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ゆうじろうインタビュー 「Entering The New World」
ゆうじろう:ぱっと出ておいらはゆうじろう♪
Tone:おはよう、早いね。幽霊のくせに。
ゆうじろう:僕は健康的なゆうれいだからね。じゃあ始めようか、今日は"Entering The New World"についてのインタビューだよ。
Tone:2001年に作った作品だ。Studio Pel時代の最後の作品でもあるね。
ゆうじろう:前作の"Kodomo Metal"は、その独特の音楽性とハジけっぷりで、ImariTonesのひとつの代表作として位置付けられている作品だったわけなんだけど、この"Entering The New World"というのは、どういう位置付けになるのかな?
Tone:受けとめ方はそれぞれだと思うんだ。聞く人によって、その音楽の趣味嗜好によってね、"Kodomo Metal"の方が好きだっていう人もいるし、"Entering The New World"の方がクオリティが上だ、っていう人もいる。どうも、ひねくれたロックが好きな人は"Kodomo Metal"が好きらしいのね。そんで、一般的なポップスが好きな人は、"Entering"の方を好むらしい。実際、この作品は結構ストレートだからね。"Kodomo Metal"の作りこまれた濃密な音楽性を期待して聞くと、結構肩透かしを食らうらしいね(笑)やたらと風通しのいい音だからね。
ゆうじろう:前作とはカラーの違う作品なんだね?
Tone:そうだね。作ってる本人としては、違うカラー、というのは意識してないんだけど、同じように作ってるつもりだけどね、でも、違う面が出ているのだろうな、というのはわかるね。この作品は、2001年に作ったもので、'99年に作った"Kodomo Metal"から、約2年のインターバルがある。その間に、状況や心境の変化もあったということもあるね。
ゆうじろう:君自身はこのアルバムをどう捉えてるの?
Tone:そうね、捉え方は聞く人の自由だから下手なことは言えないんだけど、僕自身は、このアルバムを、"Kodomo Metal"よりも上だと考えてるね。前作"Kodomo Metal"が音楽性としてImariを代表する作品だったとすれば、この"Entering The New World"は精神的、人間性としてImariを代表する作品なんだ。そして"Kodomo"と"New World"の間には、すごく大きな決定的な違いがある。それは、"Kodomo"は、20世紀に作られたけど、"New World"は21世紀に作られたということ。そして、もうひとつ、"Kodomo"を作ってるときは、僕はただのナカミネタカヒロだったけど、"New World"を作ってるとき、僕は『漂泊の救世主』ナカミネタカヒロだった! この作品は、「漂泊の救世主」ImariTonesとしての、最初の作品なんだ。
ゆうじろう:また新しい言葉が出てきた(笑)その「漂泊の救世主」ってことに関しても、説明してもらわなくちゃいけないね。とりあえず前作"Kodomo Metal"を作ってから、この"Entering The New World"に辿りつくまでの、経緯と成り行きを説明してよ。
Tone:まず、'99年の夏に、渾身の力作、"Kodomo Metal"を作ったんだけど、バンド活動をしているわけでもないしね、別にメジャーからリリースされることもなく、インディーズレーベルに売りこみをかけるわけでもなく。コンテストか何かには送ったと思うんだけどね(笑)そんで、'99年度、僕は大学の4回生だったんですけど、卒論の代わりに"Kodomo Metal"という論文を書いていたせいもあって、単位が足りずにもう1年大学生をやることになってね(笑)でもそうはいってもまともに大学に通うどころじゃなかった'96年から'98年頃の状況を考えるとよくがんばったと思うんだぜ?(笑)だんだんと状況も少しずつ良くなってきたからジョークとして笑えるようになってきたというだけで。
ゆうじろう:笑えない状況のときもあったからね。
Tone:あきらめたりはやまったりしなかったから少しずつ笑えるようになっていったのさ。ともあれ、新しいミレニアムの節目である2000年、僕はわずかに残した単位のためにもう1年大学に籍を置くことになった。とはいえ、わずかな単位だし、試験だけ受ければいいような状態でね。ハニーちゃんと離れてることによる消耗もあったので、僕は家族と相談して、その年は下宿を引き払って地元に戻り、試験のときだけ東京に行くようにしたの。僕が再び東京で暮らし始めるのは2002年のことだから、2000年と2001年の2年間、僕は地元に戻っていたことになるね。
ゆうじろう:就職活動っていうのはしなかったの?
Tone:できなかったっていうのが本当だろうね。そのための精神的基盤がまったく無かったからね。僕にとっては、まず普通に生活できるようになることが先決だった。普通に生活ができるような精神状態になること、そしてそうなれるような状況を作り出すこと、その方が先だったんじゃないかな。 もちろんハニーちゃんと一緒に居ること、一緒に居られるようにすること、それも大事だったんだけど、その他にも僕の心をとらえて、せきたてる何かがあった。それが何かがはっきりとはわからなかったから、僕は2000年度、ゆっくりとそれを見定めることにしたんだ。2000年に何も制作してないのはそういったこともあったと思う。何の答えも無しに音楽に向かうことができなかったからね。ただしそのかわりに、この年は空いた時間を使って、それまでに制作した3作品、「Garden Of Gods」「Prototypes」「Kodomo Metal」の、修正、ブラッシュアップを行った。ミックスのやりなおしと、マスタリングのやりなおしだね。専用のマスタリングソフトを買ってきてね。これらのStudio Pel時代の作品が、今みんなが聞いているようないい音で聞けるのは、この年の作業のおかげです。まぁ「Garden Of Gods」に関しては、ミックス用のデータが残ってなかったからマスタリングのEQ処理で修正するしかなかったんだけどね。
ゆうじろう:他に2000年にやったことは?
Tone:そうだね。地元に戻って、まぁ最小限のバイトをしてるだけの療養生活だったんだけど、まぁもともとバンドがやりたいというのが絶対的にあるから、だって好きで一人での宅録作業を選んだわけじゃないからね、地元で地方ではあるけどバンドをやってみようかと、少し動いてみたこともある。でも、やっぱなんだか本気になれなくてね。ピンと来なくて。単純にそれはまだその時じゃなかったということだよね。あとは、高校時代の音楽仲間とつるんでみたりもした。彼らも地元でやっぱり音楽をやっていて、バンドを組んで駅前で演奏してりしてた。地方だから誰かの家に練習スペースがあったりするのね。地主さんとか(笑)そういうところへお邪魔してセッションなんかもさせてもらったんだけど、これもピンとこなかった。これに関しては他のバンドマンたちと関わるのと一緒で、根本的な問題があるんだって今はわかってる。でも、こうして地元に戻ってみるのもそれなりに楽しかったよ(笑)
ゆうじろう:結構いろいろやってたんだね。
Tone:そうでもないよ。1年あればいろいろできるからね。でも、試験を受けに東京に戻るのがいちばん楽しかったかな(笑)ウィークリーマンションに泊まったりしてね。 あとはねー、この年の秋だね。インターネットってものを始めましたね。少しずつお粗末なホームページを作ってみたりして、インターネットを通じて、自分の音楽を人に聞いてもらうこともちょっとずつ始めようとしてたわけだね。あとはネットといえば、この年、2000年の12月くらいからネットで日記をつけているので、それ以降は、日々どんなことを考えていたのか日記で参照することができると思います。まぁ特に最初のうちはイカれた文章しか書いてないけどね。 あとはハニーちゃんと海へ行ったりね(笑)そんなことをしてるうちに2000年も終わろうとしていたな。
ゆうじろう:「答え」は見つかったの?
