2006年秋にドイツはWolfsburgのGate Studioに
行ったときの日記。
ブログに書いたものをhtmlにまとめたものです。
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米持孝秋氏と行く、ヨーロッパレコーディングの旅。 少年の頃には、まさかこの人物と一緒に、 自分がこのように、わざわざドイツまで一緒に行くことになろうとは、 もちろん想像なんてしてなかった。 あるいは、してたかも。
旅日記です。
はらっちは、彼女さんと一緒に、一足先に、 ドバイ経由の南回り便で、フランクフルトへと旅立っていた。 ハノーバーにて合流する予定だが、はて、そんな見知らぬ異国の地にて、 うまく迷わずに合流できるものなのか、どうか。
そんな心配をよそに、 僕らは成田に集合した。 2006年9月24日。 おそろしく気持ちの良い晴天だったことを覚えている。 思えば、今年はさまざまな節目のイベントがあったが、 そのどれもが、ことごとく天気に恵まれた。 前にも書いたけど、こればかりはどんなにお金を積んでも 得ることのできない価値だ。 旅立ちの朝。
成田に到着すると、携帯電話の電池が無いことに気づく。 ふと脇を見ると、携帯の自動充電器。 時間にゆとりがちょっとだけあったので、100円払って使用させていただく。 すると、お店の人が、待っている間、PCを使っていいというので、 ちょこっとミクシィを開いて書き込みしたり、したわけだ。 馬場クンと米持さんは、既に合流しており、僕は遅れてたどり着いた。 えっ、スーツケースのベルトって、やっぱ必要なんですか? 用意してないんですけど(汗)
最初の勝負は、すでに成田において始まっていた。 搭乗手続きの際、賢そうな(ヤな)感じの女性のスタッフ人が、 荷物の重さを量りだした。 「超過料金○○万円です」 おいおいふざけるなよ。聞いてないって。 思わず冷や汗が出る。 通常の旅行者にくらべ、楽器や機材をたくさん持ち込んでいる我々は どうしても荷物が重くなる。 当初はらっちも一緒の便で行くことを想定していたので、 その計算ならば重量を頭数で割って大丈夫な予定だったのだが、 はらっちが別便で行くことになったため、 重量を3人で割ることになり、規定の重量を超過してしまったのだ。 思えば、米持さんのAir PavilionのCD-ROM、 「The River/The Life」のメイキングムービーにも、 この成田での攻防はきちんと描かれている。 あのアルバムのレコーディングには、撮影班を含め、多数のスタッフと、 それ以上に多数の機材が同行していた。 米持さんは、その際、○○万円の、機材の超過料金を、 激しいバトルの末、○○万円まで、下げることに成功している。 そして今回も、間髪入れずに、米持さんのバトルトークが炸裂した。 熟練者である米持御大の交渉トークにより、 ○万円の超過料金が、○万円まで下がり、 なんとかクレジットカードを発動して乗り切ったが、 御大、こういうことは先に言ってくださいよー、 心臓に悪かったです(笑)
成田を発つ。 窓から、眼下に日本の街並みが見える。 空から見ても、日本はやはりすごく日本だ。 にっぽんさん、さよなら。
飛行機の中は、お世辞にもあまり快適とは言えなかった、と思う。 行きの飛行機の搭乗時間は、かなり長かった。 僕が以前、飛行機に乗ったのは、中学生の頃、赤十字の研修旅行で連れていかれた、 マレーシア旅行以来だ。 つまりは二度目の海外経験。 もちろん当時はそんなものなかったが、 それぞれの座席に、液晶画面がついていて、 ゲームでも映画でも、見ることができる。 さらには、現在の飛行位置をマップで確認したり、外の景色をカメラで見ることができるのだが、 行きの飛行機では、このふたつの機能が作動しなかった。 マップを見ようとすると、エラーメッセージが出てくる。 米持御大が、フライトアテンダントさんに聞く。 「これ、動かないんだけど、なんで?」 「I don't know why. It just doesn't work.」 それだけで終了〜〜(泣)。 以前聞いた、米持さんがロシアのアエロフロートに乗りあわせたときに、 座席のリクライニングが壊れていた際のエピソード(肩をすくめて終了)を思い出す。 大丈夫か、スカンジナビア航空。 不安をよそに、飛行機は飛んでいくのであった。
さあ、そうはいっても長時間のフライト。 機内食など食っているうちに退屈になり、 座席で映画を見る。 時間の感覚がおかしい。 いろいろやっていたが、日本では公開前の、 例の「スクール・オブ・ロック」で主役を演じていたジャック・ブラックが主演の、 メキシカンプロレスを扱った「ナチョリブレ」なる映画を見る。 しかも時間の感覚がおかしかったので、二度も見てしまった。 なんだか、プロレスに情熱をかける主人公の姿が、 わざわざドイツくんだりまででかけて音楽作ろうとしている自分の状況と重なってしまい、 不覚にも、二度とも同じシーンで泣けてきてしまう。 ていうか、ジャック・ブラックのダメ男っぷりの演技がハマりすぎてるんだな。 ずっと座ってるのも体に悪いので、水分補給がてら、窓から外を見る。 今、北極の近くでしょうか。 一面雲の海。 天国じゃん。
そうこうしているうちに、 飛行機はコペンハーゲン空港へ。 10数時間は飛行機に乗っていたと思うのだが、 現地はまだ昼下がり。 時間の感覚がおかしい。 眠くもならない。
乗り継ぐだけのコペンハーゲン空港なのだが、 なんだか居心地がよかった。 なんだここは、ヨーロッパだ。 壁の塵ひとつにいたるまで、ヨーロッパ感がただよい、 なんというか、ミッフィーが出てきそうである。 Oh,now we are in 先進国! ユーロで買い物をするとクローネでお釣りが戻ってくるという ワナが仕掛けられているため、クレジットカードにてミネラルウォーター如きを購入。 みいあさんたちも食べたという、Gino's Pastaにて、バカ高いスパゲティを食す。 美味かったけど。 Gino's Pastaは、注文し料金を払うと、伝票に番号札をもらって、 料理ができると番号を呼ばれる、のだが、 店のおっちゃんが、軍隊みたいに「トゥウェンティスリィィッ!!!!」とか叫んでいて、 なんか牢獄だか軍隊の食堂みたいで面白かった。
そして乗り継ぎまでに時間がたくさんあったので、コペンハーゲン空港のショップを見て回る。 ていうか、さすが北欧デンマーク、だからかどうかしらんが、 周囲のヨーロッパ人どもがでかい。 日本チームの中ではいちばん背の高い馬場クンが、183センチあって、日本人の中では結構大きい方だと思うんだけど、 その馬場クンが小さく見えるんですが・・・・。 「こんな連中とサッカーとかやりたくないよね」 そう思うと、やっぱすごいよね、スポーツの日本代表も。 オシムさんがスピードを生かせと言うわけだわ。
さて、居心地のよいコペンハーゲン空港にも、夕闇が迫り、 乗り継ぎの時刻が迫ってきますが、 そうこうしているうちに、奇妙なアナウンスが。 ハノーバー行きの便が、 なんでもふたつの航空会社の合同便になり、 オーバーブッキングになってしまったため、 定員オーバー、全員乗れません、協力できる方は明日の便に変えてください、 とか言ってるし。 さすが外国、意味わかんない。 無理です。 どんな思いでここに来たと思ってる。 そそくさとゲートをくぐっていく日本チームなのでした。
そして、そこからのハノーバーまでのフライトが最高だった。 成田からの旅客機と違い、比較的小さなプロペラジェット機なので、 ちょうどバスに乗っているような感覚で、 窓の外の景色がよく見える。 夜のフライト、既に日は落ちて、飛行機は離陸、 眼下にはヨーロッパの夜景。 数千フィートから見下ろすヨーロッパ。 その夜景が、とても新鮮だった。 ヨーロッパは広いです。 闇の中に、灯りが、ぽつりぽつり。 日本だったらね、景色は、街の明かりで埋め尽くされていて。 隙間なんてないのが通常だと思うのだけど。 空から見たそのヨーロッパの地は。 いちめんに、闇、森や、海が、広がっていて、 ところどころに、街の明かりが、固まって存在している。 単純に、国土の広さの違いって言ってしまえば、それまでなんだけど。 空から見たその景色は、そんくらい美しく、 話に聞くのと、実際に自分の目で見るのとでは大違い、 ああ、世界っていうのは、こういうことなんだと、 世界が広いっていうのは、こういうことなんだと、 なぜか僕は、そんな些細なところから、実感し、不思議な感動を覚えた。 この世界で、勝負していかなくては、 そんな思いが、確かなものとして、自分の中に生まれた。 やはり、一度でも見てしまうと、ね。 狭い日本の中にだけ、いてはいけない。
そして、ドイツ国土の内陸に行くにしたがって、 その街の明かりの塊が、増えていきます。 血管のような幹線道路や、コロニーのような街の塊が。 僕らが降り立つハノーバーは、どれかな、 そう思っているうちに、飛行機は、 中でもひときわ大きな光の塊に向かって、旋回を始めました。 そして僕らは、夜のハノーヴァー空港に降り立ちます。 ちょっとした感動を、僕は覚えていました。
ハノーバー空港に降り立ち、 預けていたスーツケースや楽器を無事に奪還。 はらっちとは、コペンハーゲン空港で既に、携帯電話で連絡をつけていましたが、 荷物奪還場(バゲージクレイム、とか言うのか)から、ふと外を見ると、 あっさりそこにはらっちの姿が。 手を振って再会。 心配していた、異国の地での合流。 あっさり成功しました。 さて、これでメンバーも揃い、ドイツでの日程が始まります。
夜のハノーバー、手配していたレンタカーをゲットし、 4人で乗り込みます。 フォルクスワーゲン、ゴルフ。 4人乗り、スーツケースふたつまで、という規定のこの車に、 4人の人間のみならず、スーツケース4つ、そして楽器、ギター3、ベース1。 とても、載るわけがありません。 しかし、何故か、どうにかこうにか、パズルゲームを解くようにして、 搭載が完了。奇跡としか思えません。二度とできるとは思えない。 馬場くんが、助手席に乗って、みいあさんから預かった地図を見て、ナビゲーター役。 米持さんはもちろん運転席。 後部座席には、スーツケースと楽器に埋もれて、超狭いスペースの中に、はらっちと僕。 渋谷で、米持さんのRX-7に、4人のりした際に、僕とはらっちは、超狭い後部座席に、すごい格好で座って絶叫マシーン状態を体験したが、あれはこのための練習だったのか。
