ゆうじろうインタビュー    「Hero of the Lights」  

 

 

            

 

 

 

 

ゆうじろう:はじめよう。

 

 

Tone:はじめよう。

 

 

ゆうじろう:今日は、イマリ・トーンズの新しいアルバム、"Hero of the Lights"について語ってもらおう。

 

 

Tone:これだね、じゃじゃん、画像が表示されてるかな。

 

 

ゆうじろう:いつも言ってるけど、このイマリトーンズという音楽について、いちばん語ることのできるのは、誰でもなく君だからね。今回もよろしく。

 

 

Tone:イェッサー。気力の続く限りは。

 

 

ゆうじろう:まずは、このアルバムが完成するまでの経緯について語ってほしいんだ。

この作品は、イマリトーンズのアルバムとしては、2001年に作った「Entering The New World」以来だろ?

その間の何年間かに、どういうことがあったのかを、話してほしい。

 

 

Tone:いいよ。まず、2001年以来、2005年まで、何も作らなかったわけじゃない。

2003年秋には、『ナカミネ・ソロワークス』の締めくくりの意味もこめて、2曲だけだけど制作した。「前途洋々」と「今君に会いたいよ」という2曲をね。

それから、今回のこのアルバムに入ってる曲のうち5曲は、2004年の6月に録音したものだ。EP「虚数少年2」と銘打って、5曲入りの音源をライヴ活動で配布したりしてたんだけど、今回2005年の2月に、7曲を加えて、12曲入りのアルバムとした。

それに、2004年の活動からは、非常に興味深い内容のライヴアルバムも生まれた。

だから、2002年〜2004年が、まったくの空白ってわけじゃないんだ。有名なバンドでも、3年間に、2曲も出せばいい方っていうようなバンド、いるだろ?(笑)

 

 

ゆうじろう:そうだね(笑)大物ほどそうだよね(笑)

 

 

Tone:ともあれ、2002年以降僕とイマリトーンズに起こった変化を説明しておきたい。

そもそも、2001年に作った「Entering The New World」自体が、既に旅立ちを前提とした作品だった。

 

 

ゆうじろう:象牙の塔ともいえる実家のスタジオ、Studio Pelからの旅立ち、だね。

 

 

Tone:そいでね、2002年の春かな。年明けてすぐ、僕は就職活動の真似事みたいなことをしてみて、杉並区の某学習塾に就職して、上京してみた。社員さんってものになってみた。

 

 

ゆうじろう:学習塾に就職。正社員。それは本気だったの?

 

 

Tone:もちろん本気だったよ。ウソな気持ちじゃなかった。働きながら音楽をやれると思っていたからね。でも、しょせんは音楽の神さまにいいように操られてたのかもしれない。たぶんそうだろうと思う。結局働いてる間は音楽に集中できなかったし、なにより、東京やら横浜某所やらで、いろんなミュージシャンの音を聞いてるうちに、どうしようも無い気持ちになって、様々な症状が出て、仕事に支障をきたすようになり、結局7月が訪れる頃には辞めてしまっていた。まぁしょせん僕にまともに社員とかやっていくことなど最初っから無理だったのだな、と、改めて思い知らされた、それだけは哀しい体験だったな。

 

 

ゆうじろう:で、やっぱり音楽に向かうわけだ。

 

 

Tone:そうね、何か、この話、前回の作品との期間があまりに長すぎたので、何年かぶんの身の上話になっちゃいそうだけどね。音楽をやろう、と、会社を辞めてフリーターになったわけだ。フリーター、バイトって言っても、料理のバイトをやろうと決めていた。料理は僕にとって特別なものだったからね。人生の中で一度はやってみたい、あこがれの仕事だったんだ。しょせんはバイトではあるけれど、そこから始まった料理の世界の旅は、すごく幸せな経験だった。一応、2年半で、ひとつのチェーン店と、ふたつの個人店、それから派遣で行ったいくつもの店、を経験しました。

 

 

ゆうじろう:なるほど。で、音楽の方は?

 

 

Tone:そうね、2002年の後半からメンバー募集とか、動き出して、そうですね、それから、少しは紆余曲折や試行錯誤があって、少しは出会いや別れもあったと言っていいのかな。バンドらしきもの、まだ完全にならない状態などでいくつか活動して、きちんとしたバンドになったのは、2003年の11月のこと、と言っていいのかな。2003年の夏に、ヒッチーと、『House Juku-Shiki』に引っ越してね。その年の秋にはらっちがやってきて。それから少しずつ動き出したんだ。

 

 

ゆうじろう:試行錯誤をしながらやってきたんだ。

 

 