Tone:それなんだよね。2000年の大晦日のことだったと思う。そのことだけは覚えてる。経緯はもう覚えてないんだけど、僕はようやく、決めたんだよね。僕のやることはこれなんだ、ロックンロールなんだ、って。大人になることとは、他の可能性を捨てること。いくつもある可能性の中から、たったひとつを選び取って、他のものを捨てること。18歳のとき、偶発的な彼女との出会いによって、僕はその1歩を踏み出したけど、初めてここで、自分の意志でもって、僕は自分の心を決めた。ただ、10代の頃から思っていたように、音楽でプロになろう、とか、スターになろう、とか、そういうものと、僕が目指すものは違うような気がした。それは前からわかっていた。いずれにせよ、僕は、この僕が信じて取り組んできた、ロックンロールというものに、生涯をかけて、この身を捧げてみようと思ったんだ。その価値があると思った。もちろん、それが何を意味するのかは、はっきりとはわからなかった。でも、それは次第に明らかになってくる。その決意に応えるように、2001年の「New World」の制作中にも、不思議なくらいそれが明らかになっていくんだ。21世紀最初の年、2001年は、僕にとってはそういう年だった。新時代の幕開け。僕は、この手で新しい世界を作り出す、新しい時代に踏み出す、と決めたんだ。 そうした決心を固めた上で、僕は21世紀の元旦を迎えた。
ゆうじろう:新世紀おめでとう(笑)
Tone:そして、自分がこれまで学び、信じ、行ってきたロックンロールを信じるということは、自分の中にある答えを信じるということでもあった。10代の頃、思春期の純粋な心でつかみとった、ロックンロールの真実と哲学。それこそが、僕の、イマリトーンズのテーマであり、真髄の部分だ。それが、ただの音楽以上のものを意味するのは明らかだった。僕は、今こそ、それに向き合おうと思った。僕は、それまでの作品の制作にあたって、封印してきた、Imari Classicsと呼んでいる、高校時代に作った数多くの楽曲たち、それらの箱の蓋を開けた。 そして、僕は、新たな作品の制作を決意する。 これがここStudio Pelでの最後の制作になるだろうことは予想していた。 そして、真にプロフェッショナルな姿勢で制作に取り組むことを心に決めた。商業的なプロフェッショナルではないかもしれない、だが、芸術的なプロフェッショナルとして恥じない作品を作ろうという意識を持ったんだ。 こうして、僕は、21世紀の新しい世界に踏み出した。
ゆうじろう:今出てきた「Imari Classics」というものについて今一度説明してくれるかな。
Tone:僕の芸術の原点はね、すべて10代の頃、思春期の頃、青春時代にあるんだ。Imari Classicsというのは、高校時代に作った100曲余りの曲たちのことをそう呼んでいるのさ。すべてデモが残ってるわけじゃないし、きちんと管理されてるのはせいぜい80曲くらいなんだけど、たかが高校生と思ってバカにできないんだこれが。とても純粋で、新鮮で、自由な感性と、斬新な発想がちりばめられているんだよね。ただ、あまりにもそれが純粋だったために、また、他のいろんな理由もあって、20を越えてから、僕はそれらの曲から、どちらかというと目を背けていた。これ以前に作った、3枚の作品には、Imari Classicsの曲は1曲も使ってなかった。それ以降の作曲技法を発達させたかったのもあるんだけど、20以降に作った曲ばかりでアルバムを構成してたんだ。その封印を、今こそ解いて、自分の中の純粋な真実に再び向き合う時が来たと思ったんだ。だから結果的に、"Entering The New World"には、多くの"Imari Classics"の楽曲が収録されることになった。
ゆうじろう:「春風に乗って君と飛ぼう」や「17's Requiem」なんかがそれだね。
Tone:そう。まぁ口当たりの良さそうな曲ばかり選んで収録しちゃったけど(笑)結果的には、完成してみれば、Imari Classicsの曲たちと、そうでない新しい曲たちが、うまくバランスを取って調和したアルバムになったけどね。 まぁそういうわけで、2001年は、僕にとって、そうした決意のもとにスタートした、決意に満ちた非常にすがすがしい年だった。そして、その制作途中にもいくつかの出来事があったよね。それについても説明しなくちゃいけない。 まずは、そうした決意とともに、2001年3月、無事大学を卒業しましたね。
ゆうじろう:おめでとう。
Tone:ついに一度も大学生である実感を感じることなく卒業してしまったけどね(笑)結局ロックンロール大学の学生だったからね僕は。 そして、次、SMさんとの出会い、というか再会だね。それに伴い某レーベルと接触していろいろ見学しましたね(笑) そして、そうした流れもあるのかもしれないけど、「漂泊の救世主」さらには「Neworld」という概念の発見。 あと、この年には、全世界を震撼させた、あのNYでの同時多発テロという大事件があったよね。もちろん僕のこの作品だって、あの事件と無関係では、影響されずにはいられなかったんだ。
ゆうじろう:あの事件は衝撃だったものね。
Tone:世界中の人がショックを受けたからね。芸術家であれば、あんな大事件から影響されずにはいられないと思うよ。 さぁ、具体的な曲解説をさせてもらえるかな。 いろんな背景を話したいんだけど、この作品に限っては、ひとつひとつ背景を説明するより、楽曲にからめて少しずつ話していった方がいいと思うんだ。
ゆうじろう:珍しく自分から話す気になってるね(笑)いいよ。
Tone:まず、いきなりだけどアルバム全体をまとめてみたい。 さっきも言ったように、このアルバム、前作の"Kodomo Metal"が、音楽性の奇抜さでImariを代表する作品だとすれば、この"Entering The New World"は、音楽性はストレートだけど、人間性の意味でImariを代表する作品だ。また、僕の純粋な本質である、Imari Classicsの楽曲が数多く収録されたおかげで、僕の個人としてのパーソナリティが最もよく表れた作品になっている。 前作とはまったく空気が違うと思う。音自体が違う。前作との違いは、そうした決意の違いであり、覚悟の違いであり、そして、新しい世界に足を踏み出そうとするその違いだ。このアルバムは、「漂泊の救世主イマリトーンズ」としての初めてのアルバムであり、21世紀の新しい価値観の世界に踏み出そうとする特別な第1歩だ。僕そしてイマリトーンズは、新しい時代の、新しい価値観を持った、新しい世界を作り出すべく、このアルバムの制作に取り掛ったんだ。
