笑)

ところが、うまくした偶然で、

そこに偶然、米持御大の古い知り合いが通りかかります。

「よお、ひさしぶり」

「Takじゃないか、なにやってるんだ、こんなところで」

想像するにこんな感じじゃなかったんでしょうか。

その友人、ウイリアム氏は、米持さんの古い知り合いで、

今では、米EMIだかなんかの社長になっていたそうです(爆)

超大手レコード会社社長ゲット!(爆)

 

まぁたかがスタバとはいえ、

ここは、SXSW期間中のヒルトンのスタバ。

ただのスタバとは訳が違うってことなんでしょうか。

しかし、そんな大物と普通に知り合いとは、

さすが米持御大です。

 

「Tak,おまえのRX-7は元気なのか?」

そんなたわいもない世間話から、今、何やってるの、という話になり、

こんなのやってるんだよ、と、

自然にImari Tonesの音源のプレゼンテーション。

もはやプレゼンテーションというよりも、ただの音楽好きの会話なんでしょうか。

米持御大の話では、

彼自身よりも、彼の若い部下の方が反応を示していたそうです。

 

戻ってきた御大、

「もう俺の仕事は終わった」(笑)

なんて言ってます。

「これ以上の人物にプレゼンなんてありえないからな」

確かに。

米持御大、コンベンション初日にして、

スタバで座して大仕事ゲットです。

 

そして、今回のSXSW、

実は、額に汗してがんばるよりも、

楽してさぼっていた方が成果が上がるという、

恐ろしい法則が、この後明らかになっていくのでした。

 

 

もちろん、EMIなんてでかい組織、

そうそううまくいくはずはないけれど、

もし、この話、このルートが今後動くようであれば、

とんでもないことになるかもしれません。

そのへんは、僕の運、実力(無いな、ダメだな。)、

そして米持御大の腕にかかってる、ってことで(笑)

よろしくです(笑)

 

 

そして、このSXSW1日目、

最大の目玉といえば、やはり。

ヒルトンホテルの大ホールにて、

ピート・タウンゼント氏の、基調演説が行われました。

Pete Townshend本人が出てくる前にも、

SXSWの創始者の一人の、スピーチがあったりして、

その、業界の、先人たちの、

ロックへの愛情、献身、

そして、自分たちでロックの明日を作り上げていこうとする、

人々の姿勢に、僕は感動しました。

ロックへの愛が集う場所、SXSW。

 

そして、ピート・タウンゼント氏が入場し、

会場は大きな拍手に包まれます。

 

講演の内容は、

英語力不足と、眠かったのとで、

実はあんまり明確には、覚えていないんだけど(笑)

 

昔のフーの、昔の、いわゆる日本でいう団塊の世代の人々の、

持っていたフラストレーション。

そういったものが背景になっていたこと。

今は、また時代が違い、状況が違い、そのフラストレーションはもはや

有効ではないといったこと。

あとは、昔のことであるとか、新しく作るウェブサイトの自動音楽生成装置の

ことなどが話題に上っていたと思います。

 

 

ピート・タウンゼント氏もそうだけれど、

彼らの姿、そして、この場に集まる人々、

このイベント自体を見ていて思うのは、

時代の潮流。

ロックが生まれて、50年ばかり。

ロックは、ようやく、その幼年期、あるいは少年期を終えて、

これから大人に、なろうとしているのかもしれません。

これから、ロックは、どこへ向かおうとしているのか。

でも、確かに感じるのは、

これから、広がっていくロックの一部に、

自分も確かに加わり、なることができるのだということ。

メジャーが力を失っていって、

MySpaceなどに象徴されるように、

主役は、それぞれの場所で頑張る、ローカルバンドや、地域性、多様性、

確かに、状況は、難しくはなっているけれど。

一人一人が、もっと自由になれるのだということ。

そのことを、この最前線で、感じました。

 

 

ピート・タウンゼントのでっかい講演が終わった後は、

フォーシズン・ホテルにて、ディナーパーティーです。

ディナー・パーティー、だなんて(笑)

ずいぶん心配したんですよ。

だって、Four Seasonsでディナーですよ。

ドレスコード厳しいんじゃないか、って、米持御大も言っていたし。

でも実際は、行ってみたら、おそらく、今日だけは特別なのでしょう、

適当な格好のミュージシャンや業界人が、ディナーにありついていました(笑)

 

 

我々が早めに席につくと、

二人の黒人の方が、同じ席につきました。

なんでもワシントンでレーベルをやっている人々らしく、

ブラックなのに、結構ハードロックもよく知っていて、

なにげに盛り上がったのでした(笑)

もちろん名刺&音源交換が進みます。

やがてやってきたのは、

白人のおばちゃんでした。

年のほどは、40代か、50代か。

話してみると、ロンドンで、音楽出版社をやっている方だと判明しました。

このおばちゃん、チェコ出身で、僕はその、チェコ訛り&ロンドン訛りの強烈な英語が、

非常に聞き取りに苦労し、とっても大変でした。

しかし、僕らとこのおばちゃんは、なんだか、どっか気が合ったようで、妙にhit it offし、

なんだか仲良くなったのでした。

 

なんでもおばちゃんは、日本の出版とのつながりを探しており、米持御大も、知ってのとおり、日本の大手出版であるシンコーさんで働いていた人なので、業界の話で、なんだか非常に盛り上がっていました。

米持御大は、事前から、いちばん知り合いたいのは、マネージメントか音楽出版だ、と言っていたので、この出会いはまさに狙いどおりで、なんだかうまくいきそうです。

やがて、僕らのテーブルには、いかにも業界人といった、派手なスーツやらを来た人物が何人かやってきました。

なんでも、LAを拠点として、レーベルや、ウェブサイトをやっている人達だそうで、

ノリがよく、陽気な連中なのですが、

話しているうちに、おばちゃんが隣で「私、この連中嫌いだわ」と耳打ちしました。

米持さんも、「LAベースのやつらは、ハッタリ野郎の詐欺師が多いからね。こいつらもそうなんじゃないかな。見るからにそんな感じだもん」と言っています。

なるほど、これが詐欺師なのか(笑)

 

 

しかし、慣れない英語での会話、

業界人を目の前にしての緊張、

ていうか聞き取りにくいおばちゃんのチェコ訛り。

そのせいで、

せっかくの高級ホテルのディナーが、

ちっとも楽しめない(泣)

わーん、何食ってんだかわかんないよぉ。

 

といううちに、

ディナーは終了するのでした。

すっかり仲良くなったチェコ訛りのおばちゃん

 

 

さて、今夜の予定としては。

例の米持さんの昔の知り合いである、日本人レーベルオーナーKさんのレーベルのバンドが、Soho Loungeというハコでプレイするというので、それを見に行こうという話になりました。

しかし、演奏時間は、深夜12時から。うーん、さすが外国。

SXSWのライヴは、夜8時から始まり、深夜の1時、2時くらいまで及びます。

最後まで居たことはなかったけど、3時くらいまでやってるのかもしれないなー。

さすが外国。

しかも、深夜になっても、皆いっこうに帰らず、夜遊びする気マンマンだからねー。

みんなパーティー大好きなんだろうな。

 

 

米持御大は、体調の関係もあり、そのライヴの時間まで休憩ということで、

僕は、それまで、一人、六番街に出て、いろんなバンドのライヴをハシゴすることにしました。

 

ライヴハウスが立ち並ぶ、っていうか、ライヴハウスしかない六番街のハコを、

順番に回っていきます。

入場には基本的に金はかからず、年齢確認のためにID(パスポート)を見せれば入れる仕組みでした。

「ヘイ、21歳以下は入っちゃダメだぜ」

って、おい、そんな若く見えるか!(笑)

まぁ東洋人だからわかんないんだろうな。

 

とかく、雰囲気のあるクラブ、バー、で、世界から集まったイキのいいバンドの演奏を聞けるというのは、本当に最高の環境です。

 

で、演奏なんだけど、

あたりまえっちゃああたりまえだけど、

みんな上手い。

はっきりいって、やっぱ日本とは、明らかにレベルが段違いだと思いました。

まぁ、ここに来てる連中は、えりすぐられた連中なのだと思うんだけど、

それでもやっぱ。絶対に違う。

演奏の技術も、やってることも。

 

結局日本人がやるロックや、バンドって、

なんかやっぱり真似事の域を出ないものになってしまうのよね。

自分のものにしていない、というか。

もちろん、自分のもの、自分の表現をしているミュージシャンさんも

たくさん居て、それこそが日本人のロックだと思うわけですが。

 

 

あと今回思ったのは、

やっぱり今時、アメリカのバンドつっても、

UKっぽいの、ブリットポップっぽいのもいるし、

ブルーズもいるし、ヨーロッパっぽいメタルもいるし、

日本っぽいへなちょこポップもやるし、

いまどき、アメリカ人なんでもやる、なんでもできるのな、っていうこと。

イギリスのバンドかな、と思ったら、アメリカのバンドだった、

なんてことが、何度かあったのでした。

たぶん、いまどき、アメリカには、なんでもある。

 

 

ブルーズバンド、メタルバンド、ポップバンド、歌ものR&B、グラム、

アコースティックバンド、ピアノ弾き語り、

あらゆるスタイルを、次から次へとハシゴしていきます。

なんて贅沢。

 

しかし、基本的に、このSXSW、ショウケース参加バンドは、

5日間の日程の中で、一回のライヴを割り当てられて、演奏するのですが、

そのライヴが、果たして、チャンスをつかむために、どれだけ効果があるかは、

なかなか微妙なように思いました。

千何百とあるバンド、ライヴ、

その中には、もちろんにぎわっているライヴもあれば、

こんなに良い演奏なのになんでお客さんいないかなぁというものもありました。

そして、果たしてそれをどれだけの業界人が見ているのか。

観客の大半は、地元の学生や、若者たち、観光客のようでした。

日本人レーベルオーナーKWGTさんも、最近はA&Rの人達も、

夜のライヴはあまり行かず、昼間のレーベル主催のパーティーに行くことが

多くなっているというようなことを言っていましたが、

なんのコネもバックアップも無い普通のバンドが、

この場所へ来て何かつかむというのは、

なかなか、難しいものだろうな、と感じました。

 

現に、日本からも、ジャパンナイトなど、華々しくぶちあげて毎年やっているけれど、

継続的な成果につながっているケースはほとんどないという話を、Kさんから聞いたのでした。

成功しているケースといえば、忘れていけないのが、Electric Eel Shock。

Kさんには、Electric Eel Shockの話も聞かせてもらいました。

KさんはEel Shockの人達とも仲が良いそうで、

毎回、アメリカに来るたびに、もうだめだ、もうだめだ、と言っていた彼らが、着実に大きな成果をつかんでいる、

彼らには本当にがんばってほしい、とKさんは言っていたのでした。

 

 

この夜見たライヴについては、

いちいち書きませんが、

たぶんその中には結構名のあるバンドもいたはずです。

でも、ぜんぜん調べずに言ったので、

見たバンドの名前すらわかりません(泣)

でも、とても楽しく、また勉強になったのでした。

 

 

そして、時間になり、米持御大と一緒に、

Kさんのレーベルのライヴを見にいって、その日は幕を閉じたのでした。

 

 

 

 

SXSW2日目。(3月15日)

『恐怖の学園祭』

 

 

 

前日、遅くまでライヴを見ていたので、

さすがに朝がつらい、SXSW2日目。

この日は、結構不運続きでした。

 

まず、朝が遅かったので、

我々が行ったときには、すでに、

コンベンションセンターの駐車場が、満車で空いていない。

うーむ。

車をとめられずさまよう我々の前に、

怪しい野外駐車場が現れるのでした。

空いてるのかな、これ、と、入ろうとすると、

メキシコ人のおっちゃんがいそいそとやってきて、

「ベラベラウーノ、ベラベラウーノ」と連呼するのでした(笑)