そんなすごい格好のまま、アウトバーンを、普通に150キロ以上で、我々はヴォルフスブルグへと向かいます。 馬場クンのナイスナビゲートにより、わりとスムーズに、ヴォルフスブルグへと到着。 米持さんはサシャと連絡をとり、今夜はもう遅いからホテルに行くように指示が出る。
サシャの家の近くの、Rhapsodyとかそういった連中もレコーディングの際にいつも泊まっているというホテルに到着。 ホテルのオーナーのじいさんが凄かった。 深夜にフロントの番をしている、オーナーのじいさんらしいが。 白髪、長身、しわしわ、そしてぷるぷる震えている。 ほとんどホラー映画。 凄い。 というか怖い。 めちゃめちゃいい人だったけどね。 馬場クンだったかはらっちが、小銭の両替をたのんだだけなのに、 「タバコはよくない」とか言い出すし(笑) 若い頃に軍隊とかで日本に来たこともあるらしい。 横浜は大好きな街だと言っていた。 ちなみに、そのじいさんいわく、「前世は僧侶」で、「今こうしてinn keeperをやっているのは、何かの罰に違いない」とのたまっておりました。
そのじいさんから、チェックインの手続きをすませ、 我々はホテルへと。 みいあさんたちが泊まった建物の、たぶん向かいのあたりの建物が今回の我々の住処だったようです。
そんなこんなで一日目。 我々は即効寝てしまったのでした。
続く。
Tak Yonemochi氏と行く、ヨーロッパはジャーマニィの旅。 やっとの思いでメンバー全員。 ヴォルフスブルグ(ウルフスバーグ)のホテルにたどり着きます。 泊まった部屋は、前回みいあさんたちが泊まった建物の向かいらへんにある建物の部屋だったらしいです。 さすがヨーロッパ(しかも田舎)、重々しい雰囲気の建物だー、とか思いながら。 僕と馬場くんは一緒の部屋で二階、はらっちと米持御大はそれぞれ一階の部屋でした。 んで、皆でわいわいと二階に来てみると、めっちゃ広い部屋なんですが、バルコニーとか普通についてるし。 ワインでも飲めというのですか。 そんで、そこから外を眺めると ・・・・・真っ暗。 見渡す限り、いちめんの闇。灯りひとつない、まさに「ド田舎」。 そのあまりの暗闇っぷりに圧倒されつつ。まぁ空気美味いんだけど。 「すごい田舎なんだね」と皆で言って、解散。就寝。
旅の疲れもあって僕も馬場クンも一瞬で寝てしまったわけですが。 ていうかこの滞在期間中、馬場クンの驚異的な寝つきの良さには圧倒されっぱなしでしたが(笑)。
そんなこんなで、朝、僕は目覚めます。 目覚めるなり、悲鳴を上げました。 「ぎゃあああああーーーー!!」
そりゃ、悲鳴をあげるって。 目覚めるなり、目の前には、とんでもない景色。 なんなんだここは、中世ヨーロッパか。 少なくとも現代とは思えない。 一面、果てしないまでに広がる草原と森。 そして草を食む馬たち。 わずかに立ち並ぶ集落は、中世ヨーロッパな雰囲気満点なレンガ造りだし。 立ち並ぶ木々がまた、巨大で、なんというか、ともかく。 もう、ふざけるなよ、いつ、RPGの世界にタイムトリップしたんだよ、 というような。 そりゃ、夜に一面灯りがないはずだよね。
あの笑っちゃうくらいのファンタジーで広大な景色が、起きたら目の前にあった衝撃は、 なかなか文章では伝えることができませんが。 馬場くんに声をかけると、おきだして、目の前の景色を見て、もう、爆笑しています(笑) そりゃ、笑うしかないって。
その、目の前に広がる景色の、あまりに中世ファンタジーな世界観に、 そりゃ、RhapsodyとかKamelotとか、そういう連中が、ここでレコード作るはずだわー、 と、 なんとなく理由がわかったのでした。 そのままだもん。
はらっちや米持御大も呼んできて、皆でこのアホみたいなsceneryに驚嘆しつつ。 ホテルの本館に赴き、この後おなじみとなる朝食を食べます。 馬場クンも後で言ってたけど、この朝食が結構楽しかったんだよね(笑) ゴマがついているパンを見つけ、ホテルのおばちゃんに、「このパン、ヒゲ(beard)が生えてるよ」と言ったら、「ビール? まだ朝よ」と言われて、英語の発音に自信を失いました(笑)まぁ、相手もドイツ人だけど。
ホテルは、全体的にゆるかったのね。 僕たちが出かける頃には、おばちゃんたちが掃除をしてるんだけど、 普通におばちゃんたち、くつろいでたりするしね。 印象的というか困ったのが、ホテルのバスルームに石鹸やらそういった洗面用具の類が一切置いてなかったこと。 石鹸すらないって。 これが結構大変で。 なぜって、3日目くらいまで、レコーディングに忙しくて、スーパーに買い物に行く暇すらなくてさ。 作業終わって、夜になると、お店全部閉まってるし、日本みたいにコンビニとか深夜営業の店とかあるべくもないし。都会ならまだしも、ヴォルフスブルグの超スーパー田舎の中世の世界だからね。 んで、米持御大が、掃除のおばちゃんに、「石鹸ないの?」って聞いたら、「オーナーに聞いてみる」といわれてそれっきりだったという(笑) さすが外国。 なので、石鹸のない生活で結構大変だったんですが。 なにげにちゃんと石鹸を持ってきていた馬場クンのみがこっそり快適だったという。 3日目くらいにやっとスーパーで買い物して石鹸ゲットしたときにはもう、ついに、という感じで感動に打ち震えました(笑)
朝食を食べながら、 流れているラジオの音。 米持御大は、なぜ、ドイツで、古いアメリカンミュージックが流れまくっているのか、 ということを、分析されておりまして、 やはり戦後、アメリカ軍の占領下にあったことなどが背景にあるのではないかと。 なにげにドイツとかこういうヨーロッパには、そういう意味では、 今では本国ではほとんど失われてしまったような「古きよきアメリカ」が、残っているのではないか、ということで。 そして、ロックの歴史上、The Beatlesにせよ、Deep Purpleにせよ、本国ではなく、このドイツを出発点として、世界征服に乗り出している、ということで、 世界征服の手順としては、順当なのだということをおっしゃっておりました(笑) そして、この、ドイツに、何故だかアメリカが根付いている、というこの仮説は、 この滞在期間中に、計らずもいくつかの場面で証明されていくのでした。
そう我々の「アメリカを探す旅」。 Tak Yonemochiと行く、アメリカを探す旅。です。 世界のどこにいけば、アメリカがあるのだろう。
ともあれ、我々は楽器を車に積み込み、サシャ宅へ向かいます。 ホテルのすぐ近くにピート家。 わぁ、みいあさんの映像で見たあのピート家だ。 ネコがいる、ネコがたくさんいる。 しかし残念なことに、みいあさんが前回の滞在中に発見され助けられた子猫ちゃんは、 やはり衰弱していて、天に召されてしまったとのことでした。 会うのを楽しみにしていたんだけど。
そして、 「スタジオの場所わかるかい?」と聞くサシャに、 「大丈夫、前にも来たからわかってるよ」と答える米持御大。 「じゃあ、俺は今、うちでインターンをしているエンジニアのサイモンを拾ってからくるから、Takは先にスタジオに向かっててくれ」 「OK」 と、我々は車に乗り込んだのでしたが、 それが苦難の始まりでした(笑)
サシャ宅を出て・・分。 スタジオは○○村にあるから、ということなんですが、 一向にその○○村にたどり着きません。 なんか市街地に出てきてしまったり。 で、道の標識を頼りに進もうとするのですが、 いかんせん、ドイツ語。 標識に何と書いてあるのか、まったく理解できない(笑) あー、ドイツ広いなー、景色いいなー、とか言ってる場合ではありません。 周囲はすべて、広大な野原または畑。うーん、広大。 米持御大がセルフォンを取り出し、 「Hey Sascha、I think I'm lost」 ががーん(笑) 「ええっと、うん、巨大な風車が見えるんだけど」 じゃあそこから○○村に向かえばいい、ってことで、 我々は遅れを取り戻すべく進みます。 「あ、あの標識に○○村って書いてあるよ」 希望を持って、広大な農場の中の道を進む我々。 しかし、無情にも、そこに、「工事中、進入禁止」という(多分)標識、そして、通行止めの柵が! 「ええーーー!?」 このあまりにも無情な展開。 しかし、そこは外国。 あんまり、工事してるようにも見えないし。別に人いないし。 「どかしちゃおうか」 そして、ワタクシとはらっちが、難なく柵をどかすと、 何事もなかったかのように我々は進んだのでした。 そして、・・分後、無事、スタジオに到着。
サシャ・ピートのスタジオ、 Gate Studio。 小さな町の中に、普通にあるそのスタジオは、 ・・・・農場? みたいでした。 おばあちゃんちの農場の母屋!(の、おっきい版) みたいな建物の中。
作業中、毎朝、ここに来るたびに、 「ああ、また今日も野良仕事が始まるのかあ」 と思ってしまうのは、 その、農場然とした匂い(堆肥とか)、ノンビリとしたのどかな環境。 そして、ハエが多い(笑) サシャが言っていたには、今年は異常発生だそうで、 スタジオのキッチンルームに、とんでもない人口密度でハエがいるのはもちろん、 レコーディングルームにも普通にハエが群雄割拠しています。 サシャなんかは、もうハエ道(?)を究めていて、 普通に素手でハエをつまんでつかまえることができるという、 お前は宮本武蔵か、というような状態でした(笑) サシャのレクチャーにより、僕らも結構ハエをつかまえることができるようになったけどね(笑) なにしにドイツに行ったんだ(笑)
あとは、ネコが多い、 ていうか、ネコだらけ。 毎日来て作業しているうちに、 お友達になりました(笑) 作業の待ち時間の間に、ネコと遊ぶ遊ぶ。 馬場くんやはらっちもネコと遊んでいたけれど、 米持御大の驚異の動物好きが炸裂。 世界のTak Yonemochiが、動物を前にすると、 まるでムツゴロウさんのようになってしまう! そのゆるみっぷりといったら、 ああ、これ以上はとても書けない(笑) いいのか、こんな光景、目の当たりにして(笑) たぶん、これきっと貴重でしょうね。 なんかねー、持っていったデジカメに、ネコの写真がたくさん収録されてしまったしね。
さて、そんなこんなでスタジオへ。 もう箇条書き。
・サシャは、ギターを持つと、 「5150」、「Ain't talkin'bout love」などの Van Halenのリフで歓迎してくれました(?)。 たぶん、僕のデモを聞いてVan Halen好きだってすぐにわかったんだろうね(笑) "5150"とか普通弾かないから、あんな曲。