ゆうじろう:ずいぶん特別な意味が感じられるね。
Tone:やっぱここで説明しておこう。SMさんとの再会と、漂泊の救世主、Neworld、そしてこのアルバムに伴う旅立ちの意義・・・・
ゆうじろう:インタビューの構成上やっぱり問題があることが判明したんでね(笑)
Tone:アルバム制作も中盤に入ろうとしていた6月のことだったと思う。 僕は、不思議な夢を見てね。何かを伝えようとしている女の子の夢。助けを求めているようにも見えてね。 僕はその夢が気になって、そして間もなく、突き止めた。 はじめは、目を疑った。 けど、その子、そのインディーズミュージシャンは間違いなく僕の初恋の女の子だったからね(笑) もっと驚いたのは、その音だった。 音楽とは縁のない人だと思ってたのにね。 もちろんジャンルは違う畑だったけど、僕はこうみえても音楽家で、音の向こうにいろんなものを感じ取ることができるからね。 僕は、不思議なシンクロニシティが、そこに存在していることを強く感じたんだ。 その3ヶ月ほど後、僕は彼女に会いにいきましたよ、ハニーちゃんと一緒に(笑) この事が意味することが、いくつかある。 ひとつは、彼女を助けてあげられたこと。 SMさんは、2000年に1stアルバムを出した後、活動休止状態であったけど、そこから復活してきて、2004年にはついに2ndアルバムを出すことができた、その復活劇は、あの時の僕の介入なしには無かっただろうと、僕は勝手に自負しているよ(笑)多少荒療治だったから、ひっかきまわして迷惑もかけたけどね(笑) ふたつは、彼女が所属していた名古屋のインディーズレーベルに接触して、彼らのやっていることをいろいろと見ることが出来たこと。すごく参考になったからね。非常にユニークなレーベルであったから。現在でも順調に、かなり発展してるみたいだね、あのレーベル。しかもローカルで手作りな姿勢を失わずに。 みっつめは、運命のシンクロニシティというものの存在を知り、またそれを感じられるようになったこと。これと同時に、"Entering The New World"の制作全般を通じて、ある種の芸術的霊感が強くなったのもどれだけ有益だったかわからない。 よっつめは、自分の選択が間違っていないという確信を得られたこと。2000年の大晦日にそれを決意して、もうその翌年にこういう答えが出るのだから、その必然具合といったら不思議だった。彼女を助けられる位置、場所に居たこともそうだけど、何より、こんなシンクロニシティが存在するのに、これでもし自分が音楽の道を選んでいなかったら絶対後悔しただろうからね。 いつつめに、本当に競うべきライバルを得たこと。 向こうはこっちのこと意識してないかもしれんけどね(笑) でも、運命のシンクロニシティでつながった、自分と同じようなことをして同じように生きてきた人がいる、というだけで、とても心強かった。 そうして、そうした本当の意味で人生を競い合うライバル、しかもそれが自分のロックの原点である思春期の因縁の相手だなんて素敵すぎるじゃないか。 何年かぶりにに会った彼女はそのライバルと呼ぶにふさわしい人だったよ。 そしてむっつめ、と言っていいかな。 この一連のことを通じて、僕はより、自分のことを知ったんだね。僕がいったい何であるのか。 僕は、自分が何であるのかわからなかった。 ミュージシャン、プロミュージシャンやロックスターになりたいのでもなかった。それらはわからなかったし、現実のそういう人たちを見るにピンと来なかった。 じゃあ自分は何なんだ。何で音楽をやっているんだ? 芸術家になりたいのかもしれない。でも芸術家って、芸術っていったい何なんだ? その言葉は2001年の10月の頃だったかな。アルバムの制作も佳境に入っていた頃、突然浮かんできたよ。『漂泊の救世主』。そうだったのかと思った。すっと納得して腑に落ちた。こうして僕は、自分の正体や、自分の音楽の正体、それにふさわしい名前が、「漂泊の救世主」というんだということを知った。でもそれがどういうものであるのかは、またそれから学んでいくんだけどね。
ゆうじろう:おっとここで一度息継ぎしようか。文章もぎゅうぎゅう詰めになっちゃうだろうからね。「漂泊の救世主」という概念を発見し、そして同時期に、「Neworld」という概念も見つけたんだったね?
Tone:そう。見つけたというか、とりあえずそう呼んでみた。Neworld。自分が理想としている世界、というか、自分を導いてきたその未来、神さんが僕に見せたその真実、を、どう呼べばいいのか、わからなかったんだけど、僕はその世界をこそ目指していくのだということは、この時期はっきりと自覚した。そして、とりあえず「それ」を、その世界を最もよくあらわしているロックのレコードのひとつだと思っている"Van Halen 3"からの曲名をとって、"Neworld"と呼んでみたんだ。今回のアルバムのタイトルが、"Entering The New World"となっているのも、そこから来てるのさ。 でも、感覚ではわかっていても、その"新世界"が、言葉で表現するとどういうものなのか、その概念はなかなかわからなかった。今でも完全にわかってないかもしれない。2004年の活動では、僕はNeworldを、「すべての人が本当の自分を表現して生きている場所」と言い表したけど、それもどうも正確じゃない。最近上の方からダウンロードした最新ヴァージョンの答えは、Neworldとは、「人間の精神が、完全に自由な場所、状態」のことらしい。人間の精神ってのは、いろんなものに縛られてるんだよね、知ってのとおり、その代表的なものは、この地上にある、古くからの因習さ。よくわからんけど、たとえば政治的なイデオロギーであったり、迷信であったり、民族であったり、宗教であったり、経済であったり、地上における欲望であったり、ね。それらのものが、21世紀、本来なら為されるべき、人類の進化や、可能性を、妨げているんだ。たとえばちょこっとだけ知ってる分野である宗教について話すと、既存の宗教っていうものは、もちろん本来は真実を伝えるものであるけど、現存する形としては仮のものなんだよね。信仰やら崇拝やらは、精神の段階がまだ未発達な人類のために用意された形なんだ。21世紀を生きる我々には、もうその形は必要がない。必要だとしても、もっとダイレクトな形の高いレベルの信仰が必要になってくるわけさ。そうしたものから精神を解放しなければ、人類は次の段階に進めないんだ。そんなことを、最近僕の上にいる神さんは僕に言ってるみたいだね(笑)