一瞬テキサスの熱気で頭おかしくなったのかと思いましたよ(笑)

どうやら、番号1のスペースに車を止めろ、と言っているようで、

ナンベレ・ウーノと言っていたようです。

 

コンベンションセンターの駐車場よりも、割高な料金をしぶしぶ払って、

ふと横を見ると、隣に止めてあるバンは、「Peelander Z」さんの車でした。

事前に下調べしたから知っているのですが、

Peelander Zさん、ニューヨークを拠点にする日本人バンドで、

戦隊モノの衣装を着て演奏するという、とんでもないエンターテイメントバンドなようです。

アメリカでは大人気なんだとか。

せっかく車も隣になったんだし、見に行きたかったんですけどね・・・・。

 

 

さて、そんな怪しいメキシカン駐車場に車をとめ、コンベンションセンターへ向かいます。

 

 

二日目で期待していたのは、この日からスタートするTrade Showでした。

米持さんの、事前の計画の中では、このトレードショウこそが、

計画の中心になるはずでした。

 

しかし、行ってみると。

「誰も仕事してない・・・・」

それは、恐るべき事実でした。

 

米持さんが、過去に何度か赴いたことのあるフランスの音楽見本市MIDEMでは、

トレードショウに、レーベルやマネージメントが多数参加し、熾烈な売り込み合戦が展開される、そんな場だったのですが、

 

SXSWのトレードショウは。

まったくやる気がありませんでした(笑)

出ているブースも、商品系や、ウェブサイトなどのサービス系がほとんどで、

レーベルやマネージメントは、ほとんど参加していません。

しかも、出展してる連中も、見ている人々も、なんとなく適当で、

あまり真剣さが感じられない(笑)

 

確かに、SXSWに関しては、どんな場所であるのか、

果たして営業ができる場所なのか、不安もあったのですが。

MIDEMと同じような場所を想定して、トレードショウの場において、営業の勝負をかけるという、米持さんの主たる作戦は、早くも変更を余儀なくされたのでした。

 

それでも、トレードショウには、面白いものもいくつかあったので、

ミュージシャンをなめてるのか、と言いたくなるようなニンテンドーDSのギターゲームとか(笑)

いろいろ見て周り、業界の最先端を見聞きしたのでした。

 

 

トレードショウで玉砕した後、

しょうがないので、次の狙いは、SPVです。

SPVといえば、英米で幅をきかせている、ご存知ヘヴィメタルの大手レーベルです。

そのSPVのパーティーが、この日の午後から、昨晩も寄ったSOHO Loungeで、行われるという情報を、日本人レーベルオーナーKさんから入手し、そこに乗り込むことにしたのでした。

ここは、結構大きな期待がかかっていたのでした。

なぜならば、ヨーロッパにおいて、SPVは、われらがサシャ・ピートが、手がけたレコードを、いくつも出していて、サシャとは親しいはずだからです。

現に、このパーティーの場でも、サシャがプロデュースして大成功した、Kamelotのビデオが、がんがん流れています。

 

我々はパーティーに乗り込んで、草の根の交流をしつつ、

聞いてみました。

「僕らは日本のヘヴィメタルバンドで、ジャーマニィに行ってサシャ・ピートにレコードを作ってもらったんだ。サシャ・ピートって知ってるよね。」

「No、知らない、誰それ」

「知らないのかよ、KamelotとかAngraとかEdguyのプロデューサーだよ」

「へえ、ふうん、そうなんだ」

ええーー!?(笑)

知らないのかよ。

ていうか、なにその適当な反応(笑)

 

 

米持さんも、そこに来ていた連中に話し掛けたみたそうですが、

同じような反応だったそうです。

 

後ほど、我々はホテルからドイツのサシャ・ピートに電話して、

助けを求めるべくサシャに聞いてみました。

いわく。

「ああ、アメリカのSPVは、最近現地の法人ができたばかりで、

ヨーロッパのことを何も知らないからね。

僕もアメリカのSPVの連中は全然知らないよ。

でも、少しはヨーロッパのSPVの人も行ってると思うんだけどなあ」

がくっ。

 

サシャいわく、ヨーロッパのSPVの人も、いるはずだ、というんですが。

しかし。

 

見れば、パーティーに来てるやつらは、

ヘヴィメタルのビデオが流れる中、

ビールを飲んで、バーベキュー食ってます(笑)

SPVのパーティーに来てるやつ、どいつもこいつも、やる気ねぇー。

 

「だめだ、誰も仕事してないじゃん、ここにいてもたぶん良いことないよ」

米持御大もサジを投げます。

業界人もたくさん混ざっているはずなのですが、

観光客なども一緒になって、ビール飲んでいる姿に、

「ひょっとして、SXSWって、ビジネスカンファレンスなんかじゃなくて、

テキサス大学の、ただの壮大な学園祭なのかも・・・」

そのおそるべき事実に、次第に気づいてくるのでした。

 

このままでは、プレゼンの機会がほとんど無いまま終わってしまう。

焦りを感じますが、かといって、下手に動くことは得策ではないと米持御大は言います。

数々のミュージシャンにインタビューをしてきた米持御大は、

むやみにこちらからモーションをかけても、環境や必然が揃わなければ、

相手はこちらに注目してくれない、ということを、よくわかっているのでした。

 

僕なんかは、もうそのへんの業界人をかたっぱしからつかまえて無理矢理プレゼンしたくなるのですが(笑)

 

 

今回、米持さんが来れるかどうかわからなかったときに、

たとえば、一人で行くことや、他のバンドの子と来ることも考えたのですが、

あるいは、そうやっていれば、もっとインディー主義なゲリラ戦に徹することもできたかもしれない、とも思います。その意味では、米持御大と一緒にいることで、中途半端な行動しかできない自分にもどかしく思うこともありました。

でも、確かに米持御大の言うことはその通りで、その意味では無駄な努力をすべきではないし、業界の大物と普通に親しくするなんていう大技ができるのは米持御大だけです。

日本から来ていたバンドさんたちのうち、EMIの社長に、音源を渡したり、プレゼンをできているバンドが、果たしてあるとは、あまり思えませんし、ロンドンの音楽出版の社長と仲良くなったバンドがいるとも思えません。

その意味では、米持さんは、やはり最強であるし、

あとは、このSXSWで得たもの、

営業的な成果以上に、見たもの、学んだもの、

世界のTak Yonemochiと一緒に、この頂点のイベントに来ること。

そこで、初めて見えたもの。

そうした成果でいえば、やはり、米持さんと一緒に来たことは、

正しいことだと思うのでした。

 

 

さて、この日は、プレゼン用のアルバムのサンプル音源を、

ホテルにおいてきてしまう、という失敗をしておりまして、

しょうがないから、

一度ホテルに戻って、カバンに音源を詰めて、

ひとやすみしてまた出てきたのですが、

今度はそのカバンを忘れてきてしまい、

結局プレゼン用音源がない、という、

イターいミスをしてしまったのでした。

ま、結局プレゼンの場自体が無かったから同じなんだけど(泣)

 

 

アルバム音源も無いことが判明し、日も暮れようとする頃。

「しょうがないから、路上やろうか」

米持御大より、出陣命令が下ります。

 

コリーナVと、フェンダーのミニアンプを持って、いざ、出陣です。重い(泣)。

「このへんかなー」

適当に選んだよさげな場所。

そこは、確か、6th StreetとTrinity通りが交差するクロスロードでした。

 

僕は、(再)上京してきた2002年頃、実は、ちょっとだけ路上をやってみた経験があるんです。

よくあるゆずのようなフォークデュオと違い、一般的な受け方はしなかったんですが、

やはりマニアックな受け方はしたことがあって、多少の呼吸はわかるつもり、でしたが、

まさかこんなところでやることになるなんて。

 

エレクトリックギターで、リフを弾きながら歌うだけのエレキ弾き語り(笑)

リズムも何もないので、果たして、どんなふうに聞こえるのか、まったく想像もつきません(汗)

6th Streetには容赦なく行き交う人の群れ。

こりゃあ、血を見るな・・・。

そう思いつつ、演奏を始めます。

 

 

結果・・・・

バカうけ(爆)

演奏が終わって、ギターケースの中を見ると、

なんと30ドルと数十セントになっていました。

 

皆、足を止めてくれて、

笑顔で見守ってくれました。

最初に、演奏を始めると同時に、

一人の少年が、立ち止まってくれて、

最後までずっと見ていてくれたんです。

後で話したらバンドでベースをやっているって言ってたけど、

彼がきっと幸運の天使だったのだろうと思います。

 

興味を持って集まり、

素直に反応を返してくれるオースティンの人々に、

僕もここぞとばかりに、サービス精神旺盛なパフォーマンスで答えました。

見てくれる人と、目が合うと、皆、とても楽しそうに笑っている。

 

はっきり言って、演奏はひどかったんです。

やっぱり、いきなり路上をやった緊張もあり、

ギターの運指もよれよれ、まったく何をしているのかわからず、

ここのところずいぶん技術が向上したはずのヴォーカルも、

緊張と、劣悪なモニター環境により、

技術もへったくれもない状態になってしまいました。

うわー、近年まれに見るサイアクな演奏。

 

しかし、それでも、皆にこんなにも伝わっている、

それでも、皆に与えてあげられるものがある。

その事実に、僕は結構感動しました。

本当は最初っからわかっていることです。

だって、これこそが僕が志した音楽の本質であり奥義なんですから。

でも、こんなにも、ギターのリフだけで、何をやっているかわからないであろうそんな演奏でも、

皆をハッピーにすることができる。

この何も無い環境で、裸一貫で鳴らした音がこれなのであれば、

これこそが、僕の音楽の本質なのだと、

そう気づき、確認できたことは、とても計り知れない収穫でした。

 

1曲終えるごとに、一緒に写真を撮ってくれという人、

ビデオカメラをかざして、インタビューに答えてくれという人、

どこでギターを習ったんだ、という人、

オレは80年代に東京ドームで演奏したぜ、というおっさんもいました(笑)

路上を終えて、その後歩いていたりライヴを見ていたら、

いきなり日本語で「サイコー」と言われたり、笑顔で声をかけられたり。

ちょっとそういうことがありました。

だから、たぶんいい演奏をしたんだと思います。

 

そんなわけで、こんなひどい形でしたが、仮にも、バンドではないけれど、僕の、アメリカでの初演奏は、結構グレイトな反応を持って迎えられたのでした(笑)

 

ていうか、この30ドルで、

今日のメシ代と駐車場代が出たよ!(笑)

その方がありがたいよ!(笑)

 

新橋で、酔っ払い相手に路上で演奏すると、

結構金になる、というのを僕は知ってますが、

オースティン、

この反応はそれ以上だ(笑)

 

でも、やはり演奏を振り返ると、

あまりのひどい出来に非常に落ち込んだのでした(笑)

はぁ・・・・。

 

 

でも、

他のバンドが、ショウケースで演奏する中、

こういう形でのアメリカ初上陸。

むしろ、僕らしかったかもしれんね。

得たものも、きっと、

他とは違うものがあったであろうと信じます。

 

 

そんで、プレゼン用アルバム音源は忘れてきたけれど、

僕が個人的に撒こうと思っていた編集音源は持ってきていたので、

路上を見てくれた人々に、たくさん配布することができたのでした。

めでたしめでたし。

 

というわけで、路上も終わり、夜も更け、

僕はライヴを見たかったんですが、

米持御大の「疲れたから帰ろうよ」ということで、

終了。

御大のお体に負担をかけるわけにはいかないですし。

 