Tone:そうだね。今、アルバム、「Hero of the Lights」を作り上げて、ぶっちゃけ結論から言うと、ここでの活動はやりきった、ひととおりの締めくくりを見たなと思ってるんだけど、Studio Pelを出て、2002年〜2004年の時期は、自分の、プレイヤーとしての、あるべき姿を探す旅だったと思う。もちろん、僕は10代の頃は、バンドにおいてギタリスト以外の何物でもなかったんだけど、大人になってイマリトーンズを始めた今は違う。だから、自分が果たしてどういうプレイヤーなのか、たとえばステージの上で、どういうスタイルを取って、どういう形で音楽を演奏していくべきなのか、それを知りたくて、試行錯誤してたんだ。そして、今こうして、幸運なことに、それがわかった。

 

 

ゆうじろう:ほう。

 

 

Tone:具体的に言う、スタイルっていうのは、ほら、1998〜2001にStudio Pelで作ったイマリトーンズとしての作品で、僕はヴォーカルもギターも、すべてを演奏しているじゃない。でも、ライヴバンドとしてステージに立ったときは、すべてを演奏するわけにはいかない。僕にはどうすればいいのか、迷いがあったんだよ。

ステージでは、ギターを演奏するべきなのか、ヴォーカルに徹するべきなのか、あるいはその両方をやるべきなのか、とか。

さらにはステージングや見せ方とかね。僕は「漂泊の救世主」なんて言葉を掲げて、特異なメッセージ性があったりとか、するし、バンドの音楽性としても、ステージングに関しても、引出しがたくさんある。いったい、どういうものをどういうふうに発していったらいいのかとか、全然わからなかった。わからなかったから、懸命に試行錯誤でいろいろやってみるしかなかった。何を間違ったか、2002年秋にImari Tonesという名前を使って初めて人前でやった演奏は、アコースティックギターを持って四谷天窓だったからね(笑)まぁ、偶然なんかのイベントに間違ってデモを送っちゃったってのが真相なんだけど。

 

 

ゆうじろう:「ヒッチー」と一緒に演奏したやつだね。彼がエレクトリックギターで。

 

 

Tone:そう、僕がアコギで、彼がエレキで、ロミィさんがコーラスで、弾き語りスタイル。よくわかんない。でも録音聞くと、そんなに悪くないけどね(笑)

ともあれ、そんな感じで試行錯誤しまくった。

オケをバックに一人で演奏もやってみた。

バイト先の子に無理矢理ドラム叩かせて素人スリーピースもやってみた。

4人のバンドでヴォーカルに徹することもやってみた。

で、ようやく、2004年3月、黄金の三角形ができあがる。

 

 

ゆうじろう:三角形ってことは、やはりスリーピース?

 

 

Tone:そう、僕が、イマリトーンズの音楽を表現するときには、スリーピース、が基本。僕はギターとヴォーカルを両方演奏する。そういう答えが出た。今は、もうこれは確信してる。僕はそういうスタイルのプレイヤー/ミュージシャン、なんだって。

 

 

ゆうじろう:ライヴハウスなんか見ると、スリーピースのバンドはとても多いと思うけど。

 

 

Tone:そうね。でもスタイルは全然違う。もともと僕の音楽は、4人編成の派手なショウをやるハードロックに強い影響を受けてるし、ギターにしても、こんなの歌いながら弾けるかい!、ていうような複雑なプレイをしてる。同じようにヴォーカルにしても、こんなの弾きながら歌えるかい!、っていうような難易度の高いハイトーンヴォーカルだったり。だからね、2004年のライヴでは、いつも言われたよ。よくそれだけ弾きながら歌えるね、って。

 

 

ゆうじろう:自分でも弾きながら歌えると思ってなかったからね。

 

 

Tone:そう、少なくとも2001年頃には思ってなかった。とても同時にやれるとは考えてなかった。それが普通にできるようになったというのも、非常な収穫であり財産だ。結局のところ、これはジミ・ヘンドリクスのスタイルだったのだといえる。

 

 

ゆうじろう:ジミヘンはそんなふうにハイトーンでシャウトしたりしないよ?

 

 

Tone:僕はジミー・ペイジとロバート・プラント、エディ・ヴァン・ヘイレンとサミー・ヘイガー、これを同時に演じるんだよ。あ、サミーほど歌うまくないけどね。歴代のVHのシンガーではゲイリーっぽいかな。ま、どっちにしろ大変さ。ヘンドリクスよりも凄いことをやっている、と誰か言ってくれ(笑)

 

 

ゆうじろう:で、肝心のアルバムのこと。

 

 

Tone:そうね。まだいきさつを話し終えてないんだけど、2004年に、みねっちに出会うことができて、黄金の三角形を形作ることができたこと、これは最大の奇跡だったと思う。こんな適任な人材に、適したタイミングで出会うことができたことに感謝したい。ヒッチーも、尾井ちゃんも辞めていってピンチな時期だった。あそこでスムーズにみねっちに出会えていたことが奇跡的な幸運だ。彼に出会えなかったら今ごろどうなっていたか、考えるのも恐ろしいね。

 

 

ゆうじろう:そして、充実した2004年度の活動が始まる。

 

 