・お土産に持っていったのはCranetortoisのブースター3種。 頼むよ、Cranetortoisさん、こんな、日本でしか手に入らないアイテムを、 ドイツの大プロデューサーさんに渡してきたぜ。 このチョイスにも僕のセンスを込めたつもりなんだ。 サシャ、いろんなアンプとの組み合わせで、試して、 Brightoneっていうトレブルブースターを、かなり気に入っていたよ。 次のRhapsodyのアルバムとかで使われてるかもしれないね(笑)
・サイモン 驚異の天才インターン、サイモン。 ドイツ語読みだとジーモン。 大学で音響学を学ぶ学生だが、成績はトップクラスらしい。おそらくはトップ・オブ・トップなのだろう。 だいたいが、サシャのスタジオのような一流の現場にインターンに来ている時点で普通ではない。 どれくらい凄いかというと、 サシャは、サイモンに何かを教えたりするのではなく(もちろん、教えてるんだろうけど)、 サイモンに、「どう思う?」と、逆に聞いて頼りにしていた。 態度も、全然対等な感じだった(もちろん、日本ほど上司と部下という気風は一般的にもないのかもしれないが)。 そして、サイモンにリズム録りの現場を任せて自分は別の作業をしたりする。 全面的信頼、インターンなのにエースポジション。 リズム録りにおいても、ドラムプレイのこまっかいとこに気づいて注文を出してくる。 どういう耳をしてるんだ。 そして、ImariTonesメンバーの中では、もっともプロフェッショナルな技量を持つ馬場クンでさえ、ベース録りの後、「辛かった。もうサイモンとは仕事したくない」というほどのスパルタ教師。 Gate Studioのエンジニア/スタッフ達は、皆、凄い耳と音楽センスを持っていたが、 面白いことに、年齢が上がるほど、演奏ミスにも寛容になり、優しくなるようだ。 よって、いちばん若いサイモンがいちばん厳しいスパルタ教師だった。 将来は一流の現場で一流の仕事をするに違いない。 その日のために、「もっと媚びを売っとくんだった」と、メンバー皆悔やむことしきり(笑) 知的で物静かな佇まいが、見るからにジーニアス。 ImariTonesのレコーディングを最後に、インターン期間を終え、大学へ帰って行った。 また会おうサイモン。
・アマンダさん 強烈なおば・・、いや、お姉さんでした。 自身が、優れたシンガーということで、 非常にお世話になったのは、ヴォーカル録りと、歌詞の添削。 ヴォーカル録りにおいて、今年発声法を変えて、新しい声と古い声をどう使っていいのか全然わからなかった僕が、ヴォーカル録りにおいて自信をなくしてしまっていて絶不調だったんですが、それでもなんとか作業をコンプリートできたのは、アマンダさんのおかげです。 要するに誰でも大なり小なりシンガーはそうだと思いますが、 僕の中には子供がいて、歌を歌うのはそいつなんですね。 で、そいつがすねてしまうと、もう歌おうと思っても声が出ない。 これは、自分でもどうしようもないので、 アマンダさんは、デトロイト出身のアメリカ人で、アメリカ人らしく、 めちゃくちゃ陽気で前向きで、何を言っても超ハイテンションで「Good,Good」しか言わないので、それでもリラックスして歌うことができたのです。 むしろドイツでの作業中は、お母さんと子供のような感じでした(笑) 声も鼻の穴も、体格もでかい。 あの体格だったら、歌もきっと凄い声が出るんだろうな。 旦那さんのフェリックスは、映像作家。とても素敵な夫婦だ。 夫婦揃って超ハイテンションだけど。アメリカ人め。 駅を改造したものすごい家に住んでいるのは、別記したとおり。 そうはいっても、年齢はきっと僕と同じくらいか、下手をすれば年下かもしれない可能性あり(笑)西洋人は大人びて見えるからなー。 フェリックスとは昔からの付き合いらしいこの夫婦、Karma Flowerの歌詞どう思ったんだろうな。
・エフェクター、アンプ、ギター みいあさんがドイツに行ったときの映像で、サシャのスタジオにENGLのアンプがあるのが確認できたので、米持御大と一緒に、「きっとあのENGLを弾かされるんだろうな」と言っておりました。米持御大はENGLがあまり好きではないらしいのですね。 で、現地に行ってみたら、確かにENGLが置いてあるんですけど、使わなかったんですね。 サシャに「ENGLは使わないの?」って聞いたら、 「ああ、確かにエンド―スしてるんだけど@&%$#(以下自主規制)・・・・」 (笑) ということで実際に使ったのはMarshallやMesa Boogieで、(極上のVOXもあったし、Trace Eliotのギターアンプなんてレアなものもあった)、結局ENGLは使いませんでした。 そういえばHeavens Gateのライヴアルバムの写真見ても、クレジットにはENGLのエンド―スのロゴが入ってるのに、写真見るとステージにはめっちゃMarshallが積んであるよね。 「ああ、やっぱり」
エフェクター、サシャのスタジオに入ると、当然いろんな機材がありますが、 高級機材はもちろんのこと、落ちてるペダルエフェクトに目がいってしまう。 ヒッチ―が使っていたあのフランジャー、結構レアアイテムなはずのdbx MC6、みねっち愛用のBOSS CS-2、じゃなかった、これはCS-3だったんだ、惜しい。CS-2はレアだからね。 僕らが使ってきたものが、案内あって、やっぱり、と思った。
ギター: Young Guitarというギター雑誌の顔であり、その半生にわたって、世界のトップレベルで、エレクトリックギターというものと、向き合ってきた米持御大ですが、最近、そのひとつの結論として、究極のギターの原点の理想形とは、P-90のついたレスポールである、というひとつの答えにたどりついたそうです。 そしてサシャのスタジオに行ってみると、P-90のついたゴールドトップのレスポールが。 「ここ最近、これメインで使ってるんだよ」 「ああ、やっぱり。」 というわけで、Karma Flowerにおいて、僕も使わせていただきました。 P-90のゴールドトップに、古いマーシャル。最高。
・やっぱドイツだからか。 マイクやヘッドフォンに、日本であまり見ないベイヤーダイナミックをたくさん見かけた。さすがドイツ。 似たような件では、 サシャ宅でお食事にお呼ばれした際に、ナイフとフォークが普通に全部ドライザックだった。 さすがドイツ。
・Shrill お店です。 作業が終わると、ほとんどの場合夜9時過ぎでした。 皆で食事に行きます。バーというか酒場というか店。 連日のように行った、「いつもの場所」です。 これが、価格も良心的な上に、料理も美味い。 非常に助かりました。 サシャたちにはなじみの店で、なぜなら、 Heavens Gateのアコースティックアルバム「In The Mood」のジャケットの撮影は、 このお店で行われているのです。 ちょっと素敵だあ。 本場のビールは当然美味いし、楽しかったよね。
・はらっちの彼女 またこういうことを書くと怒られるかもしれないが(笑) 今回のレコーディング滞在に、ほぼ同行した、はらっちの彼女さん。 今回会うの初めてだったんだけど、 今日来ると聞かされていた日、ヴォーカル録りしているときに、ふと窓の外を見ると、 スタジオ(ほぼ農場)の庭でどんぐりを広い草花と語らっているヘン(?)な東洋人の女性がいました。 予想通り、その人がはらっちの彼女でした。 逸材でした。 一人でも異国を自由に旅してしまう行動力、適応力、そして、凄い絵を描く芸術家さんでした。そりゃはらっちと相性いいわけだ。 肝っ玉母さんの素質を感じる器の大きさでした。 なにがって、スタジオのキッチンで豚汁を作って、ドイツチーム含む皆にご馳走してくれました。凄い。 アメリカのぶっとび女性アマンダさんとも互角にわたりあっていたようです(?)。
彼女が持ってきたドイツの観光ガイドブックに、レストランガイドが書いてあって、 そこに、「ドイツにまで来てマクドナルドを食べることもないだろう」と書かれているのを見て、 「なにィ、オレたちは毎日マクドナルドだぜェェ!!!」 と、メンバー一同、いきり立たずにはいられなかったのでした(笑)
・上記のとおり、昼飯は常にマクドナルドでした。 なぜなら、時間がなかったからです。 さすがに日本のとくらべると、何倍か美味しかったですが。 ボリュームもあったし。 なぜか、異常にあぶらっこいフライドポテト。ううむ。 そしてもっとおかしいのがジュースで、セットのドリンクでオレンジジュースたのんだら、 今ここで絞ったのかといいたくなるくらいの濃厚な100%生絞り果汁が、 1リットルくらい出てきた。こんなに飲めるか。 「美味」とか漢字で書いて、謎のカン違い和風バーガーを売っていました。 トライしたはらっちによれば、完全にカン違いだったそうです。
・衝撃だったのは、女性が、基本的に皆デ・・・太っていたこと。 基本が太いです。顔はキレイなのですが、基本的に皆太くてでかいでした。 そのぶん胸もでかいですが。 ううむ西洋人。 ダイエットする必要ないぞ日本人。 馬場くんはずっとウェイトレスのボインに悩殺されていたのでした。
・トラバント 東ドイツの共産体制の下で作られていたという、「紙と木でできた車」。 東ドイツとの元国境から近いヴォルフスブルグでは、たまに見かけるそうです。 「紙と木でできた車?どんなやねん」 その瞬間は、唐突に訪れました。 いつものようにマクドナルドから出てきた時。 「なんじゃありゃあ」 まるで工作の授業のような異質な存在感を放つ素敵なカラーリングの車でした。 今Wikipediaで見たら、 「ベルリンの壁崩壊の直後からは、最新式のVWゴルフと古色蒼然としたトラバントが、肩を並べて走るようになり、双方のドライバーとそれらを見比べた者に強烈なカルチャーショックを与えた。」 だそうです。 確かにカルチャーショックでした。 そういえばドイツで我々が乗っていたレンタカーがまさにVWゴルフでしたね。
・ギリシャ料理 とある日に行きました。 みいあさんたちも行ったそうです。 なんかねー、不思議だったのが、日本食によく似たものが、ちょくちょくあるのね。 漬物とか、おなます、とかあったり。 やっぱ文化の起源だからだろうか。 あと、名前が、おかしな日本語だったり。 座敷、とか、ビフテキ、とか。 ビフテキ、って名前なのに、ステーキじゃありませんでした。