ゆうじろう:なんだかちょっとだけ本格的になってきたね。漂泊の救世主。
Tone:英語で言うとThe Wandering Saviorね。これも気に入ってるよ。かっこいいでしょ。まぁWandering、「漂泊の」救世主ってのには自嘲の意味も込めていて、あとはまぁ組織とか権力とか富や栄誉とはあんまり縁がないかもしらんけどまぁ勘弁してよという意味でもあるね(笑) ともあれ、解説の最後の部分。 現実世界の僕におけるこの"Entering The New World"と、それに伴う旅立ちの意味。 もともとこのアルバムは、制作にとりかかる時点から、既に旅立ちを前提としていた。 '98年以降、孤独な音楽との作業、そのいわば象牙の塔であったStudio Pelからの旅立ちをね。その前に、きちんと自分に向き合った作品を作っておこうと思って制作したわけだ。 これがこのStudio Pelで作る最後の作品になるだろう、今この場所で、やるべきことはすべてやった、ってね。 だから、これが完成したら、翌2002年には東京なりどこなり行こうと思ってたんだけどね。名古屋も近いからアリかなと思ったんだけど、まぁ例のレーベルさんを見て話を聞いて、いややっぱ東京だなと(笑) ちなみに、Studio Pelでの各アルバムのジャケットを制作したのもこの年でしたね。自分で写真を撮ってね。あの「Garden Of Gods」の写真だけは、'97年に撮ったものだけど、"Kodomo"や"New World"の写真はこの年に撮ったもの。"Prototypes"の絵は'98年に描いたものだね確か。 ともあれ、そんなわけで、様々な確信と覚醒と不思議なシンクロニシティに満ちた2001年を確かに踏み出し、2002年が明けると、正月からToneは就職サイトなんか見て、2月には某企業に就職が内定、3月には再び東京の地へと旅立つのでした。ちゃんちゃん。
ゆうじろう:よーし。終わった。じゃあ、具体的な曲の解説などに入ろう。
Tone:うん。ただ、ここまで書くだけで非常に疲れたからね。ここからの曲解説は、面倒だから2001年12月頃に書いた文章を、そのまま流用して、いい?コピー・・・・ペースト・・・・・。
ゆうじろう:・・・・・仕方ないな(笑)じゃあ、以下からその流用した文章が入るからね。
(数秒沈黙)
ゆうじろう:じゃあ次に、アルバムのジャケットについて聞いてみよう。アルバムのジャケットは、お寺の門みたいなのが写ってるね。そして、その前に立つ1人の少女。
Tone: なかなか、迫力があるだろ? この門は、転害門(てがいもん)っていって、奈良の東大寺にある門なんだ。東大寺っていうと、大仏で有名だけど、これは大仏よりずっと裏の方の、あまり観光客も来ないような場所にある。大仏は、たしか室町時代くらいに再建されたものだったと思うけど、この転害門は、奈良時代に作られた、正真正銘の本物。なんと、1000年以上も経っている年代物だぜ!!
ゆうじろう: 門の前に立っている少女はハニーちゃんなんだよね?
Tone: そう。ウチのハニーちゃんだよ。ちっちゃく写ってるだけだから、あまり顔とかはわかんないと思うけどね。 この門は新しい世界への入り口を表している。新しい世界、未知の世界。そして、それはこれから始まる21世紀の象徴でもあるし、今の世界の状況をも象徴している。門っていうのは、Judas Priestの名作「Sin After Sin」(邦題:背信の門)みたく、ハードロックっぽい題材で、実際に「Sin After Sin」のパロディのつもりでもあるんだけどね。このジャケットは、新しい世界に向かうときの不安感というものをよく表していると思う。大きく、威厳と迫力のある門。その前に立つ一人の少女。僕には、この少女は門のむこう側の世界に向かうに際して、もう二度と戻らないこちら側の世界での、最後の記念撮影をしているように見える。そして、裏ジャケを見てほしい。門を見つめ、今まさに歩み出そうとする少女の凛とした、決意に満ちた後姿。なにか、悲壮感のようなものすら感じるよね。見る人の感性によると思うんだけど、このジャケットはいろんなことを想像させる。それがどんなストーリーなのかは、それぞれが考えてもらえばいい。とにかく、門の向こうは、新しい世界。そしてその向こう側を描いたのが、このアルバムの楽曲なのさ。門の向こう側には、過去も未来もなく、時間や空間の観念もなく、ただその存在の真実のみがある、新しい世界。21世紀は、すべてにきっちりと答が出される時代なんだ。曖昧なごまかしは通用しない。真実を一直線に突いてくる。それは、怖いことでもあるけど、僕たちは進まなきゃいけない。そして、1番大切なこととして、それは何よりも楽しいことであるんだよ。それが、このアルバムが1番に描いていることさ。
ゆうじろう:ずいぶん長くなったね。
Tone:そうだね。なぜなら今のジャケットの話は2001年の暮れに書いたものをコピーしてきただけだからね(笑)
ゆうじろう:よし、じゃあ解説に入ろう。1曲目、"Entering The New World"。
Tone:インストのイントロでアルバムの幕を開けるというのをまたやってしまったね(笑)どことなく不気味なピアノのインスト。これは、曲としてはシンプルなんだけど、アルバムとして作るときにどうしても1曲目、アルバムのイントロとして使いたくてレコーディングした。テーマは、新しい世界、新しい時代の足音。この曲はね、アメリカの同時多発テロにショックを受けて、急遽アルバムのオープニング用にと、作ってしまった曲なんだ。
ゆうじろう: 9月11日。世界の歴史にとって忘れられない日になってしまったね。
Tone: うん。すごいショックを受けた。音楽家に限らずあらゆる芸術家は、あの事件に影響を受けるなっていう方が無理だと思う。ショックを克服するため、また芸術家としての本能から、どうしてもあの事件に影響を受けた作品を作ってしまうと思うよ。ともあれ、この曲は新しい世界の歩み寄る音と、その不安感をよく表してる。何が始まるんだ〜、って感じの。サウンド的には、ピアノがいい具合にローファイ。
ゆうじろう: 確か、テスト録音で適当にさらっと弾いたピアノが採用されてしまったんだよね。まだプリアンプの真空管もあったまってないうちに。
Tone: そう。結局、最初のテスト録音を超えられなかった、っていう。ピアノ下手だし(泣)。
ゆうじろう:続いて、間髪入れずに、2曲目の"Changes!!"。