ああ、でも、

Bloc Party、見たかったなぁ・・・・。

 

 

あとはこの後、先日のディナーで一緒だった、例のLAのハッタリ野郎どものレコード会社のパーティーが、PM9時からだったので、一応、行ってみたんですが、

会場についても、パーティーは一向に始まらず。ホストも一向に現れず。

「やっぱ詐欺師野郎だったか、帰るぞ(笑)」

 

 

そんなわけで、例のIH35沿いの、ゆるーいヒスパニックなJack In The Boxでメシ食って終了です。

 

 

 

 

 

SXSW3日目。(3月16日)

『戦慄のジャパンナイト』

 

 

SXSW、三日目。金曜日です。

 

いよいよ、戦いも後半といったところ。

前日、路上パフォーマンスで、良い結果が出たものの、

果たして、このつかみどころのないSXSWというイベントにおいて、

どういう売り込み活動をしていくべきなのか、

非常に悩むところでした。

 

「とりあえず、Trade Show行ってみよう」

そして、行った先で、ちゃんと知ってる人に会うところが、

米持御大のすごいところなのですが。

 

僕はその場にはいませんでしたが、日本人の業界人の知り合いの方だったそうです。

「どうやったらJapan Niteに出れるの?」

なんて、またそんなエグい質問を(笑)

いやむずかしいッスよ、やっぱりちゃんとプロモーターとかマネジメントがバックについてないと、

ただのバンドじゃなかなかジャパンナイトは無理です、

っていうのが答えだったそうです。

 

そういえば、先日も、路上をやる前に、

コンベンションセンターの前のテント広場で、

Go!Go!7188が演奏していました。

正式に割り当てられたライヴの他にも、力のある人達には、

こうして、いろいろプレゼンの場があるんだよなー、

ていうか、彼らはこうしてでっかいテントで演奏してるのに、

僕はこれからTrinity通りで路上かよ、みたいな(笑)

 

 

この後も、レーベルや業界主催の、いくつかのパーティーを見るにつけ、

力のある企業や、政治力のあるバンドは、

夜の正式なショウケースライヴ以外にも、

こうして昼間に、

いろんな活動や、業界相手に大規模なプレゼンをしているのだということを

知るのでした。

そして、それこそが実はSXSWの業界人たちの活動の場でした。

ですから、ただの名の無いバンドが、ショウケースライヴ一本だけで、

SXSWに乗り込んで何ができるかは、いよいよ難しいところであるといえるかもしれません。

 

 

さて、トレードショウですが、

前日とはブースの様子も少し変わっていて、

いかに、MIDEMとくらべて、つかみどころのないTrade Showとはいえ、

いくつかの、興味深い出会いがあったのでした。

 

ウェブサイト系や、マネージメント系で、いくつか面白そうな展開がありそうなところがあったり、

ESPなんとかいう会社のポールギルバートとかいうすごい名前のブサイクなおっさんがいたり(笑)しかも相棒の名前はエリックだし。

 

あと、面白かったのは、ロシアに外国のバンドを紹介しているというレーベルのねえちゃんでした。

そのロシアのねえちゃん、例によってちょっとだけ美人でしたが(笑)

なんでもモスクワやサンクトペテルブルグで演奏してくれるバンドを探しているのだとか。

提示された条件は、そんなに悪くないもので、ちょっと心が動きそうでした。

果たして次にバンドで行くのは、ロシアになるのか!?(笑)

 

 

トレードショウをひととおり巡ったのち、

向かったのは、Day Stage Cafe、

米持御大と一緒に、これは見ておこうと話していたのは。

Someone Still Loves You Boris Yeltsinという素敵な名前の、

ちょっといい感じのアコースティックバンドが演奏した後に出てきたのは、

かのThomas Dolby。

子供の頃、なぜか、彼のビデオクリップ集が家にあって、

僕は結構気に入って見ていたのでした。

80年代テクノポップの巨人だと思うんですが、

やっている音は今も堂々たるテクノポップでした(笑)

彼は今では、先取的な音楽ビジネスも手がけているらしく、

そのアーティスト活動の方向性は、21世紀を感じさせるもので、

やはりここでも、時代の潮流といったものを感じるのでした。

マッキントッシュとシンセを中心としたシンプルなステージは、

なにより彼の、今ではもうメジャーからはリリースしていないらしいですが、

非常な知性とアーティスト性を感じて、

そのたたずまいは、今後ミュージシャンはかくあるべきなのだと、とても勉強になりました。

そして、かのヒット曲「She Blinded Me With Science」もやっぱりやってくれたのでした。

この曲を生で聞けるとは(嬉)

 

 

さて、人のステージばかり見て感心していられないので、

営業をしなければいけません。

と、ここでまたうまくしたもので、日本人レーベルオーナーKさんとまた行き会うのでした。

「なかなか苦労してるよ。誰も仕事してないじゃん。マネージメントとか、レコード会社の連中、どこにいるの?」

「たくさん来てますよ。昼間のパーティーにみんな行ってますよ」

ということで、

Kさんのご厚意により、限られた人しか持っていない、

SXSW、裏パーティーリストをコピーさせていただき、

よさげなレーベルのパーティーに参加すべく出かけていったのでした。

 

 

しかし。

パーティーは、どこもつかみどころのないものばかり。

バンドは演奏してる、

それは良いのだけれど、

基本的に、客はみんな飲んで、騒いで、見てる。

基本的にビジネスができる環境ではないのでした。

たまに、確かに、写真をとってメモをとって、熱心にショウをチェックしている、A&Rのおばさんとかいるのですが、

そういう人達をつかまえるのは至難の業であり、

やはり、基本的に、ライヴをやってプレゼンし、それを勝手にA&Rがチェックしてまわる、というSXSWの流儀は変えようがないのでした。

 

「お手上げだねー」

さすがの米持御大も、サジ投げ状態です。

 

まぁ、いくつか良いバンドは見れて勉強になったけどね。

みんな超はなしにならないくらいレベル高い。

数ヶ月後には、これらのバンドが、世界を騒がせているかもしれない。

 

 

僕が、このSXSWを全貌を、見て回って思ったには。

このSXSWが、独特であり、ユニークなのは。

この、街をあげての、フェスティバル、祭りの中に、

すべてを盛り込んでいるところです。

一般客の参加もOK、というか、

ほとんど半分くらいは、ただの地元の若者の、テキサス大学の大規模な学園祭。

それこそ世界最大の学園祭。

それらの、Have Funする中に、このビジネスカンファレンスを、盛り込んでいること。

つまり、音楽の、ロックの基本は、その価値観は、

あくまでライヴであり、またHave Funすること。

それは祭りであり、

楽しむこと。

その楽しむことを中心に置いた上で、祭りのカオスの中で物事が動いていくからこそ、

このSXSWは、カッティングエッジたりうるし、また最大の現場たりうるのだと、

僕は理解しました。

だから、SXSWに溶け込むには、SXSWで成果をあげるには、

自らもHave Funしてパーティーしなければいけないのだと。

そのことを、米持御大も、僕も、次第に理解してきました。

誰も真面目に仕事をしていないのは、おそらくそういうことだったのです。

 

 

ロックの、ミュージックビジネスの、絶対の基本は、絶対の価値観は、

Have Funすること。

そしてそれこそが時代の潮流であり、ロックの基本にして向かう先。

この事実も、僕が今回、ロックの女神から、学んだことのひとつなのでした。

 

 

昼間のレーベルパーティーもことごとく収穫はなく、

途方にくれている米持御大と僕でしたが、

その日の夕刻、僕は、川向かいのレイクステージにライヴを見に行くことを提案しました。

なぜなら・・・・

Public Enemyが演奏するからです(笑)

 

僕はこう見えて、昔の硬派なヒップホップは結構大好きで、

Public Enemyは、間違いなくいちばんフェイバリットなヒップホップグループなのでした。

車に乗って、川向かいの会場につくと。

そこは、広い野外会場に、テントがいっぱい設置されて。

ほとんど、普通に野外フェス・・・・・。

しっかしでかいよな、広いよな、SXSW。

ていうか、正式にガイドブックに載ってる会場以外にも、

山のようにライヴハウスがあるし、

ていうか、もはや祭りの期間中、街のどこにいっても、

どこかしこでも、

ほんとうにどこにいっても、バンドが演奏しています。

スキあらば演奏するって感じです。

おかしいぞ、この街(笑)

 

そして、後日のUK業界パーティーに行くにつけ、

実は、正式なショウケースライヴ、それだけでも1000以上のライヴですが、

それは実は氷山の一角で、正式なヴェニュー以外でも、

非公式なパーティーが山のように行われて、山のように演奏しまくっている事実を

目の当たりにするのでした。

そして、そのへん、完全に日本人はかやの外にされている気がします。

 

 

パブリック・エナミーの演奏時間が近づくと、

広い野外会場は、かなーりの混雑具合になりました。

日が沈もうとする空に、遠くにオースティンのダウンタウンの街並みが非常にキレイです。

PEが現れる前に、オープニングアクトというよりは、先触れのX-Clanがパフォーマンスをしていきました。

その頃には、会場には、「葉巻のさらに強いやつみたいな匂い」が、すでにたちこめていました。

いわずもがな。

初めて嗅ぐマリファナの匂いです。

結構美味そうな匂いだったけどね(笑)

まぁ、マリファナすらやったことのないウブな自分がここにいるわけです(笑)

 

 

日本でも、あんまり見ることのできないPEだろうけれど、

こうして、アメリカで、アメリカ人に向けてのショウが見れるというのは、

やはり格別ですね。

 

ファンにはおそらくおなじみであろう、軍服のダンサーによるパフォーマンスに次いで、メンバーが登場、演奏が開始されます。

結構、ヒットパレードだったようで、僕ですら知ってる曲もいくつかやってくれました。

米持御大は、「この曲はあの曲のパクリ」というふうに、サンプリングの元ネタが全部わかるみたいでした。さすが往年のR&Bの大ファン。

 

興味深くちょっと驚いたのは、

PEが、あんなに笑いの取れるアクトだとは知りませんでした。

「携帯電話を高く掲げろ」といって、客に携帯によるライター効果をやらせたあと、わざとらしく着メロ(ringtone)の宣伝とかして、要所要所でひたすら笑いを取ってました。

 

この日は、フレイヴァー・フレイヴの誕生日。

(Wikipediaで調べたところ、48歳の誕生日)

ということで、非常に盛り上がっていました。

すげーな、あれで、48歳、かよー。

 

大統領の地元テキサスなのに、フツーに、

"Fuck George Bush"とか歌ってましたね(笑)。

 

 

あと、ヒップホップ初心者で申し訳ないんですが、

ライヴ、ちゃんとしたバンド形式でやってたんでびっくりしました。

ちゃんとギタリストいるし。

アンサンブルの中でギターの音ほっとんど聞こえなかったけど。

ヒップホップの中では、明らかにロック寄りの音を作ってきた彼らですが、

こうしてみると、結構ちゃんとミュージシャンでバンドなステージなんだなぁ、と

思いました。

 

フレイヴァー・フレイヴのお遊びドラムソロはひどかったけどね(笑)

 

 

 

んで、PEのライヴを終了間際まで見て、ダウンタウンに戻る。

ライヴを見なければ。

そう、今日はジャパン・ナイトの日です。

米持さん、ジャパンナイト見ましょうよ。

「ヤダ。オレは見たくない。」(笑)

まるで顔も見たくないといわんばかりのすねようです(笑)

しょうがないので、僕は一人で行くことになりました。

後でタクシー拾ってホテルまで帰ろう。

 

しかし、米持御大が、ジャパンナイト見たくないと言った意味は、

まもなく明らかになるのでした。

 

