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ゆうじろうインタビュー 「Kodomo Metal」
ゆうじろう:ぽんっと出た、僕はゆうじろう。気ままな幽霊暮らしだよ。
Tone:今日も出たね。この暇人ゆうれい。
ゆうじろう:時間だけは悠久にあるからね。悠久の有給休暇。それがゆうれいだから。 今日はそんな悠久の有休にふさわしい、ゴギゲンな作品についてコメントをしてもらうよ。 1999年制作の、「Kodomo Metal」。 Imari Tonesの代表作のひとつとして、宅録史上(?)に燦然と輝く力作だね。
Tone:そう言われてるね(笑)
ゆうじろう:じゃあ前回の復習も兼ねて、このアルバムの制作に至るまでの過程を、ぱぱっと説明してくれるかな。
Tone:オーケー。この作品はね、1999年の夏に作ったものだ。前回も言ったけど、1998年の夏に、録音制作をはじめて最初の作品、「Through The Garden Of Gods」という暗〜い作品を作った(笑)そして、その経験をもとに、機材を買い足し、録音の技術の向上と、実験のために、1999年の春先、僕は「Prototypes」という作品を作った。そして、それを踏み台に、確信を持って、実力と才能をなるたけ詰めこんだ、派手で楽しい作品をどっかーんと作ろうと、ある意味勝負作のつもりで、1999年の夏、全力で制作に挑んだのが、この「Kodomo Metal」なんだ。
ゆうじろう:そして、実際に完成度の高い派手な作品になったし、代表作のひとつになった。
Tone:そうだね。もちろん、世間には全然知られていないけど、なんだかその後、ちょっとした名刺の役割をする作品になってくれた。特になんだか音楽の玄人を、唸らせるものが、この作品にはあるみたい。 ただね、今、ちょっと久しぶりに聞いてみたんだけど、 この作品、自分で聞くには、実はいちばん恥ずかしい作品だったりする(笑) 確かに完成度は高いんだけどね。
ゆうじろう:恥ずかしいの?
Tone:うん、いろんなものを全開にして作っちゃった作品だけに、超ポップを全開にしちゃった若さ全開の曲とかがあって、ちょっと・・・(笑) エンターテイメント要素は満点だから、聞いてくれる人にはきっと楽しいと思うんだけどね(笑) まぁこのくらい踏みこんだ方が、聞く人には届くのかな。
ゆうじろう:このアルバムに収録されている「Minorities」や「躁」が、いまだにこの曲に触れる人々に、すごい、と言わせたり、世間的には知られていないけどいろんな関係者に「これは!」と言わせることについてはどう思う?
Tone:そうね、2002年に再上京してからの活動でも、いたるところでこれらの曲は誉められたよね(笑)たとえば2003年の3月に行われた新宿デモテープ評議会ってイベントに出品してみたんだけど、ナンバーガールのプロデューサーである加茂氏とか、サエキけんぞうさんとか居てさ、この「躁」っていう曲は、「個性、オリジナリティという点で群を抜いている」と言わしめたからね。間違いなく、あの日のイベントの中で、まぁ具体的に賞とかがあるイベントではなかったけど、たぶん僕が一番だったんだと思う。あの曲が流れた瞬間に会場の空気変わってたからね(笑)あれを見てヒッチーは、僕と一緒にバンドやろうと思ったんだよきっと(笑) もう少し自慢ついでに、この新宿デモテープ評議会、僕が参加したのは第7回目のやつだったんだけど、ホームページにのっかてるコメントなんかを見ても、「7回目となる今回は非常にレベルも上がってきて、もうああでこうで以下略」なんて感じのコメントがのってるしね。あの時、そういう著名な業界人さんの審査員さんたちも、「躁」を聞いた後は鳩が豆鉄砲って感じの顔しててさ、もうただあっけにとられて、神妙な顔で「がんばってください」って言ってたからね。それしか言えんのか、っていう。
ゆうじろう:それしか言えなかったんだろうね。概念の外っていうか。
Tone:そう思うよ。ビッグマウスついでに言わせてもらうけど、あの時の彼らの反応を見てね、実はなんとなく悟ってはいたんだ、あぁこの国のこの業界っていうのは、僕が自分の芸術を行っていく舞台としては狭すぎるかもしれないな、って。だから彼らは、ただ神妙な顔をして、「がんばってください」と言うことしかできなかったんだろうな、って。あれ以来、この新宿デモテープ評議会っていうイベントは行われていないんだ。たぶん、何かレベルを振りきっちゃったんだろうね、あの第7回目で。最初はずいぶんレベル低かったらしいけどね。たぶん、それは間違いなく僕の曲があったはずで、きっと「躁」がよっぽどショックだったんだよ(笑)
ゆうじろう:某所でビデオクリップも作ってもらったよね。
Tone:そうそう、「躁」のビデオクリップね。4人編成時代のライヴ映像だけど、なかなかおもしろい映像を作ってもらった。まぁそんなふうに、このアルバムの中の曲は、結構人に気に入られているんだよ。 もちろんね、この「Kodomo Metal」、代表作のひとつではあるけれどね、僕としては、その後に作った「Entering The New World」にも、それ以上に大事なものを込めているし、さらに今ではバンドで作った「Hero Of The Lights」こそが、代表作だ、と言うことができる。でも、そうだとしても、この「Kodomo Metal」の、独特の特別な位置づけは、変わることはないんじゃないかな。 つまり、この作品は、僕にとっては、「一人宅録ロック」のひとつの究極であるのさ。