Tone:新しい時代の幕を開けるギターリフさ。新世代のギターサウンド。このアルバムを作るにあたって、いくつかの新兵器をまた導入した。dbxの真空管プリアンプはアルバム全体を通じてイメージ通りの音作りに貢献してくれた。そしてことギターに関していえば、Cranetortois DD-1という新兵器のディストーションペダルを手に入れた。この場でギアについて語るのはあまり有益じゃないから多くは語らないけど、のっけからこの新しいギターサウンドが炸裂してるよ。 この曲のリフは、変化の風を表現しているんだ。世界が変わる、時代が変わる、そんなすべてを変えてしまうような、変化の風。風のギターといえば、僕の得意な作曲技法のひとつだけど、この曲はその中でも、僕というパーソナリティをよく表現できてると思う。このリフ一発で、自分のすべてを伝えられるんじゃないかと思えるリフだね。そして舞い上がる象徴的なハイトーンヴォーカル。世界を変えるべく降り立った、「漂泊の救世主」にふさわしい、sacredな響きを持った曲だと思う。2003年以降の東京でのライヴ活動でも結構演奏したよ。
ゆうじろう:「漂泊の救世主」のテーマ曲だね。
Tone:あとサウンド作りの点でもひとつ触れておきたいのは、シンプルさね。 前作「Kodomo Metal」では、貧弱なCPUパワーのパソコンで、非常に凝った複雑な音作りをしちゃったもんで、あの地獄は二度と味わいたくないと(笑)あとは、今回は趣旨からいっても潔くシンプルな音にしたかったんで、結果、この"Entering"アルバムは、全体としてシンプルな音作りで、風通しのよい、聞きやすいものに仕上がってます。音楽性もストレートでポップだしね。あとはね、ドラムトラックの音が前回までと違うね。前回まではシンセ音源のドラムの音を使ってたんだけど、このアルバムではLM-4というヴァーチャルドラム音源を使いました。でもPCのスペックが貧弱なんで、ダイナミクスの無い省エネバージョンばかり使ってたから、その真価を発揮したのは、次の「SunshineTown」などのごくごく少数の曲だけだったな。2003年に録った2曲ではちゃんと使ったけど、今ではもうドラムは生でやっちゃってるし、結構きちんと使ってあげられなかったアイテムですね。便利なんだけどね。
ゆうじろう:次、3曲目、「GoodBye,MySunshneTown」
Tone:非常にエモーショナルかつポップなメロディを持つロックソングだね。口当たりはかなりいいよ(笑) これは、引越しソングなんだ。横浜市港北区の日吉にあった下宿を引き払う際に、自然と出来てしまった。そして、2001年、最初にレコーディングした曲でもある。知ってのとおり僕の大学時代は、苦難とか困難とかいう言葉を抜きにしては語れないものだった。そんな時代を過ごした街を引っ越すのだから、当然、いろんな思いがある。かなりポップで、少々安易なメロディかもしれないけど、あの街に対して、過ごした時間に対する素直な思いを表現したらこうなった。そして、だからこそ過去と未来を見つめ、僕はこの曲を復帰第1作に選んだ。'99年の「コドモ・メタル」から1年半。音楽にこの身を捧げるんだ、と決めて、再びレコーディングにとりかかる、その第1作目として、この曲以外には考えられなかったんだ。とても、すがすがしい決意に溢れているよ。SunshineTownっていうのは、当然、日吉のことなんだけど、曲を聞けばわかると思うんだけど、横浜だから当然、坂が多いのね。あの辺は。大学の辺だけでなく、港北区や川崎の方も含めもっとあの辺り一帯の風景を表現してるんだけど。坂が多い感じのサウンドしてるでしょ??
ゆうじろう: 坂が多いサウンド、ね。いわれてみれば、確かに。
Tone: あのね、間奏のギターソロ部分がすっごくきれいなの。澄みきった、美しいサウンドって感じで。復帰第1作だったけど、作ったときは、「うわぁ、これは、今年はもうこれ以上のものは作れないかも」って思ったもん。幸せなことに実際は、それ以降も豊作続きだったんだけどね。これは、街がくれた曲だね。自分で作ったものではないよ。そう、日吉という街がくれた曲。透明なエモーションを乗せた「Transparent Sound」って言葉は、この曲から生まれたんだ。 余談だけど、この曲を作り終えた頃に、卒業の発表があってね。まぁ無事卒業できたんだけど、卒業式は日吉のキャンパスで行われた。出来たばかりのこの曲をCD-Rに焼いて、ウォークマンに詰めこんで、日吉という街に会いにいった。なかなか感慨深かったよ。
ゆうじろう:いい曲だよね。こんなこと言うのも何だけど。
Tone:実際この曲は人気があるね。今までの人の反応だと、"Minorities"や"躁"と人気を2分するくらいの。日本人好みの、メロディアスで叙情的なロックだからね。バランスのとれた、典型的なハードロックが好きな人、たとえばMR.BIGが好きな少年とか(笑)は、この曲を気に入るみたい。このアルバムからだとシングル曲ってことになるんだろうね(笑)ただ、未だライヴでプレイしたことは無いな。案外と再現が難しくてね。結構大掛かりになっちゃうんだよ。コーラスとかキーボードとか。
ゆうじろう:じゃあ次、4曲目、「14000 light years away」。
Tone: この曲はあまり面と向かってホメられたこと無いんだけど、もっと評価されてもいいのにな(笑)自分では「躁」以上にすげー曲だと思ってるんだけど(笑)十分に異能ハードロックしてるよ。 これは「SFハードロック」だね。この「SFハードロック」ってのも僕の得意技のひとつでね。このアルバムに入ってる「Galactic Dreamer」もそうだよ。うん、SFハードロック。すごい未来的。これを録ったのは2001年で、2001年宇宙の旅をパロって、「2001年なんとかの旅」ってのが流行ったじゃん。僕は高校の頃から、英語の勉強のためにアーサー・C・クラークは原書で読んでたんだ。で、どうせならオレはさらに1000年先をいって、「3001年」のことを歌ってしまえ、と思って。アーサー・C・クラークの「3001」では、1000年後の未来の人間社会のことが、興味深く描かれていた。人々は理性的で社会はきちんと管理され、宗教というものも存在しない。そんな未来社会の描写に影響を受けて、この曲の詞を書いてみた。まぁ、そんな感じかな。聞き所は、なんといっても、エディ・ヴァン・ヘイレン直系のギター・タッピング・サウンド、そして、どことなくチープな感じの漂う、迫力のSFサウンドさ!!