 

いざ、ジャパンナイトの会場である、7番街の、Elysiumというハコへ。

行ってみたところ、超行列(笑)

中に入れねぇ。

ジャパンナイトは、SXSWでは、恒例の人気イベントなので、

行列で入場制限がかかっているのでした。

でも、しょうがないから、見るっきゃないよなぁ、

と思いつつ、並んでいると。

 

日本のバンドの子が、話し掛けてきてくれました。

Mothercoatというバンドの、その子は。

ていうか、さっきはらっちに聞いたら、Mothercoatさんって、

日本では、ライヴハウスシーンでは、たとえば凛として時雨さんと同じくらいに、すごく人気あるバンドなんだって、

ぜんぜん知らずに接してた(汗)

帰りの飛行機も一緒だったしなぁ。

 

その彼が、

「いやね、ジャパンナイトの選にもれたバンドで集まって、

裏ジャパンナイトをやるんですよ〜」

って。

なんでも主催は、かのPeelander Zさんなんだとか。

それは、ちょっと、よい企画かも。

場所は、隣町、というか、メキシコの国境近くの、San Antonioって街なんだって。

 

 

Mothercoatさんの紹介で、

なんでも、日本のバンドをアメリカに紹介している、ジャパンなんとか、ってところの、

へんな外人さんに、ひきあわせてもらって、例によって音源交換。

「ワタシタチ ニホン ノ バンド ダイスキ シャチョウ ニ キカセマス」

って、カタコトの日本語で(笑)

ともあれ、非常にありがたかったですね。

ジャパンなんとかさんにも、Mothercoatさんにも、

また挨拶しなくっちゃ。

 

 

で、早く入れないかなぁ、と並んでたんだけど。

なんか、雰囲気が。

確かに、ジャパンナイトなので、お客さんにも日本人は多いし、

日本の業界人の人もたくさんいるけど、

そのせいなんだろうか、これ・・・・。

その理由を探して、ふと、見ると、

ジャパンナイトのポスター。

出演者、よく、知らなかったんだけど。

いや、Go!Go!7188とか、HYとかはね、さすがに、誰かってくらいは、わかるんだけど。

Go!Go!の、ガールズ・オルタナティヴ・ロック、って紹介はまだわかるとしても。

「ハイスクール・ガールズ・スカバンド」「10ピース・オール・ガールズ・ブラスバンド」

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・帰ろ。(笑)

 

 

いやね、出ているバンドさんはちっとも悪くないんですよ。

米持御大もね、サンプルのCD聞いたら、みんな上手かった、って、言ってた。

だからたぶん、ふさわしいバンドさんたちに、違いないんだとは、思うんだ。

トリのEmeraldsさんなんかはもう何度もSXSWに来てる実力派って聞いてるし。

 

でもね。

 

そういえば、米持御大が会った某業界人の方も言ってた。

ジャパンナイトに出るのは大変だって。

今年のSXSW。

うちのバンドは、申し込みの締め切りに、

マスタリング済みの正式な音源が間に合わず、

そういったこともあって、今回ショウケースの参加ができなかった事情があるのだけど。

 

もし、ショウケースの参加が、

この、ジャパンナイトを仕切っている人々と、同じ人々によって、

決められているのであれば。

ていうか、どうやらそうらしいんだけど。

(金を積めば参加できるという、超シュールな選択肢があった・笑)

そもそも、ショウケースの参加自体が、遠い夢であったかな、と、

僕らみたいな中途半端なハードロックバンドにとっては。

その事実に、ようやっと気づくのでした。

 

ひとつは、政治、ふたつは、ショウビジネス。

考えてみればあたりまえのこと。

みっつめは、純粋に音楽性と、方向性。

これは、検討の余地あり。

最後に、実力。

さて、どうするんだ。

 

日本に帰ってきて、すぐ、テレビをつけたら、

ちょうど、この10ピースガールズバンドが、テレビに出ていたよ。

ロンドンブーツかなにかの番組で、華々しく紹介されてた。

よく見たら、全員が、某大手ショウビズ専門学校出身・・・・。

まぁね。

 

とにかく、やっぱり、

あー、日本の音楽業界は、こうだよなあ、と、

思わざるを得なかったのは、

仕方なかったと思う。

ジャパンナイトを目の前にして、ちょっとがっかり、

してしまったからね。

 

 

ともあれ、思ったのは、

だから、

この夜出会ったバンドさんたちみたいに、

ジャパンナイトに出られない、政治力の無いバンドさんたちが、

寄り集まって、裏ジャパンナイトをやる、なんていうのは、

とても有効かつ素敵な方法であろうと、思ったわけだ。

 

 

そういうわけで、ジャパンナイトは、

行列の中で、待っている間に、

そういったものを感じてきて、結局、並ぶのが馬鹿馬鹿しくなって、

見れませんでした。

 

そして、気分を変えて六番街へ。

日本人がまったく介在しない、世界各国のバンドの演奏を、

聞きまくりました。

なんて楽しいんだろう。

なによりアメリカ人の女の子はカワイイし(笑)

 

この日ではなかったけど、

ライヴの場において、来ているお客さんに、音源を配った夜もあったのだけど、

そういう場面でも、いちいち、プライスレスな触れ合いや交流があったのでした。

みんな本気で音源受け取ってくれたのかどうかは、よくわからんけどね。

 

 

こうやって外国に来てみて、

アメリカのバンドが、アメリカのオーディエンスに、

純粋に日本人の介在しない場で、演奏するのを聞いていると。

ロックというのは、輸入品なんだな、という事実を、

否応なく突きつけられます。

 

 

21世紀。

こちらでは、もう、こんなに自由なことになっています。

あるいは、ここが、SXSWだからなのか。

あるいは、もともとロックというのはこういうものだったのか。

演奏するバンドに、ジャンルなんて必要ない。

もちろん、ジャンルはたくさんあるし、

古いブギーをプレイするバンドもあれば、

いまどきありえない、メタルな格好をしたバンドもあるし、

ポップでおしゃれな演奏をするバンドもある。

でも、そこに、あまり壁というものが感じられない。

観客も、ロックというものを、1ミリも力んで聞いていない。

理屈なんて必要ない。

日本で、こんな光景を、どうだ、見たことが、あるか。

 

 

ロックというものは、こんなに、自由で、肩肘はらないものなんだと。

そう思うと、日本人は、ロックの楽しさ、素晴らしさを、

1から10まであるのだとしたら、

たぶん、半分以下しか、楽しめていない気がしました。

それは、「輸入品」であるロックを、

輸入し紹介する立場の人たちが、

おそらくは、その幅を狭めてしまっているから。

 

 

それは、もちろん、利権や利益であったり、

あるいは、

限定された考え方や、選民意識であるとか、

あるいは日本人特有の縄張り意識なのか、

詳細は知りませんが。

 

 

とかく、

本当はとても自由で幅が広く、

なーんも肩肘はらないものであるはずのロック。

輸入ものである以上、

それが、限定された形でしか、日本には入ってこない。

僕は、それを仕切っている人々。

いわゆる、日本の、音楽業界であるとか、

業界を仕切っている人々に、

今回こうして海外の最前線の現場でものごとを見聞きした結果から、

なんだか、一定の、しかし決定的な、

不信感を抱くことになってしまったのでした。

まぁ仕方ないと思うんだけどね。

そもそもが輸入ものなんだからさ。

皆、ロックにいっしょうけんめいなはずなので。

 

でも、少なくともロックは、

業界、たとえばレコード会社とか、プロモーターとか、

によって、仕切られるものでは、絶対にないし、

メディアの人々が、

雑誌やレビューの中で、

常々語っているようなものでは、

絶対にない。

限定されていない、

1から10までのロックを、

この、日本人の介在しない現場で、

しっかりと体験して。

それは、はっきりと感じたことなのでした。

 

 

 

僕が、昔から大好きなアーティストたちのレコードの中に見出していた、

壁のない自由な世界。

海の向こうでは。

少なくともこの世界の頂点であるSXSWでは、

こんなにもそれが、現実になっています。

 

これが、現場。

僕はそれを、とてもまぶしく、見ていました。

 

 

 

さあそして夜も適度にふけ、

そろそろ帰るかあ、と。

だがどこでタクシー拾うんだ。

 

結果、

こんな深夜にもかかわらず、

ヒルトンホテルのところから、

祭りの期間中のための、

乗り合いタクシーが出ていて、

「おまえは北へいくのか、南へ行くのか?」

「北です」

「じゃあこの車に乗れ、10ドルだ」

ということで、無事IH35沿いの安ホテルに

帰還したのでした。

 

 

 

 

 

SXSW、4日目。

(3月17日)

『おばちゃんと奇跡の再会』

 

 

SXSW4日目。

土曜日です。

一応、スケジュール上は、SXSWの日程は、翌日の日曜日まで、

なんですが、

日曜日のスケジュールは、

ソフトボールとか、バーベキューとか、

そういう、後夜祭的なものだけなので、

実質この日が最終日と言っていいでしょう。

 

 

1日目に、大物をゲットしたりする成果はあったものの、

その後は、このつかみどころのない学園祭のような、SXSWというイベントに翻弄され、

大きな成果がない我々。

数少ない、現実的につながりそうなルートのひとつとして、

あのディナーの席で仲良くなったチェコ出身ロンドンの音楽出版のおばちゃんがいるのですが、

その後、そのおばちゃんに、一向に連絡がつきません。

名刺の電話もロンドンのものだし、出したメールも帰ってこない。

おばちゃんとは、もっと話を進めたかったのですが。

まさになすすべなしでした。

 

 

「なにはなくてもさ、行ってみようよ、トレードショウ」

それから、この日のパネルの中には、

マネージメントを対象としたものがあったので、

マネージメントを見つけたい我々としては、

そのパネルに行ってみることも計画していたのでした。

 

そして、最終日のコンベンションセンター。

トレードショウの会場に行ってみると。

 

「Hey, how you doin?」

グラサンをかけてそこにいたのは、

他でもないあのロンドンのおばちゃんでした。

奇跡の再会です。

 

「電話したのよ、Tak、でも、つながらなくって」

なんでもおばちゃんは日本の携帯への電話の方法を

間違えていたみたいです。

だめじゃんおばちゃん。

 

 

さっそくというわけで、

おばちゃんとお茶をすることになりました。

例によって、本当はプラチナバッジがないと入れない、

プラチナムラウンジにて(笑)

 

米持御大と、ロンドンのおばちゃんは、

音楽出版や、業界のトークに花を咲かせています。

僕は、おばちゃんのチェコ訛り&ロンドン訛りが

苦手なので、そばで黙って聞いていました(笑)

 

おばちゃんにはもちろん、

すでにImari Tonesの音源は、手渡してあるのですが、

話は米持さんのソロアルバムにも及びます。

おばちゃんは、米持さんのソロアルバムに参加しているミュージシャンの

豪華な顔ぶれを見て、

「オゥ、私でも知ってるような人達ね。どうやら私たち、何かができそうね」

と、

とてもいい感じになっています。

おばちゃんは、ハードロックは全然知らないとのたまっていましたが、

(そういえば日本人ミュージシャンは喜多郎と坂本龍一しか知らないと言っていた)

イギリスのStatus Quoが話題の中で引き合いに出されるにつけ、

ロックはやはり輸入物であることを考えてしまうのでした。

Status Quoというバンドがわからなかった僕は、

米持御大に、

「Status Quoって何ですか?」

と聞くと、

「知らないの? イギリスの超大物なハードロックバンドだよ、

ロックやっててQuoを知らないのはマズイよ。

確かに日本では全然知られていないバンドだけどね」

ええー、

でも、

一応それなりにロックを勉強しているはずの、僕が、

そんな大物バンドを、名前や存在すら知り得ていないというのは、

なんだか僕だけのせいではないように思えるのでした。

やはり、ロックとは、しょせん輸入もので、

一部のものが、限定された形でしか、日本には入ってこない、

という基本的な事実を、ここでも思い知るのでした。

 