ゆうじろう:「一人宅録ロック」の究極の形・・・。
Tone:復唱ありがとう(笑) そうね、このアルバムに入ってる曲、 さっきも言ったように、玄人受けするのは、 「Minorities」、「躁」、「個性」、っていう、「異能ハードロック3連作」なんだけど、 それらの曲にしたって、きっと間違いなく、バンド編成で作っていたら、生まれてこなかった曲なわけさ。 生のバンド以上に、音を自由に操ることのできる、リズムトラックも打ちこみだし、この「宅録ロック」だからこそ、突き詰めることのできた、生まれてきた音だと言うことができる。 自由な発想でもってね。 これは、このアルバムのタイトルにも関わってくるんだ。 「Kodomo Metal」、コドモ・メタルっていうのは、 もちろん僕が創り出した造語だけど、 ヘヴィメタルが大好きなキッズが、でも、形骸化してしまったメタルやハードロックの様式になんかちっとも縛られず、自由な発想で、ジャンルを飛び越えて、おもちゃ箱をひっくりかえしたように無邪気に創り出す、そんなロックンロールのことを指しているんだ。 そんで、この言葉は、僕の音楽性やキャラクターにもよく合っている。 僕の無邪気で子供っぽいハイトーンヴォーカルの、言い訳をするには、この造語は格好のでっちあげだったからね(笑) ともかくこの「コドモ・メタル」っていうのは、僕の音楽を形容する、ひとつの大きなキーワードさ。
ゆうじろう:なるほど。今回は、その君のヴォーカルについても突っ込んで聞こうと思ってるんだけど、その前に。今「異能ハードロック」って言葉が出てきたね。これについて解説してくれない?
Tone:うん、「コドモメタル」っていうキーワードに続いて、「異能ハードロック」っていうキーワードまで生み出した。そういう意味でいえば、やはりこのアルバムは、Imariのキャリアの中で非常に重要なものだといえるんだろうね。 「異能ハードロック」というのは、僕以外には創り出すことのできない、独特の構造と不思議な感覚を持ったギターロックのことを指す言葉なんだけど、ひねりの効いたリフと、独特なのにまったく自然な整合性を持った曲展開、そんな特徴を持ってるんだ。 この言葉を僕が思いついたのは2003年の晩秋のことで、ヒッチーや尾井ちゃんにハッパかけられていっぱい曲を作ってるときに思いついたんだ。まぁヒッチーからのインプットかな。この僕にしか書けない独特な曲たちが、僕の音楽的な武器なんだと気づかせてくれたのはね。 以後、この「異能ハードロック」という路線も、僕が生涯かけて追及していくべきジャンルなのだろうと思っている。 でも、1999年のこの作品にもこうした曲が入ってることからもわかるように、この「異能ハードロック」というのは、もともと僕の中に存在していた要素だった。現に、高校時代の楽曲「Imari Classics」の中にも、異能ハードロックと呼ぶのにふさわしい楽曲はたくさん入ってるしね。 ただ、その「異能ハードロック」が、これほどはっきりした形で、高い完成度をもって具現化されたという意味で、この1999年の作品「Kodomo Metal」は高い意義を持つんだ。 そしてさっきも言ったように、それは宅録ロックの自由で柔軟な環境だからこそ生まれたものだった。そして、最初に言ったように、制作までに準備をかけて気合を入れて満を持して制作に入ったこと。まぁ、やっぱり音楽的に、この「Kodomo Metal」はイマリ・トーンズの出世作だといえるね。
ゆうじろう:宅録ロック史上に残る金字塔、と(笑)
Tone:そう呼んでください(笑) まぁよく取り沙汰されるのはさっき挙げた3つの、「Minorities」、「躁」、「個性」という、異能ハードロック3連作、なんだけど、僕に言わせればそれ以外にも重要な曲がいくつも入ってる。このアルバムも、方向性やジャンルの振り幅広いからね(笑)まぁKodomo Metal、コドモのやることですから、まとまりなんかあるはず無いワケよ。ともあれ、全編通してエンターテイメント満載で楽しめるはずだよ?
ゆうじろう:で、そのエンターテイメントの中心にあるのは、君のヴォーカルワークだと思うんだけど、今回はその君のヴォーカルについて、聞いてみたいんだ。 君は、もともとバンドではヴォーカリストでは無いんだよね。
Tone:そう。僕は、もともと本職はギタリストだし、今でも自分は何かって言われたらギタリストだと思ってるし、10代の頃、バンドをやってる頃はもちろんギタリストだったし、ただのギタリストだった。だから、ヴォーカリストとしてステージに上がることがあろうとは夢にも思ってなかったよ。最近ではドラマーとしてステージに上がることすらあるしね(笑)世の中わからんもんだね(笑)
ゆうじろう:そんなギタリストの君が、どうして自分で歌うようになり、個性的なハイトーンヴォーカリストとしてステージに立つまでになったのか、その経緯を教えてくれない?