ゆうじろう:そして次、5曲目「Wait For Me」
Tone:この曲はImari Classicsだね。 最初から、4曲目までの4曲は、新しい曲だったんだよ。そいで、この5曲目は、Imari Classicsさ。はっきり教えておくと、「Entering....」は2001年秋に作った曲、「Changes!!」は、曲自体は'98年にはできていた。「SunshineTown」は2000年春。「14000」は、これも形になったのは2000年だろうね。ImariClassicsは、高校時代だから、'96年の2月〜3月くらいまでにできた曲のことをそう言うんだ。そいで、この「Wait For Me」は、’95年の2月、17歳のときに作った曲。
ゆうじろう: 高校2年生だね。
Tone: そう。10代らしいピュアな曲だろ?? この曲には、愛とやさしさ、感謝の気持ち、そして大事な人や仲間を想い合う気持ちがあふれてる。Imari高校時代の、ひとつの愛情の原点のテーマソングといってもいい作品なんだ。この曲を聞けば、Toneがいかに幸せな高校時代を過ごしていたかわかるんじゃないかな。すごくシンプルな曲だけどね。 青春時代の感覚をそのまま、やさしいサウンドに込めることができたと思うよ。
ゆうじろう: 次いってみよう。6曲目「幸せ育て」
Tone: この曲は、2000年の晩秋に作った曲。だから録った最近の曲のはずなんだけど、スタイル的にImariClassicsに共通する、昔のスタイルに戻ってる感がある。どこか懐かしい、情感の感じがね。サウンド的にも、すごくシンプルだ。左側にギターがあって、ベースとドラムがあって、ヴォーカルがあって、それだけ、っていう。「Wait For Me」とこの曲あたりのサウンドが、まったく飾らない、素のままのImariサウンドの基本だと思って構わない。ギターもシンプルなGov'norサウンドだし、オーバーダブもほとんどないしね。そして、これは、ラヴソングなんだ。僕は、露骨に男女の駆け引きを描くだけがラヴソングだと思わない。僕にとっては、この「Wait For Me」や「幸せ育て」こそが、まさにラヴソングなんだよ。愛っていうのは、男女がキスをすることだけを言うんじゃない。大事な人や大事な人々、そしてみんなの幸せを想う気持ち、それこそが、僕にとってまさにラヴソング。この「幸せ育て」に関しても、まるで子育てソングのように聞こえるかもしれない。もちろん僕には子供はまだいないけどね。でも男女の愛情にしろ親子の愛情にしろ、その他に愛情にしろ、その根っこはひとつで、同じものなんじゃないかと、僕は思うんだ・・・。幸せを願う気持ちは、誰だって同じなのだからね・・・。
ゆうじろう: 幸せ、ね。さっきの話じゃないけど、同時多発テロ・・・。
Tone: そう。この曲は同時多発テロに対する、Imariなりの答でもある。僕たち市民にとっての本当の勝利っていうのは、敵を叩き潰すことじゃない。雑草が花を咲かせ人知れず繁っていくように、それぞれの幸せを育んでいくこと、それこそが、僕たちの本当の闘いであり勝利なんだ。そして、それは決して止むことはない。 この曲はそのベーシックなサウンドゆえに、2004年のライヴでもたくさん演奏しましたね。
ゆうじろう: OK。じゃ、次行こう。7曲目「進化論」
Tone: これもImariClassicsだね。覚えてるよ、高校卒業前、ちょうど受験シーズン直前。’96年の1月のとある日。僕は、1時間で3曲書いたことがあった。これは、そのうちの1曲。シンプルなハードロックなんだけど、ちょっと、ギターがイカすだろ?? 歌詞は、これも、得意のSFハードロックだね。生命の進化と人間の存在について、適当に歌ってる(笑) 勢いのあるギターソロ、これも、最初のテイクなんだ。まぁ、とりあえずテストのつもりで最初に弾いてみよう、っていって弾いて、結局何回やってもそのテイクを超えられない、っていういつものパターン。勢いがあるんだろうね、ファーストテイクは。実は「Changes!!」のギターソロもそうなんだ。あれも、ファーストテイク。もういっぺん弾いてって言われても、弾けないよ。自分でもどうやって弾いたのかわからないんだもの(笑)
ゆうじろう: 頼りないミュージシャンだね(笑)
Tone: あと、この曲のサウンドに関しては、ひとつ教えておきたい面白い点がある。サビ部分のヴォーカルコーラスに、不協和音を混ぜてあるんだ。ほんのちょっと、隠し味的に、ブレンドしてね。結果、緊迫感のあるサウンドに仕上がったと思う。3番のサビを聞くとわかりやすいんじゃないかな。そこだけ、少し大きめにブレンドしたからね。
ゆうじろう: なるほどね。今度ヘッドホンででも聞いてみるよ。次、8曲目、「春風に乗って君と飛ぼう」
Tone: これもImariClassics。'95年秋。18歳になってますね。高校3年。秋に作った曲なのに、「春風」。あのね、気持ち的には、ここからB面なのね。「Entering....」から「進化論」までがA面で、「春風」から最後までがB面。まぁ、アナログ盤にするには、ちょっと収録時間が長過ぎるけど。だから、ね、前の曲と、曲間がちょっと空いてるでしょ??
ゆうじろう: あ、ホントだ。ここだけ、曲間がちょっと長いね。
Tone: それが、「ここからB面ですよ」っていう印なの。んで、「春風」。これも、特別な曲だなぁ。「初恋ソング」って呼んでるんだけどね。でも、恋っていっても、描かれる内容は女の子のことよりむしろ、少年の心の内面のことを描いてる。ユーミンの初期の曲が恋の対象よりもむしろ少女の心の内の情景に向けられていたように、この曲も少年のピュアな心。その内面に広がる美しい夢幻の草原のことを描いてる。二人が行くのは、ショーウインドウが並ぶ街なんかじゃない。心に広がる夢の世界にこそ、二人は遊びに行くんだよ。そして、そんな恋ができる人は幸せさ。
ゆうじろう: そんなこといって、君もそういう恋を体験した1人じゃない。
Tone: まぁね、もっとも、だからこそ辛いこともたくさんあったさ。口で言うのは簡単だけど、ピュアでいる、っていうのは、大変なことなんだよ。ともあれ、これは、そんな純でウブな初恋ソング。まるで映画「耳をすませば」みたいな。確かに、ハニーちゃんと出会って恋をしていた時期に作った曲であることは確かだよ。ちなみに、ウェブ上での手作りアップルパイのCMに使われてしまいましたね。甘酸っぱいアップルパイにこの初恋ソング・・・・正しいチョイスだと思います。
ゆうじろう: はい、次は9曲目「Why Not?」
Tone:「WhyNot?」これも、ImariClassics。作曲時期はさっき言ったとおり。高校3年生の春〜初夏だね。これは、アヴァンギャルドに、自由に生きることに関しての曲なんだ。なんでダメなんだい、どんなことでも、やってみればいいじゃないか、って。政治的なメッセージソングに聞こえる人もいるかもしれない。自分ではハードロックのつもりで作ったんだけど、かなりパンキッシュな仕上がりになってしまってるね。でも勢いがある。ライヴ向きの曲だろうね。あぁ、この曲のギターソロも、「ファーストテイク」だったんだなぁ。もっとも、しっかり練習してプランを立ててから録りに入ったんだけどね。あとソロの前半と後半も分けて録ってる。でも、最初のテイクのナチュラルなタッピングを、何度やっても越えることができなかったんだ。最初のテイクってのは、つくづく魔法がかかってるんだなと思ったよ。
ゆうじろう: じゃ、駆け足で、次10曲目「Galactic Dreamer」
Tone: これもImariClassics。どうもアルバム中盤は、Imari Classicsで固められてるね。この曲はImariClassicsの中でも、特に古い作品で、作曲したのは'93年の暮れ頃。16歳、高校1年生のときの作品だね。僕が作曲を始めたのが高校1年の夏以降だから、作曲を始めて間も無い頃に作った作品だといえる。当時のバンドでは、正式に演奏することはなかったけど、練習スタジオの中ではよく弾いてた。だから当時のバンドの連中は、きっと聞き覚えがあるんじゃないかな。あ、この曲ね、って。