・ルカのギター Rhapsodyのギタリスト、ルカの、黄色いアイバニーズのギターが置いてあった。 サシャいわく、「ルカから預かってるんだ、安く売ってもいいって言われてる」 結構かわいいギターだったんで、 「じゃあ200ユーロでどうだ」と言ったら、 「ダメ、本人に聞いてみないと」 っていわれた(笑) 話違うじゃん。
・シュニッツン 正確な名前やつづりは忘れた。 アマンダさんに、ヴォルフスブルグに来てから何を食べたか、と聞かれて、 いろいろ話してたら、 「Toni'sに行ってシュニッツンを食べるべきだ。 ヴォルフスブルグではすごく有名だ。 すごい量があってびっくりするに違いない」 って言われて。
で、サシャに、「なんかアマンダさんに行くべきだって言われたよー」って言ったら、 サシャ、静かにうなずき、 「うーん、確かに一度行くべきだな」
そして、次の日の作業後、行くことになったのでした。 そのToni'sとかいう店(正確な名前は忘れた)、 いろいろな意味でインパクトがありました。 まずは、空手。 この街においても、空手を教えている日本人の道場があるらしく。 その写真がいっぱい飾ってありました。 "Yamada Sensei's lesson"とか、"Satou Shihan speech"とか、"2005 Gasshuku Photo"とか、 素敵な日本語でなにやら書かれています(笑) Gasshukuってなんやねん。
次、ウェイトレスのねえちゃん。 西洋人サイズのふっといねえちゃんばっかなのは前述の通りですが、 このToni'sのねえちゃん、超ビッグな胸の谷間が超開いていて、 しかもそれを見せつけるようにかがんでオーダーを取る。 店長の趣味なのか・・・・。 純情な馬場クンはまたも悩殺されておりました。
そして、でかいのはどうやら胸だけではないようでした。 サシャが、警告するように言います。 「賭けてもいい、I bet、君ら日本人にはこのシュニッツンは絶対に食べきれない」 どうやら、このシュニッツンというのは、その量、でかさで有名らしいのです。 しかし、僕はこう返しました。 「チッ、チッ、それはどうかな。僕はこう見えても、日本が誇る最凶のヌードル、ラーメン二郎の大ファンなのだよ」
出てきたものは、確かに巨大な、トンカツのような物体でした。 巨大なトンカツに、嫌がらせのようなあぶらっこいソースがたっぷり、 そして、セットはサラダをたのんでおけばよかったのに、付け合せは、これまたかなりの量のフライドポテト。 自らの首を絞めてしまったか。 だが・・・・・。
見よ、大ダブルマシマシパワー。 バイト先の飲食店で、常に大食いチャンピオンの栄冠を勝ち取ってきたこの僕の。 典型的なヤセの大食いを。
僕が、フライドポテトを平らげ、シュニッツンを難なく平らげ、 そして、はらっちの彼女さんが残した、またもやたらあぶらっこいソースのパスタをほとんど食べ終わる頃には。
「I can't beleive it」 サシャが、信じられないといった顔で、目を丸くしてつぶやきました。
やった、世界的プロデューサー、Sascha Paethに、「信じられない」と驚嘆させたぜ!! って、こんなところで驚嘆させてドウスルよ!(笑) ロックと全然関係ないし(笑)
そしてふと見れば馬場くんも平気でシュニッツンを平らげています。
「思い出した、アメリカのホットドッグ大食い大会でも、優勝したのは日本人なんだってな」 サシャ、気づくのが遅いぜ、 日本人の胃袋は、四次元ポケットになってるのさ!
・米持御大のソロアルバムレコーディング ImariTonesのRECのヴォーカル録りも終盤に入っていたある日。 スタジオに、一人の人物が訪れました。 その人物は、後期Heavens Gateのベーシストとして活躍した、ロバートさん。 僕は残念ながら、ちっちゃいほうのスタジオにてVocal録りで、遊びにいけなかったのですが。 おっきいほうのスタジオでは、 なんだか楽しいことが行われているようでした。 米持御大がギター、そしてサシャがベース、そしてロバートさんがドラムで、 なんだか楽しくセッションしているようなのです。 ちぇ、大人だけで楽しみやがって、いいよな、 と、子供は早く寝なさいといわれた子供のように、思っていると(笑)
ヴォーカル録りの休憩の間に、おっきいスタジオの入り口のラウンジにあるMACでインターネット覗こうと、行くと、壁ごしに、すんごいドラムの音が漏れてきます。 明らかに、今、録っている最中。 これが、一流のミュージシャンの仕事っぷりというものか。
ロバート・フューネケさんは、Heavens Gateではベーシストだったそうですが、 実はとんでもないマルチプレイヤーで、ギターの腕もサシャでもかなわないくらいだとか。 ピアノも凄まじく上手く、そしてドラムはこのとおり、ボンゾが生きていたらこんなだろうな、と思うくらいのすさまじいドラムです。 調べてみたら、やはりルカのソロとかでも叩いてるみたいだね。 プロデューサーとして身を立てて成功しているサシャですが、 プレイヤーとして、とても彼にはかなわない、と言っているそうです。 その日の作業後、録音したリズムトラックを聞かせてもらいました。 サシャのベースも、ロバートさんのドラムも、すんげー。 ほんと、お話にならないくらい凄い。 こんなプレイヤーたちによって作られたトラックの上に、 ヴォーカルをのせるのはかのヨラン・エドマンだそうです。 これはすごいアルバムになりそうだよ、米持御大のソロアルバム。 ロバートさんは、近所に住んでいるらしく、録音が終わると、普通に自転車で帰っていきました。 なんて素敵。
・オリバー・ハートマン Oliver Hartmann ある日の作業後、オリバー・ハートマンの新作を聞かせてもらいました。 ついこのあいだ、ここGate Studioで作られたばかりだそうです。 At Vanceなるバンドで活躍したヴォーカリストだそうで、 米持御大によれば、イングヴェイみたいなギタリストが売りのバンドだったために、 オリバーにはあまり脚光が当たらなかったのだとか。 その聞かせてもらったアルバムが、 もう、めっちゃくちゃ良かったんですね。 上手いシンガーの見本、というか、究極?くらいの。 大人で深みのある楽曲。 しかもちゃんとロックしてる。 これだけ凄いシンガーなのに、ギターも素晴らしく上手い。 深みとシンプルを兼ね備えた素敵なリフ。 ああ、もう、こういう「究めた」ロックは、 僕らみたいなのには本当にツボなのよ。 でも、一般的にはきっとわからないんだろうなぁ。 本当、こういう音楽こそが、本当に素晴らしい。 凄い人だ、オリバー・ハートマン。 自分のヴォーカルと比較する気すら起こりませんでした(泣) ダイヤモンドと豆粒だよ〜。 http://www.oliverhartmann.com/ ↑超ドイツ語だけど。
・ある日、サシャの参加するバンドが、ヴォルフスブルグの街でライヴをするから、 というんで、作業の後、出かけていきました。 やってきたのは、ヴォルフスブルグの駅の近く。 VWと描かれたフォルクスワーゲン城(工場)が、不気味にそびえたちます。 駅の近くの、博物館みたいな施設の下が、ちょっとした空間になっていて、 そこにステージが。 どうやら今日はお祭り(?)の無料ライヴのようです。 今日、サシャが演奏するバンドは、 みいあさんたちが見た「Korean Palace」というバンド、 なんですが、バンド名が変わっていて、"Cloudy Yang"になったとか。 まだ仮の名前だそうですが。
行ってみると、既に他のバンドが演奏していました。 ステージの上では、epiphoneのレスポールを抱えた、 長髪のむさくるしいマッチョ男が、マッチョで力強いロックを歌っています。 ブルーズ・カントリー・ロック、な感じで、風貌からしても、サウンドにしても、 ここはアメリカの田舎か!テキサスか!くらいの感じで。 やはりここはプチ・アメリカなようです。 そしてそのマスキュリンなマッチョ男は、太い声で歌い、のしのしとでかい態度でステージ上を動きまわり、 そのマッチョな男っぷりをアピールします。 バックバンドが貧弱なさえない男たちなのも、余計にマッチョ男のマッチョぶりを引き立てて、いまいましさが際立ちます(笑) ていうかこんなマッチョなパフォーマンス、日本人ではほとんど見ないし。 ヴォーカルの声質も含め、やっぱ体格の違いはあるよなー。 いまいましいマッチョ男がステージを降りると、サシャが親しげに話し掛けます。 なんでも、このマッチョ男とサシャは、古くからの友人なのだそうです。あらら(笑)
サシャたちのバンドがセッティングをしている間に、 ステージ反対側では、いきなり、マウンテンバイクというのか、自転車のパフォーマンスが始まりました。 みなさん、自転車でくるくる回ったり、逆立ちしたり、宙返りしたりしています(笑) 目が回りそうでしたが楽しめました。
そして、サシャ達のバンド、仮名Cloudy Yangが演奏をはじめます。 サシャはもちろん、Heavens Gate時代のような速弾きはしませんが、 やっぱそのプレイはキレがありまくりです。 ていうか、初日にスタジオでサシャがいろいろ弾いてるの見て、 彼の力量とセンスには、もう圧倒だったんですけどね(笑) サシャが弾いてるのは、数日前に僕も使わせてもらったゴールドトップのレスポール。 そしてコリアンパレス改め仮名クラウディ・ヤン、 明らかにヴォーカルのお姉さんを中心としたバンドでしたが。 そのお姉さん、凄い上手いシンガーで、理想的な女性ポップグループと化してましたが。 そのお姉さんの曲の世界観が、またもやなんだかアメリカン・ガールズ・ポップで。 もちろん、すごい個性がありましたけど。 このアメリカ的価値観の売れ線路線は。 やはり、ここはプチ・アメリカなのか、と再度。 とはいえ、それはもう、日本人では望むべくもないようなレベルの高い演奏。 ていうか、やっぱ基本レベルが全然違うよな欧米。 普通に、全然違う、悔しいとも思わんくらい明らかに違う(笑) その差は、やっぱ普通に認識しないとね。 観客も、明らかにこのバンド目当てで来た人が多かったようで、 かなりの大人気でした。 で、ライヴが終わって、米持御大。 「で、ヴォーカルの彼女って歳いくつなの?」 するとサシャ、 「さあねえ、実は10年以上も前から彼女のことは知ってるんだけど、 歳はいくつなんだか、未だに知らないんだ」(笑) おいおい(笑)
彼女は韓国人のハーフなんだそうです。 若く見えるよな東洋人は!