Tone:そうね、寂しい言葉に聞こえるかもしれないけど、みねっちに出会うまで、たとえば4人編成でやっていたときなんかは、僕はひたすら試行錯誤で、本当に自分のやりたいことに必ずしも向き合ってなかった。でも、みねっちに出会い、Tone、みねっち、はらっち、の三角形が完成してからは、本当に自分のやりたいことに再び向き合うことができるようになったんだ。ソロワークス時代から一貫した、一人の人間としての芸術である、イマリトーンズの音楽が、再び動き出した、そういう感じだった。

 

 

ゆうじろう:だから2004年度は精神的に充実していたよね。

 

 

Tone:うん、神様のもとに帰ってきた気分だった。2002年〜2003年は試行錯誤の旅だったから。

あと、みねっちのことばかり文脈上書いたけど、はらっちの功績もたくさん書いておかなくちゃいけないよ。彼はベストな人材だった。ヒッチーもそうだったけど、はらっちもHouse Juku-Shikiで一緒に住んでいたこともあり、コミュニケーションも密に取れたし、バンドを運営していく上で、これ以上ない力だった。右腕、という表現が合っているかどうかはわからないけどね。音楽の守備範囲も広かったし、つまるところ、彼も僕と同じくらいイカレてたからね(笑)

 

 

ゆうじろう:あと、ヒッチーや尾井ちゃんも。

 

 

Tone:そう。結局、短い間しかステージを共にしなかったけど、彼らにも感謝をしなければいけない。彼らは悪意を持ってバンドを抜けていったわけじゃない。これも必然の結果であって、イマリトーンズの音楽というのは、必然を強く要求する音楽だからね。なかなか、これをやっていくことは難しいものなんだ。

それから、一時ドラムを手伝ってもらったKちゃんにも感謝しなくてはならないし、まぁそれを言い出せば、かかわってくれたいろんな人々にすべて感謝しなければならない。

とりあえず、妹にお礼を言わなくては。僕は2003年の2月に、妹のライヴにアコギでサポート参加した、そして妹は2004年11月のイマリのライヴにも参加してくれた。

 

 

ゆうじろう:妹も音楽をやってるんだよね。

 

 

Tone:やってるというかね、音楽をやることが普通だからね、うちの家庭では。彼女は音大を出た後、クラシック畑に疑問を感じて、ポップ畑でいろいろやってた。バーで歌ったりして、なんかかなりファンもいたなー。まぁ少なくとも僕よりは客をひきつけるの上手いからね(笑)

 

 

ゆうじろう:で、アルバムのことを話してよ。

 

 

Tone:そうね。まぁつまるところこのアルバムは、2004年度のライヴ活動、その集大成のようなものだよ。Tone、みねっち、はらっち、のスリーピース、3人でやってきたことが、すべてこの中に入ってる。

2004年度のライヴ、このスリーピースの形が完成してからは、まぁ怒涛のようなライヴ活動だった。

もちろん、それからまた、ライヴのステージを通じて、僕は僕らは、自分たちのスタイルを模索して試行錯誤していくんだ。

そういう意味では完成したショウはやってなかったと思う。不器用な僕らは、特異な音楽に向き合って、次第次第に、やっと少しずつ、自分たちのスタイルというものがわかっていくんだ。ホント不器用なショウをやってたよ。僕にはメッセージ性のようなテーマもあるし、MCやステージングひとつとっても、不器用すぎる未完成なステージをやってた。あれはお客さんに対する営業活動のライヴではなかったね。ひたすら自分たちの内面を突き詰める、ストイックで厳しいライヴだった。

そして、実際、自分のスタイル、というものがわかってきたのは、2004年も終わり頃になってからだ。2004年の暮れから、2005年にかけて、最後の3、4ヶ月は、本当に実りあるものになった。この頃にはやっと、お客さんにも安心して楽しんでもらうことができるようになったしね。

 

 

ゆうじろう:2004年一杯かけて、自分たちのスタイルを築き上げてきったんだね。

 

 

Tone:うん。プレイヤーとしての自分の姿を見出したときは本当に感激だった。

自分の本当の姿を見極めること。それは、プレーヤーとして大人になること。

大人になるというのは、それまで見てきたいろんな夢や幻想を取り払って、自分ができること、できないこと、をはっきりと認識し、自分がやるべきことはこれなんだ、と理解し自覚すること。

ステージの上で、僕は、自分のもっとも大きな影響である、エディ・ヴァン・ヘイレンの影から逃れることができなかった。

もちろん、僕は彼から数え切れないくらいのものをもらったし、悪いことではないんだけど、自分の音楽をプレイするため、そこから卒業する必要があったんだ。

それは寂しいことでもあったし、新鮮なことでもあった。そうか、自分は本当は、こういうプレイヤーであったんだ、ってね。

僕は、エディ・ヴァン・ヘイレンではない。僕は、彼と同じようには輝けない。

でも、僕は彼とは違う、もっと様々なものに影響を受けていて、様々な要素を持っている。

その事実が、ようやくわかった。

エディと同じように飛び跳ねる必要は無いんだ(笑)