 

プラチナムラウンジのカフェで、

ひととおり盛り上がったところで、

おばちゃんは、僕らを、

UK業界のパーティーに、誘ってくれました。

「Mean Eyed Catっていうところでやるらしいのよ。

ちょっと遠いらしいんだけど、一緒にいかない?」

 

その日は、前述のとおりマネージメント対象のパネルなどを見ようかという

計画もありましたが、

ロンドンのV.I.P.である

おばちゃんの誘いをことわるべくもなく、

我々は行くことにしました。

 

おばちゃんと一緒に、僕らはコンベンションセンターから出ている乗り合いバスに乗り込みます。

乗り合わせた、アメリカ人と思われる白人ボーイズのバンド。

「昨日、このへんでパブリック・エナミーやったんだぜ」

「ああ、見たよ。すごい盛り上がってた」

「人いっぱいいたのかい?」

「いたけど、でも、動けないほどじゃなかったぜ。

P.E.はブラックのミュージシャンの中じゃ、オレの中では

ナンバー3には入るな。

でも、いちばんサイコーなのはやっぱプリンスだぜ」

みたいな会話をしてる(笑)

 

そして、バスは、ダウンタウンから遠く離れたMean Eyed Catへ。

 

なんなんだ、この場所は。

Mean Eyed Catというそのヴェニューは、

ヴェニューっていうか、

すんげー、古びた建物ちゅーか、レストランらしいんだけど、

その裏手に、すんげー広場があって、

そこに、今にも壊れそうな野外ステージが、設置されている。

ステージっていうか、小屋・・・・。

その、牧歌的なステージに、

さんさんと降り注ぐ太陽。

しかもステージの上には、やたら古臭い格好をしてバンジョーを持った

牧歌的なバンドたち。

そして、広場には、白人どもがビール飲んですでに宴たけなわなんだけど、

みんな結構ファッションセンスがおかしい・・・(笑)

ヒッピーみたいなやつ平気でいるし、

かと思えば平気でデビュー直後のデフ・レパードみたいな格好したやついるし、

女の子も気のせいかみんな、ふるくっさいワンピース着てるし。

なんなんだ、このラヴ&ピースな光景は。

「そこにいる業界人どもが携帯やPDAを持っていなかったら、

60年代にいるのかと勘違いしてしまうところだよ!!」

 

おばちゃんによれば、

これは、British Music at SXSW 2007のパーティーで、

確か、MOJOとかいう雑誌が主催している業界のパーティーだということでした。

なんでそんな、UKの業界パーティーに、

東洋人二人が紛れ込んでんだよ(笑)

 

そして、この場所、ほんとになんなんだ。

完全に、ゆるゆる。そして、超ヒッピー。

ダウンタウンからも遠いし、

SXSWの歴史の中でも、

ここまで来た日本人って、

たぶん結構少ないんじゃないかなぁ。

 

 

そうこうしているうちに、

ステージには、

今年のUKシーンの期待の星である(らしい)、

Foals、というバンドが、

なんだか鳴り物入りな雰囲気をしたがえて登場してきました。

おばちゃんによれば、

このバンドは、最近、ゲフィンと契約して、

ずいぶん勢いがあるそうです。

おおっ、UKシーンの明日の流行を、一足先に見れる(笑)

 

演奏が始まると、

foalsは、ポストパンクやブリットポップの色が強く、

僕はなんだか、Supergrassあたりを思い出しました。

ていうか、日本のSparta Localsにそっくりでした(笑)

スパルタローカルズ、UK行って勝てるんじゃん?(笑)

サウンド的には、そうした英国らしいひねったポップの上に、

キーボード奏者の弾くアナログシンセの音が、

ポップな効果を生み出していたのでした。

新しいとは全然思わなかったけど、むしろ古いものの再生産に見えたけれど、

すんげー勢いのあるバンドだなあ、と。

 

おばちゃんいわく。

「長続きして生き残る音楽ではないけれど、

ぱっと爆発的に売れそうよね」

まぁ現実的な(笑)

おばちゃんは、このバンドの出版のディールを狙っているのだそうです。

このバンドの出版の契約をゲットすれば、○○○万くらいにはなるそうです。

おばちゃんは、近年、ワーナーから独立して自分の会社を始めたので、

まだまだがんばらないといけないのだと言っていました。

 

おばちゃんは、周囲の英国の業界人たちと、いろいろカンバセーションして、

米持御大も、すっかりおばちゃんと仲良くなっています。

そして、とあるレーベルをやっているおっさんと話すことができました。

自分でももちろんバンドをやっている、そのレーベルオーナーのゴツいおっさんは。

「オレは何度もこのSXSWに来てるけど、自分のバンドでプレイできたのは4回目からだよ。

それまでは、ただ営業のためにここに来てたんだ」

あ、やっぱりそうなんだ。

それくらい、気が長く、海外攻略、やはり無限のSXSW、

それくらい長い気で取り組まないといけないってことね。

そして、そのおっさんも、まるでグレイトフルデッドみたいな格好をしてて、

やっぱり、ここはどこなんだ、ていうか、いつなんだよ、と。

で、例によって、音源交換、名刺交換など、行われるのでした。

 

 

UKの業界人パーティーであるのに、

やたら牧歌的でタイムスリップ趣味な、

その野外パーティー。

あまりにゆるく、皆ヒッピーしているので、

しょうがないので、僕もビールをしこたま飲んで、

日焼け止め塗ってたにもかかわらず、

すっかり日に焼けてしまったのでした。

 

 

そんな調子で、またも乗り合いバスにのり、

Mean Eyed Catからダウンタウンに戻ってくる頃には、

最終日のトレードショウもすっかり終了しており、

コンベンションセンターも後片付けモードに入っていたのでした。

 

これは、もう今日はやることないよね、ということで、

我々も撤収モードに入ったんだよね。

「アンプ売ろうか」

オースティンの町の郊外には、先述のとおり、

Pawn Shop、つまり質屋がたっくさんあって、

そのほとんどでは楽器もたくさん売られているので、

現地調達して路上演奏に使った、Fender Ampcanを、

さっさと売ってしまうことにしたのでした。

なぜなら、やっぱりスーツケースの重さの関係で、

持ってかえることが難しいからね。

電圧も120V仕様だし。

 

大手チェーンと思われるPawn Shopに入り、

レジのねえちゃんが、事務的にシリアルナンバーだけ、パソコン端末に

入力すると。

(動作確認ってしないんだ!?)

「30ドルですね」

うわ、悲しい(笑)

たしか、180ドルくらいで調達したこのポータブルアンプ。

路上の演奏で30ドル稼いでいるから、

三分の一くらいは、これで償却したことになるのかな。

でも、これを使って、お金にはかえられないコミュニケーションが

できたわけだからね。

 

「30ドルもゲットしたし、せっかくテキサスに来たんだから、

今日くらいはステーキを食おう」

と米持御大。

確かに、1日目のFour Seasonsのディナーは別として、

あとはいつもSubwayかJack In The Boxだったもんな(泣)

というわけで、

車でIH35を北に飛ばし、現れたそれなりのレストランで、ステーキとあいなりました。

と、店、なんだか、貸切パーティーしてるし。

店内も、すんげーパーティー状態。

こっちに来てから、ありとあらゆる接客業の店員が、

ちっとも真面目に働いていない、

というか、みなとても楽しそうに働いているのは、ずっと見て気づいているけれど、

(どこの店員も、皆、ゆるゆるのタメ口で話し掛けてきて、接客用語的なものが、ほとんど、なさそう)

この日は、皆、店員さんも、超パーティーしてる。

で、みんな、緑色の格好をしてて、なんでかな、と思ったら、

この日はセント・パトリックデイというアイルランド由来の祝日なんだって。

そういえば、昼間のBritish Musicのパーティーでも、

緑色の格好してる人がいたなあ。

 

ていうか、アメリカ人って、やっぱ、

なにかにつけていつもパーティーするのな(笑)

わかってはいたけど、やっぱなんか、うらやましいよね。

 

というわけで、やっとステーキにありついたところで、

携帯電話が鳴る・・・・。

ディスプレイには、謎の番号。

出てみると、プーッ、プーッ、と、切れている。

「それ、ロスの番号じゃない?ロスから来てる人だよ」

アメリカでは、携帯の番号も090とかじゃなくて市外局番があるらしいのですが。

こちらからかけなおしてみると、お話中。

何度かけてもお話中。なんなんだ。

ああ”ー、ひょっとして、今の電話に出れていれば、

アメリカのメジャーからレコードが出たのかぁ(笑)

気になって、せっかくのステーキに集中できないじゃないか〜(泣)

 

といいつつ、アメリカの代表的な地ビール、サミュエル・アダムスといっしょに、

米国産危険部位(笑)ステーキを食ったのでした。

 

さて、そんなこんなで、このSXSWの日程もいよいよ終わりか?

いや、

まだ今日はやることがある。

 

非常に盛り上がっているであろう、土曜日のライヴを見なくちゃ!!

もちろん、体調管理に気をつけなくてはいけない米持さんにこんな夜遅く行かせるわけにはいかないので、

僕だけダウンタウンで落としてもらい、またも一人で、六番街に参戦します。

 

 

時刻は、もう10時半くらい。

何が見れるんだろう。

と、思いつつも、何を見るかは決めていたので、

2番街らへんの、ヒルトンホテルのへんにある、REDRUMというヴェニューへ。

到着すると、

Child Abuseなるバンドが、

ドラムとキーボードとベースだけという、不思議な編成で、

不思議なデスメタル(?)を演奏していましたが。

 

その後に続いて、現れたのは、

われらが日本のMetalchicks(笑)

 

知ってる人は知っていると思いますが、

Buffalo Daughterのシュガー吉永さんと、元DMBQのドラムの人が、

なんだか冗談でメタルをやっているという噂の、半分ジョークみたいなこのユニット。

 

間近でみると、

すげえおばさん(汗)

まぁ、キャリアのある人達だからねぇ。

これでChicks(かわいこちゃん)なんて、

看板に偽りアリだろ、

と思うんですが(笑)。

 

 

ともあれ、打ち込みや、シンセのぐりぐり音を効果的に使いつつ、

ドラムとギターの二人で、

ダンサブルなリズムに、轟音リフをのっけてました。

会場には、その割には日本人は、関係者+αくらいしかいなかったと思うんだけど、

アメリカ人にはバカ受けで、

最初はわりとガラガラだったヴェニューが、

後半には見事に満員御礼になっていたのでした。

 

すごく面白かったんだけど、

日本人ならではの変化球には違いないし、

米持御大が見たらなんて言うんだろうなぁ。

ちょっと複雑な気もします。

でも、こういう、日本のシーンでも最先端にいる人たちが、

わざわざ「メタル」と名のつくダサい音楽を、

ダンサブルなものにして発信するのは、

やはりとても面白いと思います。

 

あとは、ギター演奏しながら、シンセいじったり、

マイクを2本立てて、普通のヴォーカルと、

ヴォーコーダーの音を使い分けたり、

あとは打ち込み使用の二人組みライヴという意味でも、

未藍さんとRaphyさんのライヴを、ちょっと思い出しました。

未藍さんたちも、海外でのツアーが、今年は実現するといいなぁ。

 