ライヴの後、 いつもとは違うメンバーで、駅の近くのメキシカンの店で飲んで。 楽しかったよな。 Very High StandardでVery expensiveなBest of bestを料理しているという 一流コックの青年と意気投合して、 10秒に1回「you know」を連発して馬鹿みたいにさわいでおりました。 あとは、保険会社に勤めている人と、 ドイツや日本やアメリカの医療保険の制度について話した記憶があるな。 この日はわりと英語が話せたみたい。
・アマンダさん家のホームパーティー ドイツ滞在何日目だったか。 確かVo録りの初日だったと記憶している。 そのアマンダさん夫妻の「家」で、 「ホームパーティー」が開かれた。 「家」と言っていいのかわからない。 「ホーム」と言っていいのかもわからない。 いや、ある意味、「ホーム」でいいのかもしれない。 なぜなら、その「家」は、「駅」だったからだ。 元「駅」だった場所を、買取って、改築し、住んでいる。 オークションで100万ちょっととか。 意味がわからない。 敷地、どれくらいなんだ、半径500メートルくらい? 周囲は、本気で何もなかった。 少なくとも半径3kmは野原しかない。 そんな場所に、 近隣の人々がたくさんあつまり、 massiveなパーティーが催された。 古い歴史ある建物、月明かり、広大な土地、野原、森。
ていうか、なんでこんなとこに、 我々日本人が混じって参加しているのだ? 普通に旅行していても、 まず味わえない、 プライスレスな体験。 向かいに座った若い夫婦相手に、 僕は箸の使い方を教える羽目になった。 その後に来た老夫婦、おじさんは、 ただものではなかった。 おそらくはフォルクスワーゲンの仕事で、 世界中を回った人だった。 日が落ちた暗い中、 現地の人々にカメラを向ける気になれなかったので、 写真は日本チームのみ。 はらっちの彼女さんも既に合流していた。 プライスレスな体験ができてよかった。
料理に混じって、見たことのあまりないフルーツがあった。 そのフルーツのことを、アマンダさんと話していたら、 最終日、アマンダさんはお土産に、そのフルーツを買ってきてくれた。 その写真ものっけとこう。 で、あとは、・・・犬の写真かよ。
犬、ビール、ワイン、料理、当然ソーセージ、 最高のオーディオルーム、 家に普通にダンスフロア、意味がわからない。 談笑する米持御大、 米持御大は、おじいさんから、 なぜドイツの中に古いアメリカ文化が根付いているのか、 そのドイツ文化の答えを聞き出すことに成功していた。 若い夫婦相手に、僕は英語でジョークで笑わせることができた。 握り寿司、ちらし寿司、押し寿司の違いを懸命に説明し、 バンド名の由来を説明した。 オフィシャルな方の由来だけど。
こういったプライスレスな時間を、 仲間と一緒に異国の地で体験することができたということは、 おそらくとても幸福なことだ。
周囲に何もなく、歴史ある建物の雰囲気、 森と月明かり、 普通に吸血鬼が出てきそうな場所だ。
ヨーロッパの真中で、 オレたち、なにやってるんだろう・・・・。
・ある朝、起きると、ただでさえファンタジーな窓の外の中世の景色に、 深い霧がかかっていた。 もはや剣と魔法の世界。ゴブリン出て来い。 こういう映画みたいな霧って、本当にあるんだ。 あまりのファンタジーっぷりに。 もう爆笑するしかなかったです。
・サシャが、「最近とても気に入っているんだ」 と、The Darknessの2ndアルバムを出してきた。 たしかにいいアルバムだ。 だが僕も、事前情報により、きちんと勉強して、そのCDを持ってきていた。 そして、同じCDを出し、「どうだ、日本版は、1曲ボーナストラックが入ってるぞ」。 またヘンなところで勝ってどうする(笑) ちなみに日本版にボーナストラックが常につくっていうのは、世界の常識らしいね。
・日本のヴィジュアル系バンドが、今、結構世界に支持を広げていて、 たとえば、Dir en greyなんかが、大きな支持を集めているのは、 皆さんも最近のニュースで知っていると思うのだけど。 ドイツでも、それっぽいのが流行っていて、 "Tokio Hotel"という、それっぽい格好をした若いバンドが大人気らしいよ。 トーキョー・ホテル、ってなんやねん。 でも、街中でグッズとか普通に売ってたから、本当に凄い人気みたい。 そういえば、お店で、普通に、日本の漫画とかキャラクターとかポケモンとか、たくさん売ってたなぁ。
・滞在日程も最後の方、やっと、作業も終わって、夕方、おみやげを買いに少しだけ街に出ることができた。 ヴォルフスブルグの市街地。 田舎の地方都市とはいえ、さすがに先進国な感じだったけど。 1時間、買い物につかえる時間があるってんで、 自由行動に。 米持御大と馬場くんは一緒に行動し、僕は一人で別行動することにした。 わーい、知らない国で、一人で買い物。わくわくするなー。 1時間後、馬場くんと米持御大は、買うものなかった、って戻ってきたけど、 僕は結構それなりに見つけたよー。 でも、ドイツだし、みんながみんな英語通じるわけじゃないから、 ちょっと大変というかおもしろかったけどね。 で、買い物をしようとして、判明した衝撃の事実がいくつか。
1:トラベラーズチェックが使えない んなばかな、って感じだけど。 お土産探しで、いくつかの店を回ったけれど、 トラベラーズチェックが使えるお店はひとつもなかった。 ヴォルフスブルグは田舎町だからなのか?! レジのおばちゃんに怪訝な顔をされたり、 トラベラーズチェックであることを理解させるまでに5分かかったり、 しまには店長とか出てきちゃったりして、 結局使えないとかわけのわからないこと言われたり。 銀行行って換金してこいとか言ってるし。 って、トラベラーズチェックって、現金と一緒だから、 使えるとか使えないとかじゃなくて、 受け取らなきゃいけないんじゃないのか、おめーら、 っていう(笑) そして、さらに恐ろしいことに、 トラベラーズチェック、 泊まっていたホテルでも使えなかったのです。 トラベラーズチェックが使えないホテルってどうよ。 超意味ないじゃん。 ってなわけで、用意していったトラベラーズチェック、 結局ひとつも使われずに、日本に戻って円へと戻ったのでした。 でも、はらっちと彼女さんは、使ってたみたいだから、 やっぱり都市の方いけば使えるのかも。
2:クレジットカードが使えない(限定されたものしか) これは、お土産の買い物に限らず、もう道中で何度もありました。 あのね、事前に、カードの話をしていたときに、 米持御大からは、「American Expressは、アメリカに行くと実は全然使えない」という話を聞いていたんですね。 で、そんなふうに馬鹿にされていたアメックスなんですが。 いざドイツに乗り込んで。 クレジットカード使えるの、と聞くと、これを見よと指差される、 そのパネルには、ECっていうカードと、American Express、この2つしか書かれていない。 どこに行ってもほとんどこのパターンだった。 どうなってんだよ、この街は。どうなってんだよ、ドイツ。 ちなみにECっていうカードは、ドイツ国内特有のカードらしいので、我々日本人が持ってるはずもない。 なので、使えるカードはAmerican Expressだけ、ってこと。 ビザもマスターも使えないのかよ!! というわけで、某お人から、「営業のノルマがあるからお願い」って言って、 作らされた、年会費3000円のセゾンアメックス、 これをたまたま持っていたおかげで、ほとんど命拾いしたのでした。 アメリカンっていう名前なのに、アメリカで使えなくて、ヨーロッパで妙に使えるって、どういう事態なんだぜ。 ちなみにトラベラーズチェックを受け取ってもらえない、例のそのホテルも、 このアメックスかEC、のパターンでした。 その話をサシャにしたら、 サシャは、「あの旧態依然としたホテルが、カードでの支払いを始めただなんて、信じられない」 って、どんなところにクライアントを泊めてるんだよ(笑)
まぁ、あのお化けみたいなじいちゃんがオーナーやってるホテルだしね。
・ピート家 滞在中、Paeth家には、何度かお邪魔させていただいたわけですが。 ピート家の建物は、何百年も前からある古い建物で、フツーに重要文化財に指定されてるんだそうです。重要文化財に住むなよな。 そんな、歴史やらふるいものが普通にごろごろしてるのがヨーロッパなんでしょうね。 そんな歴史あるお家の、ダイニングは、まるでもはや礼拝堂のようで。 なんかもう食事の前に、天にまします神よ日々の糧をなんとやら、とかお祈りをしなくちゃいけないんじゃないかと思ってしまったよ。 そんな場所で、家族の皆さんと一緒に食事ができて。 アマンダさんちのパーティーもそうだけど、普通に旅行に来ても、なかなかこういうところでこういう体験ってできないからなあ。 なんか、とってもその歴史と文化を見せてもらってプライスレスだったなあ。 サシャのお父さんだか義父さんだかわかんないけど、肉とか焼いてくれて、 「as hot as possibleに焼いたんだから遠慮せずにyou must eat」とか 遠慮がちな日本人の我々に対して言ってくれてめっちゃいい人でした。 あとは、サシャの息子と甥っ子が4,5歳なんだろうけど、超かわいかった、 というか、かわいいというよりも、もうほんとに天使のようだった。 見た目的にも、ちょうどロバート・プラントとジョン・ポール・ジョーンズみたいだった(笑) なんかねー、街中でも見てて思ったんだけど、 子供を見ると人種の違いというか、優劣ってんじゃないけどさ、思ったな。 ドイツで見た、ヨーロッパ人の子供たち、 皆、かわいい、とかじゃなくて、美しいんだもん。 これには、ちょっとまいったね。