Tone:いいけど、この話は長くなるよ(笑)知らないから(笑) あのねー、まずね、もともと歌は苦手じゃなかったのね。ウチは母親はピアノ教師なんだけど、父親はクラシックマニアで、合唱団を若い頃からずっとやっていてね、両親が出会ったのもその合唱団にヘルプで母親がピアノで参加したのがきっかけだったらしい。そういうこともあって、家ではよく合唱を歌っていてね、家族で。
ゆうじろう:家族で?
Tone:そう、家族で。小さい頃からね。まぁピアノのレッスンは残念ながら10歳くらいで放棄したけどね(笑)そんなわけで、歌うというのは決して苦手なジャンルじゃなかった。 小学生の頃は、音楽の授業とか得意でね。やっぱ誰よりもうまく歌えるわけさ。ただ、僕は何事にもいっしょうけんめいな優等生タイプの良い子でね、それがいけなかった、「元気よく大きな声で歌いましょうね」という先生の無責任な言葉をまるまる鵜呑みにして、ちからいっぱいノド声で歌ってた(笑)
ゆうじろう:それはいけないことだったのかな?
Tone:一応大きな声で歌うことを覚えたわけだから、一概にいけないことではなかったのだろうけど、その後の発声法のことを考えるとひとつの障害になったね。ただ、発声法という意味では、小学生も後半にさしかかった頃、ひとつの救いの啓示が現れた。当時の音楽の先生が音大を出たわりとちゃんとした人でね。合唱の際、ソプラノを歌わせるために、裏声、ファルセットを使うことを教えられた。そしたら、どっかーん、ウィーン少年合唱団もびっくりのボーイソプラノの誕生さ。
ゆうじろう:ボーイソプラノ?
Tone:そう。少年だけに出る、深みのある澄みきった声。録音が残ってないのが本気で残念だよ。僕は父親ゆずりで合唱は好きだったから、そういうイベントには結構参加してた方だったんだけどね。ファルセットで歌うっていうのは、最初はどうしたらいいのかわからなかったんだけど、だんだん声の響かせ方がわかってきて、頭声発声というやつなのかな、こう頭のてっぺんに突き抜けるような、そんな発声法をマスターした。音量も出るようになって、それはもう、すごかったと思うよ、音楽の時間の歌のテストなんて、それこそもう大事件さ。先生や皆のさわぎようといったら。ほんとに、君にも聞かせたかったよ。 そんで、もちろん当時子供の頃はそんなこと思わなかったけど、このときのボーイソプラノの発声法っていうのが、実は今のハイトーンヴォーカルの発声にもつながってる。この頭のてっぺんに響かせたりする技法って、基本的に一緒だからね。もちろん、このボーイソプラノの発声は、ファルセットなわけだから、ノドに力も入らない。理想的な状態。そう考えると、いかにこの時の歌う感覚を、子供の頃とはいえ体で覚えていたかというのは、現在の僕にとっても貴重なことだったといえるだろうね。
ゆうじろう:へぇ、そんなことがあったんだ。僕が君に取り憑いたのは君が13歳の頃だったから、それは聞いてないんだよね。
Tone:惜しかったね(笑) でも、そんな発声をマスターしても、いざ地声で歌うと、ノド声でちからいっぱい、なワケさ(笑)素直な子供だったからね。 で、中学生になると、次第に声変わりがはじまってしまう。 せっかくのボーイソプラノも失われていってしまうんだよね。 でも、かわりに僕が習得したのがテノールの唱法だった。 テノールの唱法、というか、あれね、オペラなんかのクラシックの唱法。
ゆうじろう:太い声で朗々と歌う、アレかい?
Tone:そうそう。ポップミュージックの世界で、あんな声を出すと、笑われてしまうんだけどね。誰もあんな声で歌わないから(笑) でも、ウチはそんな感じでクラシック一家だったから。 テノール唱法の習得は、それほど難しくなかった。 オヤジの真似をすればよかっただけだから。 声の響かせ方は、体で知っている方だったから、声変わりとともに、それができるようになった。 これも、ノドを開いてノドに負担をかけない唱法だから、正しい発声というか、プラスにはなってるはずなんだよね。 で、またこのときも音楽の時間や合唱のときにはヒーローというかほとんど化け物扱いされるわけさ。 僕はもともとの地声はそんなに低くなかったから、バリトンならまだしもバスを歌うには音量が足りなかったんだけど、そういうわけでテノールのパートを歌わされて、朗々と見事に歌い上げるわけだ。ボーイソプラノの時に劣らぬ歌いっぷりでね。またも音楽の先生は大騒ぎで。歌のテストとかは、もちろん学年で一番、100点満点で120点がもらえる勢いだったね(笑) まぁ音楽の授業でいつも満点だったぜ、なんていうロックミュージシャンあんまりいないだろうからこのへんにしとくけどさ(笑)
ゆうじろう:結構いい感じできてるんじゃないの、君のヴォーカリスト人生?