僕はエディと同じくらいジミ・ヘンドリクスが大好きだし、エディはbloodthisty butchersを聞いたりもしないだろう。

自分がロックンロールに対して、どんな位置にいるのか。

自分がどんなプレイを、どんなショウをやればいいのかが、ようやく理解できた。

僕は、プレイヤーとして大人になったんだ。やっと、だけどね。

 

 

ゆうじろう:成人おめでとう。

 

 

Tone:ありがとう(笑)まぁ、2004年の12月くらいが僕がプレイヤーとして大人になった時期だと思っておいていいよ。

プレイヤーとして大人になり、自分のスタイルがわかったことで、自分の持っているものをやっと出せるようになったんだ。

そして、いつも僕は自分の持つ多面性に悩んでいたけど、大人になった僕は、自分の持つ様々な多面性や矛盾する要素を、無理無く自然に放つこともできるようになった。

まぁとにかく本来持っているものをやっと出せるようになったということだね。

 

 

ゆうじろう:そして、プレイヤーとして大人になり、本当の自分というものがわかった君は、同時に、世界というもの、そしてロックンロールというものが、何であるかも、まるで目が覚めたかのように、見えるようになっていったわけだ。

 

 

Tone:うん。そうなんだ。

プレイヤーとして大人になると同時に、いろんなものがわかってきた。

日に日にいろんなことが見えてきた。

そして、それに伴って、また身の回りの状況が動き出したんだ。

同時期にいろんな事情が発生して、それもすべて計画された必然のシンクロニシティなのだろうけど、そういったいろんな理由があり3月のライヴをもってとりあえず当面のライヴ活動に終止符を打つことにした。

2003年の3月の、当面のしめくくりとなるライヴでは、この1年で得たものを、確かなスタイルで、見せることができた。

最後の1、2ヶ月は、本当に充実したものだったんだ。

スタジオの中でも、ステージの上でも。

まるで、3人でつかんだロックンロールというものが、命をもって、そこに息づいていて、

3人で、それを確かめ合うかのような、そんな日々だった。

そして、その頃には、もうすべてが見えてきていた。

そこに見えた答え、そこに見えた自分というものの中に、僕はさらに新たな事実、真実を見つけた。

自分にとってのロックンロールの大きさ。

僕にとってのロックンロール。ロックンロールにとっての僕。

そしてその真実を知ったとき、僕は、この場所での、僕らの仕事が終わったことを悟ったんだ。

そう、2004年度、この1年、僕らは、確かにやるべきことを果たしたんだ。

それだからこそ、僕らはここで当面のライヴ演奏活動に区切りをつけたのだし、そうすべきだったんだと理解した。

当面のライヴ活動を休止した理由はいくつかあるけれど、それらも偶然ではなく、

すべてはロックンロールが用意した必然だったんだと。

 

 

ゆうじろう:君の周囲はすべて必然しかないからね(笑)

 

 

Tone:そう、すべてが必然(笑)

繰り返すけど、ひとことで言ってしまうならば、2002年〜2004年の旅路は、謎のヴェールに包まれた、「プレイヤーとしての自分」「ミュージシャンとしての自分」の正体を暴くため、必死で試行錯誤した時間だったと思うんだ。

それで、タマネギの皮を剥ぐようにして、謎のヴェールをすべて取り終えたとき、そこに本当の自分が居た。蝋人形みたいに立っていたんだよ。そして、そこに何と書いてあったか。それこそが重要だった。そしてそこに書いてあった答が、僕を次のステージへと向かわせるんだ。

 

 

ゆうじろう:何が書いてあったの?

 

 

Tone:それは秘密ってことで(笑)。今はまだね。

でも、確かなことは、旅はまだまだ続くらしいってことさ。大変だけどね。

そして、「漂泊の救世主」ということについても語らせてもらっていいかな。僕には言及する責任があるからね。

プレイヤーとして大人になり、自分自身と、そして世界との関係が、わかってくるにつれて、この概念が何を意味するのかも、次第にわかっていった。もちろん、この「Hero Of The Lights」は、「漂泊の救世主」としても、堂々と自信を持って誇れる作品さ。これまでの、ナカミネのソロワークとくらべると、多少カラーの違いもあるかもしれないけれど、これが「漂泊の救世主」のバンドなんだ、「救世主」のバンドというのは、こういうものなんだ、と自信を持って言える、そんな姿を提示できたからね。

そして、このインタビューを行ってるのは、2005年の5月だけど、今年の1月以降続いてきた、僕の覚醒のプロセスは、今もまだ続いていてね。今回語ってきた内容も、結構前後してるんだよ、3月30日のライヴから一月たった今だからわかることとかね。

 だから、この「漂泊の救世主」という概念や、僕に与えられた「Neworld」なんていう概念が、何を意味しているのか、何を意味していたのか、そしてこの先何を意味するのかは、ほんとにここ数日、やっとわかってきたところなんだ。

それらは、これからの活動ではっきりと意味を持って明らかになってくると思う。

完成するときまでは、それは示すことはできない。

でも、それが完成に近づいていることは、たぶん確かさ。

 