ゆうじろう: 相当初期の作品なんだね。
Tone: そう。かなり、記念すべき。でも、正直に言うと、サビの部分の転調は、後から、'98年頃に思いついたものなんだ。自分のヴォーカルがハイトーンが出るようになって、それで、それならそのハイトーンが使えるように転調しちゃおう、って。その証拠に'95〜'96に作ったデモテープでは、今よりもオクターヴ下で歌ってるよ。で、曲なんだけど、これも先述のとおり、得意のSFハードロック。というよりも、SFハードロックの最初の作品と言った方が正確だろうね。得意のSFハードロック、その記念すべき、最初の作品さ。んで、サウンドなんだけど、これが、もう、見事なまでのVHサウンド。そう、初期Van Halen。ちょうどVanHalenの2ndアルバム、そのあたりの音にものすごく近い。全ハードロックファン垂涎の、この勢いのあるギターサウンド。Eddie Van Halenの子供を自認するImariだからこそ出来た、本物のロックサウンド、と言うことができるね。我ながら。ヴォーカルも、デイヴ・リー・ロスに負けないキャラクターを持っているよ。
ゆうじろう: キャラクター・・・・ひどい声してるからね、君は(笑) じゃ、次、11曲目「雨の日の妖精たち」
Tone:この曲は特別なんだ。Imari Classicsの中でも、特に好きな曲のひとつでね。 先ほど述べたように、僕は、男女間の感情を歌うだけがラヴソングじゃないと思ってるし、そういったラヴソングを書くのは得意じゃない。でもね、この曲は、僕にとって初めて、そういった男女の愛情を、正面から書くことができた本物のラヴソングだと思ってるんだよ。しかも、商業的な飾り立てたラヴソングじゃない、本物の情感をそのまま歌ったラヴソングをね。必ずしも全編恋愛について歌ってはいない。描かれているのは雨の日の情景なんだ。幼い頃の、どこか懐かしい情景を思い出させるような雨の光景。僕は1970年代の情景をイメージしてる。そしてその雨を通じて、愛する人を思うその気持ちを表現しているんだ。ギターサウンドが、雨の情景や、跳ねまわる水のささやきをよく表現していると思う。この流麗な「水のギター」を聞いてほしい。1996年の1月だったかな、この曲を書いたのは。高校3年のときだけどね。雨が降って、ハニーちゃんに会えない日に書いた。この曲は現実の恋がもたらしてくれた、本物のラヴソングだよ。自分では荒井由実やはっぴいえんどとかそういう昔の日本のロック的な情感を持つ曲だと思ってる。
ゆうじろう:確かに、懐かしくてきれいな情景を感じる曲だね。
Tone:そうだね。きっと僕自身がそういった、たとえば1970年代の古い日本の情景にあこがれているから。さっきの「幸せ育て」あたりも、懐かしい感じの初期'80sサウンドに仕上がっているだろ? 音楽を作る動機のひとつには、きっと個人的なノスタルジーがあるんだろうね。
ゆうじろう: 音楽は、時間を超えて記憶や感覚を呼び戻してくれるからね。 次。12曲目「Young Wolves」
Tone: 来ましたね〜、「Young Wolves」。この曲は異色なんだよ。まず、B面でずっとImariClassicsが続いてる中で、初めて出てくる最近の曲だし。
ゆうじろう: 異色??
Tone: そう。ちょっと異色。熱心に聞いてくれば、たぶんわかると思う、この曲が、アルバムの中で、なんだか浮いてるってことが。
ゆうじろう: 浮いちゃってるんだ?? ダメじゃない(笑)
Tone: いや、それでいいんだよ、この曲は。この曲はね、2000年から2001年にかけてできた曲なんだけど、とあるゲームにインスパイアされて出来た曲なんだ。fenrirさんの狼系RPG、「神聖なるゲーム」ってやつ。すっごくおバカなパロディ系RPGなんだけど、笑えて、なんだか元気が出てくるゲームなんだ。そいで、そのエンディングのエンドロールを眺めていたら、浮かんできたんだよ。
ゆうじろう: この曲が、かい?
Tone: そう。エンディングはね、音楽が決まってなくて、プレイヤーが自分で好みのCDを流すように設定されてたの。でも、僕はミュージシャンだから、わざわざCDを突っ込まなくっても、自分の中から音楽が勝手に溢れてきたってワケさ。それで、どうせだからこの曲を録音してしまおう、と。それが、この「Young Wolves」。
ゆうじろう: ゲームの作者さんがサボって(?)エンディングに音楽を付けなかったからこそ、できた曲なんだね。
Tone: サボってたワケじゃないと思うけどね(笑) で、異色っていうのはね、そんな生い立ちで生まれた曲だから、劇画的なんだよ、曲想が。あのね、この曲は、映画音楽っていうか、劇画のテーマソングみたいなイメージで作ったんだ。自分の中では、Guns'nRosesが「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」のテーマとして作った、ストーンズのカヴァーの「Synpathy for the devil」、あんな感じをイメージしてたね。派手なアメリカンロックのイメージというか、とにかく、劇画のために作る曲だから、細かいことは抜きにして派手なサウンドで楽しもうぜ、っていう。それが、この曲の基本方針。曲調が、妙に派手で劇画的でワザとらしいのは、そのせいさ。
ゆうじろう: なるほど、確かに派手派手だね。センスはあまり良くないけど(笑)
Tone: それがまたいいのさ。アメリカンロックの醍醐味。だから、アルバムを通して聴くと、この曲だけ浮いてるっていうか、軽薄な感じがしてImariらしくない、僕らしくない、って思う人もいるかもしれない。でも、これも間違いなくImariなんだ。アメリカンロックのルーツ、そしてお祭りサウンドが大好き。繊細な部分だけじゃなく、こんなこともする。人間ってのは、多面性を持っているんだよ。はっきり言って、この曲は作ってて、ものすごく楽しかった。
ゆうじろう: 確かに、楽しいね。この楽しさはどこから来るのだろう。
Tone: レコーディングの過程自体がひとつのお祭りだったからさ。この曲のギターソロは、Raphyさんとのギターバトルになってる。Raphyさんが遊びに来てくれた際に、弾いてもらったんだ。他人のギターサウンドを自分の曲で使ったのは初めてさ。すごく新鮮な体験だった。そうした要素がこの曲を楽しいものにしているんだ。こういう曲は、音楽家にとってもすごく楽しい財産なのさ。なぜって、自分だけのものじゃないんだ。fenrirさんという触媒があり、そしてRaphyさんも参加してくれた。歌詞はfenrirさんにメールでもらったアドバイスをもとに書いたものなんだ。Morganの”たく”さん(2005年現在ロカビリーバンドThe Peppermint Jamに所属)のこととか、他のミュージシャンさんのことも意識していた。狼をテーマにした曲だからね。誇り高く生きる狼たちみんなのために書いたのさ。こういう曲は、自分のものなんだけど自分のものでない気がする。そしてそういう曲は、音楽家にとってすごく大切な財産なんだ。とっても楽しいお祭りソングに仕上がったよ。
ゆうじろう: OK。長くなっちゃたね。でも、それだけ特別な曲だってことかな。ちなみに、そのゲームの作者であるfenrirさんのホームページアドレスは、http://genbu.flop.jp/ だったね。ぜひ、そのゲームをプレイしてみてね。 では次、「17's Requiem」。
Tone: セヴンティーンズ・レクイエムか・・・。この曲の解説も長くなりそうだよ(笑)
ゆうじろう: 構わないさ。字数制限があるわけじゃないから。
Tone: 了解。これは、17歳の夏に作った曲だ。1994年。忘れもしない。ものすごく暑い夏だった。確か米が不足していて、輸入米がたくさん出回っていたのを覚えている。
ゆうじろう: たしかさっき、この曲は「いちご機械」さんにもらった曲だ、って言ってたね。説明してくれるかい??