Tone:ところがそうでもないわけさ。 たとえばね、テノール、なんていったって、そんな中学校や高校で学校で歌わされるくらいのものなんてタカがしれてるわけさ。本物のオペラのテノール歌手っていうのは、もっと超人的だからね。超人的な高音を、太く響きのある声で朗々と歌わなきゃいけない。そういうのに挑戦してみるとね、これっぽっちも出なかった。あれ、以外と僕高いところ出ないんだなーって。でも、全然気にしなかった。ヴォーカリストになるつもりなんて毛の先ほども無かったから(笑) 中学生といえば、同時期にもちろんロックやハードロックも聞き始めるんだけど、ヘヴィメタルといえば、みんなハイトーンヴォーカルのヴォーカリストが歌ってるだろ? 僕は、ああいうのは生まれつきああいう声が出る特異体質の人達がやってるんだと思ってた。んで、すんごい声で歌ってるから、きっと僕らとは3オクターブくらい上で歌ってるんだろうと思ってた(笑) だからヴォーカリストなんてまったくその気はなくてね。まさか自分にそういうハイトーンヴォーカルが出せるようになるとは、夢の夢にも思ってなかったよ。
ゆうじろう:まぁ、普通はそう思うよね、あの異常に声の高いヘヴィメタルのヴォーカリストなんて聞いたら(笑)
Tone:「アア〜〜ッ」ってね(笑) そんでね、中学の終わり頃にはバンドを始めるわけだ。 そこではもちろんギタリストだったんだけど、ときどき、コーラスをやる機会があるわけじゃない。そういうときにね、歌ってみたら、意外なほど高い音が出ないんだな。ヴォーカルの子とかは平気で歌ってるのに、僕は全然出ないわけ。当然だよね、クラシックの声は出せても、依然地声で歌うときは、小さい頃に強制された、ちからいっぱいのノド声のままなんだから。まぁだから下のパートでコーラスをつけて、それで問題なかったんだけど、ことバンドで歌うときに関しては、僕は高い音は全然でないんだなー、っていう認識が強く残った。その認識は10代を通じてバンドやってる間ずっと変わらずに、でもギタリストというのはそういうもんだろ、と。布袋さんだってソロで歌うときは低い声で歌ってるだろ、と(笑)
ゆうじろう:なるほどね、小さい頃のことって大きいもんだね。
Tone:で、ハニーちゃんに出会った18歳以降。知ってのとおり、いろいろあって、バンドどころじゃなくなって。そして一人で音楽に向かったとき、そこにはヴォーカリストはいなかった。自分で歌うしかなかったんだ。そしてそこから、試練と革命の日々が始まった・・・・・・ってここまで喋って思ったんだけど、ここから先は、「月刊ロックヴォーカリスト」のインタビューにまかせればいいんじゃないかな。以前やったでしょ、そのインタビュー。
ゆうじろう:そういえばやったね。
Tone:そっちの方でちゃんとしゃべってるからいいと思うんだ。長くなっちゃうからね。 記録を見る限り2002年にやったものみたいだけど、その後の続きとしては、2004年を通じたライヴ活動で、僕は力を抜いて歌うことを習得した。ライヴを録音したものを聞くと、2004年の前半と後半では、明らかに声の出し方が違うからね。力を抜いて歌えるようになったんだ。ライヴもぐっと楽になったよ。
ゆうじろう:じゃあ、ヴォーカリストとしての成長の過程は、前にやった「月刊ロックヴォーカリスト」を読んでください、ってことで。 それじゃあ、そういうことで、インタビューの続き、「Kodomo Metal」の収録曲の、解説をしてくれるかい?
Tone:了解よん。 今回もまずはアルバムのジャケットについて解説しなきゃいけないね。 おかげさまで、まだまだ自主制作の段階ではあるけれど、この我がImariTonesの作品、最新作の「Hero of the Lights」に至るまで、どのアルバムも、ジャケットについても、非常に必然性のある、良いジャケットが撮れていると思うんだ。運命のお導きだね。 で、このアルバムのジャケットも特徴的だね。くまのぬいぐるみ、だからね(笑)
ゆうじろう:アルバムのタイトルとともに、この作品のテーマをよく表してるよ(笑)
Tone:まぁ基本的にこのアルバムのジャケットについては何も語る必要はないよね(笑)見たまんまだから。「よいこのメタル絵本」だから(笑)
ゆうじろう:素敵な言葉だ(笑)
Tone:ぬいぐるみを使うっていうアイディアは、僕にとっては自然なものだったんだ。ぬいぐるみは、うちのハニーちゃんの、いや、僕とハニーちゃんの共通の趣味だからね(笑)現にうちにはたくさんのぬいぐるみがいて・・・・それはいいんだけど、それらをジャケットに使ったわけさ。これ、場所はStudio Pel、ピアノの上にぬいぐるみを置いて撮りました。映ってるぬいぐるみの名前は・・・・って解説しようと思ったけどやめた(笑)また機会があったらね(笑)
ゆうじろう:残念だよ(笑)