 

ゆうじろう:思わせぶりだね(笑)まぁ期待してるよ。じゃあ、アルバム解説。

 

 

Tone:おうよ。今度こそ解説するよ。

まぁそういったわけで、Toneことナカミネタカヒロのソロワークスであったイマリトーンズの、バンドとしての初のフルアルバムがここに完成したワケさ。

その、さっきまで話した、プレイヤー、ミュージシャンとしての自分の本当の姿を探し回って、そして見つけた、そんな2004年の実りある演奏活動が、ここに記録されてるってワケさ。

そうそう、ちなみに、ライヴ盤もあるんだよね、言い忘れてた。

2004年のライヴ活動を、そのまま記録したライヴ盤も、公式に発表します。

これは、ちょっとすごいぜ。何がすごいって、ライヴハウスで記録用に普通に録ってもらうMDから、そのまま直接使ってるからね。とはいえもちろん、マスタリングでの音処理はして聞きやすくしてあるんだけど、臨場感って意味では、ビッグなバンドのどんなライヴ盤よりも勝るだろうね。

記録的な価値というのかな。さっき話してた、試行錯誤、しこうさくご、なんて言うよりは、ほとんど戦いだった。その戦いの様子が、そのまま生々しく記録されてるんだ。

必ずしもいつも客にウケたわけではなかったけど、2004年の、必死に試行錯誤してるイマリトーンズの姿が、どんなに激しいものだったか、イヤでも伝わってくると思う。これは、流血のライヴ盤ですよ。血を流さずには聞き通せない。

 

 

ゆうじろう:初のアンコールをもらってる様子も記録されてるんだよね。

 

 

Tone:ちょっとズルいアンコールだったけどね(笑)企画イベントだったし。

ともあれ、タイトルはそのまま「2004年のライヴ活動の記録」。

ライヴって意味であれば、完成されたスタイルを見せている、3月30日のライヴも皆に見せたいんだけどね。まぁ、より大きくなったImariを次回に生で見てもらうまでの辛抱ってことでね(笑)

 

 

ゆうじろう:また話がそれたけど、今度こそこの「Hero of the Lights」の解説。

 

 

Tone:おうよ(笑)

このアルバムは、楽しいアルバムなのさ。ひたすらに、ハッピーなアルバム。

「漂泊の救世主」なんてキーワードを持ったナカミネ、そしてはらっちとみねっちから成るイマリトーンズ。その、究極のメッセージの形は、楽しいことだったのさ。この力強く、あふれるようなハピネス。すべてのメッセージはその中に含まれてる。そして、これですべてを伝えることができる。

その姿こそが、この3人の、イマリトーンズの答えさ!

僕らは、しっかりと答えを見つけたんだ。

「これが救世主のバンドだ!」

とりあえず、このアルバムに関して言えることはそれだけかな。

 

 

あとね、12曲のうち5曲は、2004年の6月に録って、ライヴの際に配布用などに使っていたものです。残りの曲は2005年の2月に録ったけど、ストイックにベーシックなバンドサウンドをやってみた前半5曲と違って、後の7曲は、バラエティ豊かにポップしちゃったから、ちょっと毛色の違いがあるかもしれない。でも、そのバラエティこそがImari Tonesだからね。

 

 

ゆうじろう:引き出しの多さでも悩んだもんね。

 

 

Tone:そう、コドモ・メタルという言葉もだけど、また異能ハードロックなんて言葉も作っちゃったしね。まぁ、それは別の話さ。

ともあれ、この「Hero of the Lights」"光のヒーロー"、タイトルも堂々と明るいしね。バンド編成ということもあるけれど、"Kodomo Metal"に負けない代表作が出来た、と僕は思ってるよ!!

んじゃ、楽曲解説、いってもいいかい?

 

 

ゆうじろう:どうぞ!!好きなだけ!!

 

 

Tone:まずは1曲目のWinning Song。

これは僕にとってはとっておきの曲だった。

基本部分は'98年くらいにできた曲なんだけど、

非常に気に入っていて、これぞっていうときに演奏しようと思ってとっておいた。

んで、2004年は、これぞっていう時だったんで演奏したのさ!

すごく僕らしい、イマリトーンズ、というよりも、Toneナカミネタカヒロらしい、楽曲だと思う。僕が少年の頃から志向してきた「明るく希望にあふれたハードロック」が結実した感じでね。

Van Halenの"5150"という曲が大好きなんだけど、それに負けないようなリフをいつか作りたいと思っていた。

で、それができた!と思ったのがこの曲のリフなんだ。

なかなかいろんな感情のこもった、いいリフだろ?