・落ち込んだ ヴォーカル録りの初日。 うまくいかなかったため、 一日が終わると、やはり、落ち込んだ。 自信もなくしたし、迷いも生じた。 そんなときに救ってくれたのは、 やはり、持っていった、 Van Halen 3 のCDであったり、 熊谷幸子のCDであったり、 DramagodsのCDであったりした。 これについては、まぁ省略だな。
・サシャの車 世界的プロデューサー、サシャ・ピートは、 なかなか陽気で、快活で、いたって飾らない性格の人だったが、 とんでもなくオンボロな車に乗っていた。 しかも洗車もしないらしくかなり汚い。 そういったことに無頓着なのだろう。 フォルクスワーゲンのポロという車なのだが、 車の後ろにある車名のロゴも一部が取れてしまっていた。 我々は、そのロゴを見て、 フォルクスワーゲン、ポロ(Polo)を、 ボロ(Bolo)と書いてあげたいくらいだ、と言っていた。 だが、サシャ自身は、この車に誇りと愛着を持っているらしかった。 米持御大が、フォルクスワーゲンで研究している、ブガッティベイロンとかいう、 世界一速い車の話とか、皆で車の話で盛り上がっていても、 サシャは、 「俺はすでに世界一の車を持っているからいいんだ」 なんて言ってる。 あまりにも素敵だったので、 僕はサシャに、「Coolest car in the town」と言ってあげました。 そしたらサシャ「Yes, and the cleanest!」と言って爆笑してました。 わかってんじゃん。 なら洗車しろよ!(笑)
・スーパービジネスマン、Tak Yonemochi ドイツでの初日。 スタジオのキッチン&ダイニングルーム(皆がくつろぐ場所)において、 米持御大は、サシャに、エンド―スしたYamahaのギターを見せていました。 持っていったのは、最近Yamahaから出ている、特殊技術使用の超軽いギターと、 逆に超重いSG。 「この軽いギターはおもちゃみたいだが、結構おもしろい。 そしてこのSGは・・・・・良いネ! どうやら新しいエンド―スをする時が来たかな、 It's time for new endorsement!(笑)」 とサシャがおどけています。 と、米持御大、「よしわかった」と、 携帯を取り出して国際電話をかけはじめました。 「あ、どうも米持です、今ドイツにいるんですが、サシャ・ピートが気に入ったって言ってますよ・・・」 で、電話を切るなり、 「OK、じゃあ、Yamahaのハンブルグ支部から連絡が入ると思うから」 ・・・って、仕事、速っ!!! 速攻じゃん。 懐に入るなり、いきなりの一本背負い。 メンバー一同、その電光石火振りにびっくりでした。 サシャは、 「本当かい? じゃあ、グランドピアノも頼むよ(笑)」 なんて言ってる。 すごいな、これでエンド―ス契約まとまるのか? サシャ・ピートと話が進めば、Yamahaにとっても、メリットは計り知れない。 なぜって多くのメタル・ミュージシャンがこの場所を訪れるわけだからね。 世界を股にかけて仕事してきた、米持孝秋氏の、 仕事のスケールとやり手ぶりを垣間見た思いでした。 ギターも速えが、仕事っぷりも電光石火だ。
・フォルクスワーゲン 知ってとおり、ヴォルフスブルグといえば、 かの自動車メーカー、フォルクスワーゲンのお膝元です。 最終日、この一日だけは観光につかえるっていうんで、 フォルクスワーゲンのテーマパーク、 アウトシュタッドだかオートシュタッドいうそのテーマパークに 皆で行ってきたんです。 まさに車の遊園地、車好きのディズニーランド。 結構立派なテーマパークで、単純に楽しかったし。 日本でまだ発表されていない車を先に見れたりとか 見た車(EOSってやつだった)がその後日本で発表されてたりして、後でちょっとした優越感だったけど(笑) なんか、コンバーチブルの屋根が、ロボットの変形みたいにうぃーんって動いてさ。 新車の他にも、 クラシックカーとか、自動車の歴史とかの資料や車がたーっくさん展示されててさ、 たとえばルパン3世が乗っていることで有名なチンクイチェント(FIAT500)って車とか、あって面白かったんだけど。 いちばんの山場は、ランボルギーニのミュージアムというかパビリオンで、 なんかね、そのテーマパークの人気のアトラクションのひとつっぽかったんだけど。 なんか、ランボルギーニのかっちょいいスポーツカーが、 どどーんと壁にはりついているわけね。 で、なにがおこるかと思えば、 すごい音響と、照明が、ばばーん、と盛り上げて、 スモークが、じゃじゃーん、と焚かれて、 そんで、その壁にはりついたランボルギーニが、くるっと壁ごと、ひっくりかえったと思えば、またくるっと戻って、 それで終了。 え、それだけ?? その、あまりのくだらなさ、と、シュールさ、に、 開いた口がふさがらず、ある意味ものすごく楽しめました。 きっと、車好きの人なら、本当に楽しめるんだろうけど。 ギタリストのくせに(現時点では)それほど車にのめりこんでいない僕としては、 ランボルギーニの独特のライトの形状とか、ルックスが、 黄色いたれぱんだにしか見えなかった。 駄目だ、高級スポーツカーが「たれぱんだ」にしか見えないんじゃ、 人間おしまいだ(笑)。 もちろん、車好きの米持御大は、非常に楽しんでいたようです。 僕も楽しかったけどね。 馬場くんはちょっと退屈そうだったな(笑) 素敵な観光ができました。 ハンバーガーがおいしかったな。
・その最終日の朝、時間にゆとりがあったので、 僕たちは朝食後、いつも窓から見えていた、 あのファンタジーで壮大な景色、 その景色の中を実際に歩いてみることにしました。 もう、その田園っぷり、RPGっぷり、ファンタジーっぷりと言ったら。 写真をたくさん撮ったので、全部見てもらいたいくらいですが。 まぁミクシィのアルバムにアップとかすればいいのかもしれないけど(笑) 「そりゃこんなところにいたら"交響曲 田園"とか書くよね」 という感じでした。 環境って大事だなー、って、皆で言ってました。
・僕が、最初に自己紹介のときに、 「call me "little tak"」と名乗ったのは、もちろん覚えてもらうための作戦でして(笑) ちょっと厚かましいけどね。でも、実際にそういう名前なんだし。 それくらいしないとさ。 ちょっといいでしょ。 というわけで、海外では、Takahiro "Little Tak" Nakamineでいこうかなと(笑)
あと、箇条書きする項目はないか〜。
米持孝秋氏とともにいく、 ジャーマニィの旅。
これが、僕にとって、 どれほど光栄なことであり、 どれほどの意味を持つかは、 誰にもわからないだろうと思う。
今回、ドイツにて録ってきた曲の中に、 "Iron Hammer"という曲があった。 一応、曲はそこそこ、準備して持っていったのだけれど、 実際には、時間などの関係で、 フィニッシュまで録れたのは、そのうちの数曲だけだったけど。 録った曲は、どれも、 サシャやスタッフたちの手によって、 僕の予想を越えたものに、変化していったけれど、
このIron Hammerは、僕が考えていたものから、 いちばん変わってしまったものだったので、 ちょっと書きとめておこうと思った。
僕が、 高校時代に、100曲あまりの曲を書き、 それらが、実は結構悪くないもので、 その後も、今にいたるまで、 ちょくちょくそのストックの中から、 使用していて、 僕がそれを、みずみずしい少年時代の原点の 感性ってことで、 Imari Classicsなんて呼んでいることは、 近しい人なら知っていると思うけど。
まぁそのほとんどのものは、 昨年までにやっつけた、自主制作の中で、 カタチにしたんだけれど。
今回、ドイツに持っていく楽曲の中に、 その"Iron Hammer"を入れたのは、 本当にただの気まぐれからで、
この曲は高校3年生の、大学受験を控えた1月に、 とある日に1時間で3曲書いたことがあって、 そのうちの1曲なんだけど、 ちなみにその3曲のうちのひとつは、 「進化論」ってタイトルつけて、 自主制作でカタチにしてみたけど、 おもしろいリフで期待したわりには月並みな仕上がりになった。 もうひとつはOff Roadってタイトルをつけて、 それなりに面白いと思うんだけどまだカタチにはしていない。 Iron Hammerはその残りのひとつで、 これも、ヘンなリフだなーと思いつつも、 結構ヘヴィな感じだったので、 今回、ドイツに行くにあたって、 やっぱり世界に名高いシンフォニックメタルの工房に行くんだから、 ってことで、メタルな曲を用意していかなきゃ(笑) っていうのがあって、ちょっとリストに入れてみた。