Tone:じゃあ曲目解説いくね。 1曲目、「暁」。またもインストのイントロでアルバムのオープニングを明けます。 このトラックはすっごく気に入ってるんだよ。 すんげー壮大なサウンドじゃない? 朝焼けの光と、身の引き締まるような朝の空気、 もちろんストリングスなんかはシンセ音源を使ったものだけど、リヴァーブにしろマスタリングの処理にしろ、結構この音響を創り出すまでに苦労したんだから(笑)
ゆうじろう:確かにいい音してるよね。まるで映画を見てるような感じだよ。
Tone:そう、それなんだ、僕が出したかった感じは。映画館で、古い映画を見てるような音響。古いってのがポイントで、結局この作品でも僕は随所で古臭い懐かしい音像を追求してるんだけど、このサウンドに辿りつけて満足してるよ。
ゆうじろう:そして、そのイントロに導かれて、2トラック目の「僕は君のTeddyBear」が始まるね。
Tone:この曲は恥ずかしいね。実質の1曲目になるんだけど、限りなく恥ずかしいよ(笑)悪い曲じゃないから、聞く人は結構楽しめると思うんだけど、歌ってる本人としては恥ずかしいものがあるね(笑)
ゆうじろう:とても楽しい曲だけどね。
Tone:おもちゃ箱をひっくりかえしたようなサウンドの曲ってのを意識したんだよね。きらびやかなシンセの音がちらばりまくった無邪気な音っていうのかな。これだけシンセの音を入れると、ミックスなんかも音響的に大変で、でも、そうした音響の工夫が、たくさんあふれているんだぜ、この曲にも。細部に至るまでエンターテイメントしてると思うよ。あと、これは言っておきたいんだけどサビの部分のヴォーカルのディレイはこの年に出たsuedeのアルバムに入ってる"Electricity"って曲の真似ですね(笑)
ゆうじろう:じゃあ次、3曲目の「Minorities」。
Tone:出たな、代表曲(笑)今でも、聞いた人が唸る率の上位に入る曲だからね。テーマ的にも、たぶんサウンド的にも、ImariTonesを代表する曲ですよ。 この曲もミックスに苦労したね。音が多いし。このKodomo Metalはね、結構このプロデュース面でも、技術の限界、つっても当時の僕の、ってことだけど、に挑戦してるのね。当時レコーディングに使ってたパソコンは今の基準で言えば貧弱なスペックで、使えるエフェクトの数にも限りがあって、すごく苦労しながらミックスを作ってた。だから、よくここまでのものを作ったなと今でも誉めてやりたいね自分を(笑)
ゆうじろう:Studio Pelで使っていたパソコンは、'98年に自作した「Machine Pel 333」、CPUはペンティアム2の333mhzでしたね。
Tone:当時としてはすごくハイスペックだったんだよ(笑) ともあれ、この"Minorities"、実は前年の「Garden Of Gods」のときにも一度録音してるんだよ。それで、ボツになった。イヤ、出来は悪くなかったんだけど、すごくこの曲はイケる、ってことに気がついて、翌年また挑戦することにしたんだ。だから、この「Kodomo Metal」に収録されてるMinoritiesは実は2度目の挑戦なんだ。前年の一度目を踏み台にして作ってる。
ゆうじろう:「Garden Of Gods」には他にもボツ曲があったんだよね?
Tone:そうそう。あったよ。この"Minorities"の他にも、名曲、風シリーズの「Angel Wind」これもまたいつか挑戦することになるだろう、そんで文句の無いボツ曲の"Disire in my guns"と"ある自殺志願者の場合"、まぁ結構面白い曲なんだけどね。出来はよくないから。 まぁ、Minoritiesの解説に戻ろう。 この曲は、ダンシング・ラテン・ヒップホップ・ハードロックだ。そう呼んでる(笑) この曲ももともと僕の得意の「自己流ツェッペリンシリーズ」でね。オーソドックスなツェッペリン型ハードロックをイメージして制作に取り掛った。でも、作ってる間に、どんどんアイディアが発展していって、出来てみたらこんな仕上がりになってました。 音楽的にもすごくいろんな要素が入ってておもしろいと思うんだよね。いちいちスクラッチノイズとかいろんな音が入っててうるさいかもしらんけどね(笑)この曲でなにより大事なのはメッセージなんだ。この曲は、少数派の解放の踊り、でもあるし、少数派の独立宣言、であるとも考えてる。マイノリティーズ、つまり少数派のことだけれど、多数派という無力が支配する世の中においても、僕たち少数派はあきらめることなく、強く賢く、したたかに生きていってやるんだ、ということを歌っているのね。世界を支配しようとは思わない、だけど自分自身であることもあきらめない、このメッセージと世界観というのは、Imariのひとつの基準であり原点であると思うのね。 僕たちが言う少数派、っていうのは、アンダーグラウンドを気取ったおしゃれな少数派じゃない。もっと不恰好で不器用で、おかしな少数派だ。そんな僕らの、てんでばらばらで滑稽な、本物の自由と解放の祭りを、この曲は表現してるんだ。 適切な表現かどうかはわからないけど、たとえばこの曲における少数派っていうのは、障害を持った人々のことを表してるのかもしれない。わかりはしないけど、それに近い視点があることは確かだと思う。誰だってそうだと思うけど、僕だって、社会的精神的に、決して健康とはいえない人間だからね。