Tone: 実は、そのエピソードについては話したくないんだ。あまりにも個人的なことだからね。だから、そのエピソードや曲の生い立ちは置いておいて、曲のテーマについてだけ話すよ。一言で言うと、この曲は青春ソングだね。そして、そのタイトルからもわかるように、かなり山田かまち的な曲だと思う。
ゆうじろう: 山田かまち、っていうと確か、あの17歳で死んじゃった少年・・・。
Tone: そう、10代や、青春の、蒼い感性の象徴みたいな存在になっている、あの素敵な絵や詩を書く、ロックの好きな少年・・・・。僕も10代当時、彼の文章やら何やらも、見てたからね。彼は1977年の8月に亡くなっている。僕がその年の6月だから、ほとんどすれ違い。関係ないけど。ともあれ、この曲はそんな、10代のまっすぐな心で、本当の自分を探してまっすぐに生きようとする、そんな自分探しの青春ソングなんだ。すごく、痛い感じがすると思う。青春っていうのは、多くの場合、すごく痛いものだからね。でもその痛みを恐れずに、なにものにも負けずに自分自身を生きていって、っていう、そんな優しさを持った曲でもあるんだ。そして勇気を持った曲でもある。自分自身をまっすぐに生きる勇気。この曲は、ティーンエイジャーの曲だけど、同時にすべての人に向けたメッセージでもある。まっすぐに生きる勇気を忘れないで、っていう、生きることの原点の気持ちを歌った曲さ。
ゆうじろう: イントロパートと本編の2トラックに分かれているけど・・・。
Tone: 素敵なギターのイントロがついてるでしょ。これは、イントロも含めて1つの曲なんだけど、一応トラックナンバーを打って分けてある。このイントロのギターのテーマこそが、「17歳のレクイエム」なんだ。すごく繊細なサウンドが録れて、満足してるよ。そして、この曲のサウンドは、すごく繊細に仕上がったんだけど、ひとつ、特に気に入ってる音がある。1番の歌の入りのところ、Aメロの最初のフレーズのところで、伴奏のギターが、「ぱちーん」と、はじけてるんだ。これは、弾いてる時は、「しまった!!」と思ったんだ。完全なミストーンだったからね。ところが、歌を乗せてみたら、結果として、これ以上ない素敵な効果音になっている。これは、ひとつの奇跡だね。これに限らず、今回のアルバムのレコーディングを通じて、そうした素敵なサウンドの奇跡が、いくつも起こっていた。それは、きっとエモーションや「気」といったものがぴったりと乗っていたからであって、冒頭でも言ったように、それは突如再会した「いちご機械」さんの存在があったからなんじゃないかと思う。本当に、彼女には感謝しなければならない。この曲のヴォーカルも、これ以上ないくらい気持ちが入ったパフォーマンスをしてるだろ??
ゆうじろう: そうだね。じゃ、いよいよ最後の曲。「奈良テクテク」
Tone: この曲に、解説なんか要るのかい??(笑) この曲は、ボーナストラックの扱いなんだ。気持ち的には、本編はさっきの「17's Requiem」で終わってる。この曲は、おまけでつけたジョークなのさ。だから、曲間もずいぶん長く空いてるだろ、本編が終わってから。
ゆうじろう: 10秒くらい空いてるね。
Tone: そうだろ? それが、これはおまけですよ、って印。 んで、解説。この曲は、奈良の街をてくてく歩いていたら思いついた。だから、奈良テクテク。まぁ、ただのジョークソングさ。そして、2人の女の子をフィーチャーしてる。うちのハニーちゃんと、その友人で、後に東京でのライヴ活動を手伝ってくれた尾井ちゃん。この2人のキャラクターは、凄いぜ!! もう、ボケボケでぶっ飛んでるだろ!?
ゆうじろう: 緊迫感の逆、というか、なんともいえない感覚に陥るね。
Tone: この曲の素材は、ノートPCで録音したものなんだ。音質が少々悪いのはそのせい。まぁ、我慢してよね。オマケの曲だし。
ゆうじろう: その音質の悪さがまた、いい感じのチープさにつながっているけどね。
Tone: この曲でもうひとつ特筆すべきなのは、歌詞だね。この曲の歌詞は、ちょっとした奈良ガイドのようなもので、といっても観光名所を案内するようなものじゃないんだけど、すべて、真実を述べている。春日山原生林にイノシシが生息していることとか、一面の野原になってる平城京跡のこととか、縄張りを追われた雄鹿が女子大に逃げ込むこととか、ちょっとマニアックだけど、すべて本当のことさ。
ゆうじろう:オッケー。ついに解説が全部終わった。重要な意味を持つアルバムだけに長かったね。じゃあ、最後に締めをお願いします。
Tone:このアルバムは、「漂泊の救世主」としてのImariTonesのカラーが色濃くでた作品であり、さらには、ナカミネタカヒロという一人の人間のパーソナリティが最も色濃く出た作品でもあります。さらに言うなら、かなりポップでストレートで聞きやすいです。Imariに初めて触れるという人には、現時点で最新作の「Hero Of The Lights」も良いんだけど、もしナカミネという人間がどういうヤツなのか知りたければ、この「Entering The New World」を最初に聞いちゃってもいいカモよ!!?
(2005年5月記述、一部に2001年12月に記述したものを流用)
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