昨年までにやった自主制作でも、 取り上げなかったくらい、些細な曲で、 つまりは、本当に残り物ということなんだけど(笑) ここまできて、まだこの"Imari Classics"からの曲が、 ちゃんと結果的にアルバムに収録されてしまうあたり、 やっぱ10代の頃の感性っていうのはバカにできない、 あれだけ作っておいてよかったよね、 っていうのは思います。
で、これ、もともとが、 単音リフの奇妙なヘヴィネスを強調した曲だったんだけど、 ドイツに持っていって、 僕の中では、結構良いと思っててやろうと思ってた、 「Hate Sin Not Man」って曲がサシャにあっさりボツを宣告され、 (ヘヴィメタルを意識して作っていった曲だったが、 行ってみればサシャは僕たちをヘヴィメタルではなくパンクバンドだと 思っていた)(笑) んで、かわりにこれをやろう、と。
もともとはタイトルも違ったんだよね。 高校時代に作ったときは、 Logic&Fakeというよくわからない詞をのせて、 その後、Sheer Nonsensesとかいうまたよくわからない詞をのせて、 で、この夏英語で詞を書いてみたらIron Hammerというすごく恥ずかしい タイトルになってしまった、という経緯があるんだけど。
この曲のリフが持つヘンなパワーというか説得力には気づいてはいたんだよね。 高校のときに作って以来、僕の頭の中にひっかかっていたくらいだから、 そういうものなのかもしれないけど、 ドラム録りにあわせて弾いた僕のパイロットギターを聞いて、 エンジニアのサイモン(ドイツ発音だとジーモン)くんが、 作業終わった後にリフに気に入って口ずさんでくれてたりとか。 ドラム録りにあたっても、サイモンの耳の良さには本当にお手上げで(笑) そんなとこまで聞いてんのかよ、って、鋭い指摘にヤられまくりだったけど。 馬場クンとはらっちが企んでたこととか細かいことまで全部バレバレだったしね。 はらっちのプレイはサイモンの手によってPro Toolsで修正され、 はらっちは落ち込んでおりました(笑) まぁ、現代のレコーディングでは当たり前のことだよね。
サシャはこの曲のリズムトラックをもっとシンプルで重厚にしたかったらしいんだよね。 でも、バンドの3人で、つたない英語で、 いやこの曲はあくまでファンキーじゃなきゃいけないんだ、 ファンクな要素はImariTonesの以前からの特徴なんだ、って、 言い張ってさ。
で、ギターを録る段になって、 エンジニア/スタッフのオーラフさんとともにスタジオに入ったのね。 んで、Rectifierにぶっこんで音鳴らしてたら、 オーラフさんが、この曲のリフはもう半音キーを下げるべきだ、 とか言い出して。 そんで、単音でやってるやつを、全部パワーコードにしてブルータルにすべきだ、 とか言い出して。 僕は知ってのとおり、単純なパワーコード使うのを極力避けたがる病の人だから(笑)、 えー、それはやだなー、と言ったんだけど、 一分後にサシャがやってきて、 入ってきて僕のプレイを聞くなり、 うーんこの曲のリフはもう半音キーを下げるべきだな、 とか言い出して。 あ、わかりましたそうします、つって(笑) 多数決で負けということで(笑)
んで、いきなり半音下げろとか言われて、開放弦をからめたフレーズになるから、 いきなり変えろとか言われて難儀してたら、 ああだこうだとまたオーラフさんが弾き方に注文をつけてきて、 ああもう細かいなーこの人、とか思いながら(笑) しょうがないから言われるとおりにしてたのさ。 気づいてみたら全部ダウンピッキングで弾けとか言われてるし。 でも、刻むノートとか、ハーモニクスとかは、僕自身のコダワリだけどね。 で、じゃ試しに録ってみよう、っていって、レコーダー回してみたら、 なんかえらいメジャー級のヘヴィサウンドになってるじゃない。 あ、これ、いいかも、 っていうか、 あれぇ、これってこんな曲だったっけ、みたいな(笑)
そんで、曲の中間に、ダウンチューニングでヘヴィなリフを馬鹿みたいに刻む単純な間奏パートがあって、 それって、高校のときに書いたものじゃなくて、今回、メタルってことで、 無理やりに継ぎ足したものなんだけど、ギターにDチューナーがついているので、 単純に、せっかくついてるんだからどっかで使おうと思って(笑) で、自分で継ぎ足しておきながら、すっごい無理やりで蛇足なので、 自分自身そのパートが気に入っていなかったんだけど、 ドイツ行ってみたら、ドイツチームの人々に、案外そのパートが好評でさ(笑)
で、その速いパートにしても、なんかやっぱり全部ダウンピッキングで弾けとか言われるしさ、 あーやっぱここはメタルの巣窟だ、と思って(笑) あのー僕はそんなにメタルなギタリストじゃないんですけど、っていいわけしたけど許してもらえなかった(笑) しょうがないから僕はオーラフさんに「おまえはスポ根だ」っていって、スポ根という言葉の意味を教えてあげました。
後になって知ったんだけど、このオーラフさんも、 Rhapsodyのルカのソロアルバムとかに参加してるすごいシンガーさんらしいね。 なんか、作業終わった後に、ラウンジで、音楽シーンのこととか、 ドイツや日本の文化のこととか、現代の文化の明るかったり暗かったりする現状とか、 そういうことを話したなー。 英会話力の不足を感じたけどね(笑) ドイツでも子供たちは、ニンテンドーとかコンピュータで遊んでばかりで、 外で遊んだりもしなくなったし自国の文化も知らないとか言ってたな。
ああそういえば、その後ギターソロは2秒で終わらせたね(笑) こんなテキトウでいいんだろうか、ギターソロ(笑) 今思うともっと凄いソロにしたっていいとは思うけど、 でも自然なプレイが録れたからね、よかったと思う。
そんでベース録りが終わって、 そういえばベースよりもギターを先に録ってるね、やっぱここまできてもImariTonesだ、 自主制作の時はドラムより先にギターがいっちゃん最初に録ってたからね、 そんでヴォーカル録る段になったんだけど、
いちばんキーが低くて楽だからって理由で、 この曲はヴォーカルを録りを最初にやった曲だったんだけど、 いやもう、ちょっと歌ってみたら、米持御大もサシャも、馬場くんも、 僕のヴォーカルに文句つけまくりでさ(笑) ああするなこうするな、ああしてみろこうしてみろ、で、もうどうしていいかわかんなくなっちゃって、 もう普通に歌えなくなってしまい、 そんなこんなで以降ドイツでのヴォーカル録りは絶不調だったんだけど(泣)
いや、まぁ原因は、今年僕が、ヴォーカルの発声方法を変えようとしていて、 その新しい声と古い声の移行がうまくいってなかったことに、 精神的なものも含め原因がすべてあるんだけどね。
そんなこんなで、すっかり普段どおりの表現ができないながらも、 なんとか歌って録っていったんだけど、
ドイツで録った曲に関しては、歌詞はすべて、 アマンダさんが添削してくれたんだけどね、 このIron Hammerに関しては、歌録ってるときにアマンダさんが不在だったので、 サシャがアマンダさんに電話して、その上でサシャが結構、歌詞に文句をつ・・・じゃなくて、添削してくれた(笑) 基本的には僕の書いた詞から内容は変わってないんだけどね。 やっぱネイティヴのアマンダさんとかに言わせると自然な言い回しってのがあるじゃん。
んで、僕の歌い方だけでなく、メロディや歌詞にまでサシャがどんどん注文をつけてきて、 僕が、そう?、じゃそうしてみる〜、とか無責任にそのとおりにしてたら、 どんどん曲がなんか洋楽っぽくなってきちゃって(笑) コーラスの付け方とか、サビのところでフレーズを二回繰り返したりとか、 そのへんは全部サシャのアイディアだし、 このヨーロッパ人の鼻歌にしたがってその通り歌ってみたら、 だんだん曲がバタ臭くなっていきやがった(笑) えー、こんな曲知らないんですけど(笑) おのれヨーロッパ人め。
で、ヴォーカル録りの際に面白かったのが、 僕が、いろいろ言われて自信をなくして、すっかり歌えなくなってしまっているのを見かねてか、 サシャが、 「じゃあ、コーラスを録ってみようか、Tak、たのむよ」 つって、米持御大をヴォーカルブースに入れたのね。 そう、この曲でバッキングヴォーカルをとっているのは米持御大です(笑) 光栄だよね。
でさ、ヴォーカルブースは、レコーディングルームの中でも隔離されていて、 ドアを閉めるともうヘッドホン介さないと外の音も聞こえないし、 マイクに向かって歌ってると外の様子も見えないんだけど、
あのね、米持御大は、Air Pavilionの二枚目のレコードまでは、 自分でリードヴォーカル取っていたし、ハイトーン出るし、 ハードロックシンガーとしても高い能力を持っている人なんだけど、 コーラスは結構苦手らしいのね。 以前も、LAでフォアン・クルーシェと仕事しているときに、 コーラス録りの際にはいつも苦労していた、という話を聞かせてもらったことがあるし。
で、サシャは、そのことを知ってか知らずか。