ゆうじろう:なるほどね。ロックが社会的な少数派や弱者に視点をあてるものであるとすれば、そういった考えもあるかもしれないね。
Tone:適切かどうかはわからんけどね。まぁ次、4曲目の「Soft Song」よ。 この曲も結構恥ずかしいね(笑)問答無用の軟派ポップソングですよ。 サウンド的には、'90年代のUKロック的なギターサウンドを意識していて、あとはまぁ僕の好きなsuedeだよね。この曲も、この年、'99年に出たSuedeのアルバムHead Musicのサウンドを真似しまくっててね、真似しようと思ったんだけど、全然似てないね?(笑) まぁ軽く聞き流してもらって構わない軽いギターソングだけど、でもギターサウンドは、それなりにUKっぽいテイストを持った音に仕上がったんじゃないかな。機材の扱い方もうまくなってきたからね。あとは、ハイライトは最後の僕の咳ばらいかな(笑)歌おうと思ってむせこんでるやつ(笑)間奏後のヴォーカルのありえないトレモロエフェクトはAnalog Xのオーディオアルペジエイターってやつを使って作ったものです。まぁ、そういった工夫がこのアルバムには随所に施されてますね。
ゆうじろう:OK。次は、「バクテリアの見る夢」と、それに続く「私は魚」だね。
Tone:まずはイントロにあたる一風変わったインスト、「バクテリアの見る夢」というタイトルがつけられている。これはアヴァンギャルドで抽象的だね。アナログシンセの音を中心に、いろんな音がコラージュされている。これと、「私は魚」は、そのアナログシンセ無しには出来なかった曲なんだよ。アナログシンセなんて言ってもね、その正体は、じゃーん、古いヤマハのエレクトーン。ピアノ教師をやってる母親の、つてで、その年、どこかから譲られてきたもので、'80年製くらいなのかな、で、なんじゃこりゃって言って、いじってみたら、エグエグのアナログシンセだった。まぁ古いものだからね。昔はこんなもので良家のお嬢さんとかがエレクトーン習ってたのかとか思うと爆笑ものだったね。シュミレートじゃない本物のアナログシンセに触れるのはその時は初めてだったんだけど、音が太いとか暖かいとかそういうレベルじゃなくてさ、音が生温かくて気持ち悪い(笑)。なんか、生きてるみたいでさー、中にへんなうねうねした生き物が潜んでるんじゃないかっていうくらいの生々しい音で、夜中には怖くて弾けないの。ストリングスの音とかもただのホラーだし(笑)フルートの音もただのホラーだし(笑)で、怖い思いしながらも夜中に弾いてしまったのを録ったのがこの曲、と(笑)部屋が違ったから、持ち運べるカセットMTRに一度めちゃくちゃに演奏して録ったものを、この2曲にちりばめたのさ。そしてその後まもなく、年代ものだったこのエレクトーンはお亡くなりになりました。この2曲のためだけにうちに譲られてきた楽器だったのかもしれないね。ほんと、内臓エフェクトとかもアナログのヴィンテージものの寄せ集めだったから。生暖かいスプリングリヴァーブ、「Super Chorus」と誇らしげにかかれた生暖かいコーラス、往年の名機のようなエグいハイハットの音を出すリズム部、そしてスイッチオンにするとウィンウィンとロータリースピーカーが回り出すトレモロ(笑)すべてが不気味でホラーだった(笑)まぁどれだけホラーであったかはこの2曲を聞けばわかると思います。
ゆうじろう:「私は魚」の最後のところとか、なかなか怖いよねー。
Tone:「バクテリア」に関してはいろんな音をコラージュしましたね。ピアノの演奏が聞こえるけど、あれは、その年確か、音大生の妹が、3人の友人を連れてきて、皆のピアノ演奏を僕のシステムでレコーディングしたのね。それを使ったから、その4人のうちの誰かの演奏だよ。確か妹のではないと思うけど。妹はもうちっと上手いから(笑)あとはなにかのラジオの音とか、あと、この次回作の「Entering The New World」に収録されることになる「春風に乗って君と飛ぼう」と「雨の日の妖精たち」という2曲のサウンドも聞こえるけど、これはそのバージョンではなくて、18か19のときにカセットMTRで録ったデモの音です。あとは前作の「MONOゴコロ」の音も聞こえる。まぁそれに関していえば、「バクテリアの見る夢」あるいはこれは僕が見ていた夢と解釈してもいいかもしれない。 まぁ音の向こうに、それぞれがいろんなものをイメージしてくれればそれでいいよ、と。
ゆうじろう:微生物の意識といった感じだね。
Tone:「私は魚」に関しては、これも怖いね。よくこんな曲作ったよね。狂気すれすれの愛というか、たとえば不倫の恋をしている女性の気持ちを歌ったものかもしれないし。そういう感じをイメージした歌詞だと思う。 これはピアノで作った曲です。でも詩の朗読とか入ってるし、よくこんな曲作ったなと今にしてみると思うよ(笑) きれいな曲だと思うんだけどね。怖いけど(笑)
ゆうじろう:ピアノはシンセじゃなくて生ピアノ?