僕はBaffalo Daughterはアルバム1枚しか持ってないけど、

結構愛聴していたので、

この日、終演後、シュガーさんに握手してもらってラッキーでした。

うーん、かっとんだおばちゃんだなあ。

 

DMBQも僕はライヴを一度見たことがあるだけだけどね。

確か、ドラムにこのMetalchicksの吉村さんが抜けて、チャイナさんが加入した直後のライヴだった。そのチャイナさん、昨年のこのSXSWに来て、その直後の交通事故で、このアメリカの地で亡くなってるんだよね。

 

楽しく興味深いステージではあったけど、

いろいろと複雑な気持ちになりつつ、REDRUMを後に。

 

そうそう、この日のREDRUMはやはりメタルの日だったらしく、

ていうかハコ的にメタルっぽいハコだったけど、

Metalchicksの後には、北欧から来た、

POISONみたいな格好したバンドが偉そうに控えてたよ(笑)

veins of jenna、ってバンドだったけど、

今北欧って本気でメタルが熱いらしいからね(笑)

そんな格好した連中を間近で見れて新鮮でした。

ちょっと見たかったんだけど。

彼らもそのうち、ブレイクして日本に輸入されるのかな。

3ヵ月後のBurrn!に載ってるかもね(笑)

 

 

複雑な気持ちでREDRUMを出た後、

向かった先は、六番街の入り口にあるHabana Calle 6 というヴェニュー。

行ってみると、ここもすごい並んでたけれど、

SXSWのレジスターバッジを持っているということで、

並ばずにすぐ入れてくれた。

なんだ、そうだったんだ(笑)

 

 

そして、

そのHabanaなんとかいうクラブの、

南国の雰囲気満点の中庭ステージで、

僕は、今回のSXSWでの最高のライヴを目撃しました。

もう、ぶっちぎりだった。

 

現れたバンドは、「+/−」(plus/minus)。

彼らは、僕が日本のバンドで、いちばん好きなバンドであるところの、

bloodthirsty butchersと、仲がよいらしく、

日本でもブッチャーズと一緒にライヴやったり、スプリットアルバム出したり、

してるんだよね。

で、僕は、まだ見たことがなかったので、せっかくの機会だからと、

見にきたんだけど。

でも、彼らのことは、全然知らなかったし、何も情報ももたずに行った。

おなじみ奈良美智氏のイラストがジャケットになった、

ブッチャーズとのスプリットアルバムを、アメリカでリリースしたばかりの彼らを、

やはり同様に奈良氏の描いたイラストのブッチャーズTシャツを着て、

最前列で見てきたんだけど(笑)

 

 

現れたバンドは、

東洋人だった。

ニューヨークのバンド。

フロントの二人は、明らかに東南アジア系。

ベーシストは、チャイニーズのようだった(日本人ではないと思う)(正式メンバーではないらしい)。

そんで、ドラマーだけ、白人。

 

アジア系のバンドかよ。

その時点で、すでにもう、雰囲気が違った。

たぶん、ニューヨークという場所だからできることなんだろうな。

このインターナショナルな布陣は。

 

そんで、鳴らされた音は、

聴いたことがないくらいに自由で、新鮮で、

インターナショナルな広がりを持ったものだった。

 

ていうか、おまえら、

東南アジア系って時点で、

すでにもう、他のアメリカ人バンドよりも自由じゃんかよ!

ずるいよ!

といいたくなった。

 

国境もなく、

ジャンルもなく、

メジャーもインディーもなく、

アイディアは新鮮で、

そして果てしなく自由で美しい。

 

そんな、すべての壁を乗り越えたNeworldが、

今ここに、目の前に実現されている。

これが、新しい世界。

 

こんな、新しい自由な世界が、

ニューヨークでは、アメリカでは、

そして世界では、

もうアリになってるんだ。

 

そう思って僕は、

ロックを輸入のもの、

特別なものとしてしか接することができない、

そんな限定された

日本の状況を思い、

このニューヨークを拠点とした

アジア人どもの、

途方もない自由さが、

本当にうらやましくなった。

 

海の向こうでは、こんなに状況は

人々の精神は

自由でボーダーレスになってるのに、

やはり日本人は、ロックの楽しさの、

半分以下しか楽しめていない。

それは、単純に、悔しいしもったいない。

 

僕は、

考えられない、

すげえ、

と、何度も叫んでいた。

はっきり言って、生涯でも3本の指に入るライヴだったと思う。

 

リードシンガーの、

ジャズマスター持ったアジア人が、

またこれがいいギターを弾くんだ。

ジャズマスターって、

こんなにキレイな音がするギターだったんだ、

って。

 

正直、bloodthirsty butchersよりも、

二段くらい上を行っていたように思う。

ジャズマスターのリードに関しても、

日本ではジャズマスター使いとして有名な

ブッチャーズのひさ子さんのギターの、上を行っていたように思う。

 

んで、身内ネタで申し訳ないんだけど、

リズムギター、サブヴォーカルの、

ソープバーのついたSG持ったアジア人が、

なんだかスギペにそっくりなんだ(笑)

そんで、コーラスや、ギターのハモリも、完璧なんだ。

これは、ちょっと、もう。

すごく美しいバンドだったよ。

 

 

これがニューワールド。

これが、21世紀の音楽であり、

ボーダレスな世界。

こんなにも世界の潮流を体現した、

SXSWという象徴的なイベントの最後に、

たぶん世界のさきっぽで、

いちばんの新世界を体現している連中に、

最後の夜に出会うことができた。

これが、今回僕が見た世界の頂点。

 

 

たぶん、

このSXSWで見れたことも特別だったし、

この南国のような開放的なヴェニューも良かったんだろう。

 

もちろんショウは盛り上がりまくりだった。

でも、見回すと、

会場にたぶんほぼ、日本人はいなかったのがちょっと寂しかった。

うーん、このぶんだと、日本のロック、あのアジア人どもに負けてるぜ、

連中のほうが、自由でかっこいいぜ、

完璧にそう思った。

 

 

あと印象的だったのは、

ショウが終わって、

さっきまですげーギター弾いてすげーステージやってたリードシンガーが、

眼鏡かけて片付け始めたとたんに、

一気にオーラが消えて平凡なアジア人に戻ったこと(笑)

変わりすぎだから(笑)。

素敵すぎるよ、+/−。

 

 

このボーダーのない自由な世界は、

僕が、音楽を志す中で、

ずっと志向しあこがれてきたものだったけど。

How free are you.

僕は自由に音楽をやれてきたか。

新しい時代の価値観を見据えて、

音楽を作ってきたか。

その、いい見本を、この日は、見せてもらった。

これがたぶん僕の目指す場所。

連中に負けない自由を、

僕も手に入れたとき、

またここに戻ってこよう。

 

さあ、連中に負けない自由っていうのは、

いったいどういうことなのか。

答えは、僕自身が知っているはずだけど、

実現していくのはこれからだ。

まだまだ、まだまだ。

こんなものを見せられたからには。

これからが本番だ。

 

 

ちなみに、日本に戻って今、

彼ら+/−の、アルバムをさっそく、買って聴いている。

一応、現時点ではいちばん新しいっぽい、「let's build a fire」ってやつ。

残念なことに、アルバムは、ライヴ演奏の、

たぶん5ぶんの1くらいしかよくない、

っていうか、

ライヴの方が5倍くらいよかった、というべきか。

でも、すさまじく開放的で、

新しい時代を体現した音源であることに変わりはない。

欧米を中心とした、ロックの世界に大して、

この優秀なアジア人のエリートどもは、

新しい王道の在り処を、提示することに成功していると思う。

日本人のようにこすずるい手ではなくて、

もっとまっすぐな方法論で。

 

あとはねえ、日本盤の解説、ライナーノーツがよくないね(笑)

無理矢理、小難しい解説で、おしゃれな流行にあてはめようとしてる。

やっぱ、日本のジャーナリストは、ロックってものを勘違いしてるよ。

 

 

 

そんなこんなで、

見るべきものを、無事に見つけて、見ることができた、

その充実感にひたりつつ、

僕はまた、

開放的にボーダーレスに、

パーティーを続けるこの6th Streetを後に、

例のヒルトンから出る乗合タクシーでホテルに戻った。

 

 

そういえば、

前の晩にジャパン・ナイトを見れずに帰ってきた際にも、

米持御大といろいろ話した。

 

いかに、この日本の音楽業界が、

限定された状況で、

限定されたことしかできない状況であるかということを。

そして、

米持御大が、

エア・パヴィリオンの旅の中で、

なぜ、海外に出る道を選び、

アメリカで、アメリカ人たちとバンドを組んで、

レコードも洋楽から出すことを選んだのか、

その理由が身をもってよく理解できた気がしたのでした。

 

もちろん、ジャパンナイトは大人気だし、

日本のバンドもすごくウケている。

 

(もっとも、日本人レーベルオーナーKさんが

言っていたように、

だからといって、このSXSWをきっかけに、

継続的に、このアメリカで、海外で、活動が続いている

バンドは、皆無に等しい、という話だけれど。)

 

だけれど、

前日の夜、そして今夜、と。

日本人の不自由さ、格好悪さ、あるいはズルさ。

そして、

こっちの連中の、自由さ、楽しさ、

その、あまりに自由な状況、を、

目の当たりにしてしまっては。

 

日本の、業界や、それを仕切っている人々や。

あるいは日本のバンドマンたちを。

あるいは日本の状況を。

ちょっと疑問をもたずにはいられない。

まぁ、仕方ないんだけれどね。

 

 

 

 

 

 

SXSW5日目。

(3月18日)

『何年ぶりだよ、ワッパー』

 

 

そんなこんなで、狂乱の土曜日は終了し、

明けて滞在最終日、SXSW、5日目です。

 

 

日曜日。

一応、SXSWのスケジュール上では、最終日になっているとはいえ、

実質的に、もう祭りは終わっています。

 

残っているのは、限られたバンドの、ライヴと、

(日曜日にまわされたバンドって、やっぱ不運なんだろうか、あるいは、特別なバンドなんだろうか)

 

あとは、ソフトボール大会と、バーベキュー(笑)

 

ソフトボール大会って、おいおい、って思うけど。

でも、期間中にコンベンションセンターに設置されていた、

ソフトボール大会の受付デスクでは、

「笑わないで、これはシリアスなイベントなのよ」

って言ってた。

 

「米持さん、ソフトボール大会行きましょうか、

大会は、マネージメントチーム、レコード会社チーム、アーティストチーム、みたいに、

業種によってチームがわかれているんです。

ってことは、マネージメントの人達に、たくさん会える可能性があるって、ことですよね」

 

「ソフトボール? 俺は絶対にイヤだ」(笑)

 

というわけで、やはり終了です(笑)

御大いわく、

「今日は日曜だ。一週間働いたんだ、今日は休むぞ」

ごもっとも。

 

というわけで、

「なんか観光名所ないの?」

とりあえずIH35と車で飛ばすことにしました。

「北に行こう」

「北に行くとジョージタウンとかいうところがあって、テキサス丸出しの古い町っぽいです」

「よし、そっち行こう。」

車を飛ばすこと10分。

「今、どこへんまで来た?」

「すいません、北に向かってるつもりが、南に行ってました」

「よし、そっち行こう」

(笑)

ということで、我々は、

オースティンから南に車を飛ばします。

快調にぶっとばす三菱エクリプス。

そういえば、確か木曜日の夜に、

なんか車の安全装置が鳴ってると思ったら、

夜の間に、車のガソリンを抜かれるという事件があったのでした。

さすがアメリカ。

ガソリンスタンドまでいけるくらいのガソリンは残してあるのが、

余計に憎たらしいのでした。

僕らが泊まっている安ホテルにも、

少しは、バンドマンと思しき人達も泊まっていたのですが、

SXSWの期間もほぼ終了ということで、ホテルのレートも下がったからか、

ホテルにはバイカーの集団がやってきたのでした。

ガソリン抜いたのお前らだろ!?(笑)