そんで、この曲のサビは3人で歌ってる。

はらっちの声がすごく生きてるぜ。

はらっちはライヴにおいても、コーラス面で非常に僕を助けてくれた。

彼はすごい声をもっていてね。ちょうどVan Halenにおけるマイケル・アンソニーみたいに、独特の高音でイマリのサウンドを特徴づけてくれたんだ。

みねっちは、なんとオクターブ下の低音でコーラスを歌ってる。

非常にユーモラスな低音コーラスが、独特の効果を出してるのがわかるはずさ。

とにかく、この曲は元気と希望にあふれた非常に明るい曲なんだ。

聞く人にもきっとこの元気なエナジーが伝わるはずだよ!

 

それから、ギタートラックについて言及したいんだ。

今回のアルバムのレコーディングにあたっては、ことギタートラックに関しては、

オーヴァーダブというのか、パンチイン、アウト、カット&ペーストみたいな編集は、極力行っていない。

まぁ今時、そんな編集みんなやってるしいくらでもすればいいんだけどさ、

なんとなくしなかったんだよね。

多少出来が悪くてもひとつなぎのテイクを使ってさ。

だからこの曲でも、間奏部分で、バッキングを弾いてるギターが、そのままリードプレイに移行するという原始的なことをやってるんだけど、結構難しいタッピングとかやってるから、完璧な演奏ではないにしろ、すごく自然なプレイになってると思う。その自然さこそが、僕が出したいものだったんだ。

そこを理解して聞いてくれると嬉しいかな。

まぁ多少は編集もしたし、ベースやドラムも適宜に適所で波形編集してるけど、

それをするとレコーディングにかかる時間と費用を半分に節約できるからね(笑)

まあそういった現実的な事情かな、現代のインディーズミュージシャンとしては。

 

 

ゆうじろう:費用は切実な問題だからね(笑)

 

 

Tone:次、2曲目の「きれいな色の花」。これはねー、はらっちがサビ部分でリードヴォーカルを歌ってる。僕とユニゾンでだけど。これははらっちの曲だね。ある日、彼が書いてきた不可思議な詞に、曲をつけてみたんだ。彼は特異な言語感覚の才能を持っているからね。彼のWEB日記とか解読不能だから(笑)

曲調としても、彼の好きなバンドのひとつであるSparta Localsを意識して、全然似てないかもしれないけどちょっとだけ意識した。ともかく、はらっちの詞とキャラクターになんだか焦点をあててみる曲であったということだね。ちょっと変わってるけどとても楽しい曲だよ。

あとねサウンド的には、トーキングモジュレーターを使ってる。イシバシ楽器の安売りで手に入れた安物だけど、効果はあったね。イントロと間奏でフゴフゴ言ってるだろ?安売りに集まった高校生には変な実験用のチューブみたいのがついた物体が何であるのかわからなかったらしくてね(笑)しっかり売れ残ってたよ。1484円で買ったアイテムとしては、十分な成果が得られたね(笑)

 

 

ゆうじろう:3曲目、「虚数少年2」。

 

 

Tone:これが6月に録った曲だね。さっきの、"Winning Song"も、すごくImariの代表曲と言いきれる楽曲だけど、この「虚数少年2」も、明るい曲ではないけれど、胸を張ってImariを代表する曲だと言える曲だね。録音面を見ても、すごくいい音で録れたと思うし。パワフルな3人のサウンドの個性が理想的にとらえられてるよ。

 

 

ゆうじろう:虚数少年っていうのはどういう意味なの?

 

 

Tone:いろんな説があってね(笑)僕自身のことを指しているという説もあるし、魔少年ビーティー(?)をイメージして書いたという説もあるし、あとは僕の中にある少年趣味のひとつの形だという説もある。なんとかガールって曲を書くのは苦手だけど、なんとかボーイって曲なら自信あるからね(笑)

まぁでもそもそもは、Number Girlのパクリっぽい曲を作ってみたいなと思ったのが最初なんだ。2003年11月に4人で集まったときに、最初に書いてみたけどすぐボツになった。それでこれはその二代目で、だから「2」なわけさ。

どうかな、ちゃんとナンバーガールのパクリに聞こえるかな?

 

 

ゆうじろう:どうだろうね(笑)ヴォーカルがずいぶん違うけどね(笑)

次、「Synchronicity」。

 

 

Tone:シンクロニシティっていうのは近年僕がいろいろと実感してきた運命の必然のことなんだけど、

そうだね、それとは大して関係ないけれど、まぁそんなことを試しに歌ってみた曲さ。

Imariの得意とする、ハネたリズムにのって、ベーシックなリフに、ベーシックなバンドサウンド。

他のバンドだとベーシックじゃないかもしれないけど、Imariにとては、これはベーシックな曲さ。基本だね。ヴォーカルのキャラクターもよく生きてるんじゃないかな。

歌詞の意味は勝手に解釈してくれ。突き放した言い方をすると、僕は歌詞にそれほどこだわりを持つ方じゃないんだ。時々歌詞がよく考えられてるね、とか言われるけど、そんなことは全然なくてね(笑)

 

 

ゆうじろう:言うことはそれだけかい?(笑)次、「美しいものを観よう」

 

 