Tone:そうだよ、ジャケットにも映ってるやつ。 Studio Pelで作った4枚に関しては、ピアノの音はすべて本物のピアノだね。 古いヤマハの素晴らしく美しいピアノがあったからね。 この「私は魚」も、「春風に乗って君と飛ぼう」も、「涙の雨を走り抜けて」も、すべてこのピアノを使った。ほんと贅沢な環境だと思うよ。 あと、忘れるとこだった、「私は魚」に入ってる声は、うちのハニーちゃんの声ですね 僕以外の人による声がImariの作品に収録された最初の曲です。つまりこの作品を作る頃、ハニーちゃんはうちの実家に出入りすることができるようになっていたということもこれでわかります。こうした状況の変化も、このアルバムがやたらと明るいポップな内容になったことに貢献してると思います。
ゆうじろう:じゃあ、次、7曲目の、「躁」。
Tone:これもこのアルバムを代表する「異能ハードロック」のひとつ。 そう、と読みます。躁鬱病、の躁。 強力な1曲だと思うが、これも「自己流ツェッペリンシリーズ」です。 深みのあるギターのリフワーク、そしてぶっとびハイトーンヴォーカル。 これはライヴでやるのしんどいぜ(笑) 躁、ってのはハイパーアクティヴ、のことで、さらにはこの曲は躁鬱、マニックディプレッションというか、そういう両極端な精神のオーバーロードを歌ってて、つまりは宇宙や精神の神秘を歌ってる曲だと思うんだけど、そうねまるでモーツァルトの曲を聞いているような躁状態の精神のドライヴィング。そういう曲だね。
ゆうじろう:次、8曲目「Big World」
Tone:この8曲目からアナログ盤でいうところのB面を意識してますね。ここからB面です(笑) この曲は僕の中では典型的でストレートなハードロックだよ。 それはなんだか、'80年代のVan Halenだったり、あるいはJudas Priestみたいなね。 そうだね、この曲はJudas Priestしてると思うのよ、僕の中では。違うかな。 どのあたりがというと、ギターソロとかね。典型的なハードロックのギターソロをかっこよく決めてるから。この曲は僕にとってのJudas Priestの"You've Got Another Thing Coming"だね。それを、僕ならではのバカみたいに前向きなキャラクターで仕上げてみた。ストレートに、精神の自由、生きることの自由を歌ってる。青臭いかもしれないけど、そこがこの曲の魅力じゃないかな。あとは間奏後のセリフの部分とかね(笑)大昔の日本映画のスターみたいなイメージで(笑)笑ってくれていい曲だよ(笑)笑って、そいで、少しでも元気になって勇気を持ってくれたらね。 僕はこの'80年代サウンドを創り出せたことに満足してるよ。
ゆうじろう:では9曲目の「個性」
Tone:これも「異能ハードロック3連作」のひとつで、かなり必殺の殺傷力が高い曲だね。独特のリフの音づかい、ジャンルのカテゴライズが非常にしづらいサウンド、個性的なヴォーカルパフォーマンス。これが僕の異能ハードロック、ってやつだよ。 とんでもなく勢いのある曲だと思うね。怒涛のリズムトラックとかね。「躁」にしろ「Minorities」にしろそうだけど、バンドでやってたらこの音は作れなかったと思う。皮肉なことではあるけれど。 曲の内容は、本物の個性ってものについて歌ってる。ちかごろ個性ってものが、手軽なファッションになっちゃってる感があるけれど、本物の個性ってのはそんなんじゃないんだ、っていう。個性や才能っていうのは欠点や弱さと表裏一体、そんな都合のいいもんじゃねーんだぞ、っていう、ね。 そんなディフィカルティもばっちり背負った僕自身の個性を炸裂させる形で、そのことを語っている曲ですね。 ギターソロ部分では例の「前途多難」でも使用したフランジャーのテルミン風仕上げを使ってます。
ゆうじろう:そしてまた雰囲気がガラっと変わって、10曲目、「Love Opens Your Eyes」。
Tone:来た来た、これもまた僕の大好きな、最高の'80sサウンドの曲ですね。 もうこのへんの曲に関しては確実に狙って'80sサウンドを作り出してるよ。 この曲はバラードと呼んでいい曲だと思うんですけど、もともとはピアノで作った曲だったんです。イメージしたのは、たとえば妹の結婚式にあたって1曲贈るとすればどういう曲を作るかなぁと想像してたらできた(笑)実際に妹はこの曲を録って5年後、2004年に結婚しましたけどね。だから詞の内容もそんな感じですね。愛と成長を見守る曲かな。ピアノの曲だから、ピアノでやろうと思ったんだけど、難しくてね、これはギターでやる方が簡単だな、ということであっさりギターの曲に変更しちゃいました(笑) すごくやさしさに溢れたあたたかい曲だと思います。 この'80sサウンドっていうのはつまり、僕や妹が幼い子供だったころの音ということでね、完全に子供時代のノスタルジーなんだよ。 そういった懐かしいサウンドをドンピシャで作ることができて満足してる。 この曲は冬の曲でね。たぶんクリスマスソングぐらいの季節でもいけると思うんだ。 この曲のギターの音は、おそらく確実に降り積もる雪をイメージしてる。 この「Kodomo Metal」全般は、夏に録ったから、どの曲にも夏ならではの熱い空気が記録されてる。「Soft Song」や「躁」なんかはモロにそうだね。 でもこのへんの終わりのあたりの曲を録る頃には、9月も後半になって秋の涼しい風が吹いていてね。 それもこの曲にはプラスに作用したよ。
ゆうじろう:次は11曲目、「午後2時のカーテン」という変わったタイトルの曲だけど。
Tone:ギターによる簡単なインストの小品だね。 Van Halenにも"316"っていう曲があっただろ? この曲は、次の"D.O.I."の前のイントロの役割も果たしているんだけど、 この曲のサウンドも、すごくノスタルジーに基づくものなんだ。 静かな午後のティータイムに、どこかの家のカーテンが風にゆれている様子を描いている、とでも言えばいいのかな。 すごく、古ぼけたサウンドをイメージしたんだ。'70年代のどこか、僕の故郷の町あたりで、どこかの平和な家庭、その静かな昼下がり、あるいは古ぼけた喫茶店のような。 短い小品だけど、すごく懐かしくて落ち着くような素敵な音響を作り上げることができたと思ってる。 なかなかこういう微妙に古ぼけたサウンドも、簡単には作れないぜ?