米持御大をブースに入れて、 「じゃあ、Tak、いってみよう」とか、ブースのインカムみたいので言うんだけど、 いざ米持御大がコーラスを間違えると、 ブースの中の本人から見えないのをいいことに、もう腹を抱えて笑っていてさ(笑) そんでインカムで「うーん、もう少しだな、もう1テイクやってみよう」とか言って、 また笑ってる。ほとんど指さして笑ってる。 結構いいテイクが録れても、「うん、Not Badだが、もう一回」とか、明らかに楽しそうだし(笑) そのサシャのはしゃぐ様子が、あまりに子供じみていて、楽しそうなので、 僕もすごくおかしくなってリラックスしてきてしまい、肩の力が抜けて。 米持御大がさんざんサシャにいじめられて(笑)ブースから出てきた後、 僕は、なんだか歌えるような気がして、 「じゃあもういっぺんリード録りなおしてみるよ」っていって、 リラックスして歌えてうまくいったという、 ちょっといい話。
もしサシャが僕をリラックスさせるために、 これをわざとやったんだとしたら、 ひょっとして凄いプロデューサーかも。 (ていうか凄いプロデューサーなんだけどさ)
んで、ヴォーカルも録りおえて、後日。 曲の最後のパート、デモの段階だと、僕はシンガロングタイプのコーラスをのっけて 締めくくっていたんだけど、すごく適当なもので、 僕も自分でそれを気に入ってなくてさ。 ヴォーカル録りのときに、サシャに、 「その最後のヤツは気に入らないから変えよう」といわれて 「うん、僕も自分でこれは気に入らない」とか言っててさ。 どうしようか、とか言っていたら、 米持御大が、 「よし、じゃあそこは俺がギターソロをのせよう」 と凄まじく有難いことを言ってくれまして。
で、後日。 スタジオに、米持御大が、Yamahaの特別仕様SGを抱えているわけですよ。 で、サシャはコンソールの前に座っており、 なぜかサシャの膝の上にはmoogのフィルター。 そして僕は、サシャの前に座ってサシャの膝の上のフィルターのつまみをいじっているという(笑) よくわからない図(笑)。
米持御大は、御自身のソロアルバムに、ギターにフィルターを使いたいというアイディアを兼ねてからもっており、 今回もサシャのスタジオにあったmoogのものを使ってみようということになったのですが、 それにしたって、そのフィルターの操作を僕がするのはよいとしていも、 なぜそれをサシャの膝の上に置く必要があったのかは謎ですが(笑)
とにもかくにも、Iron Hammerの最後のギターソロを米持御大が弾いていただいたわけです。 米持御大は、いつも思うのですが、かなーり卓越したインプロヴァイズ能力を持っており、 最初のテイクから、全然スピーディで完璧なソロを引き出してくるのですが、 むしろ問題は僕のフィルター操作がよくない、とかそっちの方で(笑) 3テイク目で僕のフィルター操作がばっちりプラン通りにはまり、 Ok、ということになったのでした。
ていうか、あれだけ軽々と適当に弾いてこの凄えプレイかよ、 さすが世界のトッププロ、と、さすがに思いました(笑)
だって、まさかあのTak Yonemochi氏に、自分の曲でソロ弾いてもらえると思わないもんね。ちょっとドキドキ。 フィルターのかかり具合も、すんげーかっちょいいし、曲の最後でフィルターの発振音だけ残るとこもすごいいかしてるし、 このソロは、なにげにこの曲のハイライトなんじゃないかな。
以上、そんな感じで、Iron Hammerの録音に関する記述だったんだけど。
この曲では、ギターは自分で持っていったAxisEXSの赤いやつ"Winning Dog"ちゃんを使用しました。
ギターはね、結構、自分のギター使わなかったからね。 Karma Flowerなんかでは、サシャのP-90のついたゴールドトップのレスポールが中心で使って、 ヘヴィなパートに関しては米持御大のYamahaSGを使用したし。
Skies Of Tokyoでも、バッキングはAxis使ったと思うけど、ソロは米持御大のYamaha SG。あれ、本当に良いギターなんだよね。重いけど。
アンプに関しては、また書くと思うけど、 みいあさんたちが行ったときの映像にENGLがあったから、それを使うのかと予想してたんだけど、 行ってみれば・・・・で(笑)、 Karma Flowerでは古いマーシャル、僕はよく知らないけど、なんていうの、ピン・スイッチ? よく覚えてませんがとにかく、やたらナチュラルでいい感じのマーシャル。 あとその他このIron Hammerでも、その他ヘヴィなところはぜんぶDual Rectifierでした。 なんか、現代の標準サウンドって感じで、好きかどうかはともかく、悪くはなかったよね(笑) 好き嫌いでいったら、米持御大のBogner Fishと比較できるものはそうそうないだろうからね。
そんな感じです。 また続きを。
米持孝秋氏と行く、 ジャーマニィ―の旅。 アメリカを探す旅。 ロックを探す旅。 この人が、今まで、安易な道を選ぶことなく、 何を考え、どんな思いで、 ロックギターの最前線を、そして、ハードロックの最先端を、 そして、世界を相手にしてきたのか。 そして、どんな思いで、Air Pavilionの旅を続けてきたのか、 僕にはよくわかる。 だからこうして、この人と一緒に、 こうしてジャーマニィの地まで来ることが、 どのような意味を持つのか、 僕はわかっているつもりだ。
だからこそ、米持氏が、 自身のソロ・アルバムのレコーディング作業において、 サシャ・ピートに激しいダメ出し(容赦無ぇ・・・)をされ、 リズムギター録りに苦労して取り組むのを目の当たりにしても、 僕の氏に対する尊敬の念は揺るぐことがない。 ちょっと貴重な光景だったけどね(笑) あとでmixiの日記見ると、その後相当落ち込んでたよね、米持御大も(笑)
僕らのロックを探す旅は、 どこまで続くのだろう。
ドイツ最終日の夜。 ホテルの部屋の、広いバルコニーに座って。 日本から持ってきた安葉巻に火をつけていました。
落ち込んだりもしたけれど(何かの映画か) 決して、完璧とはいえないけれど、 なんとか、レコーディング作業を終えることができた。 こうして、ここまで来ることができたことや、 協力をしていただいた人や、支えてくださった方々に、 本当に感謝をしなければいけない。
煙ふかしながら、 真っ暗闇な景色を見つめながら。 ヨーロッパの秋の空気の中で。 ウォークマンを取り出し、 本当に大事なレコードを聞いていました。 それは、やはり、Van Halen 3 であったり。 熊谷幸子、であったり。 荒井由実であったり、 bloodthirsty butchersであったり、 そしてAir Pavilionであったり。
これらは、 今までの人生の中で、 それを、僕に見せてきたレコードなのね。 それ、のことを、僕はいつも NeworldとかNew Worldと 呼んでいることはご存知だと思うけど。
これは僕の信仰だし、 これを信じているからこそ僕はこんなことをやっている。
それを信じて、 こんなふうにドイツくんだりまで来ることができたことも。 そして、これだけのことを経験して、 僕はまだ、それを信じることができる。 はるか遠く、いつそれに届くのか、見当もつかないけれど。 それは、遠いあの日から、いつだって僕を導いている。
僕が見てきた、 僕が学んできた、 僕の信じる、 ロックの文化というもの、 正統というもの、 音楽そのもの、 その本当の意味するところ。
それらを、 力不足かもしれないけれど、 小さな存在かもしれないけれど、 受け継いで、引き継いで、 戦っていかなくてはいけないのだと感じた。 何年かかってもいい。 何度も失敗するかもしれない。 それでもやるのだ。 戦うということは、そういうことなのだ。
難儀なことだけどね。 いつも思う。 でも、世の中っていうのは、 なにもかも難儀なものじゃないか。
「受け継げ」と言ってくれる人がいる、 「引き継げ」と言ってくれる人々がいる。 この何ヶ月かで、いろんなことがあった。 ある意味、これでもう、難儀な人生が、 決まってしまったようなものかもしれない(笑)
また再び、ここに来よう。 この、世界の舞台に、何度でも戦いに来よう。
「受け継ぐ」決意、 「引き継ぐ」決意、 「戦っていく」決意、 そんな気持ちを、ドイツの夜の風に吹かれながら、 一人、感じていた。
なぜなら、僕は、それを信じているから。
涙のひとつも流れたし、 それは覚えていない。
でも、翌朝は、気持ちよく目覚めたよ(笑)
帰りの道程の中で、印象に残ったことは。 やはり小型プロペラジェットからの光景は素敵だった。 行きは夜だったけど、今度は昼間の景色、 もっとも、雲が多く、ほとんど眼下には雲海しか見えなかったけど、 ときおり、見下ろすヨーロッパの街並みと森と大地は、 やっぱり素敵だった。
あとは、コペンハーゲン空港での食事、 空港のレストランって高いからアレなんだけど、 ステーキの店に入ったら、 「和牛」「Wagyu」とか「Kobe」とか書いてあるんだけど、 日本産じゃなくて、 和牛の技術を使ってオーストラリアで育てた牛らしい。 和牛じゃないぢゃん(笑)
あとは、帰りの飛行機では、やっぱし時間の感覚がおかしくて、 モニターで映画を、X-MENの最新作と、なぜかトム・クルーズのThe firmを、それぞれ二回ずつ(笑)見たのでした。
そして、ただいま日本。成田。 メンバーはすっかりお疲れで即解散、帰宅。 ていうか、戻ってまず思ったんだけど、 日本、狭っ!!
(完)
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