Tone:この曲は多少特別だといわざるを得ない。

もともとImariのレパートリーにはいわゆるバラードタイプの曲は少ない。

本当のロックンロールバンドにバラードは必ずしも不用だと思ってる。

AC/DCにしろ、初期のVan Halenにしろ他のバンドにしろバラードって無いからね。

この曲は言ってみるならば準バラードってくらいのタイプの曲だ。

2004年にライヴ活動をしていて、バラードタイプの曲が欲しいという声は周りからあった。

でも僕はあまり気が進まなかった。

そもそもが、こういう曲を作ろう、とか、何かを意図して曲を作ることがキライなので。

僕は曲を自分で意識して作るわけじゃないんだ。

それは人生の経験に基づいて、空から勝手に降ってくるものだ。

だから、意図して曲を作るのは好きじゃなかった。

でも、そう思ったら、その自分の信条に反して試しにひとつくらい作ってみるのも面白いかな、と思ったんだ。

 

 

ゆうじろう:で、やってみたら、思いのほかいい曲ができたと?

 

 

Tone:いや、思ったとおり、ヒドイ曲ができた(笑)

だいたいね、コード進行にしたって、メロディにしたってリズムにしたって、

空から自然に降ってきてくれた曲は、すごくナチュラルで必然性があるんだ。

でもこの曲は、メロディもなにもかも、とてもワザとらしく感じてね。

でもまぁいいや、っていうんで、試しにバンドで演奏してみたんだ。

それがやってみたら、周りで妙に評判が良くて。

2004年の暮れに曲を書いて2005年の正月に詞を書いた曲だから、

結局3度ほどしかライヴでは演奏しなかったんだけど、

意外なくらいライヴ映えして評判は良かった。

演奏していくうちに、この曲が、やはり必然性のあるものであることがわかってきた。

ここで一度、空から降ってくるものに頼らずに、神様に頼らず、自分の意思で曲を書いてみる必要があったんだ。

この曲には、今の僕ならではの、等身大のメッセージが込められている。

基本的には未来に対するメッセージだと思ってもらって構わない。

解釈はいろいろあるけどね。

 

 

ゆうじろう:次、「Must Be....」

 

 

Tone:この曲は、見てのとおり、'98年に「Through The Garden Of Gods」のときに一度録っている。その曲の録りなおしだ。

「Garden Of Gods」の収録曲の中で、自分で失敗だと思っている曲がふたつあった。「That's why I love you」と、この「Must Be....」だ。

当時はまだ録音というものをはじめたばかりで、うまくできなかったんだ。

データの保存の仕方すらわかっていなかった(笑)

そしてどういうわけか2004年の活動では、この2曲を演奏していた。

だから、いつか録りなおそうと思っていたので、いい機会だと思ったわけさ。

曲の解説については、「Garden Of Gods」の方の話をする時にまかせるよ。

まぁこういうのが、Imariのポップな局面というか、いやポップじゃないな、エモーショナルな面を表す良い例なんだ。僕が言っているTransparent Soundっていうのはこの感覚だよ。

ストリングスのアレンジなんかを聞いてみてほしいな。

今回もすべてが完璧ってわけではなかったけど、

それでも、やっとおさまるべき形になったんじゃないかなと思ってる。

 

 

ゆうじろう:次は「丘上烈風」。

 

 

Tone:この曲も2004年のImariの代表曲のひとつとして位置付けられていた曲だね。

どこに行っても代表曲みたいに扱われた。

このアルバムには、「Winning Song」、「虚数少年2」そしてこの「丘上烈風」と、Imariの代表曲といえる曲が3つ入っていることになる。いや、4つだな。「美しいものを観よう」も、たとえばメジャーなバンドであれば、シングルカットとかしなきゃいけない曲だろうから(笑)4つの代表曲が入っているよ。

 

 

ゆうじろう:お得なアルバムだ、と(笑)

 

 

Tone:そう思うよ、実際(笑)。んで、この丘上烈風、まずは読み方がわからないといわれるんだけど、「きゅうじょうれっぷう」と読みます。まぁぶっちゃけこの曲も、ライヴ活動をはじめるにあたって、日本のライヴハウスシーンでちょっとでもウケそうな曲を書いてみようと思ったんだけどね。

でも、作ってみたら、それ以上にもっと個人的な曲になった。遠い記憶の中にあるいろいろをテーマにしてる曲なんだけどね。個人的な体験がもとになってるんだ。

思春期の頃の体験かな。でも気がつかなかったんだけど、ふとこの前、出身中学校の校歌を思い出してみたら、歌詞にすごく似たフレーズがあるのに気づいてね(笑)

まぁ曲がどこから来たのかは大した問題じゃない。

サビの歌詞とかね。聞く人がそれぞれ自分に当てはめて解釈してくれればいいんだと、そういう曲です。

あとこの曲は某ラジオで流されて酷評されたね。

曲の内容とかまったく触れられずにまともに評価すらされなかった(笑)

いい経験だったよ(笑)

 

 

ゆうじろう:次、「i-pop」。

 

 