ゆうじろう:そして次は一転して激しい、「D.O.I.」、12曲目かな。
Tone:これはちょっと重いかもしれないけど、僕にとっては"Minorities"と同じくらい大事なメッセージソングだよ。Imariの中ではもっとも直接的なメッセージソングといってもいいんじゃないかな。政治的、とまではいかないかもしれないけどね。 歌詞はそのまま聞いてほしい。人間、人類というのは、有史以来、いろんな歴史の過程を経て、人々が血を流し、人間が自由に生きられる社会を勝ちとってきたわけだけど、今、人間の精神は、今こそ本当に自由にならなければいけないんだ、と。これまでの人類を縛ってきたいろんなものから、精神的に独立して、開かれた可能性を手に入れなければいけないんだ、と、それこそが、自由を求めてきた人類の、最後の革命なんだ、と。そして、それは一人一人がやらなくてはならないものなんだ、と。そんなテーマの曲かな。 まぁこのテーマに関しても、僕自身やっと、ここ最近で理解することができたくらいで、非常に抽象的で理想主義的だからなかなかアレかもしれないけどね。 でもそんなテーマの曲だから、歌詞にしろヴォーカルにしろ、本当に直接的に、僕は訴えかけてるぜ! この曲は、僕にとっては、「ファイティング・ヘヴィメタル」であって、誰も同意してくれないかもしれないけど(笑)「ヒップホップ・ヘヴィメタル」なんだ。ヒップホップって、昔は、本当に政治的に戦っている音楽ジャンルだっただろ? この曲は僕の中で、いちばんのJudas Priestソングなんだけど、僕の中で大好きだったジャンルは違うけど姿勢としてよく似たJudas PriestとPublic Enemyというふたつの要素を組み合わせることができた、くらいの(笑)そのくらいに思ってるんだけど誰も同意してくれないなぁ(笑)まぁ百歩譲っても、重みのあるギターリフのサウンドと、解き放たれたかのようなのびやかなギターソロは、自分の曲の中でもJudas Priestの影響を見事に出すことができたと思ってるよ。 直接的なメッセージを持った曲だから、自分の中でも、どうかなと思っていた部分があるんだけど、でも最近、この曲がいかに自分が思っている以上に大事な意味のある曲かということがわかってきた。ぜひ今後また機会を見定めて、ライヴでも演奏したいと思ってる。 この曲を聴いて、勇気とか希望とか可能性とか、そういう大きなものを感じてくれたら嬉しいよ。すごく伸びやかなパワーに溢れた曲だと思うんだ。 んで、"D.O.I."っていうのはもちろん独立宣言の意味です。 他の誰でもない、僕自身の、そしてひとりひとりの、精神の独立を意味します。
ゆうじろう:こういう理想主義を本気で演奏することができるのも君ならではだと思うけどね。じゃ、次、最後の曲で「Guitar House」
Tone:出たね、最後のトドメ。 この曲が、最後に配置されているのは、もともとは"D.O.I."があまりにも熱い曲だから、その後にクールダウンするための曲なんだけどね。 でも、冷静に聞いてみると、この曲も十分に「異能」なんだよね。 なかなかすげーと思うよ、この曲も。かなり変態だし(笑) 一応情景としてはね、ギターハウス、イカレたミュージシャンが住む魔境の家、その塔の最上階にある部屋に、夕日が差し込み、けだるい時間が流れる、そんな情景を描いているんだけどね。 ひとつ触れておくと、しきりに「かものひな」って謎の言葉を言ってるけど、これは、ほら'98年に、Fat Boy Slimのギャングスタ・トリッピンていう曲が流行ったじゃん。あれで、ループでなんか言ってるのが、「かものひな」って聞こえたんだよね。で、僕も「かものひな」と言ってみた。それだけ(笑)しかしかなりしつこいね、何度かものひな、って言ってるんだろう(笑) とまぁ、そんな感じで、このたぶん聞き方によっては結構とんでもないアルバムは終わります。 意外と後半が充実してたね。
ゆうじろう:おつかれさま。じゃあ、最後の締めをお願いします。
Tone:「Kodomo Metal」、この作品は、Toneことナカミネタカヒロが、初めて本気を出した、最初の力作です。Imari Tonesをイマリトーンズたらしめる要素がたくさん入ってます。完成度は高いはずです。通して聞けば、かなりの人がぶっとぶと思います。特に玄人の人、音楽通の人は驚いて気に入るみたいです。 今ではバンドで作った「Hero Of The Lights」という、とっつきのいい作品があるので、最初に聞け、とはいいません。でも、2枚目に聞くといいんじゃないかな、きっと。 2枚目に聞いてください。 きっと、イマリのディープな音楽世界の底知れなさを見ることになると思いますよ。
(2005年5月記述)
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