 

ハーレーの集団でやってきた、

ヒゲと皮ジャン、の、

バイカーの集団。

初めてみたよ本物。本当にいるんだなこういうの(笑)。

中には、家族連れの連中もいて、

ホテル中が非常に騒がしいです。

ていうか、ホテルの廊下でパーティーするなよな(笑)

ビールの缶置きっぱなしだし。

 

 

ともあれ、我々は車を南に飛ばします。

街から離れると、そこはどんどんと、

なにもない平野になっていきます。

広すぎだよ(笑)

あ、牛だ。

で、南にいけばいくほど、

どんどんと、景色がメキシコっぽくなってきます(笑)

そりゃメキシコ人もいっぱいいるはずだよな。

昨年ドイツ行きの飛行機で見たジャック・ブラックの映画「ナチョ・リブレ」が思い出されます。

 

結局われわれは、

オースティンから南に、たぶん30キロくらい行ったところの、

サン・マルコス、という街にたどり着きました。

途中、ハイウェイ沿いに、

オースティンの街中では見なかったバーガーキングを何軒も発見し、

あ、やっぱあるんだ、バーガーキング、と。

あとは、テキサスを拠点としているらしい、

Whataburgerっていうのも頻繁に見かけました。

事前に、ここのバーガーもでかいという話を聞いていたけど、

今回は試す機会なかったな。

ジンジャーちゃん情報によると、テキサス発祥のこのバーガーチェーンはジンジャーちゃんが子供の頃から流行っていて、でかいというよりはひらべったいバーガーなんだそうです。

 

 

サンマルコスで、我々は、ふらっと。

ばかでかいアウトレットモールがあったので、

そこに立ち寄りました。

ディズニーランドよりもでかかったです。

有名ブランドがいっぱい店出してましたが、

特に買い物はせず。

見学だけかよ(笑)

あ、日本人の主婦発見。日本語で話してる。

こっちに住んでる人達だね。

 

地図を見ると、このサンマルコスから、

さらに2〜30キロ南に行ったところに、

サンアントニオという街があり、

そこはもうほとんど、メキシコとの国境らしいのですが、

その街で、まさにこの日、

有名なPeelanderZさんや、ジャパンナイトの日に出会ったMothercoatさんたちが、

「裏ジャパンナイト」を、やっていたはずです。

隣町ですら、車で60キロだからなぁ。

なーんにもない、広がるテキサスの平地を見ながら、

アメリカツアーの移動ってのは、

やっぱ相当クレイジーなんだろうな、と

思いをはせるのでした。

 

ちなみに、ジンジャーちゃんのトリビアによると、

このサンアントニオというのは、

人口に対して、レストランが世界で一番(アメリカで一番だったかな)多い街なんだそうです。

例のアラモの砦とかあって、

有名な観光地みたいだねー。

 

「じゃ、こんどは北へ向かおう」

そんなー(笑)

 

というわけで、

我々は、こんどは、IH35を北に向かい、

オースティンの町から、10キロくらい北に行ったところで、

「せっかくだから」

と、念願のバーガーキングにありつきました。

 

ああ、もう(笑)

この時を何年待っていたことか(爆)

大学時代に、大好きだった、Burger King。

大学の近くにもあったしね。

でも、とかく、日本では、バーガーキングのハンバーガーは、

ボリュームがあり過ぎたのか、

2001年くらいに、日本から撤退してしまったんだよね。

あれ以来、ずっと待ち焦がれていたんだよ。

なんでも、嬉しいことに、今年の夏、日本に再上陸するらしいけれど、

何年ぶりだよ、一足先に、ひさしぶりのワッパー、いただきます。

うわ、

激うま(笑)

なんだよ、この炭火焼みたいな肉の味は!

やっぱ、この手のチェーン店のバーガーでは一番だよねー。

一応ここ、本場テキサスだしな。

日本でもこれくらい美味いのを作ってくれるといいな。

 

ちなみに、ハラペーニョ(こんなに辛かったとは)が入ってるのがいやなので、

テキサスワッパーではなく、普通のダブルワッパーを頼んだのでした。

あとは、それでも足りずThe Angusというのを食べてみた。

バーベキューというか、味噌カツみたいな味でした。

 

ちなみにハラペーニョですが、

こちらでの食事、やはり米持御大の減塩対策のため、

Subwayでサンドイッチを食べることが多かったのですが、

その中に入っていて、僕は結構ひどいめを見たのでした。

ハラペーニョソースって、結構マイルドな辛さなのに、

生のハラペーニョ、辛いっていうより、辛酸っぱくて、刺激強すぎ、ていうか痛い。

South Congressの、これまたゆるーいサブウェイに、何度か行ったのですが、

冗談みたいにイケメンな白人の兄ちゃんが、バカみたいにマスタードをかけまくるので、

余計に辛かったのでした。

大きなショッピングモールの中にあったサブウェイでは、店員ももうちっとキビキビ動いていて、そんなマスタード攻撃も無かったので、

さすがアメリカ、チェーン店でも、店によって、品質ブレすぎ(笑)

 

 

この日は、そんな感じだったかなぁ。

あとは荷造りとかね。

何しろ、翌日が早いから。

 

 

そういえば、+/−を見てきて、

その後の会議の中で、

Imari Tonesの今後の演奏方針についても、

米持御大と話していたのでした。

 

今後、Imari Tonesが、日本の業界人や、オーディエンスに、

ちょっとでも受け入れられるようにするには。

つまりは、SXSW Asiaの人々が、音だけでなく、それ以外の部分で、選抜を選ぶのであれば、文句を言わせぬ実績が必要であるし。

米持さんの作戦の提案としては、ふたつあったのでした。

ひとつは、演奏レベルを上げること。

それは、つまりは、HR/HM路線に近づいていくこと。

 

そのためには、バンドの根本的な改造が必要。

ヴォーカリストもハイトーンの出る上手いのを入れて、僕はギターに徹する。

そして、パンクドラマーであるはらっちもとっかえて、もっとHR/HM然とした上手いドラマーを入れる。

そして、完璧な誰にも文句を言わせないショウをやるわけだ(笑)

 

もうひとつは、演奏レベルを下げること。

逆に、これは、パンク路線に近づいていくこと。

これだったら、自分で歌うことになる。

 

要するに、見せ方や演奏のスタイルということなんだけど、

言ってしまうなら、これについては、今までも、ずっと悩みつづけてきたことだった。

ハードロック/ヘヴィメタルなのか、あるいは、インディーロック、パンクなのか。

ギターなのか、歌なのか、両方やるのか、やらないのか。

3人なのか、4人なのか。

ホットにはじけるべきなのか、あるいはクールに徹するべきなのか。

 

米持御大は、パンクにするにも、ギターをもう一人入れることを提案していたけど。

パンクって言葉も広いから、

僕にとってのパンク、ということをいうと、

ブッチャーズみたいなインディロックのことになるんだよね。

もっとアートで自由なスタイルのことを。

 

半年前に、ドイツに赴いて、サシャ・ピートに、

「イマリ・トーンズはハードロックというより、パンクだ」

と言われ、

また今回、こうしてテキサスのSXSW曼荼羅世界に来てみて。

いろいろな答えや真実が見えたけど。

 

「見たバンドの中でも、メタルにいっこも感動せず、

+/−とか見てこれだけ感動してるんだ、

もうこれ、答え出てるよね」

 

僕自身、ハードロック、ヘヴィメタルは大好きであるし、

それは昔から今でも変わらないし。

しかし、ある時期以降の、型どおりの、フォーマットの決まりきったメタルには、違和感と嫌悪感を抱いているのも事実で。

 

もともと僕自身、メタルを卒業したのがいつだったか、といえば、

とっくに15歳の終わり頃に卒業しているのだけど。

たとえばmixiのプロフィールに書いてある、

「本気で好きになるほど縁があったバンドリスト」には、

メタル系のバンドの名前はほとんどない。

完全にメタルなのは、Judas Priestと、あとは一般的にメタル系に分類されることの多いVan Halenくらい。

 

米持御大と出会って以来、

僕の中では、HM/HRへの回帰を強めていたんだけど。

やっぱり、僕は、イマリトーンズは、

その本質は、メタルではない。

 

僕の、ギタリストとしてのルーツが、

HR/HMにあるのは、真実だけれどね。

 

こうして、ここ1年余り。

右端から、左端まで行ってみて。

結局、僕は。

ハードロックとパンクの間を、

揺れ動く音楽家なのだということが、

今はようやくわかりました。

 

さよならヘヴィメタル。

もう二度と、自分の価値観に、演奏活動に。

メタルを中心に据えることはないでしょう。

中心に据えるべきは、別の何かです。

それを、パンクと呼んでもいいし、

アンダーグラウンドと呼んでもいいし、

あるいは王道と呼んでもいいし、

単にロックと呼んでもいいけれど、

僕はとりあえず、

自由と呼ぼうかな。

 

 

夜が更けます。

テキサス最後の夜。

まったいらで果てしない大地に広がる夜景に、サンキューと告げて。

僕はベッドにもぐりこみました。

 

 

 

 

 

SXSW終了、帰国。

(現地時間3月19日)

『離陸失敗とジンジャー』

 

 

SXSW終了、月曜日。

とてつもなく朝早い飛行機に乗るべく、

まだ日が昇らぬオースティンの街を、

僕と米持御大は後にします。

 

レンタカーを返し、空港へ。

そして、ここで僕は米持さんとお別れなのでした。

なぜなら、僕はこのまま日本へ帰るのですが、

米持御大は、

ここからLAに飛んで、

おなじみフォアン・クルーシェに、

ショウビズ界の大物マーク・ジョセフに、

そしてゲイリー・シェローンに会い、

映画のサントラの仕事をやっつけるからです。

(ゲイリーは、結局都合つかずに、電話での会議になったらしいですけどね。おかげで、僕が頼んでおいたゲイリーのサインはパーになりました・笑)

 

 

というわけで、

米持さんと別れて、僕は早朝の飛行機に乗ります。

どうやら、サンフランシスコ行きのその飛行機には、

日本のバンドの子たちも結構乗り込んでいるようでした。

へぇ、コンボアンプとか持ってきた子もいるんだ、

偉いなぁ、よく持ってこれたなぁ。

 

 

国内線の小型の飛行機は大好き。

なぜって景色がよく見えるから。

空から見下ろす、アメリカ大陸の景色にみとれながら。

 

あ、あれはなんだ、

ロッキー山脈にさしかかる前くらいから。

山間の平野に、

緑色の、円形の模様が、規則的にならんでいます。

かなーり、規則的にわざとらしくならべられていて。

しかも、それを結構頻繁に見かけて。

 

なんなんだ、

あれは農業に使うのか?畑か?牧草か?

グリーンジャイアントがオセロでもしてるのか。

それとも、宇宙人と交信しているのか?