Tone:そうそう言い忘れてたけど、さっきの「丘上烈風」からB面ね。アナログレコードのB面(笑)10秒くらいの空白が入ってるだろ?僕はだいたい、仮想アナログレコードをイメージして、ここからB面って考えて曲ならべてるから(笑)まぁアナログレコードと比べると収録時間がオーバーしてるんだけど。

ともあれ、「i-pop」。アイポップ、ね。

この曲もお得意のImari流ツェッペリン系だな。演奏も非常にルーズだけどね(笑)そのルーズさがこの曲にはピッタリ来た。

あとはイマリ流インチキZeppelin、魅惑のハイトーンヴォイスを堪能してくれよ、と。

個人的には好きな曲だね。

 

 

ゆうじろう:「輝け、GoldenSun」。

 

 

Tone:これは、2003年11月に僕が発明した「異能ハードロック」の概念の中でも、ちょっと特別な曲だね。

この曲について説明するのはすごく難しいよ。

一種の宗教ソングともいえるかもしれない。

ただただ、純粋なエナジーに溢れた曲だ。

生命のエナジーというか、宇宙の根源的なエナジーというか、

とにかくそういう感じの曲だね。説明は難しいよ。感じてもらうしかない。

 

 

ゆうじろう:次は「That's why i love you」。

 

 

Tone:さきほども言ったように、この曲も'98年に一度録った「That's why I love you」の再挑戦バージョンさ。やっとうまくいった。もともと自分にとっては大切な曲だったんだ。すごく個人的な曲でもあるし。誰にでもひとつしかない愛というものについて歌ってる。たぶん。運命や、孤独といったものについての曲かもしれない。恋というのは、運命に導かれる重力だと思っている。そういったものに向き合うとき、逃げ出したくなることもある。ハニーちゃんに出会ってからの僕がそうだった。恋には、運命や、命をかけるときだってあるからね。そういう曲だ。

右チャンネルでは、アコースティックギターのような音が鳴っている。これは、「美しいものを見よう」でも使ったんだけど、BOSSのアコースティックシュミレーターを使ったエレクトリックギターの音だ。本物のアコギを使うよりもいいだろうと思って使った。この音を使うのは初めてじゃなくて、「Garden Of Gods」でも使ってるし、「Prototypes」でも、「Kodomo Metal」でも使ってるね。

ギターソロがいい感じなんじゃないかな。えらく'80年代的な曲だとは自分でも思うんだけどね(笑)

 

 

ゆうじろう:んで、「不思議の国のぼくら」。

 

 

Tone:このアルバムに収められている、唯一の「Imari Classics」からの曲だね。つまり、高校時代に作った曲ってこと。確か高校2年の秋くらいに作ったんじゃないかなぁ。ためしにやってみたら結構ライヴ映えしたんで演奏してたんだ。曲自体は高校時代とほぼ変わってないけど、はらっちもみねっちも、すばらしいプレイでイキイキと曲を盛り上げてくれた。どことなくUKロック?な雰囲気がただよう音になったのも気に入ってるよ。妙に長いけどね。

 

 

ゆうじろう:そして、このアルバムの真のハイライトである、「Mixing Girl Reflection」。

 

 

Tone:そうね(笑)この曲こそ、東京でのバンド編成ImariTonesの、真のテーマソングだったのかもしれない。2003年11月のバンド編成最初のライヴでも演奏してたし、2005年3月の最後のライヴでも演奏した。常に、ライヴのラストナンバーとしてね。どのへんがハイライトなのかは、おそらく聞いてみればわかる(笑)

ライヴでも、演奏してて3人が一番楽しんでた曲なんじゃないかな。いつもドラムセットが壊れるんじゃないかと思ったしね。

はらっちとみねっちの声もすごく生きてる。

僕のヴォーカルも聞き所だよ。いつもレコーディングではダブルトラックにしないと気持ちが悪くて気が済まないけど、今回この曲はダブルトラックにしてないしね。

そんで、歌詞はミックスジュースにまつわる意味のない詞を書いてみた。

そんなところかな。

何か言い忘れてることない?

 

 

ゆうじろう:アルバムのジャケットのことを言わなきゃ。

 

 

Tone:そうそう。このアルバムのジャケットは、埼玉県志木市にある、オステリア・ロヴァータというイタリア料理店で撮らせていただきました。どういうことかというと、バイト先の系列店でね。よく知ってるお店なんだ。きれいなテラスがあってね。ちょうどよかったから。なんか、YMOの2ndとか、オアシスの3rdみたいのをイメージして撮ったんだけど、うまくいったね。イメージ通り。

ジャケットから内容まで、非常に理想的に仕上がったアルバムだと思う。

必然性のある内容だね。

だから、出来にはとても満足しているよ。

でもね、最初に語ったとおり、僕の中にはもう次が見えているんだ。

これから僕の、おそらく最大の挑戦が始まる。

それがどんなものになるか、ぜひ見ていてほしいな。

 

 

(2005年5月)

 

 

 

 

 

 

   END

 

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