気になる〜〜。

 

でもこんな、

人もいないような、広大な地形がいっぱいひろがってる国だもの、

そのへんで、宇宙人住んでたって、誰も気づかないよなたぶん。

 

そして、眼下に見下ろす、ばかみたいに広大なロッキー山脈を越えて、

飛行機はシスコへ。

へえ、サンフランシスコって、こんなそばまで山がせりだしてるんだぁ・・・・。

 

空港からの限られた景色ですが、

前述したとおり、海のすぐそばまで山がある、日本的な、まるで神戸あたりのような景色に、

なんとなく日本人的には落ち着く気がして、

サンフランシスコには日本人が多く住んでいる、と聞いたけど、その理由がなんとなくわかったような気がしたのでした。

 

 

ともあれ、異国の空港にて一人。

英語にもそんなに自信ない。

そりゃTOEICでいい点取ったし、英検だって準1持ってるけど、

生活経験はほとんどないし。

面と向かって1対1で話せば、ほぼ問題はないけれど、

テレビやラジオはともかく、

ちょっと音質の悪いこういう場所のアナウンスとか、結構苦手だし、

米持さんに言われてレンタカー屋に電話したときなんて全然わかんなかったもの。

(電話はほんと、自信なくしました)

 

そんな不安な中、

僕は、あのジャパンナイトの夜に、声をかけてくれたバンド、

Mothercoatさんの一団を発見し、くっついていったのでした。

(本当にありがとうございますMothercoatさん)

 

と、成田行きの飛行機に乗り込めば。

遅れて、「ハーイ」と乗り込んできた、女の子。

女の子、というには、語弊があったか、だって、僕よりちょっとだけ年上だったもの(笑)

いかにも自由奔放なぶっとび娘のオーラを放つ、にしては知的な雰囲気の、

チャーミングな女性は。

僕の隣に座ると、

「わたしはジンジャーって呼ばれてるの、よろしく。

水質調査機器のプロダクトマネージャーをやってるわ。

日本には仕事で行くの。あなたは?」

こちらもこちらで身の上を話し、

すぐにhit it offし、仲良くなりました。

というわけで、結局この日が、たぶんいちばんたくさん英語をしゃべったね(笑)

 

で、ここで事件。

ジンジャーちゃんと歓談し、

「あ、やっと日本へ出発ね」

ということで、飛行機が動き出し、

滑走路をぐいぐい加速していった、そのとき。

「ギギィィーーーーッ!!!!!」

突然、すごい音がして、飛行機が急ブレーキ。

おいおい、無理がありすぎるだろ、この速度からの急ブレーキは(汗)

離陸中止。

混乱する機内の中、アナウンスが。

「サンフランシスコ空港は、ただいま混みあっておりまして、

滑走路が空いていないため、空き次第出発いたします」

うそつけこのヤローっ(笑)

さっきまで離陸直前くらい加速してたじゃねーか(汗)

 

そして、そのまま、機内で2時間くらい待たされたでしょうか。

ジンジャーちゃんと、会話ははずんで楽しかったのですが、

「悲しいわ、日本でのレジャーの時間が、どんどんなくなっていく」

ってジンジャーちゃん笑っています。

ああ、僕も日本での休憩時間が、どんどん減っていく・・・。

帰ってすぐ仕事、は、やだなぁ。

 

そして、やがて、

「出発が遅れているため、皆様に、空港で利用できるお食事券をお配りします」

ってアナウンスが。

「出発の時間は、整備士から連絡が入り次第、お伝えします」

って、やっぱり機械トラブルじゃねーか。

 

そんなこんなで、我々乗客は飛行機から降りて待たされるハメに。

でも聞こえてくる会話には、

「止まってくれてよかったよ、あれで、離陸して、

空の上で止まられたらたまらないもの」

って、確かに。

そう考えると、

むしろ僕らは、ラッキーだったのかもしれないな。

 

結局、出発の時間は、予定よりも7時間も遅れ。

空港で僕は、メキシカンと、予想どおり回転寿司レベルのスシをかっ食らい。

飛行機に乗り込みます。

隣の席のジンジャーちゃんに、

「やあ、ずいぶんとひさしぶりだね」

って。

 

でも、あらためて飛行機の中を見回すと、

日本のミュージシャン結構乗ってますね。

不思議な飛行機だ。

韓国人とおぼしき人達もいます。

「今度は飛ぶかな」

皆が不安な中、無事に離陸。

拍手をする人さえいました。

 

さて、帰りの飛行機は、

ずっとジンジャーちゃんと話していた、という、

それだけですね(笑)

相当気が合ったもんな。

なにしろ、10数時間あるわけだから。

ずいぶんたくさんしゃべったよ。

 

実は、偶然にもオースティン出身だったジンジャーちゃん。

やっぱオースティンの人は、みんな音楽をプレイするんだね。

自身も、音大に行って、クラシックを専攻し、イングリッシュホルンを吹いていたそうです。

でも、自分には才能がないと判断し、political scienceに専攻を変えたそうです。

方向変わりすぎだってば(笑)

 

で、今はコロラドのデンバー在住なんだけど、水質調査機器のメーカーで勤務し、世界中を飛び回っているんだとか。

なんでも、日本をはじめとして、これから一月、アジア各国を回るんだってよ。

 

当然、音楽の話になり、もちろん、音源なんかも渡しましたが。

彼女は、フェイバリット・グループは、全然知られていないバンドなんだけどっていって、

blues travellin bandだか、そんな名前を挙げていました。

調べてもぜんぜんわかんない。聞き違えたかな。

そんで、フェイバリット・ギタリストは、なんていっても、Stevie Ray Vaughan!!って、

聞いてもいないのに自分から言ってた(笑)

こんな魅力的な女の子が、普通にSRV好きなんだよなぁ、と思ったけど、

よくよく考えると、スティーヴィー・レイ・ヴォーンは、テキサス出身で、

オースティンを拠点として活動していた、まさに地元のヒーローなのだね。

当然といえば当然か。

 

そう、オースティンっていえば、6th Streetのある、SXSWの街なんだけれど、

同時に、SRVの街でもあったんだね。

全然気がつかなかったよ。

日本に帰ってきてから、さっそくSRVのアルバムを聞いてます。

 

ジンジャーちゃんは、なんだかかなり詳細な日本の旅行ガイドブックを持っていて、

かなり詳細な都市情報や生活情報まで書かれていて、

僕らローカルバンドが演奏するようなライヴハウスなんかも、ちゃんと載っていて感心した。

いくつかの演奏したことのあるライヴハウスを教えてあげてから、

「下北沢はたぶん日本の6th Streetだよ」

と教えてあげた(笑)

そしたら

「6th Streetと同じくらい汚いの?」って(笑)

 

あとは、タコヤキを食べるようにすすめたり、

桜咲くといいよね、でも咲いても咲いてなくてもどっちにしろ酒飲んでパーティーやってるから、って(笑)

 

音楽や仕事や身の上話をずいぶんしたなあ。

互いの両親がやっぱり音楽をやっていて、それがきっかけで出会っていることとか、

わあ、similar backgroungdだねって。

おかしな子だったな。

 

お互いに、好意があるのはミエミエだったので、

デートに誘っても怒られ無さそう、というよりは、

今すぐキスしても怒られないくらいの勢いだったけれど。

「Are you married?」

とか聞かれて、

ああもう、こういうとこで嘘がつけないんだ僕は(笑)

「In fact....」って、

正直に答えちゃったじゃないか。

ジンジャーちゃん、

「Conglatulations.」

とか寂しそうに言ってるし(笑)

 

惜しかったね。

まぁでも、日本人でも、アメリカの女の子を口説けないわけじゃない、

ということもわかったので(笑)

 

でもむしろ、旅のしめくくりというか、

今回のテキサス訪問で感じたこと、考えたこと、

そして、米持御大にも話さなかったような本音とか、

そういうことを、

いっさいがっさい、彼女に話していたと思う。

きっと旅のしめくくりとして、頭の中を整理するには、

いい出会いだったんだろうな。

 

そんなこんなで、ようやく、飛行機は成田へ。

よかった、

だって、一度離陸に失敗した上に、

7時間も整備してるような飛行機だもん。

無事に帰れるか心配だったよ(汗)

 

でも、

わあ、日本はもう深夜だ(泣)

オレの休日を返せ。

 

いろいろと葛藤がありつつも、

無理にかっこつけて、

やせがまんいっぱいで、

クールにジンジャーちゃんに

「じゃあ」

といい、

(そんなんばっかだよ、オレの人生)

成田を後に。

 

僕の初めてのアメリカ訪問は、幕を閉じるのでした。

 

「なかなか大人には、なれねぇなあ」

ちゃんちゃん。

 

 

(了)

 

 

 

 

 

 

 

SXSWレポート
追伸


そんで日本に戻ってきてから。
僕は渋谷のHMVにいた。
周りを見渡せば。
話題の新譜から、
洋楽のロックから、
クラブ、ポップ、レゲエ、パンク、
どれも売り込み華々しく、
CD屋の店頭を飾っている。
この手の大手CDショップになれば、
インディーズのコーナーも、
驚くほど充実しているし、
それらも皆、とても元気がいい。
レコーディング機器の発達や、
インディーズの隆盛なんて言うまでもないが、
少なくとも店頭をこうして見る限りは、
今はとても音楽が盛んだ。
まるで、5人に一人はレコードを出しているんじゃないか、なんて思う。
基本的に僕はそれを良いことだと思っている。
でも、失われていく技術や価値観といった、問題があることも今は知っているし、
それを守るためにやらなくてはいけないこともある。


でも、こうして、テキサスの地で、世界の音楽業界の縮図を体験してきて、
こうしてCDショップを眺めていると。
不思議な錯覚を起こしてしまう。

これこそが、まさにSXSWみたいじゃないか、と。
業界と、小売、という違いはあれど、音楽産業の現場。
音楽産業の縮図。


たとえば、今このお店にあるCDをすべて聞くのに、どれくらいの時間がかかるのだろう。
とてもじゃないが、一生かかってもすべては聞ききれないだろう。
それでもこのお店に置かれているのは、世の中にあるCDのごく一部だ。期間が過ぎれば大部分が入れ替わり、時代とともに消費されたり、廃盤になっていったり。
そんな、世にあふれる音楽の、ごく一部でさえ、僕らはそのすべてを聴くことはできない。
世にあふれるバンド、ミュージシャン、音楽の数々。

そう思うと、好きな音楽に出会うこと、あるいは自分の音楽を聴いてもらうことというのは、とてつもなくかけがえのない可能性に思えるのだ。

その無限の、果てしない曼陀羅の世界こそ、まさにSXSWであり、たぶん、この世界で生きてくってことなのだろうと思う。そんな果てしない世界の中で、自分はこれから、どのように自分の音を鳴らしていくのか。
答えはわかっているだろう。

そうそれこそが、企業秘密(笑)。



書き忘れたエピソード:
テキサス二日目。
米持御大の携帯をゲットしに、郊外のRadioshackに向かった際、タクシーの運ちゃんは、モロッコ出身の黒人の運ちゃんだった。
やたら陽気な運ちゃんで、まあ向こうの人は基本、皆陽気でフレンドリーなのだろうけど、やたらべらべらとしゃべり、実にマイペースに仕事をしていた。
と、サウスコングレスにさしかかったあたり、隣を走っているバンに、運ちゃんは車を、いささか、ぶつけた。
「大丈夫かい?」
こちらの車のミラーが相手の車に当たり、バンのドアがなんだかへこんでいる。絶対に大丈夫じゃない。
ところが、バンの窓から顔を出した白人の若い男性は、
「そちらこそ大丈夫かい?」
と言い、そのまま窓ごしに運ちゃんと世間話をして、そのまま行ってしまった。
「今、確かに車ぶつかりましたよね?」
僕は思わず米持御大に確認してしまった。

隣人に親切にというのは、宗教ゆえなのか、理由はしらないが。
車ぶつけても笑顔で済んでしまう国、テキサス。
ゆっるーーーい(笑)


あと車といえば、
テキサスの連中は、
皆、レジャー用なのかなんなのか。
小型トラックが非常に多く、
走っている車の3台に1台が、
フォードのF-150なのでした。

いや、3台に1台は言い過ぎだな。
5台に1台だ(笑)



牛を載せるに違いない(嘘)

 

 

 

 

 

 

 

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